第3章 二人の想い(3)
空麻は鈴花と健人と一緒に火輪山に来た。鎧武者の手掛かりを探すためだ。空麻は、詳しくは聞かされていないが、火輪山の山頂に祠があるらしく、そこに鎧武者に関わる何かが隠されているとのことだ。鈴花と健人は大体の見当をつけているようだ。
火輪山は都会から遠く離れたところにあり、観光地として整備もされていない。それに加えて、心霊スポットとして有名であり、行方不明者が出たという噂もある。そのため、わざわざ登山をして来るようなもの好きの人間はいないらしく、空麻達の他には誰もいなかった。山の中腹に来るまでは――。
山の中腹に来ると、大きな広場があり、そこを通っていると、見慣れた人物に出会った。鈴花が頭を抱える。
「あなた達はここで何をしているのですか……?」
久遠真守がそこにいた。ミヨク・ゼーラーもいる。あと空麻が会ったことのない人物が二人いる。一人は、金髪ツインテールで、山には似つかわしくないゴシックドレス着た外国人の女の子だ。空麻とは年が近そうだ。もう一人も外国人のようで、牧師服を着た三十代くらいの男性だ。四人とも、レジャーシートに腰を下ろしている。
「何って……ピクニックですよ」
真守が、何をおかしい質問をしているのだと言いたげな感じで、首を傾げていた。真守の答えを聞いて、鈴花が溜息をついた。
「ここがどういう場所なのか分かっていないあなたではないでしょう……」
「分かっていますよ。ここがそういう場所だから来ているのではないですか」
火輪山を進んでいる途中で、空麻は鈴花から聞いていた。火輪山はこの世とあの世の境界が非常に不鮮明で、霊体のたまり場になっているとのことだ。特に、この世に悪影響を及ぼすような地縛霊も多く、霊感の少ない人間でも火輪山に来れば、霊体の瘴気にあてられて体調を崩すことも少なくないらしい。
「まったく……ここに来ることは分かっていましたけど、まさか呑気にピクニックなんて……」
「まあ、そんなことを言わずに……。鈴花ちゃん達もここでゆっくりしていってはどうですか? サンドイッチもありますよ」
「結構です。私達は先を急ぎますので」
鈴花がそう言って先を進もうとすると、金髪の女の子がつまらなさそうに言う。
「あなた、真守の仲間なのでしょう。それなのに、真守の厚意を無視するなんて無粋ね。可愛い顔しているのだから、もう少し愛想良くしたらどうなの?」
金髪の女の子の方も、西洋人らしい妖精みたいな綺麗で可愛らしい顔立ちをしているのだから、もう少し笑えばいいと空麻は思う。それから金髪の女の子は立ち上がり、靴を履いてから鈴花の方へ歩み寄り、無表情のまま片手を差し出した。
「エレン・ゼーラー、そこにいるミヨク・ゼーラーの妹よ。腹違いだけど。あなたの名前は?」
エレンという女の子は鈴花に握手を求めているようだ。鈴花は戸惑った様子でエレンの手を見つめていたが、もう一度エレンの顔を見た後に、彼女の手を握った。
「龍水鈴花です。よろしくお願いします」
「敬語はいいわよ。あなた、私と同い年らしいから」
綺麗だが子供っぽい顔立ちだから、小さな女の子なのかと空麻は思っていたが、エレンの方が鈴花よりも少しだけ背が高いようだ。
レジャーシートでは、真守が明らかに嘘だと分かるような泣き真似している。
「エレンちゃんが、こんな風に自分から挨拶しに行くようになったなんて……。私、感動しました」
そんな真守に合わせるようにミヨクがこんなことを言う。
「ちょっと前までは、エレンの方が鈴花さんにみたいな態度を取ってたのにな。成長してくれたようで、お兄ちゃんも嬉しいよ」
真守とミヨクの言葉を聞いて、エレンは少し眉を顰める。
「あの二人は放っておいて、標山空麻というのはどちらなのかしら?」
エレンが訊いて来たので、空麻は手を挙げて即答した。
「僕がそうです」
そして、エレンの方に歩み寄り、片手を差し出して握手を求める。しかしエレンは空麻の手を少し見ただけで何もしなかった。どうやら握手は女の子限定のようだ。空麻が手を引くと同時に、エレンが話を再開した。
「お兄様がお世話になったようね。話を聞いてくれてありがとう。こんなこと言うと戸惑うかもしれないけど、お兄様とは仲良くしてあげて」
それだけ言って、エレンはレジャーシートの方へ戻って行った。全く相手にされなかった健人が寂しがっているのはともかく、空麻はいいことを思いついた。
「鈴花ちゃん。もう結構歩いたし、ちょっとここで休んでいこうよ」
空麻が提案すると、鈴花は少し不満そうな表情を浮かべつつ、小声で空麻に返答する。
「別にここじゃなくていいじゃない。空麻のいじわる」
鈴花の嫌がる姿は可愛いが、それでも空麻はここで休むべきだと思う。今なら、鈴花が真守と仲良くできるチャンスだ。鈴花は真守に憧れを抱いていると話していた。真守は正義感が強くて優しい人だということも分かっていると言っていた。心の奥底では真守と仲良くしたいと思っているはずだ。余計なお世話かもしれないが、空麻としては、鈴花が素直になってくれたら嬉しい。
「そうだな。俺もここで休むのに賛成だ」
健人も空麻に続く。鈴花も空麻と話したことを思い出したのか、今回は怒りっぽくもなく、苛々もしていないようだ。溜息をつきながらも首を縦に振った。
「分かったよ。ここで休んでいこう」
そして空麻達も、真守達の近くでレジャーシートを敷いて休むことにした。ちょうど昼食にしようと考えていたこともあり、自分達の弁当も開ける。中身は真守達と同じサンドイッチだ。
「おいしそうですね。私が作ったのと交換しますか?」
真守が笑顔で鈴花に話しかける。鈴花はどうしようか戸惑った様子を見せつつも、真守がもう一度笑顔を振りまくと、首を縦に振った。
「そうですね。どうぞ……」
そう言って、鈴花はたまごサンドが入った箱を差し出す。真守はたまごサンドを一つ取ると、すぐに一口食べた。
「うん……。とてもおいしいですね。私よりも上手。鈴花ちゃんが作ったのですか?」
「ええ、そうです。お口にあったのならよかったです」
「そんなにかしこまらなくていいですよ。さあ、鈴花さんにもお返しに……ベタなのはつまらないので、これにしましょうか。鈴花さん、辛いのは得意ですか?」
「まあ……嫌いじゃないですけど」
「じゃあ、これをどうぞ」
今度は真守が自分の箱を鈴花に差し出す。空麻はちらっとその箱の中身を覗いてみた。箱の半分は普通のたまごサンドで占められていたが、残り半分のサンドイッチには香辛料がたくさんかけられていそうなチキンが挟まれている。
鈴花は少しためらう仕草をしつつも、ゆっくりと辛そうなチキンサンドを取り出し、数秒間そのサンドイッチを心配そうに見つめた後、思い切ったようにサンドイッチにかぶりついた。そして難しい顔をしながらサンドイッチを食べる。その様子を真守とエレンが興味深そうに見つめていた。
「えっ……」
サンドイッチを飲み込めたようで、鈴花が驚いたような表情を浮かべる。
「結構辛いけど、すごくおいしいです。癖になりそう……」
そう言って、鈴花はサンドイッチを食べ続ける。その様子を見て、エレンが得意げに胸を反らした。
「それは私が作ったのよ」
「そうなの。エレンさんは……」
「エレンでいいわ」
エレンは少し生意気なところはあるものの、鈴花に対しては友好的に接しようとしているみたいだ。鈴花もまんざらではないようで、次第に笑みもこぼれてきた。いつの間にか、女の子三人は固まって、サンドイッチを食べるようになっている。
そんな姿を見て、空麻も自然と頬を緩ませていた。
「おい、空麻。鼻の下伸びてんぞ」
ミヨクの声が聞こえて、空麻はようやく自分が女の子のところばかり見ていることに気付いた。男性陣の方を振り向いてみると、ミヨクと健人がとても楽しそうに笑いながら空麻を見つめている。
「そんなことないよ。別に、そんなつもりで見てたわけじゃないし……」
「そんなつもりって……」
全てを分かっているとでも言いたげに、ミヨクは微笑みながら訊く。いつの間にか、女性陣の注目も空麻の方に集まっていた。
真っ先に鈴花が声を掛けてきた。
「どうしたの空麻君。顔、赤いよ」
鈴花だけが本気で心配しているような眼差しで空麻を見ている。真守とエレンはミヨクや健人と同様に、何かを察したように微笑んでいる。微笑んでいる四人はきっと、空麻が鈴花のことを好いているから、鈴花のことが気になって、鈴花を見ていたのだと思っているのだと空麻は確信している。
「自分の想いを打ち明けたらどうですか?」
終いには真守がそんなことをいう始末である。これ以上勘違いされるのも何なので、空麻は思っていたことを鈴花に話すことにした。
「鈴花ちゃんが久遠先輩と仲良くできているようで安心したんだよ。本当にそれだけだから……」
その瞬間、真守とエレンとミヨクと健人から冷めきった視線が飛んできた。この四人はきっと、鈴花のことが好きだと空麻が言うことを期待していたのだろう。空麻はすぐに察した。特に真守は、とても落胆したようで、両手で頭を抱えながら、ぶつぶつと何かを呟いていた。
鈴花は、真守達の様子を見ていないようで、ただ空麻だけを見つめてこんなことを言う。
「そんなこと心配してくれていたの……。空麻君は優しいね。ありがとう」
鈴花だけは何も察していないようで、空麻は安心した。確かに、空麻にとっても、鈴花は魅力的な女の子だ。恋心を全く抱いていないと言えば嘘になる。だけど、空麻は一歩引いたところで鈴花を見ている。
鈴花は霊媒だ。しかも戦闘霊媒ということなので、霊能力を使って敵と戦うのだろう。鎧武者の襲撃にあった時は結局戦わなかったが、あの化物と戦うことができるということなのだろう。
しかし空麻にはそんな能力はない。元は標山家の霊媒だったのだろうが、今ではただ霊が視えるだけの一般人だ。鎧武者の襲撃にあった時は強がってみたものの、やはり空麻ではどうにもならなかったに違いない。つまるところ、空麻は鈴花に守ってもらうだけで、彼女の助けになることができない。それなのに、好きと言っても虚しいだけだと空麻は思う。
「いやいや。よかったね。久遠先輩達と仲良くなれて」
空麻ができることと言えば先輩との仲を取り持つという普通の人間ができることくらいだ。それだけでも役に立てたのならそれで十分だと空麻は思う。
「うん。ありがとう」
昼食を終えると、空麻達は祠の方に向かい、真守達は広場に留まった。夜は空麻達も真守達も同じ宿に泊まることになっているようで、さらに交流を深めることができることに空麻は嬉しさを感じていた。




