第5章 二人の世界(3)
真守達が洞窟を出て行った後しばらくしてから、鈴花が離れた場所で見張りをしている時を見計らって、空麻は健人に訊いてみた。
「あの健人さんは……その……戦闘霊媒だから……」
訊こうとしたがかなり訊きにくい内容だったので、言い出した後に躊躇ってしまったが、それを察したのか、健人の方から言ってきた。それもあっさりと――。
「俺も人を殺したことがあるかって? あるよ。俺もどちらかというと、霊媒を相手にする方が多いからな。神奈のような悪人はできるだけ捕らえるようにはしてるけど、相手が相手だからな……。殺さざるを得ない時もある」
真守が悪人とはいえ人を殺すようならば、健人もそうなのだろうかと空麻は思ったが、その通りだったようだ。
そして健人は微笑みかけながらこう訊く。
「軽蔑したか?」
空麻は少し回答に困った。この雰囲気だと余程のことを言わない限り健人は怒らないだろうが非常に答えづらい。とはいえ、黙っていても仕方ないので、空麻は思ったことをありのままに言うことにした。
「軽蔑してはないですけど……少し怖くなりました」
それを聞いて、健人は苦笑いを浮かべた。
「まあ、そうだよな……。いきなり慣れろっていうのは無理か……。言うまでもないと思うけど、お前がこの世界に飛び込む必要はないからな」
空麻もできれば戦闘霊媒の世界には入りたくないものだ。しかし気掛かりになっていることが一つある。それを解決しない限り元の世界には戻れそうにない。
「それじゃあ……鈴花ちゃんは?」
空麻がそれを口にした瞬間、健人の目つきが変わった。威嚇するように空麻を睨みつけている。ここからは回答を誤れば健人との関係が壊れるのを空麻は直感した。
「人を殺したことがあるって言ったら、鈴花のことを嫌いになるのか?」
その質問をすること自体が間違いだったと空麻は恥じた。たとえ鈴花が悪い戦闘霊媒を殺したとして、それで鈴花に対する態度を変えるというのか。罪のない人を殺しているわけではないのだ。世界が違うことを受け入れろとミヨクに言われたばかりなのに、それができていない自分が恥ずかしい。
しかし嫌いにならないと即答するのも違うと空麻は思う。それは鈴花の立場や心情を全く理解していない人間の答えだ。違う世界を簡単に受け入れられるはずがない。
だから空麻はこう答えた。
「嫌いにはなりません。ただ……してほしくはないと思います」
やはり鈴花には殺人には縁のない優しい人間であってほしい。自分の知る常識の範囲内での物言いだと思うが、空麻のわがままだとしても、その願いは変えられない。
空麻の答えを聞くと、健人の険しい表情が一変、穏やかな笑顔になった。
「悪いな。意地の悪いことを訊いてしまって。俺も同じだよ。あいつにはそんなことしてほしくない。安心しろよ。鈴花はサポート専門で、俺や真守のように先頭に立って敵と戦うタイプじゃないし、それにどちらかというと霊体相手の役割が多い。俺が知る限り、あいつは人を殺したことはねぇよ。戦闘霊媒の家系に生まれただけで、戦いの嫌いな優しい子だ。俺はあいつにはそのままでいてほしい」
それを聞いて本当に安心した。たまたま自分の希望が叶ったとはいえ、それでも心からよかったと思えた。
「そうですね……。僕もそれがいいと思います」
これは空麻の想像だが、健人が人殺しになった鈴花を受け入れると簡単に言ってほしくなかったのだろう。簡単に受け入れるようになってしまえば、それこそ戦闘霊媒の世界に入ってしまう。健人もそれを嫌がっているはずだ。
さらに健人が話を続ける。
「だからと言って、真守が優しくないと言いたいわけじゃない。むしろとても優しい女の子だよ。あいつもそういう世界に巻き込まれてしまっただけのかわいそうな女の子だ。もうお前さんも分かってると思うけど、真守も好きで殺してるわけではない」
その通りだ。空麻も薄々気づいている。真守は復讐をあまり優先していない。空麻に人殺しを止めるように言われて激怒した時、あの時の眼は人殺しの眼ではなかった。真守のその時の心境は空麻には分からないが、それだけは分かった。
「念のために言っとくけど、紅城神奈は、俺達戦闘霊媒の間では指名手配を通り越して賞金首が掛かっているような奴だから、あいつを殺すこと自体は戦闘霊媒の世界では何も間違ったことではない。その構成員も必要であれば殺害してもいいことになっている。だから真守のことはあまり悪く思わないでやってくれ」
健人が言う。鈴花も言っていた。真守は正義感が強くて優しい人だと。空麻もそれを信じたいと思う。
「はい。分かりました」
健人と話している内に、真守達が帰ってきた。同時に鈴花も戻ってくる。
真守は今までずっと泣いていたのか目の周りを赤くしていたが、今では泣き止んだようだ。それに疲れは見せているものの、少しだけ元気が戻ったようで、顔色も姿勢もよくなっている。
まず真守が空麻の方に歩み寄ってきた。また怒られるのかと空麻は思ったが、真守はすぐに頭を下げてこう言った。
「先程は空麻さんに大変失礼なことを言ってしまって申し訳ございませんでした」
どのことを言っているのだろうと空麻は少しだけ思ったが、考えたらすぐに分かった。ミヨクにも責められていたことだ。
「あなたの記憶がないことを蔑みました。あなたも家族を失った苦しみを味わっている人なのに……。あなたには絶対に言ってはいけないです。深く反省しています」
空麻は、そのことについてはあまり気にしていない。それよりももっと気になっていることがある。予想していたことではあるが、真守は顔を上げると平然とこう言う。
「でも復讐については、私は止めるつもりはありませんので、そこは誤解のないようお願いします」
空麻には口出しする資格がないことだとは分かっている。もう真守を無理に止めようとも思っていない。真守には真守の人生があるのだ。空麻や鈴花達に危害が及ばないようであれば、戦闘霊媒の問題は容認することにした。
「分かりました。僕もさっきは出過ぎたことを言ってしまって、すみませんでした」
今度は空麻が頭を下げた。空麻も態度が悪かったことを反省している。ミヨクに説教されたとおりであり、真守が戦闘霊媒の世界にいるということを全然考えていなかった。自分の価値観でしか物を言っていなかった。
「いえ空麻さん。顔を上げてください」
空麻が顔を上げて見た先には、怒りが微塵も感じられない真守の微笑みがあった。ただし何か別の感情が含まれているようにも空麻は感じた。元気が戻ったのはいいが、強かさまでしっかり戻ってきたようだ。
「ところで、空麻さん。作戦会議です」
作戦会議。これから行われるであろう戦闘について作戦を立てるということだろう。空麻が何かを言い返す前に、鈴花が声を上げた。
「何を言っているんですか? 空麻君に戦えと言っているのですか?」
「鈴花さん。ちょっとは落ち着いてください。空麻さんに戦え、だなんて言いません。ただ、単なる保護対象でもないとだけ言いたいのですよ」
「と言いますと……?」
空麻が呟くように訊く。ただ守られるだけは嫌だ。空麻はそう思うのだが、神奈のような危険人物や鎧武者のような化け物を前にして何かできるとも思えない。とはいえ戦闘に参加させる気がないというのなら、一体空麻に何をさせるというのだろうか。
「ちょっと待ってください」
鈴花はまだ納得がいかないようで、こんなことを訊く。
「まさか……、空麻君に神奈達を殺す手伝いをしろというのですか?」
空麻はそこまで想定できていなかったが、言われてみれば確かにそうだ。おそらく火輪山を脱出するまでは再び神奈達から襲撃を受けるだろう。その際、真守は神奈という両親の仇を討つことを考えているはずだ。真守の復讐を見過ごすことはあっても、それを手伝うことなんて空麻にはできない。
しかしそんなことを心配する必要はないようで、真守は首を横に振った。
「いいえ。神奈の相手は私がしますよ。けどもう一人、大きな障害を何とかしないといけません。鎧武者ですね」
神奈のほかに、鎧武者という脅威が存在している。空麻にとっては浅からぬ因縁がある霊体であるらしく、空麻自身も何とかしたいと思っている。しかし鎧武者を何とかすると言われても、やはり自分には何も手伝えることがないのではないかと思う。
真守は話を続ける。
「空麻さんは元々、鎧武者の霊体、麻多智を憑依させるための儀式霊媒でした。今は忘れているかもしれませんが、それだけの能力を空麻さんは持っているはずです。だから健人さんと鈴花さんで鎧武者を無力化ないしは、ほとんど戦闘能力がないような状態まで追い込みます。そこで空麻さんが麻多智を掌握します」
説明はそれで終わった。真守は簡単に言うが、空麻には到底できるとは思えなかった。真守達を信じていないわけではない。ただ、自分が自分の役割を果たすことができるとは思えない。空麻は正直に言う。
「ちょっと待ってください。僕はそんな能力を思い出していません」
「そこはご心配なく。みよ君」
真守が呼ぶと、ミヨクが空麻の方へ歩み寄ってきた。そして手に持っている杖を空麻の方に差し出す。
「標の杖。お前に預ける。麻多智の触媒としてこれ以上の物はない。健人さん達が鎧武者をうまく無力化できれば、麻多智は空麻の呼びかけに応じてくれるはずだ」
空麻は杖を受け取った。ミヨクはその杖をアーミラリステッキと呼んでいるようで、その名の通り杖の先には天球儀のような装飾が施されている。
空麻にできることはそんな小さなことだけかもしれない。しかし自分に出来ることがあればやる。鈴花にもそう言った。今がその時だと空麻は決意を新たにした。
「分かった。やるよ」
空麻が言うと、ミヨクは笑顔になった。
「おう。その意気だぜ」
そしてミヨクは真守の方に振り向く。
「ところで真守。さっき、神奈や鎧武者とは真守と健人さんと鈴花さんで戦うって言ってたけど、俺は魔術師だから関係ない、戦闘には参加せずに隅っこで隠れてろっていうわけじゃねぇよな」
やる気に満ち溢れたミヨクに同調するかのようにエレンも声を上げた。
「私も……。危険なのは分かっているわ。けど、戦わないといけないなら覚悟を決める」
必死に戦えることをアピールするミヨクとエレン。そんな二人を見て真守は嬉しそうに微笑んだ。
「あくまで、戦闘霊媒の問題は戦闘霊媒で解決します。けど、私達が戦っている間は空麻さんを守れないので、そこをみよ君達に任せたいです」
真守がそう言うと、ミヨクは苦笑いを浮かべた。
「まあ、そこが落としどころだよな。分かった。空麻のことは俺達に任せとけ。だから真守も、あんまり無茶するなよ」
そこでクレメンスがミヨクの傍に寄り、彼に肩に手を置いた。
「それはミヨク君とエレンさんもですよ。私もいますから、どうか安心してください」
作戦を整理する。戦闘霊媒のチームが神奈や鎧武者と戦闘を行い、その間の空麻の護衛は魔術師のチームが担当する。優先するのは鎧武者を無力化すること。そして、鎧武者の霊体である麻多智を空麻に掌握させることだ。
「でも……」
真守が一人一人を見渡してから、最後に空麻の方を向いた。
「さっきも言いましたが、最優先するべきことは、みんながここから生きて脱出することです。そのためなら、私は復讐の怒りも封じて、みんなが生きる道を選びます」
真守の復讐心は消えたわけではない。むしろまだ熱く燃え盛っているだろう。実際に仇に出会った今の復讐心の強さは空麻には想像を絶する。その復讐心を抑えると真守は簡単に言っているが、それがとても難しいことくらいは空麻も分かっているつもりだ。
真守がただ復讐心に身を任せて、人の迷惑を顧みない人ではないことは空麻にも伝わった。空麻にとって今はそれで十分だ。
「それでいいですね。空麻さん」
「はい。よろしくお願いします」
真守は少し微笑みを見せて、そしてすぐに真剣な面持ちになった。
「では、救援が来るまではここで神奈達の襲撃に備えます。襲撃がなかったらそれでいいですけど、奴は必ず再び姿を現します。この機会を逃すような甘い女じゃないですからね。鎧武者も万全の状態に戻しているでしょう」
そして一度目を閉じ、そして大きく見開いてから真守は言う。
「誰も欠けることなく生き残りますよ。絶対に」




