第3章 二人の想い(1)
学校は夏休みに入り、空麻は休暇を外泊先で楽しむはずだった。しかしその外泊先で大きな問題が生じてしまったのだ。
一緒に来た鈴花がとても怒っている。原因は、外泊先の街中である人物に偶然出会ったからだ。鈴花は不機嫌な態度を隠そうともせず、挑発的な口調で話す。
「どうして、久遠先輩がここにいるのですか?」
真守とミヨクが目の前にいたのだ。ちなみにミヨクは車いすに乗っているのではなく、きちんと立っている。二人は驚いた様子を見せたが、すぐに笑顔で挨拶してきた。空麻も挨拶を返そうとしたが、鈴花に止められてしまった。
「そんなことを言われましても……。私達は私達の目的でここに来たのですけど……」
空麻と鈴花は火輪山の近くにある市街に来ていた。鎧武者の手掛かりとなるものがその山にあるということだからだ。本当は鈴花と健人だけで行き、空麻は残していこうと鈴花は考えていたらしいが、自分も鎧武者のことを知りたいと空麻が主張したことと、手元に置いた方が空麻の安全を確保できると健人が言ったことで、鈴花も納得した。
「まあ、火輪山は標山の森から近くて、かつ霊性が高い数少ない土地ですから、私達霊媒なら、目的地が同じになってもあまり不思議に思えませんが……」
「確かにそうですけど……」
鈴花は嫌そうではあるが、真守の言葉は嘘ではないと認めたようだ。そこへ、真守は何か楽しいことでも思い浮かんだように微笑む。
「ところで、鈴花さんは空麻さんと一緒に旅行ですか。もうそんな関係なのですね」
「違いますよ! 後で兄とも合流します」
とても大きな声だった。周りに人達の注目を浴びてしまった。鈴花もそれに気づいて恥ずかしそうに俯く。そこへ真守が苦笑いを浮かべながら言う。
「そんなに怒って否定しなくても……。ねぇ、空麻さん」
「ええ……」
周りからの注目が止んだところで、鈴花は気を取り戻したようだ。さすがに先程のように叫びはしなかったものの、まだ苛立ちは収まらないようだ。
「久遠先輩だって男の人と旅行じゃないですか。そういう関係なのですか?」
「いいえ。彼はただの友人です。それに、後でみよ君の妹さんと合流しますよ」
鈴花と違って、真守はとても冷静に答えた。鈴花は自分に受けた仕打ちを真守にも与えようとしたみたいだが、まったく効果はなかったようだ。むしろ真守にペースを握られる結果となってしまった。
鈴花は何かを諦めたように溜息をついた。
「それで、久遠先輩はこんなところに何の用なのですか? わざわざ火輪山に来たということは、それなりの理由がありますよね」
「その質問に答えたら、私が同じ質問を鈴花ちゃんにしてもいいということですよね」
鈴花はもう一度溜息をついてから答えた。
「先に答えておきます。私達がここに来たのは鎧武者の手掛かりを得るためです」
「そうですか。頑張ってくださいね」
真守は鎧武者に関してあまり興味がないような素振りを見せる。
「じゃあ、私の番ですね。私とみよ君は、みよ君を治すためにここに来ました。お察しの通り、霊的な関係です」
隠し事をしてもあまり意味はないといったような口振りだ。これには鈴花も文句がないようで、静かに頷いた。
「そうですか。てっきり空麻さんを霊媒にしようとでも……ってそんなに睨まなくてもいいじゃないですか……」
真守がそんなことを言い出すと、鈴花はすぐに敵対体勢に入ってしまった。怒りがあまって叫びだしはしなかったものの、かなり怒っていることは空麻の眼から見ても明白だ。
「変なことを言い出さないでください。空麻君が本気にしたらどうするんですか?」
「あながち間違ったことは言っていないつもりなのですが……。さすがに戦闘霊媒になることはおすすめしませんが、普通の心理霊媒能力くらいなら訓練しておいても損はないと思います。実際、視えているのでしょう」
「久遠先輩も兄みたいなことを言うんですね。私は反対ですよ。空麻君にそんな能力は必要ありません。霊視能力をコントロールするだけで十分です」
実際に空麻は健人に言われた。真守や健人のような戦闘霊媒にはなる必要はないが、憑依能力くらいは身に着けておいた方がいいと。これから霊媒に関わることがあるかもしれないし、鎧武者のような存在に襲われないとも限らないので、最低限の能力はあった方がいいとのことだ。
空麻はその意見に賛成したが、鈴花が猛反対した。空麻は自分が守ると言って譲らなかった。結局、空麻は霊視能力を持っているだけで、他の霊能力は何も教えられないでいる。元々あった能力もまだ思い出していない。
「そうですか……。まあ、私が口出しするのもなんですが、あまり無理をしないでくださいね。困った時は私も相談に乗りますから」
「余計なお世話です。では、これで失礼します。行こう、空麻君」
そう言って鈴花は空麻の腕を取りながら歩き出した。空麻は引っ張られながらも真守とミヨクの方を向いていたが、「空麻君」と鈴花に冷たい口調で言われたので、前を向いて歩くことにした。
ミヨクと真守が全く見えなくなり、近くに公園があったので、空麻と鈴花はそこのベンチで座ることにした。
「ねえ、鈴花ちゃん……。何か、買って来ようか?」
空麻は言うが、鈴花は首を横に振った。
「いいよ。ごめんね。最近の私、空麻君に嫌なところを見せてばかりだよね……」
確かに、真守と会う時の鈴花はいつも怒っている。何か事情があることは空麻も察しているが、反応が過剰だとも思っていた。
空麻がミヨクに会った日の次の日から今日に至るまでは、真守とあまり遭遇しなかったので、明るく優しい鈴花でいることが多かった。それでも真守のことを学校で見かけると、不機嫌そうな顔をして、空麻を庇うようにした。その所為で、最近鈴花と真守が空麻のことを取り合っていると話題になってしまったくらいだ。特に杉原がうるさかった。
とにかく、鈴花にどんな言葉をかければいいのか空麻が考えていると、鈴花がさらに話し続ける。
「私、変にピリピリしちゃって……。空麻君を巻き込みたくないからって、変に神経質になってると思うの。思うっていうか、兄さんに言われたの。もう少し落ち着けって、久遠先輩は空麻君を悪いようにするつもりはないし、私達の味方だから、あんまり噛みつくなって。でも、分かっていても、空麻君を傷つけてしまうと考えると、つい久遠先輩を拒絶しちゃうの」
そこで、鈴花がイライラしている理由が、空麻はなんとなく分かった。
「もしかして、久遠先輩に辛く当たるのが嫌なの……?」
空麻の予想は当たったようで、鈴花はゆっくりと頷いた。
「久遠先輩のこと苦手なのは本当だよ。あの人って、人のこと見透かしたようなことを言って、人の弱みに付け込むのが得意でしょう。それに今はあんな感じだけど……それはいいや……。私がすごく翻弄されてたの、空麻君もよく見てたでしょう」
確かに鈴花の言う通りだ。鈴花は真守と話していた時、ずっと真守にペースを握られていた。鈴花が真守を困らせようとしても上手く躱されて、逆に余裕を見せられたこともあった。今さっきもそのような展開があった。
「でも、私、久遠先輩は憧れみたいなことを言ったと思うけど、それはそれで本当だよ。綺麗で強くてカッコよくて、霊媒の仕事であの人に助けられたことは何回もあるし、本当は正義感が強くて優しい人だってことも分かってるの」
真守には怖いところがある。それは空麻も感じていることだ。鈴花を困惑させることに関してもまったく憤りを覚えないわけではない。それでも、真守は悪人ではない。それだけは絶対に言い切れると空麻は思うし、鈴花もそれは同じなようだ。
「そこまで分かってるなら、どうしてあんな態度を取るの?」
先程鈴花は、空麻が傷つくのが怖いと言っていた。しかしそれ以外もしくはそれ以上のことが原因だと、空麻には思えてならない。
鈴花は小さく頷いてから話し始めた。
「私も戦闘霊媒の端くれだから、強くならなくちゃ、って思うけど、久遠先輩くらいに強くなってはいけないと思うの。もし私が久遠先輩みたいになったら、きっと空麻君は私のこと嫌いになるよ」
おかしなことを言う、と空麻は思った。空麻が知らないような真守の顔を知っているのだろう。そもそも鎧武者のような化物と戦う真守を見たが、空麻が想像を絶するような強さが真守にはまだ隠されているのだろう。それでも空麻は断言できる。
「そんなことないよ。鈴花ちゃんが久遠先輩のようになっても、俺は鈴花ちゃんのことを嫌いにならない」
自信を持って言ったのだが、鈴花は首を横に振った。
「そんなことないよ。だって、もし空麻君が久遠先輩のようになったら、私は空麻君のことが嫌いになるよ」
そういうことかと空麻は気づいた。空麻には久遠先輩のことはよく分からない。むしろ分かってしまっては駄目だということなのだろう。空麻には普通の人間の生活を送ってほしい、と鈴花は常々言っている。それを聞いていないわけではない。
「大丈夫だよ。久遠先輩のようにはならない。別に戦闘霊媒になろうとは思っていないよ。鈴花ちゃんに守ってもらうだけというわけにはいかないけど……」
「そこが駄目なんだよ……」
どうやら空麻は分かっていなかったようだ。単に真守のようにならなければいいというわけではない。そんなことでは鈴花の願いは叶えられない。鈴花は少し早口で、かつ冷たい口調で言い続ける。
「私から守られるだけじゃなくて、私を守れるようにしたいとでも言いたいの? そんなことを実現しようとするっていうことは、戦闘霊媒になるということだよ。そうでなくても、絶対に、霊媒の世界に深く関わることになる。そうなったら、空麻君は普通の世界に戻って来れなくなる」
そこで鈴花は、興奮してしまっていることを自覚したのか、一度深呼吸をしてから、再び話し始めた。
「だから、久遠先輩と関わったらダメなの。あの人に関わったら、嫌でも霊媒の世界の、しかも奥底の暗い部分まで浸かってしまう。それに、空麻君のことだからそんな世界に入ってしまったとしても、空麻君は立ち向かおうとしてしまうでしょう」
真守がすごい人間だと分かっているからこそ、空麻を真守から遠ざけざるをえないということだろう。空麻は不思議なことがあれば自ら首を突っ込んでしまうような性格ではない。しかし正義感は人一倍強いので、困っている人がいるならば、進んで助けようとする人間だ。空麻はそれを自覚していないわけではない。
つまり真守の近くにいることで見てしまう世界というのは、それほど危険だということだろう。そこまで分かると、空麻も下手に鈴花を助けたいと言うことを自重すべきだと感じ始めた。
「分かったよ。僕は自分にできることだけをする」
空麻がそう言うと、ようやく鈴花が笑顔になった。
「うん。それが私にとって一番助かるよ」
しかし空麻は全てに納得したわけではなかった。やはり、鈴花に守られるだけというのは、自分としては許されない。もっと自分にできることを増やそうと心の中で誓った。




