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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第2巻 二人の空
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第4章 二人の役割(1)

 空麻くうまは翌日も、鈴花すずか健人けんとと一緒に火輪山ひわざんを訪れた。昨日はほこらの方に行ったが、鈴花すずか健人けんと曰く、何も成果がなかったようだ。空麻くうまはただついていっただけで、鈴花すずか健人けんとが話していたことがよく理解できなかった。


 今日はほこらから三キロメートルほど離れた洞窟を捜索することになった。自然にできた洞窟で、火輪山ひわざんの神が眠っていると言い伝えられているらしい。神の姿には諸説あるが、他の土地から逃げてきた神で、姿を現したことがないらしい。鎧武者はその神に関係がある、と鈴花すずかは考えているとのことだ。


 今日は、健人けんとが刀を、鈴花すずかが弓矢を持っている。健人けんとの服装は普段通りだが、鈴花すずかは弓道の胸当てをしている。緊張感は昨日と段違いだということを空麻くうまは肌で感じていた。昨日はほこらに行っただけであり、そのほこら真守まもりと会った広場からそう遠くないところにあったので、危険度は小さかったのだろう。しかし今から行くところは山奥で、しかも暗い洞窟だ。鎧武者に襲われる可能性は十分にあると健人けんとが話していた。


 洞窟に入るまでの道中で、健人けんとがこんなことを話してきた。


「ところで鈴花すずか。ミヨクって何者なんだろうな。真守まもりがあんなに入れ込んでるなんて絶対なんかあるだろ。あのカチューシャだって、多分ミヨクからもらったものだぞ」

「そうだよね。本人は恋人じゃないって言っているけど怪しいよね」


 鈴花すずかが大きく頷く。真守まもりについて空麻くうまも気になっていたことがある。自分の考えが見当外れかどうか確かめるつもりで言ってみた。


久遠くおん先輩って、ミヨク君を見る時の眼と、僕や健人けんとさん、いや他の男の人を見る時の眼が違うように思うんですよね。なんだかミヨク君の時の方が自然体というか……」


 空麻くうまとしては曖昧でもいいので答えを求めていたのだが、健人けんとが楽しそうに笑みを浮かべながら空麻くうまにこんなことを訊いてきた。


「なんだ。そんなに真守まもりのことが気になるのか? 本当は真守まもりのこと狙ってるとか」


 はいと答えたらすぐ鈴花すずかに怒られそうだが、最初からそう答えるつもりはない。


「そんなことないですよ。僕なんか真守まもりさんと釣り合わないですよ」

「それって、釣り合ったら狙うってこと?」


 確かに今の空麻くうまの言い方だとそう捉えられかねない。空麻くうま鈴花すずかに対してはっきりと答えた。


「そんなことないよ」

「そうなんだ……」


 空麻くうまにはその言葉が少し嬉しそうに聞こえた。喜んでいるというよりかは、安心したような感じだ。

 そこで健人けんとが前を向きながらも、先程とは打って変わって真剣そうな面持ちで話し始めた。


「まあ、真守まもりはやめておいた方がいいな。あいつは俺でも荷が重い。特に今は、次元が違うからなぁ」


 健人けんと真守まもりと同じ戦闘霊媒のはずだ。互いに憎まれ口を叩き合いながらも、根っこのところでは信頼しているように見えた。健人けんと真守まもりはお似合いだろうと空麻くうまは思っていただけに、健人けんとの発言は意外だった。


「良い奴だよ。それは間違いない。けど、あいつ以上に危うくて悲しい奴を俺は知らない。そりゃ、あいつにも素敵な彼氏ができて、その彼氏に支えてもらえばいいと思うけど、それができる奴は本当にごくわずかだろうな」


 健人けんとは重要なことを言っているようで、真守まもりに関する何かを隠している。空麻くうまにはそう感じた。結局、具体的に真守まもりの何がいけないのかを言っていないのだ。しかしそれを聞くわけにもいかないということも察した。


「だからと言って……」


 そう言い始めたころには、健人けんとの表情は普通の笑顔に変わっていた。


「まだ、お前さんに鈴花すずかをやるわけにはいかねぇけどな。せめて儀式霊媒になってくれねぇとな。でも、元々標山しめやま家の人間だから、良い霊媒にはなれそう……」

「兄さん! 空麻くうま君を霊媒にするのは反対だって言ったよね」


 そこで鈴花が怒った。空麻くうまにとしては、鈴花すずかの助けになるのなら霊媒になりたいという思いがあるのだが、やはりまだ許してくれないらしい。


 対する健人けんとは、鈴花すずかの言葉を真剣に受け取っていないようで、おかしそうに笑いながらこんなことを言う。


「じゃあ、空麻くうまのことはいらないんだな。そうなんだな。残念だったな空麻くうま。告白する前に振られちゃったぜ」

「そんなこと言ってないでしょう」


 こういう風に健人けんと鈴花すずかのことをからかい、鈴花すずかが怒る光景がよく見られる。というか、鈴花すずかは結構他人からからかわれるような人かもしれないと空麻くうまは思う。もっとも、そんなことを本人に言えば怒られることは目に見えているが――。


「まあ、冗談はこれくらいにして、こっからはちと真剣に行こうぜ」


 そんなことを話している内に、洞窟の入口に到着した。当然だが、中は明かり一つない暗闇だ。空麻くうまは電気ランタンで道を照らす。その前を健人けんとが、後ろを鈴花すずかが進んでいった。


 洞窟の中では、三人とも何も話さなかった。とても話せる雰囲気ではなかった。健人けんとは常に刀のさやに手を掛けていて、いつでも抜刀できるようにしていたし、鈴花すずかは既に霊体の狼を肩に乗せていた。


 そんな緊張感の中、特に何にも遭遇せず目的地に到着した。広さもかなりある空間だ。天井はなく、青空が見えている。照明は必要なくなったので空麻くうまはランタンのスイッチを切った。


 空麻くうまは奥の方を見る。すると黒い紐状のものが少しだけ見えた。あまり長くなく、千切れてしまっているようにも見える。ただ、この世のものではないことだけは確信が持てた。


「あれは……」


 空麻くうまには見覚えがあった。空麻くうまの声に合わせるように健人けんとが言う。


「そうだ。真守まもりが出してた蛇神、夜刀神やとのかみだよ。まあ、今のところは多分そうだろうとしか言えねぇけどな」


 夜刀神やとのかみ標山しめやまの森でまつっている蛇神だということくらいは空麻くうまも今は認識している。しかしその神様がどうして火輪山ひわざんに存在しているのかが不思議でならない。


空麻くうま夜刀神やとのかみの伝説については覚えてきてるよな?」

「はい」


 鎧武者の一件の後、夜刀神やとのかみの伝説の大体の概要くらいは知っておくようにと健人けんとに言われたのだ。


 夜刀神やとのかみとは『常陸国ひたちのくに風土記ふどき』で伝えられている蛇神のことだ。伝説では、頭に角がある蛇の形をしていて、群れをなしている。新しい田んぼをつくろうとしたところ妨害して人々を困らせていたが、麻多智またちという人物が立ち上がり、夜刀神やとのかみを打ち倒した。そして山の登り口に大きな杖を立て、人間と神の領域を分けて、そこにやしろを作って夜刀神やとのかみまつったとされている。


「でも、どうしてここに、夜刀神やとのかみとは関係のない土地なんじゃ……」

「元々、標山しめやまの森も夜刀神やとのかみの土地じゃねぇって話しただろ。ここに夜刀神やとのかみがいるのなら、理由は標山しめやまのものと同じだ」


 そうだ。夜刀神やとのかみの伝説は、麻多智またち夜刀神やとのかみを鎮めて終わりではない。まだ続きがある。麻多智またちの話は継体けいたい天皇の時代だ。その後、孝徳こうとく天皇の時代になり、壬生連磨みぶのむらじまろという人物が池の堤を築造させようとしていた。しかし夜刀神やとのかみはその池から去ろうとしなかった。そこで壬生連磨みぶのむらじまろ夜刀神やとのかみを殺すよう人々に命じて、夜刀神やとのかみは逃げ隠れてしまったのだ。


 標山しめやまの森でまつられている夜刀神やとのかみはその逃げ去った夜刀神やとのかみの一部だというのが、龍水りゅうすい家や久遠くおん家のような戦闘霊媒の見解らしい。


「ここの夜刀神やとのかみも大本から別れたものだ。けど実際には夜刀神やとのかみの霊体はここにはほとんど残ってない。去年にいなくなった」


 今では空麻くうまも霊体の気配を感じ取れるようになっている。現世に近い霊体は視認できるし、見ていなくてもある程度の場所は分かる。まだちゃんとして訓練は受けていないので自信を持って言えるわけではないが、空麻くうまとしてもこの場所には人間霊がいても、夜刀神やとのかみのような神霊がいないことは何となく察した。


夜刀神やとのかみがいなくなったことはその当時から分かっていたことだが、鎧武者との一件の後に調べてみたら、新しい情報が入った。といってもこれは噂レベルの話で確証はないんだがな……。ここの蛇の霊体がなくなる前、鎧武者が何度か目撃されたらしい。もっとも、お前さん達を襲った鎧武者だという確証はないが……」


 その二つの鎧武者は一緒だと健人けんと達は考えているようだ。そして健人けんとはこう続ける。


「単刀直入に言う。鎧武者の正体を突きとめる鍵はお前だと俺達は思っている」


 空麻くうまが危ない目に遭うことを極度に嫌がる鈴花すずかが、火輪山ひわざんという霊性の高い場所に空麻くうまがいることに対して何も文句を言わないのだ。自分に求められていることが何なのか、空麻くうまは既に分かっている。


「僕の霊能力が鍵なんですね」


 空麻くうまの言葉に対して、健人けんとは首肯した。


 空麻くうまは元々、霊媒の名門である標山しめやま家の人間だ。夜刀神やとのかみの継承者の候補になっていた程の霊能力を秘めている。空麻くうま健人けんと鈴花すずかに守られるだけでなく、できる限りのことをしたいと思っているので、協力するのにはやぶさかではないが、一つ大きな問題がある。


「けど、僕の霊能力が何なのかは思い出していませんよ」


 高い霊能力を秘めていたとしても使えなければ意味がない。霊体を見ることができるようになっただけで、他は何もできない普通の人間だ。空麻くうまはそう思うのだが、鈴花すずかが首を横に振る。


空麻くうま君はね、私や兄さんのような戦闘霊媒じゃなくて、儀式霊媒だったと思うの。だから、霊体の物質化は起こせないかもしれないけど、憑依能力にはけているはずだよ」


 あらかじめ霊能力に関しての知識は入れている。霊媒の能力は大きく分けると二つある。一つは物理霊媒能力だ。霊体を物質化して、現世に干渉できるようにする。真守まもり夜刀神やとのかみを呼びだしたようなものはその最たるものらしいが、世間に知られているようなレベルでも存在しないわけではない。物が勝手に動き出すポルターガイスト現象は物理霊媒能力の一つだと言われている。


 そしてもう一つは心理霊媒能力だ。こちらの方が、霊媒ではない一般人にとってイメージされやすいものだろう。霊体の姿を視る、霊体の発する音を聞く。これらも心理霊媒能力にあたるのだが、今問題とされているのは憑依能力、つまり霊体を霊媒の身体に乗り移らせる能力だ。


「それでここにいる幽霊を乗り移らせるの?」


 当然そうなる流れだと空麻くうまは思ったが、鈴花すずかは首を横に振る。


「誤解させる言い方をしてごめん。そんな危険なことはさせないよ」


 確かに空麻くうまとしては、いきなり憑依能力を使えと言われても困る。鈴花すずか達もそれはちゃんと分かっているようだ。


「憑依能力が高いということは、それだけ霊体と繋がる能力が高いということなの。だから、視ることや聞くことはもちろん、気配を感じ取ることも得意で、さらに、かつてここにいた霊体の残滓ざんしも分かるようになるってこと。だから空麻くうま君には鎧武者の残した何かを探してほしいの」


 鎧武者と遭遇したことがあり、鎧武者と何らかの関係があると思われる空麻くうまだからできることなのだろう。空麻くうまは分からないなりにも何とか頑張ろうとしたが、その前に健人けんとが入口の方を向いてこんなことを言った。


「どうやら、その必要はないようだぜ。あっちから来やがった」


 健人けんとは刀を、鈴花すずかは弓を構える。空麻くうまも今では何者かの気配がこちらに近づいてくることくらいは感じ取れるようになった。生き物とは違う存在の気配だ。


 入口からゆっくりと、それでいて重々しく、鎧武者が歩んできた。

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