第5章 二人の世界(4)
真守は空麻と一緒に洞窟で見張りをしている。夜の間は交代で見張りをすることになったのだ。洞窟の外をミヨクとクレメンスが見張っていて、他の人は眠っている。もちろん、フォルトナー四姉妹は周辺を常時警備している。
見張りをするチームを決める時、真守が空麻と一緒になりたいと言ってみた。断られると思ったが、空麻は少し困り顔をしながらも了承してくれた。
見張りについてから早速、真守は空麻の傍に立って訊いてみた。
「ところで空麻さん。空麻さんは鈴花さんのことが好きですか?」
訊いてから空麻が反応を示すまで三秒くらいが経過した。そして真守に訊かれることが意外だったのか、そもそも答えるのが恥ずかしいのか、空麻は顔を赤らめながら口を大きく開いた。
「い……いきなり何を言うんですか?」
とても初々しい反応で真守は楽しくなった。さらに攻めてみる。
「もうみんな分かっているんですよ。観念してください」
「久遠先輩ってそんなキャラでしたっけ?」
空麻にそんなことを言われると、真守も少し戸惑ってしまう。やはり戦闘霊媒としての、人殺しとしての真守のイメージが強くなってしまったのだろうか。
「私みたいな戦闘霊媒が、恋愛に興味を持つのは変ですか……?」
真守が試しにそう訊いてみると、空麻は焦ったようにこう返した。
「違いますよ。そういうわけじゃなくて……ただ、久遠先輩ってなんというか……クールでお淑やかなイメージがあったから、恋愛の話とかを積極的に話すような人に見えないんですよ」
そんな印象を持たれていたとは意外だと真守は一瞬だけ思ったが、思い返してみると空麻の言うことも的外れではないことに気づいた。確かに真守は、高校の中では大人しい女子で通っているだろう。クラスメイトと話すことも少ない。実は高校の中では有名人らしいし、空麻も今まで噂通りの真守のイメージしか持っていなかっただろう。
それは分かるが、真守は呆れたように目を細めて空麻を見つめる。
「空麻さん。好きな人が鈴花さんでよかったですね。そうじゃなきゃ、悪い女に簡単に引っ掛かってしまう人でしょ」
空麻には女を見る目がないと真守は思う。さすがにお淑やかという言葉を真守に使うのは間抜けにも程がある。鈴花と出会えなければ女に苦労したかもしれない。
「だから、決めつけないでくださいよ……。僕が鈴花ちゃんのこと好きだなんて……」
「違うんですか?」
真守はさらに空麻を見つめる。自分の推理は絶対に間違っていないと確信している。相手はほとんど崩れかけている牙城だ。もう少し押せば勝てる。
「じゃあ鈴花さんのこと、どう思っているんですか?」
真守が訊くと、空麻は俯きながらたどたどしく答えた。
「鈴花ちゃんは……好きとかそういうことじゃなくて……その……大切な人というか、守りたい人というか……」
「いや、それ好きってことじゃないですか」
普通、好きでもない異性に対して、大切とか守りたいというような表現は使わない。おそらく空麻は天然でそんなことを言っているのだろう。真守は呆れたのを通り越して、説教をしたくなってきた。もはやからかう気すら失せてしまった。
「空麻さん、もしかして馬鹿ですか?」
空麻と恋愛の話をしても面白くなさそうだ。そもそもそれができそうもない。真守は要点だけを言うことにする。
「とにかく、ここから出たら鈴花さんに告白すること。それが空麻さんの義務です。心配しなくても、鈴花さんならオーケーしてくれますよ」
「いやでも、まだ守られてるだけだし……。鈴花ちゃんにふさわしいとは……」
「ほら、鈴花さんのこと好きじゃないですか」
真守が指摘すると、空麻はしまったという風に目を見開いてから、視線を逸らしてしまった。もう認めているようなものだ。しかし恥ずかしがっているのか、それとも本気で引け目を感じているのか、空麻は認めようとしないだろう。これ以上つついても今は無駄だと判断して、真守は次の話題に移ることにした。空麻に訊いてみたいことがもう一つあるのだ。
「まあ、今日のところはこの辺りで許してあげるとして……。空麻さん。話は変わりますが、空麻さんには将来の夢はありますか?」
真守がそう訊くと、空麻は顔を上げた。その顔には少しの恥じらいはあるものの、はきはきとした口調で答える。
「僕、警察官になりたいと思っています。理由はベタですけど、困っている人や、危ない目に遭っている人は助けたいです」
「ほう……ご立派ですね」
真守は素直に感心した。高校一年生にも関わらず、将来の明確な目標がある人は多くはないだろう。空麻は真面目で正義感の強い人であることは分かっているし、空麻なら本当に立派な警察官になれるだろうとも思う。
しかし空麻は悲しそうに俯いた。
「でも、もう無理かもしれませんね。こんな霊媒の世界の秘密を知ったまま、知らない振りをして警察官になるわけにはいきませんし」
「そんなことはありませんよ。戦闘霊媒の中でも警察官の人もいますし。ただ、霊媒の事件を表に出さないようにする役割もありますけど」
空麻はさらに項垂れてしまった。最後の言葉が空麻の期待を裏切ってしまったのだろう。ただ真守としては、変な期待を持たせて空麻を喜ばせるより、ちゃんと事実を伝えて空麻の意志を試そうと思った。
「そうですよね。そこはもう割り切るしかないですよね」
そこで空麻は顔を上げた。しっかりと真守を見つめる。真守の眼から見ても、その瞳は迷いの感情が見られなかった。
「たとえ霊媒の世界を知ってしまったとしても、人助けをしたいという気持ちは変わりません。久遠先輩がそれでも警察官になれると言ってくれるのであれば、目指そうと思います」
どうやら空麻の決心がついたようだ。やはり空麻は心が強い人間だと真守は思う。記憶を失う前は霊媒の世界にいたとはいえ、突然霊媒の世界、しかも霊媒の戦闘に巻き込まれて、もっと心を乱してもおかしくないのだか、空麻にその様子はない。
「きっとなれますよ。良い警察官に」
真守は心からそう言った。すると空麻も笑ってくれた。
空麻は戦闘霊媒にはなっていないが、今までの世界とは決別してしまったと思ってしまっていてもおかしくない。それでも霊能力とは関係のない夢を持つことができるのはいいことだ。
「ところで、久遠先輩もあるんですか? 将来の夢」
真守が訊いたのだから、当然空麻も訊いてくるだろう。予想していたことだが真守は少し恥ずかしくなった。絶対に話したくはないわけではないが、自分にはあまりにも身に余ると思っている夢を語ることになる。
「ありますけど……笑わないでくださいね……」
空麻なら馬鹿にすることはないだろうと信じて、真守は口にした。
「私は、良いお嫁さんになりたいです」
ふざけてはいない。真守の本気の願いだ。
「好きな人と恋愛して、結婚して、好きな人との子供を産んで。三人くらいがいいかな。それで幸せな家庭を築くんです。夫を支えて、子供を育てて、老後はゆっくりと過ごして、それで愛する人達に見送られて死ぬ。それが私の夢です」
一通り言ってみた後、真守は空麻を見てみる。空麻は笑いそうにはないが、なんと言っていいのか分からなくて困っている様子だ。真守は上目遣いで訊いてみる。
「やっぱり変ですか?」
すると空麻は我に返ったようで、目を見開いて首を横に振る。
「いえ、そんなことはないです……」
相手が先輩だから気をつかっているに違いないと真守は思う。きっと健人なら笑い飛ばしていたに違いない。こんな小学生のような夢を本気で持っているのだから。特に、空麻には真守の願いが奇妙に見えるだろう。
「遠慮しなくていいですよ。人殺しの私が人並みの幸せを得ようなんて滑稽ですからね」
「そんなことありません!」
急に空麻が大声を上げた。真守は驚いて彼の眼を見る。空麻は本気で真守の言葉を否定しているようだ。どうしてそこまで必死になって否定するのか真守には分からない。空麻が言葉を続ける。
「真守さんは悪い人じゃないってことはもう分かっています。それに、その……人を殺したことがある人全てが幸せになったらいけないなら、軍人とか……、どうしても人を殺さなければならなくなった人まで幸せになってはいけないってことじゃないですか。それは……なんていうか……うまく言えないですけど、違うと思います」
空麻が嘘を言っていないことくらいは真守にも分かる。ただ、真守のことを気遣っての発言であることは明白だ。ありがとうと返すのは簡単だけど、真守は意地の悪い質問をしたくなった。
「なら、私の恋人になってくれますか?」
真守が言った瞬間、空麻が「えっ?」と声に出した。さすがに冗談では済まされないかと思い、真守は訂正する。
「ごめんなさい。意味のない質問でした。空麻さんには鈴花さんがいますからね。やっぱり可愛くて巨乳の女の子には勝てませんよ」
もし鈴花がいないとしたらと考えても無駄だと真守は察している。空麻は恋人として真守を選ばない。同業者でさえ敬遠する真守を、霊媒の世界に再び入ったばかりの空麻が受け入れられるはずがない。先程の質問はさすがに気に迷いとしか言いようがなかった。
そこで空麻がこんなことを言ってきた。
「じゃあ、ミヨク君とはどうなんですか?」
真守は今まで考えもしなかった。確かに十年前は、大人になったら結婚しようなんて話になった覚えがある。しかしそれはお互いが幼かった頃の話だ。ミヨクと離れ離れになってからは、そんな約束はなくなったものだと思っている。ミヨクも同じだろう。
だから真守は幼馴染のミヨクを恋愛対象だと認識していなかった。近いうちに魔術師の国で一緒に暮らすことになるとはいえ、違う世界の住人だ。恋人としてふさわしいのかどうか、真守には分からない。
「そうですね……。こんな私を受け入れてくれたらの話ですけど……」
そう言った後で、なんて馬鹿なことを言っているのだと真守は自虐した。確かに相手が悪者だとはいえ真守には人を殺してほしくないとミヨクは言った。それでも真守は優しい頑張り屋さんだと言ってくれた。それを受け入れたと言わずになんというのだろうか。ミヨクの他にそんなことを言ってくれた人が今までいただろうか。
「空麻さん。ありがとうございます」
真守は空麻に向かって丁寧に頭を下げた。空麻は何のことか分かっていないだろうが、空麻のお陰で、真守は大事なことに気づくことができた。
真守はミヨクのことが好きになったのだ。




