第6章 二人の繋がり(3)
空麻達は森の中へ一旦戻った。木々に囲まれた平地で鎧武者に追いつかれ、健人と鈴花はそれぞれの武器を構えて鎧武者に立ち向かう。空麻は標の杖を構えつつも、二人の後ろに下がった。
「空麻。お前の役目は最後だからな。鈴花から離れるな。他の奴らも警戒しろよ。とにかくその杖を奪われるな」
「はい」
空麻の役目は戦闘に参加することではない。自分の身を守り、健人と鈴花が鎧武者を無力化したら、その鎧武者の霊体である麻多智を掌握することだ。自分の出番が来るまではずっと守られるだけということにもどかしさを感じるものの、戦闘霊媒ではない自分は分を弁えなければならないことは、空麻は分かっている。
健人が空麻や鈴花の前に出る。対する鎧武者は走り出した。鎧武者の動きはやはり直線的だ。健人に向かっているというよりは、その先にいる空麻に向かっている。
「ったく……。てめぇの相手は俺だぜ。無視してんじゃねぇ」
健人も前へ駆ける。刀を横に振る構えだ。その瞬間、鎧武者が立ち止まって健人の方を向く。拳を振り上げて、カウンターを叩きつける姿勢だ。このままでは鎧武者の攻撃が当たってしまうと空麻は思った。
しかし健人は瞬時に刀を上に振り上げて、鎧武者の拳を防いだ。そして後ろに下がる。
「鈴花!」
健人が叫んだ頃には、鎧武者の肩に矢が命中していた。矢は刺さっているが、鎧武者にダメージはないようだ。それでもその矢が危険だということは鎧武者も分かっているはずである。
「弾けろ! 藍狼!」
鈴花が叫んだ瞬間、矢が青い光を伴って爆発した。
「がぁぁぁぁああああああっ」
鎧武者の肩の装甲が剥がれる。続いて藍狼は逆側の腕に移動した。鎧武者が振り払おうとするが離れない。そのまま二度目の爆発が起きた。
「ぐあああぁぁぁ」「ああああ」
鎧武者のおぞましい声だけではなく、子供の声らしきものも聞こえてきた。中にいる霊媒の子供だろう。その子供に怪我はないだろうかと空麻は思ったが、すぐに考えを改めた。鎧武者の霊媒は子供であろうと敵だ。敵の心配をしている暇はない。手加減すれば自分達が殺されてしまうかもしれない。
藍狼が三度目の爆発を起こそうとしたところで、鎧武者が藍狼を右手で掴み、遠くへ投げ飛ばす。その腕の装甲も剥がれていたが、先程爆破された肩の装甲は既に再生していた。腕の装甲もすぐに生成されていく。忽ち鎧武者は元の状態に戻った。
「鈴花ちゃん……」
「大丈夫。効いているよ」
そう言われて空麻は事前に健人から受けていた説明を思い出す。
霊媒には霊力という霊能力を発揮するための力がある。霊媒と霊体は霊力によって繋がっており、その繋がりによって霊体がこの世で実体化することができるとのことだ。幽霊の話でよく聞くラップ音やポルターガイストも同じ原理らしい。
霊体を実体化するだけでも霊力を消費していく。霊体を実体化し直すならば尚更多くの霊力を消費する。鎧武者の霊媒は確実に消耗している。
「おらっ!」
健人が鎧武者に斬りかかる。鎧武者は右手で振り下ろして反撃するが、健人は回避して刀の横振りを鎧武者の胴に食らわせた。
そして鈴花が矢を放つ。今度は鎧武者の脚に命中した。鎧武者はすぐに矢を取り出して放り出した。
「それはフェイクよ」
鈴花の言う通りだ。藍狼は鈴花の肩にいたままだ。鈴花が放ったのは普通の矢だ。
「往けっ! 朱狼」
まだ鎧武者のすぐ傍にいた健人が叫んだ。すると赤く光る狼の霊体が駆け抜けた。その道筋には鎧武者の頭部がある。朱狼はその頭を容赦なく吹き飛ばした。首の部分に大きな空洞ができて、中にいる霊媒の頭が見えた。
「今のはかなり効いたみたいだね。見て」
鈴花が言ったので、空麻もよく分かった。出現したばかりの鎧武者は、まるで本物の鎧にしか見えないようにはっきりと見えていたが、今の鎧武者は少し透けているように見える。実体化が保てなくなりつつあるようだ。
お面が吹き飛んで、顔の部分だけが空洞になった鎧武者が再び襲い掛かってくる。何の策もなさそうなただの突進だ。健人がそれに立ち向かう。鎧武者が腕を横に伸ばす。あからさまに横振りをする構えだ。健人も刀を後ろに引いて、鎧武者の攻撃に対抗する構えを取っている。
「えっ……」
そこで空麻は気づいた。顔の空洞から並々ならない悪寒が発せられている。いや、空麻が感じ取ったのはそんなあやふやなものではなく、明確に実体化された霊体だ。
「健人さん! 上だ!」
空麻が叫んだのは、ちょうど鎧武者の拳を健人が刀で弾いた時だ。健人はその時にようやく気付いたようだ。
鎧武者の顔の部分から腕が生えていた。その腕は健人の頭を目掛けて振り下ろされた。健人はその腕の攻撃を紙一重のところで躱す。そして鎧武者から距離を取る。
「助かったぜ。言われてなかったらやばかったかもな……」
ヘンシェル教会に行く途中で鎧武者に遭遇した時、今と同じようなことが起こったことを真守は話していた。健人もそれは覚えていたはずだ。しかし直接対峙したわけではない。あまりにも唐突な攻撃だったので反応が難しかったのだろう。
とにかくこんなことでも役に立ててよかったと空麻は思う。
「さて、ようやくご本人の登場か……」
人間の男性の上半身らしきものが鎧武者の顔の部分から出てきた。あれが麻多智の霊体のようだ。顔はぼやけていてよく見えない。ただし上半身は鎧と同様に紫色に光を帯びているものの、鎧よりははっきりと見えるように空麻は感じた。
「消えかけている……」
「昨日も大したダメージを与えてないのに消えたみたいだ。まあ、あれは霊力の消費量が半端ない技術だ。そう長くは持たないだろう」
鎧武者が再び突進してくる。今まで通りの無策な攻撃だが、人間の上半身が生えているという怪物じみた風貌になった今、威圧感は段違いに上がっている。
「往け! 朱狼!」
朱狼が真っすぐ鎧武者へ向かう。鎧武者はもはや避けようもせず防御の構えもとらずに突っ込んでくる。当然、朱狼は鎧武者に激突した。先程のように鎧武者の霊体が消えるかのように思えた。
「がぁぁぁぁああああ」
しかし朱狼に直撃するのに合わせて麻多智本体の方の霊体が腕を振るうと、朱狼は呆気なく殴り飛ばされてしまった。
「何?」
朱狼を突破した鎧武者が容赦なく健人に向かう。麻多智本体の方の腕が振るわれたが、狙いが外れたようで、健人は横に少し移動しただけでその攻撃を回避した。ところがその直後に鎧武者は蹴りを繰り出した。その蹴りは健人の腹部に直撃し、健人は激しく飛ばされる。
「ぐあああぁぁ」
そして樹木に激突した。健人はそのまま地面に倒れこむ。なんとか意識はあるようだが、立ち上がれないようだ。あれだけの破壊力のある攻撃をまともに食らったのだ。骨折しているだろうし、もしかしたら内臓を痛めたかもしれない。
「健人さん!」「兄さん!」
「俺に構うな……」
健人の言う通り、健人の助けに入る隙など微塵もなかった。鎧武者はすぐさま空麻と鈴花の元に向かって来た。
「碧狼!」
緑の狼が現れて、二人を守る盾を作った。緑色の靄が盾の形をして、鎧武者の進撃を食い止める。
「藍狼!」
その盾を通り抜けて、藍狼が鎧武者の腹に取りついた。そのまま爆発しても爆風は鎧武者が受けるだけで、空麻や鈴花の被害は小さく済むだろう。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ」
しかし麻多智の紫の腕が伸び、緑の盾を大きく迂回して、空麻に向かった。空麻は咄嗟にアーミラリステッキで防ぐ。仕方なかったとはいえ、それが鎧武者の狙いだった。鎧武者はアーミラリステッキを掴み、空麻ごと自分の元へ手繰り寄せる。
空麻は必死に抵抗するも、緑の盾から引きずり出された。鎧武者がすぐそこまで迫っている。
「鈴花ちゃん。やって」
今、空麻を守る盾はない。藍狼の爆発が起きれば、空麻の右腕はただでは済まないだろう。空麻もそれは分かっていた。
「でも……それじゃ空麻君が」
「いいからやれぇ! 鈴花!」
このまま鎧武者を止められなければ負けてしまう。鈴花や健人が殺されてしまう。それだけは阻止しなければならない。そのためなら腕の一本くらいどうなっても構わない。空麻は覚悟を決めている。
「藍狼。お願い」
鈴花が言うと、藍狼は鎧武者腹から左腕に移った。藍狼の爆発ができる限り届かないように空麻から離れるつもりだろう。当然、鎧武者は藍狼を振り払おうとする。空麻の身を案じて爆発の位置を調整する余裕はないはずだ。
「鈴花! 今すぐ……」
空麻が言いかけた瞬間、赤い光が空麻の目の前を走った。その光が空麻の腕を掴んでいる方の鎧武者の腕を断ち切る。空麻はその光の行き先を見る。そこには今まで見たことのあるものよりも一回り小さな朱狼がいた。
「あとは頼むぜ……」
空麻は声がした方向を確認する。最後の力を振り絞ったのだろう。健人が気絶したところだった。
とにかく鎧武者の拘束が解かれた。藍狼はまだ鎧武者にくっついている。空麻はすぐに鎧武者から離れようとする。そこへ麻多智本体の方が空麻に腕を伸ばす。
「空麻君!」
鈴花が叫ぶ。空麻もまずいと思った。このまま再び掴まれたら、今度こそ勝機を逃してしまう。空麻は必死に後退するが、相手の腕が空麻に届く方が早い。
「えっ……?」
確かに空麻は麻多智の手からは逃れられなかった。しかし最悪な結果にはならなかった。麻多智の手は空麻の身体に触れた後、彼の身体を掴むことなく、そのまま押し出したのだ。数メートルは突き飛ばされてしまったが、それは空麻達にとって望み通りの展開だ。
「藍狼!」
鈴花が叫ぶ。即座に藍狼が青い爆発を生んだ。その爆発によって鎧が弾ける。まず爆発の直撃を受けた胴体から消えていき、それから鎧の全てが少しずつ消えていった。最後に本体が残る。その本体も胴体の方から消えていく。空麻にはそのぼやけてよく見えなかった顔が微笑んだように見えた。
空麻は爆風で吹き飛ばされたが、大した怪我はなく、すぐに立ち上がることができた。周囲をよく見る。鎧武者の霊媒が倒れている。見たところ大きな外傷はなさそうだ。ただし気を失っているようで動く気配はない。そのすぐ近くで鈴花が腰を落としていた。
「うっ……」
鈴花ははっきりと意識を保っているが、足を痛めたようで立ち上がれないでいるようだ。空麻は鈴花の方へ駆け寄った。
「鈴花ちゃん」
「空麻君。私のことより、早く麻多智を掌握して」
鈴花のことは心配だが、空麻は言われた通りにする。相手の霊媒が能力を使い果たした今なら、空麻でも簡単に麻多智と繋がることができる。
「分かったよ」
空麻はアーミラリステッキを地面に立てた。そして目を閉じる。以前、死んだ女の子の幽霊を見た時、その子と糸が繋がっていて、その糸を切るイメージをすれば見えなくなると鈴花は教えてくれた。今はそれと全く逆のことをすればいい。麻多智と糸を繋げばいいのだ。
「お願いします」
明確に何を頼めばいいか空麻は分からないが、それでもそう言った。やがて空麻はアーミラリステッキを通じて何かが自分と繋がっていることを感じるようになった。強くて、冷たいが、それでもどこか懐かしいような繋がりが空麻の中に生まれた。
空麻は麻多智と繋がったことを確認すると、鈴花の傍に戻った。腰を落として、鈴花に話しかける。
「終わったよ。さっきはごめん。呼び捨てにした上に命令して……。年下なのに……」
差し迫った状況だったとはいえ、鈴花に生意気な態度を取ったことを空麻は謝る。しかし鈴花は首を横に振った。怒った様子はまったくない。
「いいよ、そんなこと……。ごめん。さっきの爆発で私も飛ばされて、足を挫いてしまったみたいなの……。ところで兄さんは無事なの?」
「健人さんは気を失ってる。命に別状はないと思うけど、あの蹴りだから、早く病院に連れて行った方がいいと思う」
「分かった。私達は早くトンネルを目指そう。私が朱狼を出せば、私と兄さんと……あと、その子を運べるよ」
こんなに傷ついた鈴花に苦労をかけるのは気が引けるが、空麻が三人、鎧武者の霊媒だった子供を除いても二人、彼らを抱えて進むことはできそうにない。
「そうだね。早く出よう」
「いえ……。そうもいかないみたいだよ……」
鈴花は険しい顔で森の奥を見る。空麻もその先に視線を向けた。刀を持った男が数人、神奈の手下達がこちらに近づいてきたのだ。




