第2章 二人の標山(4)
真守は空麻と鈴花と別れた後、すぐにミヨクの寝室に向かった。扉をノックすると、ミヨクに入って来るよう言われたのでその通りにする。ミヨクは椅子に腰かけていて、何もせずにただじっとしている。
「みよ君。寝ていなくて大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫だ。さっきは悪かったな。迷惑かけた」
思っていたよりもミヨクの体調が良さそうで真守は安心する。空麻との話の場で体調を崩して運ばれたことに関しても、特に迷惑だとは思っていない。しかし真守には一つだけ文句があった。
「どうして、あの時あんな言い方をしたのですか。自分が空麻さんの家族の仇だなんて。あんな挑発するような言い方を」
鈴花も同じようなことを言っていたが、ミヨクは十年前の事件でただ自分は夜刀神に操られていたと言うべきだったと真守も思った。空麻は納得しないかもしれなかったが、それが事実だ。
「あれは俺の本心だよ……。俺は、自分があの事件を起こしたとしか考えられないんだ。理屈じゃねぇ。そう考えてしまうんだよ……」
そこまで言われては、真守も何も言い返せなかった。
さらにミヨクは苦笑いを浮かべながらこう続ける。
「俺が白い魔女になって事件を起こしたと知った時から、あいつのことが……空麻のことが気掛かりだったんだよ。確かに、家の立場があったから、俺と空麻は全然話したこともなかった。けど、歳の近い奴だったから、あいつは元気かなって気になって、俺の所為で人生がめちゃくちゃになっていたら申し訳ないって……、そう思ったんだ」
エドガーを捕まえた後、ミヨク達が魔術師の国に帰る前に、ミヨクは空麻のことを話していた。真守もよく覚えている。空麻の話をしている時のミヨクは、贖罪をしているような、それでいて罪から逃れることを自ら拒んでいるような、そんな矛盾の中で苦しんでいるような表情をしていた。
「だから、この地に空麻がいるって聞いた時、謝りたいと思ったんだ。さすがに魔術のことを迂闊に話すことはできないけど、十年前の真相は教えなければいけないと思った。それがあの事件を起こした俺の責任だと。結局、龍水鈴花って子の言う通りだったな。あんなのただの自己満足だ」
「それでも、そうしないわけにはいかなかったでしょう。自己満足かもしれませんが、私はみよ君のしたことは間違いではないと思います。それとも、みよ君は空麻さんに話したことで後悔しているのですか?」
少し厳しい言い方かもしれないが、真守は敢えて言った。ミヨクが本気で自己満足としか思っていないのなら、言ったこと自体が間違いだったということだ。しかしそれは違うと真守は確信している。ミヨクはどんな形であれ過去と決着をつけたかったのであり、そうしなければ未来に進めない。
真守の言葉を聞いて、ミヨクは少し元気を取り戻したようだ。
「そうだったな。別に後悔はねぇよ。むしろ、やっとやるべきことを一つ終えたって感じだ。真守、ありがとうな」
「どういたしまして」
話が一段落したので、真守は別の話題を出すことにした。空麻のことであることには変わりないが、過去ではなく現在に関わることだ。
「ところで、空麻さんも龍水家も夜刀神には関心がないようでした。とりあえずは、龍水家が夜刀神を狙っているということはなさそうです」
空麻がこの地に帰って来たということで、真守とミヨクが恐れたことは、空麻が標山家として夜刀神の継承権を主張することだ。
夜刀神は今、久遠家である真守が独占権を得ている。ミヨクにも独占権があると言い難い状況ではあるが、少なくとも形の上ではそうだろう。久遠家はあくまで標山家の代わりとなる家系であり、ミヨクは標山家の中では地位が低かった。空麻が本気で標山家の復権を願い、龍水家が補助すれば、夜刀神の継承権が空麻にあると主張することは不自然なことではない。
「そうだな。まあ、あの様子だと霊媒に戻るつもりもあんまりなさそうだし、俺は治療に専念すればいいってことか。でも、鎧武者はどうするんだよ? あれもなんとか……」
「みよ君」
真守はミヨクの言葉を遮った。それ以上の言葉は無意味だと判断したからだ。
「みよ君がそんなことを心配する必要はありません。みよ君は魔術師でしょ。あの鎧武者は私達霊媒の領分です。だから先程言った通り、みよ君は自分の身体を治すことだけを考えてください」
ミヨクは魔術師であって、戦闘霊媒ではない。魔術という超能力を持っていたとしても、戦闘霊媒の世界に首を突っ込む義務はないのだ。むしろミヨクには関わってほしくないと真守は心底願っている。
「分かった。でも俺が全快して、もし真守がどうしても俺の力が必要なら、遠慮なく言ってくれ」
「分かりました。覚えておきます」
真守は即答しておきながら、絶対にそんなことはしないと思った。たとえミヨクの身体が完治したとしても、霊媒のことでミヨクを頼ることはない。頼るわけにはいかない理由がある。
「とはいえ、私もあまりそれには関わらないように言われているんです。だから、しばらくは私もみよ君の治療に専念できますよ」
真守としては、出来れば鎧武者のことを調べておきたい。真守が探しているものに辿り着けるかもしれないからだ。しかしまだ確信が持てない内は、やはりミヨクの治療を優先した方がいいと判断した。
「そっか……。じゃあ、火輪山には行けるんだな」
「ええ、そうですね」
真守は高校の夏休みの間、ミヨクと火輪山というところに滞在する予定でいる。
火輪山は非常に霊性の高い土地であり、その霊性は標山の森に勝るとも劣らないと霊媒の中では言われている。この世とあの世の境界が非常に曖昧で、魔術師で言う虚空間にあたるだろう。
真守とミヨクは火輪山であることを試す。ミヨクの身体に関わる重要なことだ。
現在のミヨクの問題は夜刀神にゆかりのある土地と、夜刀神の独占権を持つ霊媒の真守から離れてしまったことで、身体と魂のつながりが弱くなってしまった。
だからミヨクは今、夜刀神の拠点の一つであり、標山の森の近くに滞在している。そして真守と一緒になることが多い。これら二つの要因のおかげで、ミヨクは夜刀神のエーテルが自分によく定着して、身体と魂のつながりが強くなった。
しかしこのままでは、ミヨクは標山の森を離れられず、魔術師の国に帰ることができない。それは魔術師であるミヨクにとっては真っ当な人生を諦めろと言われているようなものだ。
そこでミヨクが真守と一緒にいつつも、標山の森を離れたらどうなるかを試してみることにしたのだ。土地による夜刀神とのつながりは弱くなるが、真守が近くにいればつながりを保つことができるのではないかと考えたのだ。
「でも、しつこいようだけど……それでいいのかよ。もし火輪山で俺が治ったとしたら……」
ミヨクは申し訳なさそうに真守を見つめる。ミヨクの身体と魂のつながりを保つために、真守が近くにいなければならないということは、つまり、ミヨクが魔術師の国に帰る時、真守も一緒に行かなければならないということだ。
真守は微笑みを浮かべて、優しい口調でミヨクに言う。
「みよ君は優しいのですね。でも、何回も言っているとおり構いませんよ。ちょっとした留学だと思っていますから」
さすがに死ぬまで魔術師の国にいることはできないが、ミヨクの問題が解決するまでは、数年間くらいは日本を離れてもいいと真守は思っている。それに、ミヨクと再会してから、魔術師の国に住んでみたいという思いも芽生えていた。
「そっか……。ともかく、火輪山で上手くいくことを願うだけだな」
「そうですね。ところで、その頃にはエレンちゃんやフォルトナー姉妹も来るのですよね?」
「ああ、みんな楽しみにしているぜ」
七月の後半から八月にかけて、魔術師の国の学校でも夏季休暇があるようだ。その期間にエレン達が日本にやって来る。元々、ミヨクのエーテル欠乏症がなくても、夏季休暇にミヨクとエレンが来日するつもりでいたとのことだ。
「でも、あまり遊ぶっていう気分でもないですよね……」
結果的には、ミヨクは療養中で、エレン達はミヨクの看病に来るのだ。真守としては、エレン達に会えるのはとても嬉しいが、浮かれている場合でもない。
しかしミヨクは呑気そうにこんなことを言う。
「いや、俺は結構治りかけてるよ。それに、今の考えだと火輪山に行っても大丈夫だろ。なら、のんびりと休暇を楽しもうぜ」
「また……そんなこと言って油断したらダメですよ」
「分かってるって……」
ミヨクはお調子者なところがある。そこが玉に瑕だと真守は常々思っている。
「そういえば、ソニアさんは来るのですか? ソニアさんにももう一度会いたいです」
真守がそう言うと、ミヨクはあからさまに嫌そうな顔をした。
「はぁ? 確かに、ソニアさんはお前には優しかったけど、基本的にはおっかないだろ。折角の休みが台無しになるじゃねぇか。そんなの嫌だよ」
「そんなこと言って、あんな美人のお姉さんが近くにいたら嬉しいくせに。本当はソニアさんのこと好きなのでしょう」
そこでミヨクは、真守にもはっきりと分かるように、身体を大きく震えさせた。両腕で自分の身体を抱き締めて、寒気を我慢しているような仕草を見せる。真夏の昼間で、むしろとても暑いのにどうしたのだろうか、と真守は不思議に思う。
「気味悪いこと言うなよ。確かに、容姿は最高かもしれねぇけど、性格は最悪じゃねぇか。あんなの好きになるわけねぇよ」
「それはみよ君が変に噛みつくからでしょう。ソニアさんはとても素直で良い人ですよ」
「ええ……。そうかぁ……?」
真守は本気でそう思っている。あれ程、純粋に人助けに励んでいて、心が清らかな人間はそうそういない。ミヨクはソニアのこと好いていないようだが、むしろミヨクのような人こそが、ソニアとお似合いだ。しかしそんなことを言ってしまうと、またミヨクが否定した上でソニアの悪口を言いそうなので、真守は自重した。
とにかく、少なくともソニアは自分よりも遥かに性格が良いと真守は思う。人格がこんななにもねじ曲がった自分よりは――。
「まあ、ソニアさんはあれでもヘンシェル教会の跡取りだからな。忙しくて俺なんかに構ってる暇はないだろうよ。けど、クレメンス先生は様子を見に来てくれるらしい」
真守達は火輪山に滞在する際にも、ヘンシェル教会の世話になることになっている。火輪山も霊性が高い土地だ。だから標山の森と同じように、ヘンシェル教会が監視及び調査を行っているらしい。
「そうですか。クレメンスさんとも会えるのは楽しみですね」
真守はクレメンスとあまり話さなかったが、クレメンスの人柄には興味がある。
「ああ、結局、楽しい夏季休暇になりそうだな」
ミヨクの療養という名目はあるものの、真守は火輪山に行くのを楽しみにしている。ミヨクは順調に回復しつつあり、ミヨクの問題が解消される可能性も高い。ミヨクの言う通り、もっと気楽に構えようと思った。




