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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第6章 白い魔女(4)

 真夜中の会合はお開きになり、真守まもりは廊下を歩いていた。ミヨクが十年前の話をした後、ミヨクの精神状態を考慮して中断したのだ。ミヨクはまだ話すことがあると言っていたが、真守まもりとエレンが説得したら納得してくれた。ソニアも余計なことをしないと言って寝室に戻っていった。


 真守まもりは廊下を歩いているが、目指すのは自室ではない。ソニアを追いかけていたのだ。他には誰もいない廊下で、真守まもりはソニアに追いついて声を掛ける。


「ソニアさん。お話があるのですが、よろしいですか?」

「いいけど、朝じゃないと駄目なの?」


 振り返ったソニアはしっかりと立っているが、少し眠たそうだった。よく考えてみれば、ソニアと二人きりで話ができさえすれば今でなくてもよい。そう思い、真守まもりはやはり遠慮しようとしたが、ソニアが微笑ほほえんで応じてくれた。


「まあ、いいわよ。私もちょっと眠れそうにないの」

「では、お言葉に甘えて」


 真守まもりは気を引き締めて話を始める。その気合が伝わったのか、ソニアの表情も真剣味を帯びる。


「ソニアさん。みよ君に関わることで、まだ一つ解決していないことがありましたよね。みよ君はそのことを話したがっていたようですけど、先に私が聞いておいてもよろしいでしょうか?」


 それだけで真守まもりが何を言いたいのかを察したようで、ソニアは首を縦に振った。


「ミヨクの処遇ね。気になるのも分かるわ。ミヨクもエレンも大人しくしてくれているけど、気が気でないでしょうね。けど、私の考えは変わらないわよ。ミヨクはヘンシェル教会で保護する。具体的にはこれから決めるけど、ミヨクもエレンも悪いようにはしない。それは約束するわ」


 ソニアがミヨクの部屋に侵入した時は、ミヨクもエレンも、ミヨクがソニアに殺されることを心配していたようだが、今では二人ともソニアのことを信用しているようだった。なんだかんだいって、あの二人はソニアのことを頼りにしているのだと真守まもりは思う。


「そうですか。よろしくお願いします」


 すぐにいろいろ決めてほしいと言ってもソニアは困るだろう。真守まもりもミヨクの処遇について今はこれ以上問いたださない。しかしミヨクの処遇を決めるソニアの気構えはすぐにでも知っておきたいと思っている。


「ところで、ソニアさんも『吸血鬼の魔女』をご存知なのですよね?」

「ええ、もちろんよ。私だって魔術師よ。その童話を聞いて育ったわ」


 ならば話が早い。『吸血鬼の魔女』の童話を聞いて、ソニアがどういう風に育ったのかを真守まもりは聞きたいのだ。


「私は、『吸血鬼の魔女』ではないですが、それによく似た『白い魔女』という童話をみよ君に語ってもらいました。そこで呪いを解きたいという女の子の願いを必死になって叶えた王子様に憧れを抱いています。私もその王子様のように、大切な人を救えるような人間になりたいと思っています」


 そこでソニアの顔つきが険しくなった。ソニアは確認するように真守まもりに訊く。


「あなたは、ルイスがアイラを助けたことが、無実の人間の命をいくつも奪った魔女狩りに繋がったり、魔術師の間での抗争を激化させたことも聞いているのかしら?」

「ええ、聞いています」


 真守まもりは迷わずに答えた。その悲惨な歴史を教えてもらった上で主張する。


「それでも、私はルイスさんのような人になりたいと思っています」


 たとえ世界を敵に回したとしても、大切な人を守りたい。真守まもりはそんな人間になりたいと本気で願っている。しかしそれは下手をすれば非道であることも理解している。魔女狩りで犠牲になった人達を見捨てたルイスのように、大切な人以外は見殺しにする道を歩むということになりかねないのだ。


「ソニアさんは、ルイスさんのことをどう思いますか?」


 真守まもりは問う。『吸血鬼の魔女』のことで問いたいのはアイラではなく、ルイスのことだ。ソニアはルイスのような存在をどう思っているのかを知りたい。つまり、『白い魔女』という世界を混乱させる存在に対して、ソニアはどう対処するのかを知りたいのだ。


 もちろん今となっては、この問いは単なるもしもの話ではない。『吸血鬼の魔女』のアイラとは状況は異なるものの、ミヨク・ゼーラーという『白い魔女』が自分達の前に現れてしまったのだ。もう童話の世界だと言って片づけることはできない。


 ソニアもそのことをよくわきまえているようで、神妙な面持ちで、それでいて堂々と答えを出した。


「私は、ルイスの考えには賛同できない。周りの人間を犠牲にしてまで、一人の人間を救うという方法は取れないわ」


 やはりソニアの考え方は真守まもりのものとは違う。それを受け止めながらも真守まもりはソニアの話に耳を傾ける。


「魔術連盟はアイラを保護しようとしていたわ。もちろん、アイラに危害を加えるようなことを考えていなかったそうよ。ルイスもそのことは知っていた。それでもルイスはアイラの意志を最優先にして、魔術連盟の保護を拒んだの。はっきりと言うわ。二人はそれを拒むべきではなかった。そうすれば、魔女狩りの被害や、魔術師同士の争いはもっと小さなものになったのかもしれなかったわね」


 理由がそれだけと言うのならば、真守まもりはソニアを信用しないようにしようと思った。ソニアは善人だということは分かっている。だからこそ大勢の者の幸せを望んでいるのだろう。そのためには『白い魔女』という危険分子を排除することも考えられる。だからミヨクもエレンも、ミヨクが殺されることを恐れていたのだ。


「私の先祖に、セシル・ヘンシェルという方がいたの。セシル様はアイラとルイスにまつわる事件に巻き込まれて、その時のセシル様は魔術連盟の一員で、彼女の夫と一緒にアイラとルイスを説得していたわ。けど、やはり上手くいかなくて結局争うことになったの。そしてセシル様の夫はルイスに殺されたわ。この事件を理由に、セシル様はヘンシェル教会を開くことになったの」


 童話の裏には他のドラマがいくつもあったのだろう。当たり前のことだが、真守まもりは今までそのことを想像もしていなかった。


「もちろんセシル様はルイスとアイラを憎んだ。でも、同時にルイスとアイラも事件の被害者だと考えていたの。アイラが自分の意志で吸血鬼になったわけではないし、彼女はただ安らかな生活と死を望んでいたことも、ルイスはそんなアイラを救おうとしていただけだということも、ちゃんと理解していたのでしょうね」


 確かにアイラとルイスは自分の望みを叶えるために、他者を手に掛けたのかもしれない。それは許されることではないだろう。それでも二人が『吸血鬼の魔女』という悲劇に囚われていたことには変わりないと真守まもりも考える。


「だから、セシル様はこう言い残したの。私は世界の調和を乱すものこそを憎む。たとえ魔術を行使して、時には異世界の力を借りることがあっても、それが世界の調和のためなら良い。しかし世界の調和を乱すものがあるならば、我々はそれによって苦しむ全ての者を救う。これがヘンシェル教会の教義よ」


 そしてソニアは凛々しい面持ちで、真守まもりを見つめながら話を続ける。


「だから私も、異世界による混乱に悩まされる人々を救う。たとえそれがアイラのような混乱そのものになってしまった人だとしても、その人が救いを求める限り、私は救いの手を差し伸べるわ。ミヨク・ゼーラーも同じよ。あいつは今、アイラのような立場に立たされつつあるわ。あんな生意気な奴でも、悪人ではないし、私はあいつだって救いたい」


 真守まもりには、ソニアの言いたいことが分かってきた。それはなんて素晴らしくて、かつ非現実的なことだと真守まもりは思う。それでもソニアは臆面もなく口にした。


「つまり私は、魔術や異世界のことで苦しむ全ての人を救いたい。魔術師も無術者むじゅつしゃも関係なく、全ての人よ。それが私の理想よ」


 魔術や異世界の存在により直接傷つけられる被害者はもちろん、加害者となり得る者でもその者が加害者になることを望んでいないのなら、その者も救おうとソニアは言っているのだ。まさかそんなことを真顔で言う人間が存在するとは真守まもりも思っておらず、真守まもりが呆気に取られているとソニアが怪訝そうに真守を見つめる。


「理想論だと思っているでしょ。正直に言っていいわよ」


 ソニアには自覚があったようだ。真守まもりは遠慮せずに言う。


「ええ、理想論ですね。全ての人を救うなんて不可能です」


 たとえソニアがどれだけ有能な魔術師であっても、ヘンシェル教会がどれだけ強い組織であっても、そんな理想を掲げるのは馬鹿げていると真守まもりは思う。苦しむ者を全て救うことなどできない。必ず何かを犠牲にしなければならない。だからアイラとルイスは逃亡して、あのような結末を迎えたのだろう。


「そうね……。理想論よ。それは認めるわ」


 ソニアは残念そうに俯いたと思いきや、すぐに顔を上げて気高い瞳を見せた。


「けど、私は『稀代の三席』と呼ばれているくらい優秀な魔術師なの。自慢じゃないけど、数十年に一人の逸材と言われているわ。そんな逸材がただ普通にできることだけをするわけにはいかないでしょ。他の人にはできないような事に立ち向かうべきなのよ。力がある者にはその義務がある。私はそう思うわ」


 似たようなことを最近聞いたことを真守まもりは思い出す。もちろんそのことを口にはしない。ソニアの宿敵であるエドガーが言っていたのだ。力がある者がその力を存分に発揮することをエドガーは望んでいた。そのことはソニアも同じだろう。


 しかし成そうとしていることはエドガーとソニアで全く異なる。エドガーは魔術師の観点では完全な悪とは言えないかもしれないとはいえ、何の罪のない人間を殲滅しようとしている。それに対して、ソニアは魔術師だけではなく、ある意味魔術師の敵だといえるような無術者むじゅつしゃまで救おうとしている。同じ『稀代の三席』なのにとんでもない違いがあるものだ。


「素敵ですね……」


 真守まもりは素直な感想を述べた。ソニアの話を聞き、そのあり方が素晴らしいと本気で感銘を受けたのだ。単に全ての人を救いたいということにではなく、魔術師として優秀な能力を持っているのだから、その能力に見合った高い理想を果たそうとしている心意気を見習いたいと思う。


「本当に素敵です。ソニアさんは素敵な人だと思っていましたが、今のでもっと好きになりました」


 真守まもりは笑顔でそう言うと、照れ臭くなったのかソニアが視線を反らした。


「そんなことを言われたら、恥ずかしいじゃない……」


 やはりソニアは可愛らしい人だと真守まもりは改めて思う。


「ありがとうございました。すごくためになりました。私はソニアさんみたいに立派な考えはできないかもしれませんが、それでもソニアさんの想いは心に留めておきます」


 真守まもりはソニアとは違う。多くの人を救える程立派な人間だと思っていない。それでもソニアの理想は尊重したい。


 とにかくソニアがミヨクを悪いようにすることはないだろう。真守まもりはようやく安心できた。


「ありがとうございました。今後もよろしくお願いします」

「ええ、私の方こそよろしくね」


『白い魔女』となったミヨクを救う。真守まもりは改めてその決意を胸に刻んだ。

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