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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第6章 白い魔女(1)

 ミヨクがエドガーやソニアと連戦したその翌日、ミヨクはエレンと一緒に久遠くおん家で『ホワイトウィッチプロジェクト』の解読を始めた。やはり多くの暗号が使われており、魔術式の解析も困難だが、それでも時間を掛ければ可能だとミヨクは見込んでいる。


 真守まもりはソニア達ヘンシェル教会の連中と一緒に夜刀神やとのかみほこらがある洞窟に行ったのだ。元々約束していたように、標山しめやまの森を調査するためとのことだ。エドガーがいるので危険だと分かっているはずなのに、ソニアは真守まもりに同行を求めたのだ。確かにソニアやクレメンスがいるので真守まもりを護衛するには十分の戦力はあるが、万が一のこともある。ミヨクは反対したのだが、真守まもりはあっさりと承諾した。


 そして十二時になろうとした頃に、真守まもりがエリザベスと共に帰ってきた。二人はミヨクとエレンを見るなり、嬉しそうに駆け寄って来る。


「ただいま戻りました。留守中に何かありましたか?」

「いや、それはこっちのセリフだよ。けど、その様子だと何にもなかったようだな」

「ええ、エドガーは現れませんでしたし、何も危険はなかったですよ。ただ、ソニアさんはかなり不機嫌そうでした。なんだか、エーテルが多過ぎるってずっとぼやいていました」


 真守まもりは意味がよく分かっていないようで、何でもないように言っていたが、ミヨクにはその言葉の意味が想像できた。ソニアが機嫌を損ねるのも理解できる。


「それは私から説明するわ」


 そこでソニアやクレメンス達も姿を現した。真守まもりの言った通り、ソニアの機嫌はかなり悪いようだ。ミヨク本人に怒りを覚えているわけではなさそうだが、それでもミヨクを睨みつけながら説明を始める。


「あのほこらの洞窟を調べたわ。あんなに高密度なエーテルが充満しているところは初めて見る。日本にもこんな霊性が高い場所があったものだと感心したくらいよ」


 言葉の内容とは裏腹に、ソニアは吐き捨てるように言い続ける。


「それで、ミヨク・ゼーラー。あなたは以前この地に住んでいたのだから、あのほこらについて何か知っているのでしょう。エーテルが多い理由に心当たりがあるのなら、何でもいいから教えて」


 それは頼んでいるというよりは、命令しているかのようだった。特に反抗する理由もないので、ミヨクは正直に答える。


「俺は幼少の頃、あのほこらの洞窟でエーテル魔術の修業をしていました。エーテルを放出する単純なものでしたが、あそこがエーテルで満たされている理由の一つでしょうね」


 その答えに腹が立ったのか、ソニアは両手を腰に当てて、少し前かがみになりながら言い返した。


「そんなわけないじゃない。行き場の失ったエーテルは霧散するって、エーテル属性のあなたならよく分かっているでしょう」


 ソニアの言う通りだ。どの魂とも、どの肉体とも繋がらなくなったエーテルは方々に散っていく。ミヨクが魔術によって放出したエーテルも同じだ。そのエーテルが霧散せずに夜刀神やとのかみほこらに溜まっているというのは魔術師の常識の上ではおかしい。しかしミヨクにはその常識を外れた理由に心当たりがある。


「ええ、夜刀神やとのかみほこらだからこそ、そんな状況になっているんだと思います。夜刀神やとのかみはエーテルの集合体です。つまり、エーテルが充満しているというのなら、それは夜刀神やとのかみのものということです」


 ソニアはその答えにとりあえず納得したようで、姿勢を正して両腕を組んだ。


「なるほどね。つまりあなたは夜刀神やとのかみにエーテルという餌を与えていたってことね」


 ミヨクは呆れたように目を細めた。それはソニアの言葉を否定するためではない。


「餌って……。せめて供物くもつと言いましょうよ」

「あの……」


 ふと、真守まもりが声を掛けてきた。ミヨクは不思議そうに彼女を見る。


「なんだ、真守まもり。何か思いついたのか?」


 ミヨクはそう訊くが、真守まもりは首を横に振る。そしてこんなことを言ってきた。


「いえ、話が長くなるようでしたら、家に入りませんか。立ち話もなんですし、もう昼食の時間ですよ」


 言われてみてミヨクはようやく気づいた。今いる場所は庭で、ずっと立ったままだ。わざわざこんなところに居続ける必要はないだろう。


「そうだな。昼食を作ろう。真守まもりも疲れているだろうし、俺が用意する……」


 ミヨクはきびすを返した。いや、それが上手くいかなかった。眩暈めまいのようなものを感じて、足がふらついてしまったのだ。


「おっと……」


 ミヨクは何とか玄関の方を向いて歩き出そうとする。しかし再び意識が朦朧もうろうとしてしまい、つまずいて倒れそうになった。


「みよ君、危ない」


 そこで真守まもりがミヨクを支えた。何の遠慮なくミヨクに身体を押し付ける。ミヨクを倒さないと思っての行動なのだろうが、ミヨクは戸惑ってしまう。真守まもりは自分の胸がミヨクの腕に当たっていることにも構っていないのだ。


「ちょっと、真守まもり……」

「いいから……。疲れているのはみよ君の方でしょう。昼食は私が作りますから、みよ君はゆっくり休んでください」


 真守まもりが自分の腕をミヨクの肩に回そうとする。そこでエレンがミヨクの横にやって来て、真守まもりの反対側からミヨクを支える。


「お兄様、行きましょう」


 女の子二人に支えられるとは情けないとミヨクは思うが、自力で歩けなくなってしまったので仕方がない。今でも意識がはっきりしない。足を踏み出しても、それがちゃんと地面に着いているのかの確信が持てないのだ。ミヨクは何とか呟く。


「悪い……」

「いいえ。行きましょう」


 ミヨク達はゆっくりと進みだした。そこでソニアがこんなことを言う。


「ごめんなさい。私の炎でエーテルが傷ついているのかもしれない。そういう倒れ方だったわよ。いいからゆっくり休んでいなさい」

「はい……」


 真守まもりとエレンに運ばれている最中、ミヨクは確かに見た。申し訳なさそうなことを言いながらも、ソニアは何か得体の知れないもののようにミヨクを観察していたのだ。


 しばらくしない内にミヨクは泊まっている部屋に連れられて、布団に寝かされていた。玄関からここまではそれなりに距離はあったはずだが、その感覚もなかったほど意識が保てていないということだろう。


 ミヨクの視線の先には、ミヨクを心配そうに見つめるエレンと、優しく微笑ほほえみかける真守まもりの顔があった。真守まもりがミヨクの額に手を当てる。


「熱はないようですね。今日は一日ゆっくりとしていてください。食事は、食べやすいものを持ってきますから」


 そして、真守まもりはそのまま自分の手を動かして、ミヨクの頭を撫でる。


「大丈夫ですからね。すぐ良くなりますよ」

「あのさ……。もう子供じゃないんだから、そういうのはいいよ」


 ミヨクはせめてもの抵抗を口にするが、それでも真守まもりはミヨクの頭を撫でるのを止めない。そこでエレンが真守まもりの肩を叩いた。


「それくらいでいいでしょ。あんまり気安く触らないで」

「そうですね。調子に乗ってすみません」


 真守まもりはミヨクから手を離す。エレンの言い方はきつかったものの、ミヨクは助かったと思った。ミヨクとしてはこれ以上子供扱いされてはたまらない。


「とにかく、大事には至らなさそうですね。本当に心配したのですよ。みよ君、まるで魂が抜け落ちたかのように倒れたのですもの」


 まさにその通りである。これはただの肉体的な疲労ではない。魂の部分に欠陥があるのだ。確かにソニアの炎によってミヨクのエーテルが少し傷ついたのかもしれない。しかしそれだけではこの意識の希薄さは説明できない。もっと重大な欠陥があるとしか思えない。


 ミヨクは思い出す。同じような経験をしたことがある。標山しめやま家の一員だった頃、ミヨクがヘルベルトに魔術を教わっていた時、あの特殊な魔術を行使した後だ。エーテル魔術の延長だが、どんな魔術を行使していたのかは分からない。思い出せないのではない。本当に分からないのだ。


 ただ、あの魔術の修行で意識を失う瞬間、他にも何かを失ったような感覚があった。


「ちょっとお兄様……。大丈夫……?」


 エレンに声を掛けられて、はっとなった。ミヨクはすぐに返事をする。


「ああ、すまねぇ。考え事をしていただけだ。もう大丈夫だよ」


 強がりではなく、実際に意識が安定してきた。急に意識が薄れるということもない。


「そう……。とにかくお兄様は、今日はお休みね。部屋で寝ていること」

「分かったって……」


 一日休むのもいいだろうとミヨクは思う。『ホワイトウィッチプロジェクト』を読むことは控えるが、それでもじっくりと考えることができるのだ。


『白い魔女』とは何なのか――。


 場所を問わずに行使できる魔術。元は『吸血鬼の魔女』のアイラの魔術ではなく、アイラを助けたルイスが教えたものだとエドガーは話していた。ならば、ルイスが知っていたとされる不老不死の呪いを解く方法とは一体何を指していたのだろうか。


 ミヨクは視点を変えてみる。そもそも不老不死の呪いはどうしたら解けるのかということだ。ソニアが出す異世界の炎のように、異世界特有の概念的なものが働いたということならお手上げだが、現実的な方法を模索できるはずだ。要するに、吸血鬼から吸血鬼としての要素を除けばいいという話だ。


「吸血鬼と『白い魔女』……」


 そこでミヨクは起き上がった。そして両手で口を押える。強烈な吐き気をもよおしたのだ。しかし実際に胃の中のものがせり上がってくることはなかった。


「みよ君。大丈夫ですか?」

「お兄様、しっかり」


 真守まもりとエレンがミヨクの異変に気付いて身を寄せてきた。エレンはミヨクの背中をさすり、真守まもりはミヨクの心配そうに見つめる。ミヨクは自分の手を口から離した。


「大丈夫だ。ちょっと気分が悪くなっただけだから……」

「そんなレベルの顔色の悪さじゃなかったですよ。一体……」


 顔色に出たのは仕方がないが、とにかく真守まもりに不審がられるのはまずい。ミヨクはなんとか取り繕おうとする。


「大丈夫だって……。真守まもり、水が飲みたい。悪いけど持って来てくれないか」


 ミヨクはそう言うと、真守まもりはすぐに応じた。


「分かりました。すぐに持って来ます」


 それはありがたいが、早く持って来られても困る。水を飲みたいのも事実だが、ミヨクは少しの間だけ真守まもりに外へ出てほしいのだ。


「あぁ、そんなに深刻な状態じゃないから、ゆっくりでいいぜ」

「分かりました。では、行って来ます」


 やはり少し急ぐように真守まもりは立ち上がり、部屋を後にした。真守まもりが戻ってくるのはそう遅くならないだろう。ミヨクはすぐに手招きをしながら小声でエレンを呼び寄せた。


「エレン。ちょっとこっち」

「何……お兄様……」


 エレンはミヨクに身体を寄せる。ミヨクは内緒話をするために口に片手を当てると、エレンはそこに耳を近づけた。


「今夜、俺が寝てる時、俺の部屋にエリザベスを警護につけて、誰が来てもエレンに知らせるようにしてくれ」

「どうしたっていうのよ。わざわざお兄様の部屋に配置しなくても……」


 そこでエレンは気づいたようだ。ミヨクが何に危機感を覚えているのかを――。


「そういうことね。分かったわ」


 エレンは何も訊かずに了解してくれた。そしてエレンは元の位置に戻る。ミヨクは安心して上体を寝かせた。杞憂に終わればいい、とミヨクは思いながら今度こそしっかりと身体を休めることにした。

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