第6章 二人の繋がり(2)
真守はクレメンスに連れられて谷を降下している間に、自分の読みの甘さを恥じた。地上部隊に気を取られて、神奈のみの奇襲を頭に入れていなかった。そこまではまだ仕方ないと割り切れるが、その次が本当に迂闊だ。
狙われるのは空麻かミヨク、もしくはその時に標の杖を持っている者だとばかり思っていた。しかしよく考えてみれば、索敵する能力が抜群に高いエレンを排除することは理に適っている。神奈達からすれば、待ち伏せや罠がほとんど無力化されて、有利な状況が作れなくなる。索敵範囲から鎧武者や手下を離していたところを見るに、神奈はフォルトナー四姉妹の能力や彼女達の主がエレンであることを見破っていたのだろう。
クレメンスが地面に水の魔術を放ち、二人は無事に着地した。
「ありがとうございます。早く……」
早くミヨクとエレンを探さないと――。真守はそう言いかけたがすぐに止めた。目的が既に達成されているからだ。
「真守……。それに、クレメンス先生」
ミヨクとエレンが木の陰から姿を現した。二人とも怪我はなさそうで、しっかりと歩いているが、エレンはとても落ち込んでいる様子だ。
「ごめんなさい。私が足を引っ張っちゃって……」
そんなエレンに真守は優しく話しかける。
「いいえ。エレンちゃんは悪くないです。むしろエレンちゃんがいなければあそこまで安全に来られなかったですよ」
しかしゆっくりしていられない。真守は真剣な表情で、それでいてエレンを怖がらせないような表情を心がけながらエレンに訊く。
「それより、神奈はあそこですね?」
「ええ、そうよ。なぜか襲ってこないの。あそこから動かないわ」
土蜘蛛を具現化させたままでいる。その強大な力を隠すつもりもないようで、フォルトナー四姉妹の力を借りなくても、真守でも神奈と土蜘蛛の居場所がよく分かった。
神奈が襲撃に来ない理由は、真守にはなんとなく察しがつく。神奈は自分達からエレンを引き離そうとしていた。真守側の索敵する能力を削ぐためだ。そしてその作戦は成功してしまった。確かに今ここにいる真守達はエレンの助けにより敵の位置が分かりやすくなっている。しかし上にいる空麻達は、敵の状況を把握しにくいだろう。
そしてもう一つ、神奈にとって大きく有利な状況を作ってしまった。戦力が分断されてしまったのだ。上には神奈と土蜘蛛がいないとはいえ、健人と鈴花で空麻を守りながら鎧武者と他の戦闘霊媒を相手にするのは苦しいだろう。
「奴が動かないなら、俺達が上に戻って空麻を援護……させてくれねぇよな」
ミヨクは神奈のいる方角を見ながら言う。ミヨクが察している通りだと真守も思う。ミヨクとエレンなら魔術を使ってこの場所から先程までいた崖の上まで戻ることは可能だろう。しかし上昇しているところを神奈に狙い撃ちされるだろう。アーミラリステッキがない今のミヨクでは機動力もあまり高くないはずだ。
神奈は真守達を足止めすればいい。だから無理に攻めてこないのだろう。
「私は神奈と戦います。みよ君達は、まずトンネルの方角へ向かってください」
不幸中の幸いだが、この場所から目的地のトンネルに行くことは可能だ。回り道もなく、当初の道のりと同じ方角を進んでいけばいいだろう。真守が神奈を引き付けている間に、神奈のいる場所だけを避ければいい。
そこでミヨクが返答する。
「何馬鹿なこと言ってんだよ。お前一人で……」
「待ってください。最後まで一人で戦おうなんて思っていません」
それでは復讐に我を忘れていた時の自分と変わらない。真守は十分に分かっている。この窮地はみんなで乗り越えるべきものだ。自分一人だけが戦えば済む問題ではない。もちろんミヨク達の手を借りることもある。
「トンネルに行く途中、あの崖が低くなるところがあります。みよ君も知っているでしょう」
「ああ、そうだな。けど、そんなところ行ってどうする……」
そこでミヨクは真守の意図に気づいたようだ。合点がいったようにその答えを言う。
「俺に狙撃をしろっていうことか?」
「そうです。みよ君の魔術ならできるでしょう」
目的の場所と現在神奈がいる場所は三百メートルほど離れているが、射線は通っている。ミヨクのエーテル魔術ならできるはずだと真守は考えている。
「確かに、あそこはまだ虚空間だからな。アーミラリステッキはないけど、エレンと四姉妹の支援があったらできないことはねぇ」
ミヨクはそう言うとエレンの方を向いた。それを見てエレンは首を縦に振る。どうやら真守の作戦に問題はないようだ。
「クレメンスさんはみよ君達の援護をお願いします。エレンちゃんはみよ君の狙撃の支援に集中するはずなので、もし敵に襲われたら危ないですから。それにあの位置は狙撃しやすいですが、狙撃されやすいですからね」
「結局、真守さんが一人で神奈の相手をするのは変わらないでしょう……」
クレメンスの言う通りだ。真守はそこを曲げるつもりはない。たとえミヨク達に援護を頼んだとしても、神奈たち戦闘霊媒と直接対決するのは戦闘霊媒だけだ。
「最初からその作戦のはずですよ」
魔術師の三人はあくまで空麻を護衛するのが役目で、戦闘霊媒とは直接戦わない。それでみんな納得してくれたはずだ。空麻と別れてしまった今では、違う役目を頼むことになる。しかし戦闘霊媒が戦闘霊媒の相手をするということは、この場に戦闘霊媒が真守一人しかいない状況でも変わらない。
「分かりました……。ミヨク君とエレンさんのことは任せてください」
クレメンスは少し納得がいっていないようだが、それでも首を縦に振った。
「そうと決まれば行きましょう。早く神奈をこ……」
真守は言いかけて止めた。自分は今から神奈を殺すつもりでいる。たとえ早く空麻達の援護をしなければならないという事情はある。しかしその過程で神奈への復讐を遂げることに変わりはない。そしてミヨク達には神奈を殺す手伝いを頼んでしまった。
そこでミヨクが真守の顔をまっすぐに見つめながらこう言う。
「真守……。俺は覚悟を決めてる。真守のため、みんなのためなら神奈って奴を殺すことも辞さない」
「みよ君……」
ミヨクにはそんなことを言ってほしくなかったと真守は思う。直接聞いたわけではないが真守には分かる。ミヨクは人を殺したことがない。自分勝手な想いだが、それでもミヨクには殺生と無関係な世界にいてほしい。
ミヨクに対する負い目が表情に出ていたのか、ミヨクはさらにこんなことを言う。
「真守……。お前が察している通り、俺は人を殺したことはない。けど、魔術師はどちらかというと命のやり取りの場面に遭遇するし、実際エドガーとのことがあったのはお前も知ってるだろ。俺がエドガーを殺すことになる可能性だってゼロではなかった。魔術師の人生を歩んでいる以上、早かれ遅かれこういう事態は覚悟しないといけない。だから真守が責任を感じる必要はねぇよ」
ミヨクの決意は固まっているようだ。真守は彼の眼を見てそう判断した。ならば真守もその決意に応えなければならないと思う。
「分かりました。早く神奈を撃破して、空麻さん達のところに向かいます。いいですね」
真守は敢えて『殺す』という言葉を使わなかった。気休めだということは分かっている。しかし神奈を殺して復讐を遂げるよりも、みんなで生き残ることが優先だ。その考えを曲げるつもりは真守にはない。
「行きましょう」
真守が言うと、他の三人が頷いた。
そして、真守は神奈の方へ向かう。ミヨク達は回り道をして崖の上へ向かった。
神奈と遭遇する前、真守は何度も頭の中で反芻した。神奈は殺す。しかしそれは全員が生き残るために必要な条件だからであって、神奈を殺すことが第一目的ではない。復讐を第一に考えて、ミヨク達を危険に晒してしまうことだけはしてはならない。
走り出してから程なくして真守は神奈の姿を確認した。土蜘蛛も既に具現化している。真守は刀を抜きつつ接近する。
「ようやく来たわね。待ちくたびれたわよ。さあ、早く殺しあいましょうよ」
神奈は余裕そうに構えている。何がそんなに面白いのか、真守を見ながら薄ら笑いを浮かべている。しかし真守は冷静さを保っている。
「それが貴様の遺言か……。つまらないわね。もっと口汚いことを言い残して惨めったらしく死んでいったらどうかしら?」
真守の挑発に対して、神奈は一瞬だけ怒りを露わにしたが、すぐに薄ら笑いに戻った。
「ええ、そういえば……。あの金髪のガキ二人、あいつらアンタのお友達でしょ。鬼蛇の真守さんにあんなお友達ができるなんてね……。滑稽だわ……。アンタみたいなこわーい蛇女をお友達にするもの好きもいたものね」
「だから何……?」
真守は思う。怒りが沸かないわけがない。挑発された時も苛立たしさが止まらない。そもそも昨日神奈を見てから、怒りを開放したくてうずうすしている。もっと言うならば、両親が殺されたあの日から復讐の念が消えたことはない。
「そのお友達はどこに行ったのかしら? ここに落ちたはずだけど。やっぱりアンタのことが怖くなって逃げだしたとか?」
真守は黙った。作戦についてボロを出さないことは当然だが、何より冷静さを保つのに必死だった。何かを言い返せば、きっと止まらなくなるだろう。
ミヨク達が真守と別行動を取って自分を狙うことくらい神奈は察しているだろう。だからミヨクが逃げた云々は安い挑発だ。
「じゃあそのお友達を殺して辱めてやりましょうかねぇ!」
「かんなぁぁぁぁぁぁあああああああ」
真守は飛び出した。しかし神奈の名を叫びながらも、向かう先は神奈の隣にいる土蜘蛛、そのさらに横だ。
土蜘蛛が森林の奥へ数本の糸を放っていた。
「夜刀神!」
真守が叫ぶと、放たれた糸と同じ数だけ黒い蛇が現れた。その蛇が糸を全て撃ち落とす。あの糸はミヨク達に向かっていた。真守が撃ち落とさなければミヨク達の誰かに命中していたかもしれない。ミヨク達なら防げた攻撃かもしれないが、全部撃ち落とせず、糸によって行く手を阻まれていたかもしれない。
「お友達のこと気にしてる場合かぁ!」
今度は神奈の方が突っ込んできた。薙刀を横に振って、真守の腹に斬りかかる。夜刀神を出した直後で隙ができたと神奈は考えたのだろう。しかし真守には神奈の思惑は分かっていた。
真守は刀でしっかりと神奈の薙刀を受け止める。
「みよ君達に指一本でも触れてみろ。ぶち殺すぞゴミ虫!」
「まったく、勘の良いガキね……。アンタ、本当はたいしてキレてないでしょ」
「キレてるに決まっているでしょう! なめてんのかっ!」
真守がそう返すと、神奈の笑顔はさらに歪んだ。
「そうこなくっちゃ楽しくないわね」
ミヨクに協力してもらうことを約束したが、そもそも真守一人で神奈を殺せるに越したことはない。ミヨクの手を汚すこともないし、復讐を遂げられる。それに空麻達を助けに行くこともできる。
復讐はよくないとミヨクが言っていたが、今はそんなことを言っていられないだろう。
真守と神奈の命の奪い合いが始まった。




