第3章 二人の想い(2)
真守は火輪山の麓にある街に来ていた。隣にはミヨクもいる。ここにミヨクの妹であるエレン・ゼーラーが来るということで待っているのだ。
「ところでみよ君。身体の方は大丈夫ですか? 気分が悪いということはありませんか? 意識が薄くなることもありませんか? 少しでも違和感を覚えたら遠慮せずに言ってくださいね」
真守が心配そうな表情で真守を見つめるが、ミヨクは溜息をついた。
「あのな……。大丈夫だって……。これでも向こうでは一週間くらいは何もなかったんだぜ。まだここに来てから二日も経ってねぇじゃねぇか……」
ミヨクにエーテル欠乏症の症状が出始めたのは、魔術師の国に戻ってから一週間後くらいらしい。それでも本人には覚えがないだけで、倦怠感や疲労感があったに違いないと真守は考えている。今のところは、本人の言う通り、ミヨクの体調には変化はないようだ。しかしまだ油断はできない。まだ二日経ったばかりだ。
「そうですね。時間は十分ありますし、ゆっくりと焦らずにみていきましょう」
魔術師の国における学校の夏季休暇が終わるのは一か月後だとのことだ。それまでに夜刀神と土地の繋がりが必要ないことを確認したい。火輪山でミヨクが無事ならば、夜刀神と何の縁もゆかりもない、それでいてこの世とあの世の境界が曖昧な、火輪山と同じような条件の土地である魔術師の国でもミヨクは大丈夫だろう。
「ところで、空麻がここに来たってことは、あいつ霊媒に戻るつもりなのかな?」
「あの様子だとちょっと考えにくいですね。そもそも戦闘霊媒にはなるべきではないのですが、儀式霊媒にもならないかもしれませんね」
戦闘霊媒が何なのか、そして真守が戦闘霊媒であるということを、ミヨクは既に知っている。鎧武者に襲われた後に真守の口から説明した。今後、龍水家に関わることが多くなるし、鎧武者のことでミヨクを巻き込んでしまった場合、どうしても隠しきれなくなると思い、それならば話しておいた方がいいと判断した。
ミヨクも、戦闘霊媒のことは知らなかったし、空麻のことを儀式霊媒、つまり神霊の交霊儀式に特化した霊媒であって戦闘に重きを置いた霊媒ではないと思っていたと話していた。
当時は必要でなかったとはいえ、春にミヨクが来た時、真守は戦闘霊媒の事実を隠していた。戦闘霊媒の話をした時に、隠していたことを謝罪したのだが、ミヨクは謝る必要はないと応じた。真守には真守の事情があると優しく諭したのだ。しかし、さらに闇の深い隠し事があることを真守は自覚している。
「そっか……。でも、霊視能力は戻ったらしいけど……」
「それは、鎧武者に襲われた後のようですね。それまでは霊視能力もなかったみたいですよ。夜刀神を差し向けて試しましたけど、空麻さん、何も反応しませんでしたし」
「は……?」
そこで空気ががらりと変わった。今まで穏やかに話していたミヨクが、険のある顔で真守を見据えている。明らかに怒っている。
「お前、今なんて言った?」
「えっ……。私、何かおかしなことを言いましたか……?」
ミヨクが何に怒っているのか、真守は全く見当がつかなかった。上目遣いでおそるおそる訊いてみると、ミヨクがこう答える。
「お前、夜刀神を空麻に向けたって言ったな。一体何考えてるんだよ。あいつが夜刀神の事件に巻き込まれて、家族を失ったことはお前もちゃんと知ってるだろ。それであいつの身に何かあったらどうするんだよ?」
かなり厳しい口調でミヨクは問い質す。真守はミヨクの怒りを鎮めようとする。
「でも、試したと言っても、空麻さんに霊体が視えるか視えないかを試しただけで、実体化よりもはるかに前の段階に抑えましたし……。場所は学校でしたから、それこそ実体化して、空麻さんに怪我をさせるようなことは……」
「そういう問題じゃねぇだろっ!」
そこでミヨクは激高した。しかし興奮したことにすぐ気付き、周囲を見渡す。都会ではないので、人通りは少ないが、少し離れたところにいる人達が、こちらを注目している。霊媒の話をしていることもある。ミヨクは冷静さを取り戻したようで、声の調子を落として真守に話しかける。
「確かに街中の学校なら霊媒能力は発揮されにくいけど、それでも空麻は元々標山家の人間で、夜刀神の影響を受けやすいはずだ。だから最善の注意を払うべきだろ。それに、もし空麻がその時点で霊視能力を持っていて、夜刀神を視てしまったら、昔の事件の記憶を一気に取り戻して、精神的苦痛を受けるかもしれねぇ。それくらいは考えるべきだろ」
ミヨクの言う通りだ。真守は素直にそれを認めた。丁寧に頭を下げる。
「配慮の足りない、軽率な行動でした。申し訳ありませんでした」
夜刀神の力を管理していながら、その危険性を全く認識していなかった。そのことに気付かされて、今までほとんど考えてこなかったことを真守は恥じる。
「まぁ……。反省してるなら、もういいよ。頭を上げてくれ。俺も、ちょっと言い過ぎた」
真守はミヨクの言う通りにする。真守が見上げた頃には、ミヨクは苦笑いを浮かべていた。もう怒ってはいないようだ。
そしてミヨクはこんなことを言う。
「まあ、やってしまったものは仕方ないとして……。話変わるけど、鎧武者のことは何か分かったのか? 龍水家の人達は見当ついてる感じだったけど、本当に真守は何も知らされてないのか?」
「ええ、どうやら私を関わらせたくないようですね」
ヘンシェル教会前の一件以来、鎧武者は一度も姿を見せていない。おそらく空麻達に対してもそうだろう。
「だから、残念ながら私にも分かりません。一体誰の差し金なのでしょうね」
真守は平然と嘘をついた。確信に至っていないし、何の証拠も握っていないので、まったくの嘘ではないが、考えられる可能性を隠したのは確かだ。もし真守の予想が正しければ介入しようと思っている。ただしミヨクやエレンには迷惑を掛けるつもりもない。ミヨクの療養は優先する。しかし手掛かりくらいは手に入れようとは思っている。
ただ、鎧武者に関して、真守にはまったく理解できていないことがある。
「あの子供についても……今のところ、謎のままですね……」
鎧武者を具現化させていた子供、それに関しては真守にも見当がつかない。歳は十二歳くらいのように真守には見えた。「標の梲」という言葉を発していたので、標山家の人間かと考えられた。
そこでミヨクに訊いてみたところ、標山家にはそれくらいの年代の子供がいたとのことだ。例の事件に巻き込まれていないので、まだどこかで生きていることも十分考えられる。もちろんそれだけで、鎧武者の霊媒が標山家の子供だと断ずることはできない。
「それについても、健人さん達に任せておけば大丈夫ですよ。というか、みよ君が心配するようなことではないと思いますが」
「空麻が狙われてるんだろ。正直、俺も助けたいくらいだ」
ミヨクはどこか悲しそうな眼をしながら、こんなことを口にする。
「あいつは、俺の弟みたいな存在だからな……」
真守はなんとなく分かった。ミヨクは、空麻が元気で生きていたことがとても嬉しいのだ。血の繋がりはなく、以前はあまり関わりがなかったとしても、かなり近い親戚だ。歳の近い兄弟のような存在を大切にしたいと思うのは当然だろう。
「みよ君。それでもみよ君は療養に専念しないとダメですよ。みよ君の方が危ない状況だと言っても過言ではないですから」
「そうだな……。真守の言う通りだ」
そんなことを話している間に、エレンが到着した。エリザベス達フォルトナー四姉妹も一緒にいる。エレンはキャリーバックを引っ張りながら歩いて来るが、真守はエレンが辿り着くのを待たずに彼女の元へ駆ける。そして勢いよく抱き着いた。エレンは少し呆れたように溜息をつきながらも満更でもない様子である。
「久しぶり真守。元気そうでなによりだわ?」
「ええ、エレンちゃんこそ、お元気そうで」
それからフォルトナー四姉妹も真守の周りに集まる。まず、エリザベスが真守と両手を引っ張るような仕草を見せた。真守はエレンから離れるとエリザベスと両手を繋いで一緒に飛び跳ねる。
「みんなも久しぶりです。相変わらずお元気そうですね。ちゃんとエレンちゃんの言うこと聞いてますか?」
まだ最後に会ってから三か月くらいしか経っていないが、真守には随分長い間会っていなかったように感じていた。ミヨクやエレンとは文通していたが、魔術師の国との通信事情もあって、一か月に二回だけ送受信ができるだけだった。その分、会えない日々が寂しく思え、会えた時の嬉しさが倍増したようだ。
そこへ、ミヨクが困ったように言う。
「あのな……。お前ら、四姉妹は周りに視えてないんだから、そうやってはしゃいでると、すげぇ変人だと思われるぞ」
真守はうっかりしていた。フォルトナー四姉妹は霊体だ。真守とミヨクとエレンには視えていても、他の人には視えていない。先程、真守とエリザベスが手を取り合っている姿は、霊視能力のない人間からすると、真守が一人で変な踊りをしているように映っているだろう。
「ごめんなさい。そうですよね……」
真守は謝ったが、エレンは不満そうに口を尖らせる。
「そんなつまらないことを言って、親友との再会に水を差さないでくれないかしら。どうぜ、人通りも少ないでしょう。ところでお兄様は大丈夫なの?」
エレンは特に心配していなさそうに訊く。ミヨクの現状を手紙で伝えていたとはいえ、反応が淡泊だ。少し前まではミヨクとしか話したくないという感じで真守を避けていたのに、今では真守に仲良くしてくれている。
「大丈夫だよ。なんかエレン、冷たいな……」
エレンの社交性が上がった代わりに、ミヨクにべったりすることは少なくなった。ミヨクとしては嬉しくもあり寂しくもあるのだろう。
「気のせいよ。大丈夫そうで本当に安心したわ。後は、標山の森じゃなくても、魂の安定性を保てるかどうかね……」
エレンが言うと、ミヨクと真守は真面目な表情で頷いた。ミヨクは元気になったが、それは標山の森の影響が大きいと思われる。本当の勝負はこれからなのだ。
エレンがまたミヨクに訊く。
「ところでお兄様、アーミラリステッキは持ってきてるのよね?」
「ああ、今は教会に置いてるけどな」
教会というのは、標山の森の近くにあるヘンシェル教会ではなく、現在真守達が宿泊している、火輪山の近くにあるヘンシェル教会の支部だ。
「新しいこと試したいから、もうちょっと回復したら付き合ってくれたら助かるわ」
「おお、いいぜ」
ミヨクは来日の際に、アーミラリステッキを持ち出していた。標山の森の方のヘンシェル教会にいる時もずっと教会に置いていた。もし順調に回復したら標山の森で魔術の訓練をしたいとのことだ。真守もできる限りミヨクの意思を尊重したいが、やはり優先すべきはミヨクの体調である。
「みよ君。くれぐれも油断は禁物ですよ」
「わかってるって……」
ミヨクは少し面倒くさそうに答える。確かに、今の調子だとミヨクの回復には問題なさそうだと真守は思った。




