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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第6章 白い魔女(3)

 ミヨクが『白い魔女』になっていたと判明した直後、ミヨクは応接間として使っている和室に関係者を招集した。ミヨクとエレンが並んで座っている。エレンはミヨクを離さないというように、ずっとミヨクの手を握っている。向かい側には真守まもりいわお、そして横側にはソニアとクレメンスが座る。六人で座卓を囲む形となった。ヘンシェル教会には他の教会員が来ているが、この会合には二人だけの方が都合のいいとのことだ。クレメンスは久遠くおん家の電話で教会から呼び寄せた。

 ソニアが口火を切る。


「さて、ヘルベルト・ゼーラー氏が研究して、エドガー・テルフォードがそれを目指しているとされる『白い魔女』が何なのか、それが分かったわ」


『白い魔女』が何なのか。その情報を共有するために集まったのだ。十年前の夜刀神やとのかみほこらでの事故も関わっているので、いわおにも参加してもらった。とはいえ、やはりいわおは話を聞くだけで、深くは関わらないという態度を取っている。


「『白い魔女』の正体を理解するためには、『吸血鬼の魔女』アイラ・メイスフィールドについての知識が必須になるわけだけど、真守まもりさんは『吸血鬼の魔女』についてどれくらい知っているのかしら?」

「血を操る能力を持っていたことや、ルイスさんがアイラさんを人間に戻したことは、みよ君から教えてもらいましたけど……」

「そうね。そこが特に重要なところよ。じゃあ真守まもりさん。どうやったら吸血鬼を人間に戻すことできるのだと思う?」


 突然の質問だったが、真守まもりは文句を言うことなく、戸惑いながらも答えを出した。


「その……アイラさんを吸血鬼にしている……その吸血鬼の要素を取り除けば……いいのではないでしょうか?」


 真守まもりは答えに自信がないようだが、それは大正解だとミヨクは思った。ソニアもうなずいてから、次の質問をする。


「では、その吸血鬼の要素って何かしら?」

「それは……吸血鬼って液状の生命体でしたよね。アイラさんはそれに寄生されたから吸血鬼になった。だから……吸血鬼の要素は、その液体の吸血鬼ですよね」

「そう。大正解よ。言うなれば、その寄生した液体は、アイラの吸血鬼としての血液になっていたの」


 真守まもりは気づいたようだ。そして今度はソニアが何もヒントを出すことなくても、真守まもりが答えに辿り着いた。


「アイラさんは、自分の吸血鬼の血液を出したのですね……」


 真守まもりの言う通りだ。アイラは吸血鬼としての要素、つまり吸血鬼の性質を持っている自分の血液を魔術によって放出していた。その血液を全て出し尽くしてしまえば、それはアイラの吸血鬼としの要素を自分から切り離すということになり、血液を失ったアイラは死亡する。死亡しない程度に血液を放出すれば、単に血を放出する魔術になる。

 ソニアも首を縦に振ってから話を続ける。


「そうよ。つまり『吸血鬼の魔女』もとい『白い魔女』の魔術とは、自身にあるものを放出する魔術だったということよ」


 そして、ソニアは不機嫌そうに眉をひそめる。ミヨクもそうしたい気分だ。真相は分かったが、その真相は明らかに魔術師における禁断の秘密に関わるものだったのだ。


「そんな魔術、魔女にならないとできないということね」


 ソニアが呟いた通りだ。『白い魔女』の魔術を正しく運用するためには魔女にならなければならない。ミヨク達、魔術師のみんなはそう理解しているようだが、真守まもりだけはやはり首を傾げていた。


「えっ……。そうなのですか……? エーテルとか血液とか、そういう自分にあるものの属性の魔術が使えるのならみんなできるような気がするのですが……」


 真守まもりの疑問は簡単に解決できる。これにはミヨクが応じることにした。


「じゃあ真守まもり。人は血液をどれくらい失えば死ぬ」

「その人の体格にもよりますが、大体二リットルくらいですかね」

「そうだ。真守まもりの言う通り、例えばその魔術師が血液を属性とした魔術師で、『白い魔女』の魔術も知っていたとする。そいつは、致死量になるまではその血液で『白い魔女』の魔術を行使することができる。真守まもりはどう思う?」


 ミヨクの問いに対して、真守まもりは少しだけ考える素振りを見せてから答えた。


「とても危険ですし、その危険に対して効果は薄いですね」


 その通りだ。ただの人間が『白い魔女』の魔術を行使したところで、実用性がないのだ。自分の中にあるものを削って行使する魔術であり、それが何であれ消費できる量は限られている。エーテルにしても同じことが言える。人間一人が持っているエーテルはそう多くない。それを『白い魔女』の魔術で使い切ってしまえば、もちろん肉体と魂の繋がりを失い死亡してしまう。

 さらにミヨクは説明を続ける。


「だから、『白い魔女』の魔術を効果的に運用しようとなると、ただの人間では不可能なんだ。自分の中にあるものを増やす必要がある。吸血鬼になったアイラの場合は、吸血鬼の再生能力で血液を無尽蔵に増やしていたというわけだな」


 そんな魔術をアイラに教えたとされるルイスも『白い魔女』の魔術を行使することができたのだろう。しかしルイスの場合は、行使できるというだけで、効果的な運用はできなかったはずだ。


「ルイスの方はと言うと、水の属性の魔術師だったから、『白い魔女』の魔術の適性があった。けど、水だからこそ、人間のままで『白い魔女』の魔術を行ってしまえば、少しでも命に関わる。確か十パーセント以上の水分を失うと死の危険があるんだろ」


 なんにせよ、人間のままでは『白い魔女』の魔術はろくに使えないということだ。真守まもりは理解したように相槌を打ちながらミヨクの説明を聞いていた。


「ただ、『白い魔女』の魔術には、魔術師にとっては破格の利点がある。真守まもりもそれは分かるよな」


 ミヨクの問いかけに対して真守まもりはすぐに頷く。エドガーも言っていたことだ。魔術に疎い真守まもりでも今までの話を思い返せば自分でこの答えに辿り着くだろう。


「ええ、虚空間きょくうかんでなくても、どこでも使える魔術ということですね」


 普通の魔術師は虚空間きょくうかんでしか魔術を行使できない。他の世界との照応が必要である以上、他の世界と重なりやすい場所でなければならないからだ。しかし『白い魔女』の魔術はそうでない。


「その通りだ。『吸血鬼の魔女』アイラはどこでも血を操る能力を行使していた。それは他の世界なんて関係ない、自身の血液を魔術で放出していたに過ぎないからだ。他の世界との照応なんて必要ないのだから、場所も選ぶ必要なんてないんだよ」


 ミヨクがそこまで言うと、再びソニアが話に入って来た。


「そういうことね。ミヨク・ゼーラーの場合は、夜刀神やとのかみのエーテルということになるのかしら。夜刀神やとのかみと繋がれば、『白い魔女』の魔術でそのエーテルを自身のエーテルとして放出することができる」


 自身のエーテルでは底がすぐに尽きてしまう。しかし夜刀神やとのかみというエーテルの集合体と繋がることで自身のエーテルを増幅することができるということだ。アイラが吸血鬼の力で自身の血液を増幅させていたのと同じ理屈だ。


 とにかく、『白い魔女』の正体を探るというミヨクの目的の一つが果たされた。そして、それによってもう一つの目的も難なく果たされようとしている。


「じゃあ、次は、十年前の事故がどうして起こったということですかね」


 標山しめやま家に甚大な被害を及ぼして、ヘルベルトを殺し、澄香すみかを廃人にした、十年前に夜刀神やとのかみほこらで起こった事故のことだ。『白い魔女』の正体が分かった以上、自ずとその事故の全貌も見えてくる。


「あの時は、夜刀神やとのかみの継承の儀式が行われていました。その時、正式な継承者はいましたが、夜刀神やとのかみは俺を選んだ。『白い魔女』によってエーテルの量が極限までに減らされた俺の方が憑依し易かったのでしょう。ヘルベルトはそれを狙っていたに違いない」


 自身のエーテルの量を減らすことによって霊媒でなくても夜刀神やとのかみと繋ぎ、さらにそのエーテルを魔術として放出することができる『白い魔女』が完成したということだ。


「しかしヘルベルトにも予想していなかったことが起きた。そのまま夜刀神やとのかみが俺の意識を乗っ取ったことです。そして夜刀神やとのかみは俺の身体で『白い魔女』の魔術を使って……」


 そこで、ミヨクは言葉を切った。今まで考えないでいようと思っていたことが、自分で言ってしまったことで意識せざるを得なくなってしまったのだ。


「俺は……俺は……」


 ミヨクはその先の言葉がなかなか紡げなかった。それを言ってしまえば、それを認めてしまうことになる。しかしそれを認めることが怖くてできなかった。


「ちょっと、ミヨク・ゼーラーどうしたのよ?」

「みよ君。しっかりしてください」

「お兄様。ちょっと……お兄様」


 みんなが心配そうに声をかけてきたが、ミヨクはそれに構っていられなかった。ただ、自分がしたことに対する恐怖にさいなまれ、頭を抱えることしかできなかった。そしてついにはその恐怖から逃れたいからというちぐはぐな思考によってそのことを口にした。


「俺は……ヘルベルトを、人を殺した……。そして母さんをあんなにしたんだ……」


 ミヨクには記憶がないが、事故のことは鮮明に想像できる。『白い魔女』と化したミヨクは夜刀神やとのかみに意識を乗っ取られたとはいえ、『白い魔女』によるエーテル魔術を放ち、標山しめやま家の人間を殺していったのだ。そしてヘルベルトも殺した。最終的に澄香のことも死に追いやった。


「だったら、母さんも……俺が……」

「みよ君!」


 いつの間にか、真守まもりが抱き着いていた。真正面から抱き着いているということは座卓を乗り越えて来たのだろう。


「違います。みよ君は悪くないです。みよ君は悪くないです……」


 真守まもりは必死に訴えかけてくる。少し泣き声になっているようだ。真守まもりが何を思ってそんなことを言っているのかはミヨクには分からない。しかし、彼女も夜刀神やとのかみの霊媒だ。夜刀神やとのかみまつわる苦難を味わってきたのだろう。それが伝わったので、ミヨクは何も言わずに真守まもりの言葉を受け入れることにした。

 ふと、いわおが口を開いた。


「話は若い者の間だけでよいと思っていたが、夜刀神やとのかみを管理する者として、この老いぼれも言っておきたいことがある。十年前の事故は標山しめやま家の過ちだ。お前を利用したヘルベルト、そしてヘルベルトの謀略に気付けなかった標山しめやま家、そしてヘルベルトを止められなかった澄香すみかにも過ちがなかったとは言えない。お前には厳しい言い方になるかもしれんが、ヘルベルトや澄香すみかも含めて標山しめやま家全体がその過ちに対する罰を受けたのだ。だから、お前がその責任を背負う必要はない。ワシはそう思うよ」


 それでミヨクが救われたわけではない。ヘルベルトに利用され、夜刀神やとのかみに意識を乗っ取られたとはいえ、ミヨクがあの惨状を作ったことには変わりない。それでも夜刀神やとのかみのことで苦しみを共有してくれる人がいる。真守まもりいわおの存在のお陰で、ミヨクの気持ちは少しだけだが楽になった。


「ありがとう。じいさん。それに、真守まもり


 ミヨクはもう一度真守(まもり)を見遣る。真守まもりはミヨクから身体を離して、それから許すような、導くような、そんな満面の笑顔を見せてくれた。

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