表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第2巻 二人の空
35/177

第1章 二人の少女(3)

 空麻くうまは少し後悔していた。真守まもりの言う通り、一旦家に帰ってから待ち合わせの場所に来た。鈴花すずかにもこのことを話していない。もしかして自分はだまされているのではないかという疑いがぬぐえない。


 真守まもりに話した通り、標山しめやま家のことを今更知ろうとは思わないし、真守まもりの言うことすべてを信じているわけではない。それでも自分と似たような境遇の、標山しめやま家の一員であった人というのは会ってみたいと思った。妙な親近感を覚えたのだ。


 目的地はヘンシェル教会というところだと真守まもりが言っていた。街外れにある教会だと聞いたことはあるが、空麻くうまは行ったことがなかった。ミヨク・ゼーラーという人はそこに滞在しているらしい。


 教会へは途中、山道を通る。現在は午後八時で、すでに日は沈んでいる。街灯はあるがそれでも都市部に比べたらとても暗いように感じる。もちろん人気はなく、歩いているのは空麻くうま真守まもりだけだ。


 しばらく学校のことを話しながら進んでいたが、ふと真守まもりは足を止めた。そして後ろに視線を向ける。その時真守(まもり)は、先程まで空麻くうまに見せていた無邪気な笑みではなく、嘲笑ちょうしょうとも見えるような微笑ほほえみを見せていた。


「そろそろ出て来たらどうですか? 空麻くうまさんが心配なのでしょう」


 真守まもりが声を掛けると、数秒経った後、茂みから一人が姿を現した。その人物は空麻くうまがよく知る人物で、空麻くうまはとても驚いたが、真守まもりは予想通りとでも言いたげな笑みを浮かべていた。


久遠くおん先輩。空麻くうま君をどうするつもりですか?」


 現れたのは鈴花すずかだった。空麻くうまが今まで見たことのないような怒りの眼差しを真守まもりに向けている。対する真守まもり微笑ほほえんだままである。


「いつも言っているでしょう。真守まもりさんでいいですって。そんなに堅苦しく……」

「質問に答えてください。空麻くうま君に何をするつもりなんですか?」


 さすがにふざけている場合ではないと察したのか、真守まもりも笑みを消した。


「そう怖い顔をしないでください。私はただ、ある人に空麻くうまさんを会わせたいだけですよ。本当にそれだけです」


 真守まもりはそう言うが、鈴花すずか真守まもりのことをかなり警戒しているようだ。まるで真守まもり空麻くうまに危害を加えるかのような口振りだ。あれほど怒った表情もそうなのだが、あれほど人に敵意を向けている鈴花すずか空麻くうまは初めて見た。


 真守まもりは落ち着いた様子で鈴花すずかに言う。


「だから、そんなに警戒しないでください。私達って一応仲間でしょう」

「私は兄ほど、あなたを信用していません」


 鈴花すずかが何を恐れているのかが空麻くうまには分からない。行き先は街外れとはいえ、きちんと機能している教会だ。それに今まで真守まもりは意味深な発言で空麻くうまを困らせていたものの、脅しなどしてこなかったし、暴力を振るうこともなかった。教会の人間が真守まもりと一緒に悪事を働くことも空麻くうまには考えにくい。


 ならば鈴花すずかは、周りには知られていないような真守まもりの秘密を知っているのかと空麻くうまは考えた。そしてその考えは当たっていたようだ。真守まもりがこんなことを口にしたのだ。


「私が、あれの持ち主だから、空麻くうまさんに会わせるわけにはいかないということですか?」


 真守まもりがそう言った瞬間、鈴花は苦虫をつぶしたような顔をした。真守まもりが言った「あれ」は、鈴花すずかもよく知っていることであり、空麻くうまには知られるわけにはいかないということくらいは、空麻くうまも察した。


「どうせなら、ここで話しておきましょうか。空麻くうまさんのこととか、標山しめやま家のこととか」


 真守まもりがそんなことを言うと、すぐに鈴花が声を上げる。


「やめてください。空麻くうま君は関係ないでしょう」

「関係あるから、この地に呼んだのではないのですか」


 真守まもりは余裕そうに笑みをこぼしている一方で、鈴花すずかは悔しそうに口をつぐんでしまった。何か言いたげではあるが、何も言えないようだ。空麻くうまもいろいろ訊きたいことはあるが、今は自分が発言できるような雰囲気ではないと感じる。


 何が自分と関係あるのだろうかと空麻くうまが考えた時、突然、真守まもりが笑みを消した。そして真剣味を帯びた眼差しで鈴花すずかを見る。何か言い争いになるのだろうかという空麻くうまの予想とは裏腹に、鈴花すずかは同意をするようにうなずいた。


鈴花すずかさん。空麻くうまさんを頼みます」

「分かりました。空麻くうま君。こっちへ来て」


 ただならぬ雰囲気を察して、空麻くうま鈴花すずかの方に駆けた。真守まもり空麻くうまの方を見ずに、今まで進んでいた道の方をただ見つめる。その視線の先に振り向くと、空麻くうまも謎の人影を見つけた。


「まさか、教会へ懺悔ざんげしに来たわけじゃ……なさそうですね」


 真守まもりがおかしそうに微笑ほほえみながら言っていたが、笑えるような状況ではない。確かに真守まもりの言った通り、謎の人影は教会に行くような恰好をしていない。そもそも現代の日本では見かけないような風貌だ。


「鎧武者ですか。道どころか時代も間違えていますね」


 相変わらず真守まもり微笑ほほえんでいるが、先程鈴花(すずか)と話していた時のような余裕は全く見られなかった。


 空麻くうま達の前に立っているのは紛れもなく鎧武者だった。頭部には立派な鍬形くわがたを付けた兜に、胴体はもちろん手足も余すところなく包んでいる鎧、顔には般若の面をした武者だ。全体的に紫色の鎧武者はゆっくりと、しかし確実に空麻くうま達の元へ歩み寄る。


「なんだよ……。あれ……」

「なんでしょうね……。ただの変質者ならいいんですけど……」


 意味不明な真守まもりの言葉に対して空麻くうまは何も言い返せなかった。ただ目の前にある現実を受け止められないでいる。


 そんなことに構わず、真守まもり鈴花すずかに話しかける。


鈴花すずかさん。教会まではあと三百メートルもありません。あれは私が止めますから、鈴花すずかさんは空麻くうま君を連れて教会へ行ってください」

「いくら久遠くおん先輩でも、その恰好であれの相手は……」


 あの鎧武者を相手にすること自体が空麻くうまにとっては無謀としか思えなかったが、鈴花すずかの言いぶりだと、装備さえ揃っていれば鎧武者を相手にすることができるように聞き取れる。実際にそうだと言わんばかりに真守まもりが答える。


「あれが、ああして動いている以上、ここはそういう場ですよ。教会付近はそうだと聞いています。だったら相手と条件は同じです」


 空麻くうまには、真守まもりが何を言っているのか全く分からなかった。片や制服姿の女子高生、片や鎧武者、どう見ても同じ条件ではない。

 そこで鈴花すずか空麻くうまの手を引っ張ってきた。


「ここは久遠くおん先輩に任せよう」


 鈴花すずかのその一言で、空麻くうまは冷静さを取り戻した。鈴花すずかの判断が自分にとってあり得ないことも理解できた。


「何を言っているんだ。先輩とはいえ女の子だろ」


 空麻くうまは声を荒げたが、それを聞いていた真守まもりはくすりと笑った。


「多分大丈夫でしょう。だって、あの鎧武者さん、武士なのに刀とか持っていませんし」


 ここで空麻は、どうして真守まもりがこんなにも落ち着いているのかと疑問を覚えた。鎧武者に会う出来事なんて非現実的であるはずだ。空麻くうまは今にもパニックになりそうなところをかろうじて抑え込んでいるが、真守まもりはそもそも鎧武者という異常事態を難なく受けているようにも見える。まるでそれが日常茶飯事だとでも言うように――。


 鈴花すずかも動揺しているようであるものの、現実としてしっかり受け止めているような態度だ。空麻くうまは鎧武者よりも真守まもり鈴花すずかの落ち着きぶりが不気味に思えてきた。


「私なら大丈夫ですよ。むしろ殿しんがりは私にしか務まりません。ところで鈴花すずかさん。もう、空麻くうまさんにあれを見せてもいいでしょう」


 真守まもりの問いに対して、鈴花すずかは数秒黙った後に答えた。


「この際、仕方がありません」

「それなら……」


 そして真守まもりは笑みを消して、厳しい口調で叫んだ。


「走りなさいっ!」


 その瞬間、鈴花すずか空麻くうまの手を取り、教会へ向かって走り始めた。同時に鎧武者がこちらに向かって走り始めたことを空麻くうまは目視した。


空麻くうま君。後ろは久遠くおん先輩に任せて、しっかり前を向いて走って」


 真守まもりのことは心配だが、鈴花すずかに言われた通り空麻くうまは前を向いた。鈴花は空麻から手を放し、空麻くうまと横に並んで走る。空麻くうまは最初、鈴花すずかを追い抜かないように気を付けて走ろうとしたが、むしろ鈴花すずかについていくので精いっぱいだということに気付いた。鈴花すずかの運動能力が高いことは噂で聞いていたが、これほどまでとは思っていなかった。


「がああああぁぁぁぁぁっ!」


 鎧武者が奇声を上げているようだ。空麻くうまはどうして気になってしまい、走りながらも後ろを見てみた。


 鎧武者が真守まもりに突進しているところだ。それを真守まもりは難なくかわす。それならば構わないと言わんばかりに、鎧武者は真守まもりに目もくれず、空麻くうまの方へ進み続ける。見ている場合ではないと、空麻くうまが走り出そうとした途端、急に鎧武者の動きが止まった。


 無数の黒い蛇が鎧武者に絡みついていたのだ。鎧武者は前進しようとするが、逆方向に引っ張られて全く進まない。つまりその黒い蛇は全て、真守まもりの方向から伸びている。空麻くうまはその先をよく見ると、真守まもりの足元辺りに蛇の尻尾が集まっている。正確言えば、蛇の身体が地面から生えていた。


「何をぼさっとしているのですかっ! さっさと逃げなさい」


 真守まもりに言われて、空麻くうまは我に返った。非現実的なことが起こり過ぎて、そろそろ脳がショートしそうになっていたが、とにかく逃げるしかないことだけは分かった。


 しかし空麻くうまは逃げることができなかった。鎧武者の意外な行動を見てしまったからだ。鎧武者が一匹の蛇を引き剥がし、それを引っ張って鞭のように持ったのだ。それを真守まもりに叩きつける。どういうわけか真守まもりはそれを難なく片手で受け止めた。


「しまっ……」


 真守まもりが声を上げた瞬間、彼女の身体が持ち上がる。鎧武者が手に持った蛇を引っ張り上げて、真守まもりを投げ飛ばしたのだ。真守まもりは既に蛇を手放していたが、それでも軽々と宙に舞い、空麻くうまの方に向かって飛んでくる。


 真守まもりが滞空している最中、彼女の足から無数の蛇が現れた。それをクッションにするように、真守まもりは着地する。そしてすぐにこんなことを言った。


鈴花すずかさん、あれをドカンとしてもらってもいいですか?」

「そんな……空麻くうま君の前で……」


 真守まもりが出している蛇が超能力のような非科学的な現象であることは、空麻くうまも認めている。鎧武者も同じような類だということも察しがつく。だから真守まもりは鎧武者を見ても落ち着いていたのだ。


 だったら鈴花すずかが同じような力を持っていることが想定される。現に真守まもりはそれを匂わすような発言をした。しかし空麻くうまには信じられなかった。いつも一緒に、学校に通って、普通の生活を送っていた人が、自分の知らないような世界に足を踏み入れていることに――。


「武器がないとやりにくいんですよね。それに、この際仕方ないと自分で言ったじゃないですか」


 真守まもりが言うと、鈴花すずかが苦い顔をしながらも手を鎧武者に向けた。そして小さな声でよく分からない言葉を唱え始めた。


 やはり鈴花すずかにも超能力があるのだと空麻が思ったその時、突然、真守まもりの前に何かが投げ込まれた。さやに収まっている刀だ。真守まもりはそれを見るとすぐにその刀を拾い、そして抜刀した。それが模造刀などではなく、しっかりと研ぎ澄まされた真剣だということは空麻くうまにもすぐに分かった。


「なるほど……」


 そう呟くと、真守まもりはすぐに鎧武者に向かっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ