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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第5章 稀代の三席(2)

 面倒なことになってしまったと真守まもりは思う。幸い、ミヨクには骨折はないようで、二時間も休めば彼は回復した。それをいいことにミヨクはソニアと決闘をするようだ。起きたエレンに真守まもりが事情を説明すると、


「あー。また始まったの……。飽きないわね……」


 とエレンは呆れていたが止める気はないらしい。


 こうして真守まもり達は標山しめやまの森にある虚空間きょくうかんにやって来た。とはいえ虚空間きょくうかんの端の方であり、エドガーに襲われたとしても五分もあれば虚空間きょくうかんから脱出できる。


 サッカー場くらいの広さの平らな草原だ。そこの中央あたりで、二人は睨み合っていた。今から魔術戦を行うミヨクとソニアである。ここに来るまでは二人とも黙って互いを観察するだけで、二人とも声を掛けなかった。いつ道中で喧嘩になってもおかしくないくらいの緊迫感であった。


 そのすぐそばで真守まもりとクレメンスとエレンがいる。クレメンスは説明を始めた。


「魔術戦ですが、今回は防具がありませんので、胴体に有効打を当てた方が勝ちとします。くれぐれも身体に重大なダメージを与えるような危険な魔術は慎むようにお願いします。特に今回は顔面への攻撃が厳禁で……」

「クレメンス」


 説明の途中で、ソニアが声を上げた。


「細かいことはいいわ。要するに、死なない程度に痛めつければいいということでしょ。それくらいの心得はあるわよ。あっ、あなたは気にしなくていいわよ、ミヨク・ゼーラー。どうぜ本気で向かってきたところで、あなたには勝てないんだから」


 ソニアが嘲笑しながら、ミヨクを見据える。ミヨクもしゃくに障ったようで、より一層(いか)つい眼つきでソニアを見返す。


「言ってろよ。泣いても許してやらないんだからな」


 そして、再び二人は睨み合う。クレメンスは溜息をついてから、真守まもりとエレンに声を掛けた。


「行きましょう。戦いを始めます」


 そして真守まもりとエレンはクレメンスについていく。ミヨクとソニアの戦いを離れたところで見るためだ。ちなみにクレメンスが審判を務める。先程はソニアの言葉を受け流していたが、危ないと判断したら試合を止めるだろう。

 二人が移動している最中、真守まもりはクレメンスに訊いてみた。


「ところでクレメンスさん。みよ君とソニアさんの実力差はどのくらいなのですか?」

「ソニア様の方が格上ですね。今のところ、ソニア様の全戦全勝ですよ」


 クレメンスは即答した。真守まもりはまだ魔術のことがよく分からないが、ミヨクがレベルの低い魔術師とは到底思えない。


「ソニアさんはそれ程強いのですか?」

「ええ、彼女は『稀代の三席』の一人と言われています。彼女の通っていた学園の去年の高等部最高学年に、何十年の一人の割合の逸材が三人も集まってしまったのです。その内の一人がソニア様です。正真正銘の天才ですよ」


 真守まもりには魔術師における天才の基準は分からない。しかし、ソニアが繰り出す黒い炎が異常なものだけは分かる。いや、ちゃんと理解はしていないだろう。それでも他の者にできないことをやってのける者のことを天才と呼ぶのなら、ソニアはまさしく天才だ。


「ちなみに、エドガー・テルフォードも『稀代の三席』の一人です。相当の実力者ですよ」


 真守まもりはそのことにはすぐに納得した。エドガーと直接対峙した真守まもりだから分かる。人を殺すことを何とも思っていない。いや、それどころか快楽とすら感じている節がある。彼の魔術は人をなぶり、人を殺すことをよく考えられている。戦闘経験も並大抵なものではないだろう。

 クレメンスの説明は続く。


「ミヨク君はとても優秀ですよ。それは私も分かっています。教師の時は彼の面倒もみたことがありますからね。中等部の頃から飛び抜けていました。それを承知の上で言いますよ。今のミヨク君ではソニア様やエドガー・テルフォードには勝てません」


 クレメンスの説明を聞いている間に、準備は整ったようだ。反対を向いてみると、ミヨクとソニアが三十メートルくらい離れて向かい合っているのが見える。ミヨクはアーミラリステッキを構える。ソニアは何も持っていない。


「それでは模擬戦を開始します。お二人とも準備はよろしいですか?」


 クレメンスが大声で言い、ミヨクとソニアが首肯する。それを承諾と受け止めたのか、クレメンスが片手を上げて宣言した。


「では、始め!」


 その瞬間、ミヨクは杖を持っていない方の手を前に掲げた。


「Drei」


 小さな魔法陣が展開されて、小さな砲撃が放たれた。ソニアもそれを読んでいたようで、砲撃が放たれる前に横に動いて砲撃をかわす。


「Drei. Drei」


 ミヨクが同じように小さな砲撃を放つ。やはりソニアは砲撃を避ける。避けながら片手をミヨクに向けて、詠唱する。


「ティールオス」


 魔法陣から炎の弾が射出された。例の黒い炎だ。大きさはサッカーボールくらいである。それ程速くなく、わざわざ動くまでもなくエーテルの盾で防げそうだと真守まもりは思った。しかしミヨクはその炎弾を避けた。


「Drei. Drei」

「オスニイド」


 ミヨクは砲撃を放つと、ソニアは黒い壁のようなものを出して砲撃を防いだ。ミヨクは急いで回り込み、さらに砲撃を加える。今度は、ソニアはその砲撃を避ける。その頃には黒い壁が消えていた。


「ティールオス」


 ソニアが炎の弾を放つ。それをミヨクはやはりかわした。


「あれ……?」


 最初は小さな違和感だったが、戦闘が進むにつれてそれが本当におかしいことに真守まもりは気づいた。ミヨクとソニアは互いに小技を繰り返す。ソニアはミヨクの攻撃を避けたり、妙な黒い壁を出して砲撃を防ぐ。しかしミヨクはソニアの炎弾を避けるだけで、魔術で弾こうとしない。

 真守まもりはエレンに訊いてみた。


「エレンさん。みよ君はどうしてあの炎の弾を全て避けるのですか? エーテルの盾で防ぐことだってできるでしょう。私から見ても、防いだ方が良かった場面は何度かありましたよ」

「防がないのではなくて、防げないのよ。特に、お兄様はね。あの黒い炎はエーテルにとって天敵なの。どういうわけかエーテルの盾を張ってもすり抜けるらしいわ。すごく厚い盾ならなんとかなるけど、そんなの詠唱に時間がかかるから余程の状況じゃないとやらないでしょう」


 真守まもりは戦況を理解したところで、観戦に戻った。そして違う疑問が生まれたので、再びエレンに訊いた。


「エレンさん。あの……」

久遠くおん真守まもり。私は試合を観たいんだけど……」


 エレンに怒られてしまった。確かにエレンも真守まもりに構ってばかりはいられないだろう。真守は反省して黙っていると、クレメンスが声を掛けてくれた。


「疑問があるのなら、私が答えましょう」


 クレメンスは試合の様子を観察しながらも、真守まもりの質問に応じてくれるようだ。そういうことならば真守まもりも遠慮なく疑問を投げかける。


「それでは……。さっきからソニアさんは黒い壁を出していますよね。あれも黒い炎なのでしょうけど、どうしてその炎の壁がエーテルの砲撃を防げるのですか?」


 よく考えてみればすごくおかしい。火とはつまり熱と光だ。それが固体の運動を止めることなんてあり得ない。エーテルが物質としてどう定義されるのか、真守まもりには分からないが、少なくとも普通の炎なら通り抜けることくらいは想像できる。


「黒い壁として出現している時は、あの黒い炎は固体のようになっているのです。深く考えないでください。あれは異世界のものですから」


 もうそういうものだと考えるしかないということだろう。クレメンスの言う通り、真守まもりはそれ以上深く考えることを止めて、今度こそ観戦に戻った。


「Drei. Drei」

「ティールオス」


 戦況は大きく変わっていない。ミヨクが小さな技の応酬だ。ミヨクは相変わらず小さくて速い砲撃を重ねていく。ふとソニアが口を開く。しかしそれは魔術の詠唱のためじゃなかった。


「私に大技を使わせないための連射でしょうけど、相変わらず、ちまちまちまちま……。本当に小さい男ね。身長が低いからかしら」


 何かと思えば、あからさまな挑発だった。ミヨクはにやりと笑っているのだが、目は笑っていない。これは嫌みを言うつもりだと真守まもりにも分かった。


「ええ、ゴリラじみた攻撃は怖いからですねぇ。俺はソニアさんと違って人間なので、ゴリラみたいにはいかないんですよ」


 そのミヨクの言葉で、ソニアの方も肩を震わせてしまった。これは駄目だなと真守まもりは思う。せめて双方に怪我がないことを祈るばかりだ。


「いいわ。そこまで言うなら、そのゴリラじみた攻撃とやらでぶっ飛ばしてやるわ!」

「上等だ。今日こそは泣かしてやるから、覚悟しろ!」


 ミヨクとソニアは好き放題叫び合って、再び戦闘態勢に入った。その時に、両方の口から「ぶっ殺す」と聞こえたのは気のせいだと真守まもりとしては思いたいところだ。


「Drei. Drei」

「オスニイド」


 怒っていた割には、ミヨクは冷静だった。無理はせずに、小さな攻撃の連続でソニアの隙を作ろうとする。形だけはミヨクが攻めているように見えるが、ソニアが一向に崩れないところを見るに、ソニアの方が有利に戦いを進めていると真守まもりは分析する。


 それに真守まもりはミヨクの魔術の弱点に気づいてしまった。


「攻撃が直線的過ぎる。せめてもっと変化を与えないと」


 真守まもりが呟く。ミヨクの砲撃の軌道は全て直線的なのだ。弾速は速いが、魔法陣の展開があるので、軌道を読みやすい。それはソニアにも言えることだが、ミヨクの方がその傾向があからさまなのだ。エドガーのむちの攻撃のように、変則的な軌道を生むことができれば話は別なのだが――。


「でもさすがに無理か……」


 ミヨクのエーテル砲撃はそれ自体が生きているわけではない。ただのエーテルという半物質を収束させたものだ。魔法陣から放たれてしまえば真っすぐに進むしかない。


「いいえ。やりようはあるわ」


 真守まもりはエレンに答えを求めたわけではなかったが、エレンが説明してくれる。


「魔術師の戦いは魔術の読み合いが重要よ。詠唱や魔法陣、それらを汲み取って相手の一手先を読むのよ。それにお兄様の戦術の幅はこんなものじゃないわ。見ていなさい」


 そうだ。自分が弱気になってどうする、と真守まもりは心の中で喝を入れる。ミヨクはまだ戦っている。そんな彼に自分がしてあげられることは一つしかない。

 真守まもりは両手で輪を作り、それを口まで掲げる。


「みよくぅぅぅうううん! がんばれぇぇぇぇええええ!」


 真守まもりが出来ることは精一杯の応援だ。真守まもりが大声を上げた瞬間、後頭部に衝撃を受けた。真守まもりが後ろを振り向いているとエレンがいる。エレンが真守の背後に回っていたのは分かっていたが、拳骨を加えられるとは思っていなかった。


「何大声出しているのよ、馬鹿。二人の邪魔でしょうが」


 確かにエレンの言う通りだ。真守まもりは前に向き直る。遠く離れたところでミヨクとソニアが真守まもりに注目していた。魔術戦が中断されていたようだ。そして真守まもりは自分がとても恥ずかしい行為をしていたことに気付く。ミヨクの応援をしたつもりだったが、彼の邪魔をしてしまったようだ。真守まもりは肩身を狭くして、上目遣いで見た。


 その視線の先には、ミヨクが笑顔で握りこぶしを掲げていた。絶対に勝つ、真守まもりにそう伝えるように――。

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