第6章 白い魔女(2)
時刻は夜になり、真守は自室で、一人で眠っていた。
今夜からソニアも久遠家に泊まることになり、真守は親睦を深めるためにソニアとエレンと三人でパジャマパーティして一緒に寝ようと提案した。幸いにもエレンは賛成してくれたのだが、ソニアには丁重に断られてしまった。ソニアが参加しないならとエレンも元の部屋へ引っ込んでしまい、結局一人寂しく眠ることになったのだ。
そんな中、真守は真夜中に目を覚ました。水を飲もうと台所に来た時、廊下の曲がり角へ人影が消えていくのを見る。行き先はミヨクが寝ている和室だ。ミヨクと考えるには不自然なくらいに、足音を消すような歩き方である。フォルトナー四姉妹の監視が抜けられたとは思えないが、真守は万が一のこと考え、台所から果物ナイフを取り出してからミヨクの部屋に向かった。
ミヨクの部屋に到着して、真守は襖から聞き耳を立ててみる。すると誰かが動いているような物音がした。ミヨク以外の誰かがこの部屋にいることが分かる。真守は襖を開け、一気に侵入者の姿を認めて、その背後を取り、首筋に果物ナイフを当てる。
「動かないでください。下手な真似……って、えっ……?」
真守は侵入者の正体に気付いて戸惑った。エドガーだと思い込んでいたが、実際にはソニアだった。そのソニアが両手を上げる。
「真守さんね。悪いけど、その物騒なものをしまってくれないかしら?」
「ええ、はい」
真守はゆっくりと果物ナイフをソニアから離す。そして正座をして、果物ナイフは膝の上に置いた。ソニアも身体を真守の方に向ける。
「あの……。エドガーが来たのだと思って……。すみませんでした」
「いえ、いいのよ。真守さんがこんなことをするのは意外だったけど、状況を思えば仕方ないわね」
それにしても、刃物を首筋に当てられたにもかかわらず、この部屋に来たのが真守であったことにソニアが安堵しているように真守は感じた。
「ところでソニアさん。ここへ何しに来たのですか?」
真守は単純な質問をした。今は真夜中で、ミヨクは眠っているのだ。ソニアはミヨクの部屋に忍び込んだことに変わりない。
「もしかして……」
真守が追及しようとすると、ソニアの顔つきも暗くなる。やはりよからぬことを考えているのだろうと思い、真守はソニアの目的を当ててみた。
「夜這いしに来たのですか?」
真守がそう訊くと、ソニアはしばらく唖然とした。難しい日本語を使ってしまったのでソニアには伝わらなかったと真守は思ったが、真守の心配に反してソニアは知っていたようで、急に顔を赤らめた。
「そ、そ、そんなわけ……」
もちろん真守は冗談で言ってみただけだ。ソニアが何か四角い石のようなものを持っていることには気づいている。何かは分からないが、この石で何かをするためにこの部屋に来たのだろう。
「では、何をしに来たのですか?」
真守がもう一度訊くと、ソニアはしばらく黙った。そして思いついたように告げる。
「ミヨク・ゼーラーのことが心配になってきたのよ……。えっと……、昼にあんな倒れ方をしたじゃない。あれは私にも責任があるし、大丈夫かなって……」
絶対に嘘だと真守は思った。ソニアは真守から視線を反らしているし、言葉がたどたどしい。そもそもミヨクのことが心配ならば、真夜中でなくてもミヨクが起きている間に来ればよかったのだ。
「みよ君なら大丈夫ですよ。エレンちゃんには内緒にしておきますからもう出ましょう」
ソニアは知らないだろうが、この部屋には既にエリザベスがいる。とりあえず真守はエリザベスに今のことを黙ってもらおうと話しかけようとする。
そこでもう一人の人物がこの場に現れた。エレンだ。フォルトナー四姉妹も揃う。エレンはかなり怒った顔で周りを見回す。そしてやはり怒った声でこんなことを言う。
「あなた、それは何?」
ふと、真守は自分が果物ナイフを持っていることを思い出した。エレンが来た瞬間にそれを構えていたのだ。急いでその果物ナイフを背後に隠す。
「いえ、エドガーが来たのかと思って……」
「あなたのことを言っているんじゃないわ」
エレンが叫ぶ。確かにエレンは真守のことを見ていなかった。
「ったく……。勘がいいわね。あなた……」
ソニアは観念したように右手を差し出す。その手のひらにはやはり先程の石があった。半透明で白色の長方形の鉱石だ。
「それは……何ですか?」
真守が訊くと、ソニアが答える。
「これはエーテルの量を測る道具よ。エーテルのような半物質を通す特殊な鉱石でできているわ。これを対象に当てると、石の色が濁っていって、その濁り具合でエーテルがどれくらいあるのかを判定するの」
「その対象というのは、みよ君ですか?」
真守が訊き、ソニアが頷いた。つまり、ミヨクのエーテル量を測定していたとのことだ。真守はそれの意味することがよく分からなかった。しかしソニアが真夜中に隠れて行っていたことだ。何か重要な意味があるに違いない。真守は今までの話を思い出してみる。そして一つ思いついた。迷わずにそれを口に出す。
「もしかして、少ないのですか?」
「ええ、少ないわ。どういうわけか、三歳児並みよ。普通に生きていて、十七歳にもなろうという人間が、こんなエーテル量になるのはおかしいわ。私が昨日傷つけた分は反映されにくいというのもあるけど、それを考えても少な過ぎるわね」
七つまでは神のうち。つまりミヨクは幼児並みにあの世に近いということだ。
「そこまでよ。ソニア・ヘンシェル!」
エレンが突然叫び、身構える。四姉妹も物質化していないものの、今にもソニアに襲い掛かりそうな構えを取っている。
「あなたは今、ここでは魔術が使えない。けど、私は余ったミディウムでこの子達にあなたを蹴り倒させることはできるわ」
エレンがソニアを攻撃しようとしている。ソニアも攻撃をされても仕方がないというように、エレンと向かい合っている。真守は戸惑いながらもエレンに声を掛けた。
「ちょっと、エレンさん。急にどうしたのですか?」
「あなたは黙っていて!」
エレンが再び叫んだ。そこで、ミヨクのうめき声が聞こえた。どうやら目を覚ましたようだ。ミヨクは上体だけ起こして、この修羅場を眺める。
「なんだ……。これは一体……」
「お兄様。お兄様の言った通りよ。ソニア・ヘンシェルがお兄様のエーテル量を測っていたわ。この女はやっぱり何か知っているのよ」
エレンがそう言うと、ミヨクはまずソニアの顔を見て、そしてソニアが持つ鉱石を見た。すると一気に真剣な顔つきになり、すっと立ち上がった。
「ソニアさん。俺のエーテルはどれくらいでしたか?」
興奮しているエレンに対して、ミヨクは落ち着いていた。先程のエレンの言葉からすると、ミヨクはあらかじめソニアの行動を読んでいたみたいだ。
「かなり少ないわ。三歳児並みよ。それが何を意味するのかは、あなたならよく分かっているわね」
「はい……」
そう応えながら、ミヨクは姿勢を低くした。このまま逃げようとしているようだ。
「それで、俺を殺すつもりですか?」
ミヨクがそんな突拍子のないことを口にする。どうしてそんな話になるのか真守には分からない。しかし真守以外の三人はその理由に心当たりがあるようだ。
「そんなことはないわ。あなたはヘンシェル教会が責任を持って保護する。だから殺すなんてことはしない。それは安心しなさい」
「嘘よ! 騙されないでお兄様。この女は嘘をついているわ」
「嘘じゃないわ。私はあなたを見捨てたりはしない。お願いだから私の言う通りにして」
激高するエレンに対して、ソニアは懇願するようにミヨクに訴えかける。それでもミヨクはどこか諦めたかのように大人しかった。
「エレンや真守に迷惑が掛からないのなら、俺は応じます。エレンもそれでいいだろ」
ミヨクがそう言うと、エレンはミヨクのところまで駆け寄り、彼にしっかりと抱き着いた。四姉妹もミヨクの傍まで来る。
「駄目よ、お兄様。私も全部分かっちゃったのだもの。仮にソニアさん達がお兄様を保護してくれても、待つのは地獄だけよ」
「エレン落ち着け。俺は大丈夫だから」
エレンの勢いが伝わってしまったのか、ミヨクにも動揺が見られるようになった。
「何が大丈夫よ。お兄様は自分が置かれている立場が分かっているのでしょう。だったら、もう逃げるしかないじゃない」
「いや、何とかなるって。むしろ逃げた方が、状況がまずくなる」
「ミヨク・ゼーラーの言う通りよ。ここは大人しく……」
「あなたは黙っていなさい。あなたみたいな人間がお兄様を放っておくわけないでしょ。そんなこと言って、最後には殺すに決まっているわ!」
「だからそんなことはないって言っているでしょ!」
「黙れっ!」
エレンとソニアが喚き声を、真守はさらに大きな怒声で掻き消した。自分だけ放置されていることに腹が立ったし、状況を正しく理解したい。全員が黙って真守の方を向いたところで、真守は一呼吸して気持ちを落ち着かせてから口を開く。
「質問をしてもよろしいですか?」
真守の問いかけに対して、ミヨクが真っ先に頷く。なので真守もミヨクの方を向いた。
「みよ君のエーテル量が少ないことは分かりました。でも、それがどうしてみよ君を殺す殺さないの話になるのですか?」
ミヨクのエーテルが少ないことで霊体と繋がりやすくなることは真守も理解している。しかし霊媒ではないソニアがそんなことを危険視するわけがない。問題の本質は、あくまで魔術に関わるところにあるはずだ。
ミヨクは手を小さく震わせながらも、平静を振舞いながら答える。
「老人ならまだしも、未成年の人間のエーテルが自然に減少することはない。つまり俺は知らない間に、自分のエーテルを減らす技術を持たされたということになる。その上で、自分のエーテルが減ったことにより、夜刀神のエーテルと繋がるようになった」
「でも、それで夜刀神と繋がってもそれだけなのでしょう。だったら……」
仮にミヨクが夜刀神と繋がったとしても、ミヨクは物理霊媒ではないので、夜刀神を悪用することはできないし、夜刀神もミヨクの身体を利用して暴れることはできない。
ミヨクを殺さなければなくなるような事態には陥らないのではないかと真守は思うのだが、ミヨクは首を横に振る。
「だから、真守。俺は自分のエーテルを減らすことができるんだ。おそらく、俺と繋がった夜刀神のエーテルもだ」
そこで、真守はようやく気づいた。ミヨクが魔術で行ってきたのは、異世界のエーテルを集めて放出することだ。それはつまり、異世界の中のエーテルを少しずつ減らすということに他ならない。ミヨクの場合、エーテルを減らすということは魔術を行使するということだ。
ミヨクが額に手を当てて笑い出す。
「まったく……呪いを解くとはよく言ったものだよ」
そしてミヨクは膝をついた。それに合わせてエレンが倒れそうになるが、一度ミヨクから手を離して、自分も膝で立って再びミヨクに抱き着く。エレンが「お兄様……」と小さい鳴き声を上げる中、ミヨクは衝撃の事実を口にした。
「どうやら俺は、現代の『白い魔女』になっていたらしい……」




