第6章 二人の繋がり(1)
空麻達は洞窟で一夜を過ごした。神奈達が襲撃することもなかった。空麻は神奈の襲撃を恐れていたので意外に思っていたが、真守達はこの展開を予想していたらしい。
神奈達の立場になって考えてみると、夜中に襲撃することは得策ではないことが分かる。神奈達も消耗しているはずなので、一晩は休息に徹するべきだろう。それに奇襲することができた昼間と違い、夜中は空麻達にも準備する時間がある。もはや空麻達の陣地となった洞窟を攻めるのはそれなりに高いリスクを伴う。
そもそも空麻達には食糧補給の手段がほとんどない。生きるためには下山をしなければならない状況だ。ならば退路が制限された火輪山のどこかで罠を張り、待ち伏せした方が神奈達にとっては有利となるに違いない。
夜の間にメアリという霊体が洞窟に戻ってきた。ミヨク達の仲間に救援を要請することができたようだ。しかし来ることができるのは神奈に塞がれたトンネルまでで、空麻達はそこまでは自力で行かなければならないとのことだ。
そのことを理解した上で、空麻達は日が昇ってからすぐに下山することになった。ミヨク達の仲間は、クレメンスの部下であるらしく、夜中からトンネルに来ていてなんとか道を通そうとしているとのことだ。しかし魔術が使える場所ではないので、時間はかかるだろうとクレメンスは話していた。
早朝の森の中を、一行は進む。先頭を健人と鈴花が進み、前方からの襲撃に備える。真ん中に空麻がいて、ミヨクとクレメンスで空麻を挟む形となっている。最後尾は真守とエレンで、後方からの襲撃に備える。特にエレンは、彼女が連れているフォルトナー四姉妹という霊体のお陰で周囲の索敵が容易にできるらしい。
標の杖は空麻がしっかりと握っている。
昨日に一度歩いた道なので、空麻もよく覚えている。洞窟とトンネルのちょうど中間のあたりまでは難なくあるくことができた。狭い道や、大きな崖に挟まれた場所等、待ち伏せに適していると思われる場所も通ったが何も起きなかった。周囲には敵がまったくいないとエレンも話していた。
「さすがに不気味だな……。あの野郎、何を企んでやがる……」
健人がそう言う。神奈達が襲撃してくるのは間違いない。しかし今のところそんな気配はない。真守がエレンに訊く。
「エレンちゃん。近くに敵はいませんか?」
「いたら訊かれる前に言うわよ。けど、半径五十メートルの中にはいないわ。今はだいぶ背の高い木がいっぱいあるところだから肉眼では見渡しにくいけど、あの子達にはそんなの関係ないわ」
エレンの言う通り、今進んでいる場所は、森林と呼ぶにふさわしい。高い樹木がいくつも並んでいて、空があまりよく見えないほどである。敵は拳銃を持っているという話なので、樹木の陰に隠れた敵が撃ってくるのではないかと空麻は心配しているが、エレンはそもそもそんなことをさせないように対策しているようだ。
そこで真守は言う。
「とにかくトンネルまでそう遠くありません。奴が襲撃して来ないことはあり得ませんが、それでもトンネルに近ければ近い程、私達が有利になるはずです。先を急ぎましょう」
真守の言う通り、トンネルの近くさえ来てしまえば、ミヨク達の仲間が近くにいる。未だに塞がれているトンネルを挟んでいたとしても、神奈達にとっては手の出しにくい状況になるだろう。それに、トンネルの付近は霊能力が十分に使えない場所らしい。それは神奈達も同じで、霊能力を主な武器にして戦う戦闘霊媒なら戦いの場に選ばないはずだ。
ただ、一つだけ気掛かりなことがある。それは空麻だけでなく、ここにいる全員が思っていることに違いない。
「さて、ここに来ましたか……」
真守が呟いた。昨日通った時に最も問題だと思われた場所だ。しかしここを通らなければ目的のトンネルに辿り着くことができない。
右方向には大きな岩壁がそびえ立ち、左方向は逆に深い谷になっている。その下には流れの早い川がある。道幅もあまり広くなく、車が二台通れる程だ。そんな道がしばらく続いている。しかもまだ霊能力が十分に使用できる場所とのことだ。
問題の場所に入る前、みんなは一度立ち止まった。真守が再びエレンに訊く。
「あと襲撃に向いている場所といえばここですね。神奈は必ずここで仕掛けてくるはずです。エレンちゃん。本当に周りに敵はいないのですか?」
「ええ、いないわ。あの壁の上も確認させている。周りには人一人見当たらない。霊体なら、たとえあの大きな蜘蛛でも振動数を高くしさえすればごまかせるけど、待ち伏せをしている人間が見つからないはずがないわね。つまりここで待ち伏せはないということよ」
エレンの言葉に空麻は安心しかけたが、そんな気持ちはすぐに消え失せた。他の全員がさらに緊張感を強めているようで、険しい顔で周りを見回している。
「ちなみに罠もないわよ。壁にも地面にも何も埋まってないわ。いかにも通ってくださいっていうのが逆に怪しいわね」
それでも進むしかない。健人は後ろを振り返って、何も言わずに頷いた。他のみんなも同じように首を下に振る。そして一斉に動き出した。
そして十数歩くらい歩いて、全員が壁と谷に挟まれたところで、エレンが大声を上げた。
「みんな、強い霊体が近づいて来るわ」
エレンが言う前に、健人と鈴花は反応していた。二人はすぐに後ろを向く。同時に上を向いていた。空麻も同じ方向を見る。
「土蜘蛛です。下がって!」
真守が叫びながら刀を構える。健人が彼女の横に並ぶ。そのすぐに後ろで鈴花が弓を構えて、最後尾はミヨクとクレメンスが盾になるように空麻の前に行く。エレンが空麻の横についた。
「木の上から来るわよ」
先程通ったばかりの森林にある一本の樹木に一匹の蜘蛛がいた。もちろんその蜘蛛は霊体であり、生きている蜘蛛よりもはるかに巨大だ。その巨大な蜘蛛の化け物が、十メートル以上ある樹木の上から降ってきた。
蜘蛛の落下地点は真守や健人の前、つまり森林へ戻る道を塞ぐような位置になるだろう。真守は土蜘蛛の落下を待たずに叫ぶ。
「夜刀神!」
真守は上空に手を伸ばすと無数の黒い蛇が現れた。その全てが土蜘蛛へと襲い掛かる。黒い蛇は簡単に土蜘蛛に絡みつき、その落下を止めた。
「どうせ貴様もいるのでしょう、神奈。邪魔だから早く去ね」
そして真守は谷の方へ手を振るような仕草を見せる。すると夜刀神が土蜘蛛を谷の方へと放り出した。土蜘蛛はあっけなく谷の方へ落ちていく。その途中、神奈の姿が見えた。彼女は奇襲を失敗して悔しがる様子を見せず、むしろ愉快そうに笑っていた。彼女が腰から何かを取り出す。
「空麻、伏せろ!」
健人が叫ぶ。神奈が取り出したのは拳銃の形をしたものだ。撃たれると思い、空麻はすぐに地面に伏せた。しかし照準は空麻達には合わせられていなかった。神奈の狙いは上空だ。神奈が持っていたのは信号拳銃だ。赤い煙が空高く舞い上がった。
すぐに神奈と土蜘蛛の姿が見えなくなる。空麻が安心したその瞬間だ。
「えっ?」
十本くらいの白い糸が谷の方から放たれてきた。空麻にもその糸が襲い掛かる。ミヨクは反応したようで、手を前にかざしながら叫ぶ。
「Zwei」
するとミヨクの前に一瞬だけ幾何学的な模様が現れて、その後すぐに見えない壁が現れた。正確に言えば、空麻の眼から見ても、そこに何かエネルギーが働いているのが分かったが、その正体は空麻には分からなかった。その壁が白い糸を防ぐ。空麻には一本も命中しなかった。
「うそ……」
一本の糸が意外な人物に繋がっていた。エレンだ。彼女のスカートに糸が付着している。そのことに気づいた直後、エレンの身体がものすごいスピードで谷の方へ引っ張られた。
「エレンさん?」
空麻がエレンの方に走り出したが遅かった。エレンは空中に投げ出されてしまった。
「おにいさまぁぁぁぁぁあああああ!」
「エレェェェェェェェン!」
ミヨクも谷に身を投げ出した。クレメンスが止めようとしていたがそれも遅かった。二人は谷の方へ落ちて行ってしまった。
「ミヨク君!」
「みよ君! エレンちゃん!」
空麻と真守が並んで谷をのぞき込む。神奈と土蜘蛛の姿は既に見えず、二人の人影の周りにあと二人の人影が集まって、さらに何か光の模様と衝撃波のようなものが見えた。それを確認すると真守がすぐに言う。
「あの二人のことだから着地は大丈夫でしょう。四姉妹の誰かも間に合ったみたいですし。健人さん。私はみよ君とエレンちゃんのところへ行きます。二人を神奈から守らないと」
「それはいいけど、お前一人じゃ降りられないだろ。どうすんだよ?」
健人の指摘に真守は苦い顔を浮かべる。夜刀神の能力ではミヨクやエレンのような着地は難しいらしい。
そこでクレメンスが手を挙げた。
「なら、私も行きます。私の魔術なら高いところからの着地は難しくありません。むしろ簡単な方です」
「でも、それだと空麻さんの守りが……」
真守がそう言うが、健人が即座に反論する。
「クレメンスさんは魔術師側の人間だろ。なら、ミヨク達を守るべきだ。空麻は俺と鈴花に任せろ。言い争っている時間はねぇぞ。早く行け」
健人が言うと、真守は少し躊躇うような表情を浮かべたが、すぐに決心がついたかのように頷いた。
「分かりました。クレメンスさん、お願いします。健人さん達もご武運を」
「おう。こっちは任せとけ」
「さあ、真守さん。行きますよ」
そう言った途端に、真守とクレメンスが谷の方へ身を投げ出した。
ミヨクとエレンは真守達に任せるしかないだろう。それにミヨク達の心配をしている場合ではない。空麻達には空麻達の戦いがあるのだ。先程神奈が放った信号弾は、空麻達がいることを知らせるものだ。つまり敵がここに来るということだ。驚異的な敵は神奈と土蜘蛛だけではない。肝心の強敵がまだ残っている。
ミヨク達が谷へ落ちてから三分もしない内に、大きな音が聞こえてきた。何か重いものがこちらに走ってくる音だ。
「まったく……ここまで来ると運命感じてくるよな……」
健人はそう笑い飛ばしながらも眼は笑っていなかった。
空麻もその先を見る。三度目になっても慣れるものではない。むしろその恐怖が身に染みているが故に、威圧感がさらに増したようにも感じる。
「しめ……やま……」
何も武器を持たない鎧武者が再び空麻の前に立ちはだかった。その視線はしっかりと空麻の持つ杖に向けられていた。




