第4章 二人の役割(1)
空麻は翌日も、鈴花と健人と一緒に火輪山を訪れた。昨日は祠の方に行ったが、鈴花や健人曰く、何も成果がなかったようだ。空麻はただついていっただけで、鈴花と健人が話していたことがよく理解できなかった。
今日は祠から三キロメートルほど離れた洞窟を捜索することになった。自然にできた洞窟で、火輪山の神が眠っていると言い伝えられているらしい。神の姿には諸説あるが、他の土地から逃げてきた神で、姿を現したことがないらしい。鎧武者はその神に関係がある、と鈴花は考えているとのことだ。
今日は、健人が刀を、鈴花が弓矢を持っている。健人の服装は普段通りだが、鈴花は弓道の胸当てをしている。緊張感は昨日と段違いだということを空麻は肌で感じていた。昨日は祠に行っただけであり、その祠も真守と会った広場からそう遠くないところにあったので、危険度は小さかったのだろう。しかし今から行くところは山奥で、しかも暗い洞窟だ。鎧武者に襲われる可能性は十分にあると健人が話していた。
洞窟に入るまでの道中で、健人がこんなことを話してきた。
「ところで鈴花。ミヨクって何者なんだろうな。真守があんなに入れ込んでるなんて絶対なんかあるだろ。あのカチューシャだって、多分ミヨクからもらったものだぞ」
「そうだよね。本人は恋人じゃないって言っているけど怪しいよね」
鈴花が大きく頷く。真守について空麻も気になっていたことがある。自分の考えが見当外れかどうか確かめるつもりで言ってみた。
「久遠先輩って、ミヨク君を見る時の眼と、僕や健人さん、いや他の男の人を見る時の眼が違うように思うんですよね。なんだかミヨク君の時の方が自然体というか……」
空麻としては曖昧でもいいので答えを求めていたのだが、健人が楽しそうに笑みを浮かべながら空麻にこんなことを訊いてきた。
「なんだ。そんなに真守のことが気になるのか? 本当は真守のこと狙ってるとか」
はいと答えたらすぐ鈴花に怒られそうだが、最初からそう答えるつもりはない。
「そんなことないですよ。僕なんか真守さんと釣り合わないですよ」
「それって、釣り合ったら狙うってこと?」
確かに今の空麻の言い方だとそう捉えられかねない。空麻は鈴花に対してはっきりと答えた。
「そんなことないよ」
「そうなんだ……」
空麻にはその言葉が少し嬉しそうに聞こえた。喜んでいるというよりかは、安心したような感じだ。
そこで健人が前を向きながらも、先程とは打って変わって真剣そうな面持ちで話し始めた。
「まあ、真守はやめておいた方がいいな。あいつは俺でも荷が重い。特に今は、次元が違うからなぁ」
健人も真守と同じ戦闘霊媒のはずだ。互いに憎まれ口を叩き合いながらも、根っこのところでは信頼しているように見えた。健人と真守はお似合いだろうと空麻は思っていただけに、健人の発言は意外だった。
「良い奴だよ。それは間違いない。けど、あいつ以上に危うくて悲しい奴を俺は知らない。そりゃ、あいつにも素敵な彼氏ができて、その彼氏に支えてもらえばいいと思うけど、それができる奴は本当にごくわずかだろうな」
健人は重要なことを言っているようで、真守に関する何かを隠している。空麻にはそう感じた。結局、具体的に真守の何がいけないのかを言っていないのだ。しかしそれを聞くわけにもいかないということも察した。
「だからと言って……」
そう言い始めたころには、健人の表情は普通の笑顔に変わっていた。
「まだ、お前さんに鈴花をやるわけにはいかねぇけどな。せめて儀式霊媒になってくれねぇとな。でも、元々標山家の人間だから、良い霊媒にはなれそう……」
「兄さん! 空麻君を霊媒にするのは反対だって言ったよね」
そこで鈴花が怒った。空麻にとしては、鈴花の助けになるのなら霊媒になりたいという思いがあるのだが、やはりまだ許してくれないらしい。
対する健人は、鈴花の言葉を真剣に受け取っていないようで、おかしそうに笑いながらこんなことを言う。
「じゃあ、空麻のことはいらないんだな。そうなんだな。残念だったな空麻。告白する前に振られちゃったぜ」
「そんなこと言ってないでしょう」
こういう風に健人が鈴花のことをからかい、鈴花が怒る光景がよく見られる。というか、鈴花は結構他人からからかわれるような人かもしれないと空麻は思う。もっとも、そんなことを本人に言えば怒られることは目に見えているが――。
「まあ、冗談はこれくらいにして、こっからはちと真剣に行こうぜ」
そんなことを話している内に、洞窟の入口に到着した。当然だが、中は明かり一つない暗闇だ。空麻は電気ランタンで道を照らす。その前を健人が、後ろを鈴花が進んでいった。
洞窟の中では、三人とも何も話さなかった。とても話せる雰囲気ではなかった。健人は常に刀の鞘に手を掛けていて、いつでも抜刀できるようにしていたし、鈴花は既に霊体の狼を肩に乗せていた。
そんな緊張感の中、特に何にも遭遇せず目的地に到着した。広さもかなりある空間だ。天井はなく、青空が見えている。照明は必要なくなったので空麻はランタンのスイッチを切った。
空麻は奥の方を見る。すると黒い紐状のものが少しだけ見えた。あまり長くなく、千切れてしまっているようにも見える。ただ、この世のものではないことだけは確信が持てた。
「あれは……」
空麻には見覚えがあった。空麻の声に合わせるように健人が言う。
「そうだ。真守が出してた蛇神、夜刀神だよ。まあ、今のところは多分そうだろうとしか言えねぇけどな」
夜刀神、標山の森で祀っている蛇神だということくらいは空麻も今は認識している。しかしその神様がどうして火輪山に存在しているのかが不思議でならない。
「空麻、夜刀神の伝説については覚えてきてるよな?」
「はい」
鎧武者の一件の後、夜刀神の伝説の大体の概要くらいは知っておくようにと健人に言われたのだ。
夜刀神とは『常陸国風土記』で伝えられている蛇神のことだ。伝説では、頭に角がある蛇の形をしていて、群れをなしている。新しい田んぼをつくろうとしたところ妨害して人々を困らせていたが、麻多智という人物が立ち上がり、夜刀神を打ち倒した。そして山の登り口に大きな杖を立て、人間と神の領域を分けて、そこに社を作って夜刀神を祀ったとされている。
「でも、どうしてここに、夜刀神とは関係のない土地なんじゃ……」
「元々、標山の森も夜刀神の土地じゃねぇって話しただろ。ここに夜刀神がいるのなら、理由は標山のものと同じだ」
そうだ。夜刀神の伝説は、麻多智が夜刀神を鎮めて終わりではない。まだ続きがある。麻多智の話は継体天皇の時代だ。その後、孝徳天皇の時代になり、壬生連磨という人物が池の堤を築造させようとしていた。しかし夜刀神はその池から去ろうとしなかった。そこで壬生連磨は夜刀神を殺すよう人々に命じて、夜刀神は逃げ隠れてしまったのだ。
標山の森で祀られている夜刀神はその逃げ去った夜刀神の一部だというのが、龍水家や久遠家のような戦闘霊媒の見解らしい。
「ここの夜刀神も大本から別れたものだ。けど実際には夜刀神の霊体はここにはほとんど残ってない。去年にいなくなった」
今では空麻も霊体の気配を感じ取れるようになっている。現世に近い霊体は視認できるし、見ていなくてもある程度の場所は分かる。まだちゃんとして訓練は受けていないので自信を持って言えるわけではないが、空麻としてもこの場所には人間霊がいても、夜刀神のような神霊がいないことは何となく察した。
「夜刀神がいなくなったことはその当時から分かっていたことだが、鎧武者との一件の後に調べてみたら、新しい情報が入った。といってもこれは噂レベルの話で確証はないんだがな……。ここの蛇の霊体がなくなる前、鎧武者が何度か目撃されたらしい。もっとも、お前さん達を襲った鎧武者だという確証はないが……」
その二つの鎧武者は一緒だと健人達は考えているようだ。そして健人はこう続ける。
「単刀直入に言う。鎧武者の正体を突きとめる鍵はお前だと俺達は思っている」
空麻が危ない目に遭うことを極度に嫌がる鈴花が、火輪山という霊性の高い場所に空麻がいることに対して何も文句を言わないのだ。自分に求められていることが何なのか、空麻は既に分かっている。
「僕の霊能力が鍵なんですね」
空麻の言葉に対して、健人は首肯した。
空麻は元々、霊媒の名門である標山家の人間だ。夜刀神の継承者の候補になっていた程の霊能力を秘めている。空麻も健人や鈴花に守られるだけでなく、できる限りのことをしたいと思っているので、協力するのには吝かではないが、一つ大きな問題がある。
「けど、僕の霊能力が何なのかは思い出していませんよ」
高い霊能力を秘めていたとしても使えなければ意味がない。霊体を見ることができるようになっただけで、他は何もできない普通の人間だ。空麻はそう思うのだが、鈴花が首を横に振る。
「空麻君はね、私や兄さんのような戦闘霊媒じゃなくて、儀式霊媒だったと思うの。だから、霊体の物質化は起こせないかもしれないけど、憑依能力には長けているはずだよ」
あらかじめ霊能力に関しての知識は入れている。霊媒の能力は大きく分けると二つある。一つは物理霊媒能力だ。霊体を物質化して、現世に干渉できるようにする。真守が夜刀神を呼びだしたようなものはその最たるものらしいが、世間に知られているようなレベルでも存在しないわけではない。物が勝手に動き出すポルターガイスト現象は物理霊媒能力の一つだと言われている。
そしてもう一つは心理霊媒能力だ。こちらの方が、霊媒ではない一般人にとってイメージされやすいものだろう。霊体の姿を視る、霊体の発する音を聞く。これらも心理霊媒能力にあたるのだが、今問題とされているのは憑依能力、つまり霊体を霊媒の身体に乗り移らせる能力だ。
「それでここにいる幽霊を乗り移らせるの?」
当然そうなる流れだと空麻は思ったが、鈴花は首を横に振る。
「誤解させる言い方をしてごめん。そんな危険なことはさせないよ」
確かに空麻としては、いきなり憑依能力を使えと言われても困る。鈴花達もそれはちゃんと分かっているようだ。
「憑依能力が高いということは、それだけ霊体と繋がる能力が高いということなの。だから、視ることや聞くことはもちろん、気配を感じ取ることも得意で、さらに、かつてここにいた霊体の残滓も分かるようになるってこと。だから空麻君には鎧武者の残した何かを探してほしいの」
鎧武者と遭遇したことがあり、鎧武者と何らかの関係があると思われる空麻だからできることなのだろう。空麻は分からないなりにも何とか頑張ろうとしたが、その前に健人が入口の方を向いてこんなことを言った。
「どうやら、その必要はないようだぜ。あっちから来やがった」
健人は刀を、鈴花は弓を構える。空麻も今では何者かの気配がこちらに近づいてくることくらいは感じ取れるようになった。生き物とは違う存在の気配だ。
入口からゆっくりと、それでいて重々しく、鎧武者が歩んできた。




