↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
4/210

第1章 蛇神の森(3)

 ヘンシェル教会でソニアの話を聞いた後、真守《まもり》は一度家に戻り、それから標山《しめやま》の森の奥へ向かった。もちろんミヨクを探すためだ。


 真守《まもり》としては、ミヨクが真守《まもり》に会いに来ず標山《しめやま》の森にいる理由は一つしか考えられない。十年前に標山《しめやま》家で起こった事故について調べに来たのだ。そして行くとしたら標山《しめやま》家跡地か蛇神の祠《ほこら》だ。まずは標山《しめやま》家の跡地に行くことにする。


 標山《しめやま》家は立派な屋敷だったが、既に取り壊されて更地になっている。にもかかわらず標山《しめやま》の森に入ってから、真守《まもり》への監視が始まった。標山《しめやま》家跡地に来た今でも見られている。


 自分を監視しているのはミヨクの仲間だと真守《まもり》は考えている。ミヨク本人ではない。しかしミヨクの妹でもないだろう。真守《まもり》は監視に気づいていない振りを続けていたが、それも終わりだ。両手で輪っかを作って口に当てる。


「そろそろ出てきてくれませんかぁ。別に責めるつもりはありませんからぁ」


 真守《まもり》は大声で呼びかけてみたが反応はない。ずっと隠れているつもりのようだ。しかし監視している者の位置は分かっている。仕方がないので真守《まもり》は見ることにした。


 目と目が合う。そう表現していいかなんてくだらないことを真守《まもり》が考えている間に、監視していた者はどこかへ行ってしまった。おそらく主人の所へ戻ったのだろう。その主人が逃げてしまわないだろうかと心配になったが、どうやら杞憂《きゆう》であったようだ。


 やがて木の陰から一人の少女が姿を現した。


 黒のゴシックドレスを身に纏《まと》い、金髪のツインテールをした外国の女の子だ。ソニアに教えてもらった少女の容姿と合致している。ただ真守《まもり》が思っていたよりも背が高い。真守《まもり》と比べればいくらか低いが、それでも日本人女性の平均以上はありそうだ。


「はじめまして。私は――」

「知っているわ。久遠真守《くおんまもり》でしょ。それに、初対面ではないわ」


 可愛らしい甲高い声だ。少しぶっきらぼうな言い方だが、それでもあどけなさが残る。


「エレン・ゼーラーよ。ゼーラー家と聞けば、あなたにも覚えがあるでしょう?」


 真守《まもり》は首を縦に振る。忘れるわけがない。久遠《くおん》家に住んでいた彼を真守《まもり》から奪い取った家の名前だ。ミヨクが引き取られたあの日、フローラ―・ゼーラーと名乗る女性の隣に小さな女の子がいた。エレンがその少女だったのだろう。


 エレンは訝《いぶか》しそうに目を細めて真守を見つめている。睨みつけていると言った方がいいだろうと真守は感じる程、エレンの表情は険しい。


「もしかしたら……とは聞いていたけど、本当にミディアムだったのね」

「ミディアム……?」


 自分はステーキの焼き方ではないのだが、と真守《まもり》は一瞬思ったが、もちろんそんなことではなかったようだ。真守《まもり》が答えないでいると、少女は視線だけで後ろを示した。


「この子達が視えるのでしょう?」


 そう。真守《まもり》にはそれらが視えている。少女の周りには黒い影のようなものが浮かんでいる。それは三人のドレスを着た女の子のように見える。髪型や鼻や口、服のおおまかな模様までは見て取れるが、それらには眼がない。明らかにこの世のものではなかった。ここ数日、真守《まもり》を監視していたのは彼女達だったようだ。


「ええ、視えていますよ」


 それら――いや、彼女達は霊体だ。真守《まもり》はそのことをよく理解している。生まれた時から霊体を視認することができる体質なのだ。霊体と会うことなど真守《まもり》にとっては珍しいことではない。


「そんなことより私、ソニアさんという赤い修道服のシスターさんに会いました。その人があなた達のことを教えてくれましたよ」


 真守《まもり》がそう言うと、真守《まもり》の予想以上に少女が狼狽《ろうばい》した。


「うそ……。ソニアさんが来ているの? ヘンシェル教会の支部が近くにあるとは聞いていたけど、どうしてこんなところにまで来るのよ?」

「エドガー・テルフォードという犯罪者を追っていると言っていました。それで、ここに来ているかもしれないあなた達のことを保護したいと」


 真守《まもり》が話すと、エレンが信じられないことを聞いたかのように後退《あとずさ》る。エドガーとミヨク達の因縁についてはソニアから詳しく聞かなかったが、エレンの反応で決して浅くはないのだと真守《まもり》は察した。


「嘘でしょ……。ここにどんな――。そんなことより、お兄様と合流しないと」

「そうそう。そのお兄様ですよ。みよ君もここに来ているのですよね」


 エレンは素直に頷く。尊大な態度は変えないが、真守《まもり》に協力するつもりにはなったようだ。


「ええ。ミヨク・ゼーラー、あなたの言う『みよ君』もここに来ているわ」


 それを聞いて真守《まもり》は笑顔になったが、次のエレンの一言ですぐに表情を曇らせる。


「お兄様はあなたに会いたくなさそうだけどね」


 よく考えてみれば、標山《しめやま》の森に来たのならば、真っ先に久遠《くおん》家へ来ればいいのではないか。それをせずに真守《まもり》のことを監視していたということは、エレンの言うことは本当だろう。しかし真守《まもり》としては納得できない。


「どうして……どうして、私のところに来ないのですか?」

「それはあなたに迷惑を掛けたくないからでしょ。それくらい察しなさいよ」


 ミヨクは真守《まもり》のことを霊媒だと認識していなかったはずだ。久遠《くおん》家の事情も詳しくは知らなかっただろう。久遠《くおん》家に隠れながら標山《しめやま》の森を探索しているとなると、少なくとも霊的な存在について調べているに違いない。それならミヨクの行動も理解できると真守《まもり》は考える。


「と言いたいところだけど、あなたがミディアムだというのなら話が変わるわ」


 そう言いながらエレンは歩き出した。標山《しめやま》の森のさらに奥へと向かっている。


「いいわ。お兄様はそう遠くないところにいるはずよ。ついて来なさい」

「分かりました」


 エレンは祠《ほこら》が建てられている洞窟に向かっているようだ。蛇神が祀《まつ》られているとされる場所。確かに蛇神について調べるならばそこにいかないという選択肢はないだろうと真守も思う。


 先に進むにつれて、真守《まもり》は新たな霊体の気配を感じ取った。危険な雰囲気はない。エレンが連れているのと同じような霊体なのだろう。エレンもミヨクの行き先というよりはその霊体の位置を辿っているのかもしれない。


 洞窟の入り口付近で、真守《まもり》達は少年を見つけた。洞窟は久遠《くおん》家によって閉鎖されているので、中に入れなくて立往生していたようだ。やはりドレスを着た黒い女の子の霊体も一人いるが、今の真守《まもり》にはろくに見えていない。


 歳は真守《まもり》と同じ、身長は真守《まもり》より少し高いくらい、一見外国人のように見えるが日本人らしい顔立ちをした、お気に入りなのか様になっている白いジャケットを着た、そして金髪の少年。真守《まもり》の目の前にいるのは間違いなく、真守《まもり》が長年再会を待ち望んだ彼だった。


「みよ……君……」


 真守《まもり》はゆっくりと一歩踏みしめた。


「みよ君……」


 真守《まもり》はもう一歩、ゆっくりと進んだ。


「みよくぅぅううん!」


 もう我慢ができなかった。とにかく抱きしめたい。そして十年間話せなかった分、いろいろなことを話したい。外国の暮らしは楽しいかどうかとか、背は伸びて格好良くなったとか、白いジャケットがすごく似合っているとか、けど元々格好良いのだから金髪にする必要はないのではないかとか、『白い魔女』のことは今でも覚えているとか。とにかく訊きたいこと、話したいことが数え切れない程ある。空いてしまった十年間をすぐに埋めたい。そんな想いを込めて、真守《まもり》はミヨクの元に駆けようとした。


「止まれ!」


 ミヨクから厳しい一言が放たれた。真守《まもり》は足を止めはしたが、すぐに理由を訊こうとする。しかしミヨクは真守《まもり》に目もくれず、エレンに鋭い視線を送っていた。


「エレン。どうして連れて来たんだよ」

「この子、やっぱりミディアムよ。役に立つかもしれないわ」

「そうだとしてもだろ……」


 ようやくミヨクは真守《まもり》の方を向く。顔には苛立ちと焦りが滲《にじ》み出ている。


「真守《まもり》。久し振りに会ったのに、こんなことになってすまない。森に勝手に入ったことも悪いと思ってる。けど、俺達は十年前の事故について調べに来ただけなんだ。どうか見逃してくれ」

「見逃すも何も私は、みよ君に協力しますよ」


 真守《まもり》がそう言うと、ミヨクは少しだけ考えるように下を向いたが、すぐに首を大きく横に振る。


「駄目だ。危険なんだよ。やっぱりお前を巻き込むわけにはいかねぇ」

「それでも、私があなたに協力しない理由にはなりません」


 真守《まもり》は一歩も退かなかった。折角再会できたのだ。出来る限りミヨクと一緒にいたい。ミヨクが何かに困っているのなら、助けになりたい。自分勝手な望みかもしれないが、それでも自分がミヨクを助ける存在でありたい。

 その思いも虚しく、ミヨクはさらに大きな声で叫ぶ。


「もう俺は昔とは違う。お前が知ってるような俺じゃねぇんだよ」

「私も同じですよ。あなたの知る、昔の私ではありません」


 真守《まもり》はすぐに断言した。ミヨクがどんな存在になったのかは、真守《まもり》には分からない。彼の十年間を知らないからだ。しかしそれはミヨクにも言える。彼も真守《まもり》の十年間を全く知らないのだ。真守《まもり》の言いたいことが伝わったのか、ミヨクは静かになった。困惑した表情で真守《まもり》を見つめている。


「お前……それはどういう……」


 真守《まもり》は覚悟を決めた。自分の秘密を話すことにする。そうでないとミヨクは真守《まもり》の協力を拒み続けるだろう。そう思い、ミヨクへ歩み寄ろうとしたができなかった。自分から溢《あふ》れ出るものに気づいたからだ。


「あなた……それ、何よ……?」


 エレンも気づいたようだ。ミヨクも視えているようで、そこに注目している。二人とも霊視能力者のようだが、既に霊能力のない人間にも視認できるくらい実体化されていると思って間違いないだろう。


 真守《まもり》の周りには黒い影がうねうねと漂っている。それが何本もの鞭《むち》を形作り、至る方向へ波打っている。しかしそれが一方向を指し、一斉に伸びていく。


 その先にいるのは、ミヨクだ。


 舌打ちをする暇も、ミヨク達に逃げろと叫ぶ余裕もない。真守《まもり》は黒い影を止めることに全神経を注《そそ》ぐ。


 その刹那《せつな》、ミヨクの立ち振る舞いを見て、真守《まもり》は先程ミヨクが言っていたことの意味を思い知る。確かに真守《まもり》の知らない世界が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
読み合いなんだかいいですね! 感想書かせていただきます。 主人公の真守の視点から描かれる世界は、どこか現実の延長にあるようでありながら、魔術や霊的な存在が静かに溶け込んでいて、とても引き込まれ、幼い頃…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。