表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第2巻 二人の空
50/177

第5章 二人の世界(2)

 真守まもりは絶望した。自分が人殺しであることをミヨクとエレンに知られてしまった。


 洞窟へ空麻くうま達を助けに行く時、真守まもりは三人殺した。神奈かんなの手下だ。手下の一人から刀を奪い、二人をあっさりと切り殺した。残り一人の腕を切り落とした後、その男から情報を引き出した。その後、命乞いをするそいつも殺した。


 自分の本質をミヨクやエレンに知られなければずっと友達でいられるだろうと思っていたのが甘かった。戦闘霊媒としての自分もいつかは知られると考えるべきだった。


 神奈かんなの手下を殺した真守まもりに対して、ミヨクは何も責めなかった。ただ悲しそうな顔をして真守まもりに「おつかれ」とだけ声を掛けた。真守まもりが人殺しであることを、ミヨクは既に察していたようだ。だから受け入れてはいないだろうが、拒絶もされなかった。


 しかしエレンは違った。真守まもり神奈かんなの手下を殺した後、エレンがひどく怯えた様子だった。だから真守まもりはできる限り穏やかな表情で、脅威が去ったことをエレンに伝えたかった。納刀して、手についていた血を拭き取り、それからエレンに手を差し伸べた。


 真守まもりの手を見たエレンが真守まもりの手を握ることはなかった。


「いや……触らないでっ!」


 エレンは真守まもりの手を弾いた。結局、エレンが恐れていたのは神奈かんなやその手下ではなく真守まもりだったということだ。


「エレンちゃん……」


 真守まもりは声を出したが、それから手を引っ込めることしかできなかった。それからエレンはミヨクの背中に隠れてしまい、ミヨクは申し訳なさそうにエレンを見つつも、「悪いけど、しばらくはそっとしておいてくれ」と言われた。しかし真守まもりには、永遠にエレンと仲直りできないとしか思えない。


 それから神奈かんなへの復讐心を空麻くうまに否定された。空麻くうまの言ったことは戦闘霊媒の世界を知らない者の戯言ざれごとだと思っている。それでも自分の態度が悪かったことも自覚している。


 特に、空麻くうまに対して復讐を肯定する発言をするのはいけなかった。空麻くうま夜刀神やとのかみに両親を殺されたのだ。そして意識ごと完全に憑依されていたとはいえ、その時の夜刀神やとのかみの霊媒はミヨクだった。空麻くうまの両親のかたきはミヨクだと捉えられかねないし、実際にミヨク自身はそう思っている。


 その空麻くうまに復讐を肯定しろということはつまり、ミヨクに復讐しろということだ。


 記憶がないから復讐心がない。記憶があれば復讐心があるはずだ。ミヨクのことが憎いはずだ。殺したいはずだ。そう言っているのと変わらない。ミヨクに咎められて初めてそのことに気づいた。


 結局、ミヨクにも失望されてしまった。ミヨクは真守まもりの殺人についてあからさまに拒絶する態度は見せなかったが、快く思っていないに違いない。そこへ真守まもりの失言だ。ミヨクも真守まもりのことを嫌いになってしまっただろう。


 真守まもりは洞窟の出入り口のすぐそばで三角座りをしていた。見張りをしていたエリザベスが心配そうに見に来てくれたが邪険に扱ってしまった。彼女が見張りに戻った時にようやく自分の態度の悪さに気づいたがもう遅かった。


 次にクレメンスがやって来た。


真守まもりさん。探しましたよ」


 クレメンスなら分ってくれるだろうか。クレメンスはまだ、戦闘霊媒が極悪な戦闘霊媒を殺害することに理解があったはずだ。


「クレメンスさん……。私、どうすればいいのでしょうか……?」

「復讐は止めた方がいいと言ったら、あなたはめるのですか?」


 真守まもりは自分の甘さを恥じた。復讐なんてしない方がいいに決まっている。両親はそんなことをさせるために自分の命を守ったのではない。そんなことは分かっているのに、神奈かんなへの怒りを抑えることはできない。自分が手を下さないと気が済まない。


めませんよ……。ごめんなさい。馬鹿なことを訊いてしまって……」

「そうですね。なら、ミヨク君達のことを諦めるのですか?」


 本当にこの人は見透かしたようなことを言う。敵に回したくない人だと真守まもりは思った。


「諦めたくない……」


 強欲なことは分かっている。復讐を果たしたいという願いと、友達がほしいという願いは決して両立しない。そのはずなのに、両方捨てられない自分がいる。


「本当に……どうすればいいの……?」


 ついに真守まもりは泣いてしまった。もう涙が止められなくなってきた。もうどうしたらいいのか分からない。もう消えてしまいたい。真守まもりはさらに強く両脚を抱き、うずくまってしまった。


真守まもり


 そこでミヨクの声がした。真守まもりは顔を上げようとしたが上げられない。自分には上げる資格があるとは思えなかった。


真守まもり。顔を上げてくれ……」


 ミヨクはそう言うが、それでも真守まもりは上げられなかった。そうして黙っていると横に気配を感じた。きっとミヨクが座ったのだろう。


「まあ、そのままでもいいから聞いてくれ」


 ミヨクの声は優しく、温かかった。すぐにでも甘えたかったが、そんな自分が許せなかった。ただ、ミヨクが優しくしてくれているのに無視するのは失礼なので、真守まもりは小さく頷くことだけはした。


 するとミヨクは話し始める。


「まずはっきりと言っておくけど、お前は俺達に絶交されたみたいに思ってるかもしれねぇけど、俺達は全然その気はねぇから」


 真守まもりはその言葉を信じたいと思っている。確かにミヨクなら今まで通り接してくれるかもしれない。形の上では真守まもりに命を握られているような状況だし、たとえ嫌でも真守まもりと付き合うことができる人だろう。


 しかしもう一人はそういうわけにはいかない。


「エレンちゃんは……どうなんですか……」


 エレンには完全に拒絶された。人殺しの真守まもりを恐れて、今までのように仲良く話しかけてくれない。もう取り返しがつかないところに来てしまったと真守まもりは思う。


「エレンも今はショックを受けてるかもしれねぇけど、またすぐに喋ってくれるようになるって。といっても、やっぱり偉そうなところは変わらないだろうけどな」


 ミヨクがそう言うと、「うん」という女の子の小さな声が聞こえてきた。


 ここで、ミヨクの声が優しいものから真剣味を帯びたものに変わる。


真守まもり。今から俺が言うことにふざけんなって思ったら、躊躇ためらわずに俺を殴ってくれていいから。それでもお前に言っておきたいことがある」


 真守まもりには予想がついた。先程まで散々言われたことだ。ミヨクも本心では空麻と同じことを思っているに決まっている。当然のごとく真守まもりの予感は的中した。


「俺だって……真守まもりには復讐とか、人殺しはしてほしくないって思ってる」


 真守まもりはさらに身をきつく抱きしめた。ミヨクを殴るなんてとんでもない。ミヨクの願いは至極真っ当だ。だからこそ、真守まもりと住む世界が違うことを痛感させられる。ミヨクやエレンは魔術師とはいえ、魔術師としての戦闘を行うとはいえ、真守まもりのような人殺しではない。超常現象を扱う人間だが、そこは真守まもりと大きく違うところだ。


「そうですよね……。私みたいな復讐心と血にまみれて汚い人間の相手なんて……したくないですからね……」

「そうじゃねぇよ」


 ミヨクは言った。自虐する真守まもりに対して苛立った様子を全く感じさせずに、ゆっくりと、滑らかな声で、それが当たり前のことだと言うように――。


「だって……真守まもりはそんなことしたいとは、思ってないだろ」


 その瞬間、真守まもりは顔を上げた。顔面が涙で濡れて、とても人に見せられないような酷い有様であることも忘れて横を向いた。その先には、いつも通りのミヨクの笑顔をあった。


「例えば、真守まもりが復讐心に溺れた殺人鬼になってたら、俺は空麻くうまと同じようなことを同じように言っていたと思う。戦闘霊媒の世界がどんなに残酷で、真守まもりが過去にどんなに凄惨な目に遭ってたとしても、他人に迷惑掛けるのは良くないからな」


 そこまで言うと、ミヨクは頭をきながら、恥ずかしそうに真守まもりから視線を逸らす。


「というか、エドガーとの一件で俺、怒りに任せて周りに迷惑かけまくったからな……。エレンにも本当に申し訳なかったし……。なぁ、エレン」


 ミヨクが声を掛けると、エレンは小さく頷いた。


 真守まもりにもそういう時期がなかったわけではない。両親が神奈かんなに殺された直後、真守まもりが戦闘霊媒になったばかりの頃は、復讐心に支配されていた。その時期は、鈴花すずかに辛く当たったことがあったし、祖父や健人けんとからたびたび叱責されたものだ。


「けど、真守まもりは俺のエーテル欠乏症を治すのを優先してくれているし、昼間の戦闘でも、本当に憎いかたきを前にしてもちゃんと空麻くうまを逃がすことを考えてくれていたんだろ。クレメンス先生が言ってたぜ」


 そしてミヨクは再び優しい微笑ほほえみを向けてきた。


「だからさ……ちゃんと俺達のことも考えてくれる真守まもりは偉いと思う。そりゃ……相手が極悪人とはいえ殺人とか復讐とか正当化するつもりはないけど、そこに関してはまだ俺は口出しできる立場じゃないし、俺が言いたのはそんなことじゃなくて……」


 ミヨクは一拍置いてから、少し悲しそうな、それでいてうれしそうな笑顔を浮かべてこう言った。


「俺が知らない間に、真守まもりはすごく頑張ってたんだなって……」


 その瞬間、真守まもりの目の前にある世界が変わった。正確に言うと元に戻った。目の前にいるのは、魔術師になったミヨクではなく、戦闘を経験したミヨクでもなかった。十年前の少し気弱で、けれどとても優しい幼馴染のミヨクだった。


真守まもりはとても優しい女の子だって。俺は分かってるから」


 やめてほしいと思った。自分にはそんなことを言ってもらう資格はない。どこまでいっても、心の奥底では復讐心が燃えていて、神奈かんなのような悪人に対する殺意があふれている。今歩もうとしている道を真守まもりは変えることができない。


「それでも、私はめませんよ。神奈かんなは必ず殺します……。それにくみする者も……。それでも、みよ君はそんなことを言うんですか?」


 真守まもりは血と殺しの世界から抜け出せない。もう戦闘霊媒の世界でしか生きることができないのだ。そうに違いないのに、ミヨクは首を縦に振る。


「何度でも言うよ。真守まもりは頑張り屋さんで優しい子だ」


 真守まもりはそれ以上何も言えなくなった。ミヨクは本気だ。幼馴染としての真守まもりと本気で接しようとしている。ミヨクは先程まで言っていた通り、真守まもりが復讐するのを止めたいと思っているのだろうが、きっと真守まもりを止めることはない。


 しかしミヨクの眼が告げている。いつか真守まもりの世界にたどり着いて、真守まもりの復讐を止めてやる。真守まもりにはそう感じた。


「エレンも、もういいだろ」


 ミヨクがそう言うと、エレンはおそるおそるではあるが、真守まもりの方に近づいてきた。そして目の前でしゃがんで真守まもりを見る。


真守まもり……。昼間はごめんなさい。気が動転して、真守まもりの立場も気持ちも全然考えられなかったわ。確かに怖い真守まもりは嫌だけど、できるだけ理解できるようにする。私に出来ることがあれば遠慮なく言って」


 エレンも優しい言葉を投げてくれる。真守まもりはとても不思議に思った。住む世界が違うはずなのに、真守まもりのことを理解できるわけがないのに、真守まもりに対して優しくしてくれる。


 真守まもりはエレンに抱き着いた。とにかく甘えたくなったのだ。戦闘霊媒の世界以外で友達と言えるような存在はいなかった。学校での付き合いはあるが、そういうことではなく、自分の心の底を打ち明けられるような者がいなかった。


 しかし今は違う。ミヨクもいる。エレンもいる。戦闘霊媒ではない真守まもりを見てくれる人がいる。それならば真守まもりも努力しようと思う。十年前の、ミヨクの幼馴染としての真守まもりに戻る努力を――。


 真守まもりはエレンの胸の中で泣きながら誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ