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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第2巻 二人の空
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第1章 二人の少女(4)

 真守まもりは刀を持つと、鎧武者の方へ駆けて行った。


 戦闘霊媒。真守まもりはただの霊媒ではない。もちろん普通の霊媒のように霊視能力や憑依能力、まだ常識的な霊媒能力として扱われる物理霊媒能力も持っている。しかしそれだけではない。霊体を物質化する能力、物理霊媒能力を戦闘に利用する霊媒だ。ただでさえ制御が難しく、ほとんどの霊媒は霊体を暴走させることしかできないような能力を、完璧に使いこなして、敵にのみその牙を向けさせる。相当な才能と鍛錬がなければ辿り着くことのできない境地だ。


 鎧武者の鎧は霊体が実体化しているものであり、中身には霊体を実体化させている人間がいるのだろうと真守まもりは予想した。そもそも、あれほど高水準の実体化は、霊媒が近くにいなければできないはずだ。霊媒が近くに見当たらない以上、鎧の中にいるかもしれない。


 刀を投げ入れた人物については、真守まもりは大体察しがついている。手助けであるとはいえ、どうせなら姿を現してくれた方がいい。後で文句を言わないといけないと思いつつも、真守まもりは目の前の敵に集中した。


 敵は徒手空拳とはいえ、霊体であり、膂力りょりょくは先程の投げ飛ばしで把握済だ。けっして油断していいような相手ではない。先程までは夜刀神やとのかみの力しかなかったので、真守まもりは足止めをすることに徹していた。しかし今は刀があるので、積極的に攻めることができる。とりあえず、お面を引き剥がして正体を見ることにしようと真守まもりは決めた。


 真守まもりが鎧武者と間合いを詰めると、鎧武者は掌底打ちを繰り出してきた。真守まもりは難なく横に回避する。攻撃が早いものの直線的だったので見切りやすかった。


 真守まもりは鎧武者の足元を横に一閃する。もちろん峰打ちなのではなく、刃の方で斬りつけた。鎧武者の体勢を少し崩すことはできたが、刃は全く通らなかった。


 そもそも、鎧の部分は霊体なので単純な物理攻撃に耐性がある。触ることはできるし、打撃を加えて霊体自体にある程度のダメージを与えることはできる。しかし余程この世に近い性質の霊体でもない限り、単なる物理攻撃で霊体に大きな傷をつけることは難しい。


「たあぁああ!」


 真守まもりは間髪入れずに刀を振り上げた。鎧武者の面に当てることはできたが、引き剥がすことはできなかった。真守まもりの見立てでは、面は霊体ではなく、物体だ。本来、鎧と面は関係のないもの。一緒になることはありえないことではないが少し考えにくい。だから面を狙ってみたのだが、ここでは失敗に終わった。


 鎧武者は体勢を崩しながらも拳を振り下ろしてくる。しかし真守まもりはこの攻撃も完全に見切っていた。やはり徒手空拳は鎧武者の本来の戦い方ではないのだろう。


 真守まもりには気になることがある。鎧武者の中身だ。ここで言う中身は霊媒のことではなく、霊体の正体だ。鎧だけを実体化させることは、戦闘霊媒の間ではさほど難しいことではない。しかし鎧はあくまで防具だ。元々命があったものではない。ならば鎧の持ち主となる人間の魂があるはずだ。


 真守まもりは横にステップして、鎧武者の振り下ろしをかわすと、刀で鎧武者の胴体を叩いた。やはり鎧を破壊するまでには至らないが、鎧武者の腰がくの字に曲がった。


 霊体にはダメージが通りにくいが、真守まもりが刀で攻撃している理由は二つある。一つは、刀の攻撃の方が速いからだ。夜刀神やとのかみによる攻撃は強力で、霊体に与えるダメージも大きいが、多大な集中力を要し、時間も掛かる。時間といっても簡単な攻撃なら一秒前後だが、一瞬の攻防の中では長過ぎるくらいだ。


 刀ならば霊体に与えるダメージが少なくても、攻撃は速いし、霊体が実体化している以上全く干渉しないわけではないので、隙を作ることもできる。だから相手としても物理攻撃を無視するわけにもいかない。刀の攻撃で相手の隙を作ることができれば、霊体の攻撃を直撃させることもできる。


 二つ目の理由は、戦い始めてから確信を得たのだが、やはり鎧武者の中身に生身の人間がいて、その者にはダメージを与えられているようだ。胴体への攻撃の時に、苦悶の声を零していたのを真守まもりは聞き逃さなかった。


 鎧武者は苦し紛れに体当たりをしてきたが、真守まもりは後退した。ただ回避しただけではない。すぐに次の攻撃に移るためだ。体当たりの勢いがあり過ぎたのか、鎧武者は前のめりになった。


夜刀神やとのかみ


 真守まもり夜刀神やとのかみを呼び出した。無数の黒い蛇が真守まもりの足元から飛び出して、鎧武者に絡みつく。時間が経つと蛇が引っ張られてしまうが、真守まもりにはそんな時間を与えるつもりはなかった。


 真守まもりは素早い突きを繰り出した。今度こそ鎧武者の面を捉えて、面が弾け飛ぶ。そして鎧武者の素顔が晒される。真守まもりはそう思った。


「えっ……」


 現実は真守まもりの想像とは少し違った。最初は鎧の中身がなかったように見えたのだ。確かに鎧の中に人間はいる。しかし真守まもりが想像していたものより身長が一回り小さかった。頭の上半分くらいだけが、鎧の中から見えるだけだった。


「子供……」


 鎧武者の身長は、鍬形くわがたなどを除けば、だいたい百八十センチメートルくらいだ。しかし中身の人間は、頭の大きさから察するに、百五十センチメートルくらいだろう。


 その子供が、こんな言葉を呟いた。


「……るし……つえ……」


 真守まもりは冷静に頭の中で状況を整理する。やはりこの鎧武者は理由があって自分達を襲ってきたのだ。そしてその理由は標山しめやま家が関係している。とにかくこの鎧武者を戦闘不能にしなければならない。真守まもりは鎧の中に刀を通そうとする。


「がぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁああああああっ!」


 突然、鎧武者が咆哮ほうこうした。正確には、鎧の中にいる子供が叫び出した。とても小さな子供が出したとは思えないようなおぞましい声だ。真守まもりは危険を感じて、一旦後退した。夜刀神やとのかみはそのままにしつつも、何があってもいいようにしっかりと観察する。


 そして真守まもりの予感は的中した。鎧の首の部分から腕が出てきた。もちろん生身の人間のものではない。霊体の腕だ。その腕が蛇を引き剥がそうとする。


「食べなさい」


 真守まもりがそう言うと、黒い蛇は一斉に腕に噛みつき始めた。束縛がおろそかになるが、霊体への攻撃が最優先だと真守まもりは判断した。


 そこでさらに鎧の中から腕がもう一本出てきた。もがき苦しみながらも、二本の腕が徐々に蛇を離していく。


 時間が経つと不利になると判断して、真守まもりは一旦距離を取る。黒い蛇は依然鎧武者にまとわりついている。


「ぐおおおぁぁぁぁあああああ!」


 しかし鎧武者は蛇をある程度引き剥がすと、叫びながらも後ろへ跳ねていった。高くて長い跳躍を何度か繰り返した後、姿が見えなくなった。どうやら鎧武者の方から逃げていったようだ。


 真守まもりとしては、鎧武者を逃がしたくはなかった。野放しにしていいような存在ではけっしてない。それに、中身の人間が口にしたことに心当たりがある。真守まもりと関係のある人物である可能性も高い。


 しかも霊媒は子供だった。裏で糸を引いている人物がいるに違いない。誰の指示で動いているのかを知るために、できれば捕らえておきたかった。


 とりあえず脅威は去ったようなので、真守まもりは刀が落ちてきたところまで戻ると、さやを拾って納刀した。それから空麻くうま鈴花すずかと合流しようとする。しかし真守まもりが行くまでもなく、空麻くうま鈴花すずかの方から駆け寄って来た。


「教会に逃げろと言ったはずですよ。逃げる暇はあったはずですが……」


 真守まもりは敢えて咎めるように言ったが、鈴花すずかが不機嫌そうに言い返す。


「離れていれば充分でしょう。それに、教会に入ってしまえば、空麻くうま君が何をされるか分かったものじゃありませんし」

「だから何もしませんよ……」


 鈴花すずかに全く信用されていないことを真守まもりは悲しく思う。鈴花すずかの兄と違って、鈴花すずかはなかなか真守まもりに対して友好的になってくれない。彼女と仲良くなることを今後の課題としながらも、真守まもりはもう一人の方に注目することにした。


「ところで、もうそろそろ出てきてもいいのではないでしょうか」


 真守まもりが大きめな声で言うと、草陰から人影が姿を現した。今度は鎧武者などではなく、普通の男性だ。耳が隠れるくらい長いストレートの茶髪を左手でかき上げながら、右の手のひらを上げている。


「よっ! 真守まもり。今日は一段と美しいね」


 まるで街中で偶然出会ったかのように声を掛けてきたのは、鈴花すずかの兄である健人けんとだ。龍水りゅうすい健人けんと。もちろん彼も戦闘霊媒である。


「そんなことを言われても何も嬉しくありませんよ。むしろ健人けんとさんには説教しないといけませんね」

「勘弁してくれよ。ちゃんと助けてあげたじゃん」


 真守まもりが鎧武者と戦っている時、刀を投げ入れたのは健人けんとだったようだ。真守まもりはそのことに気付いていた。刀は龍水りゅうすい家が使っているものだったし、何より龍水りゅうすい家が使役している狼の霊の気配があった。


 確かに助けてくれたことは間違いないが、真守まもりとしては文句が山程ある。


「刀を投げ入れるくらいなら、加勢してくれてもよかったじゃないですか。か弱い女の子を独りにするのは男としてダメだと思いますよ」


 健人けんとも自分と同等の力を持つ戦闘霊媒だと真守まもりは思っている。健人けんとが共闘してくれるだけでことはすぐに済んだはずだ。もしかしたら鎧武者を倒すか捕らえるかができたかもしれない。


 真守まもりは少し怒った口調で言ったが、健人けんとは全然反省していないようで、あくまで陽気に言い返す。


「か弱いって……。真守まもりの方が強いじゃん。それに俺は他に敵がいないか、周りを見張ってたんだよ」

「いい加減なオジサンですね。今回はそういうことにしてあげますよ」

「せめてお兄さんにしてくれね……。俺、まだ二十四だから……」


 真守まもりは毒づきながらも、健人けんとのことは友好的に思っている。むしろ仲が良いと思っているから、軽口をたたき合える。とはいえ今は真面目な話もしなければならない、と真守まもりは表情を改めた。


「ところで刀を持っていたのはなぜですか? 銃刀法違反ですよ」


 真守まもりを尾行していたことはこの際水に流すことができる。しかし刀はあらかじめ持っていたということは、敵襲を予見していたということだ。


 健人けんとが答える前に、真守まもりがこんなことを訊く。


健人けんとさん。私に何か隠しているでしょう」

「それはお互い様だろ」


 健人けんとは余裕の笑みを崩さない。おそらく問いただしたところで何も答えてくれないだろう。真守まもりの事情を話せば対応は違うだろうが、それはつまりミヨクの情報を渡すということだ。いずれは必要だろうが、まずは本人の了承を得るべきだろう。真守まもりは刀を健人けんとに差し出した。


「とにかく、刀をお返しします。ありがとうございました」


 そして教会の方へ向かう。真守まもり空麻くうま鈴花すずかの横を通る時、鈴花すずかが盾になるように空麻くうまの前に立った。真守まもり微笑ほほえみながら言う。


「警戒しなくても大丈夫ですよ。今日はこれ以上空麻くうまさんに頼み事ができるような状況ではないことくらいわかりますよ。ここで解散しましょう。私は教会で泊まります」


 これ以上襲われないという保証もないので、今日は安全を確保した方がいい。


「では、みなさん。ごきげんよう」


 そして最後に、真守まもり空麻くうまの方を見て言う。


空麻くうまさん。また、明日」


 その時、鈴花すずかがものすごい形相ぎょうそうで睨みつけてきたのは、さすがに怖かったと真守まもりは思った。

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