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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第4章 革命の殺戮者(4)

 真守まもりはエドガーに立ち向かう。先に仕掛けようかと思ったが、ミヨク達がまだあまり離れていないかもしれない。もう少し待つべきだろうと判断する。

 とはいえエドガーが真守まもりの事情を考慮するわけがない。


「逃がさないよ。Devour」


 エドガーから白い杭が放たれる。かなり貫通力のありそうな杭だ。先程のむちと違って殺傷能力が高そうだ。まずは真守まもりを本気で殺すつもりだ。エドガーとしてはミヨクには生かしておく価値があるが、それ以外は殺してもいいのだろう。


 一か八か。真守まもりはエドガーの攻撃を防ごうとする。とはいえ、ここで言う一か八かとは、エドガーの攻撃が防げるかどうかではない。エドガーの攻撃を防ぐのは簡単だ。問題はエドガーの攻撃を防いだ後に、その手段がミヨク達にも牙を向かないかどうかだ。


「蛇神様……」


 真守まもりは繋いだ。夜刀神やとのかみに自分の力を与えて、現世に呼び出す。黒いむちのような影が十本ほど、真守まもりから飛び出した。それはエドガーの白い杭を全て弾き、そのまま勢いを殺さずに彼へ襲い掛かる。真守まもりの制御は正常に働いたようで、その攻撃がミヨクの方へ向くことはなかった。


「Rush」


 そこでエドガーの表情から余裕が消えた。超人的な跳躍で、夜刀神やとのかみの影をかわす。その直前に魔法陣らしきものが見えていた。何らかの魔術によって脚力を上げたのだろう、と真守まもりは分析する。


「驚いたな……。まさかここまでとは……」


 そしてエドガーは愉快そうに笑う。先程エドガーが言っていた、日本語を学ぶ必要とは、やはり真守まもりが持つ能力のことだったようだ。何らかの方法で、神霊を物質化する能力に関する情報を入手していたのだろう。

 真守まもりはエドガーをしっかりと見据える。


「さて、これで私も本気を出せます。覚悟は良いですね。私をただの時間稼ぎと思わないことです。それと……」


 ミヨクとエレンは既に遠く離れたことだろう。彼を傷つけることを心配せずに力を振るうことができる。それに、今から自分がすることをミヨクに見られることもない。


「自分が誰を傷つけたのか、分かっていますよね」


 真守まもりは睨みつけた。いや、そんな生易しいものではない。己の憎悪をき集めて、それを目の前の男をぶつけたのだ。それはまさに殺気だった。真守まもりは尋問するために出来る限りエドガーを捕らえようとしているが、殺してしまっても構わないと思っている。


 それに対してエドガーは怯える様子はない。それどころか、ひどく醜い道化を見つけて、こみ上げる笑いをなんとかこらえるように、不自然に口角を歪める。


「良い眼をしているね。なかなか楽しめそうだよ」


 真守まもりは気を引き締める。エドガーがとても強いことは真守まもりにも分かっている。敵わない相手ではないだろうが、一度気を緩めてしまうと致命的な傷を負ってしまうという予感がある。先程は少し冷静さを欠いて、エドガーを挑発してしまったが、ミヨク達が虚空間きょくうかんを抜ける時間を見計らって、自分も逃げていいのだ。そのことを再認識して、真守まもりは目の前の男と対峙する。


「じゃあ、そろそろ……」


 エドガーが一歩踏み出したとき、遠くから聞き覚えのある女性の声が聞こえた。


「オスウルエオラド」


 それは意味不明な言語だった。エドガーの詠唱は英語だと分かったし、ミヨクの詠唱もどれかは分からないがドイツ語の数字を表すことくらいなら分かった。しかし今聞こえてきたそれはちゃんとした意味が本当にあるのだろうかと疑うようなものだ。


「ちっ……」


 エドガーは大きく後退する。そして、エドガーが先程までいた場所に炎と思われるものが通り過ぎた。そう、それは炎のような様相を呈していたが、真守まもりが知るような炎の色をしていなかった。炎は普通、赤い。しかし真守まもりが今見ている炎は黒いのだ。炎の中に金属を入れると炎の色が変わる現象を真守まもりは学校で習ったことがあるが、それとも事情が異なり、あの炎は最初から黒いようだ。


 エドガーは何とかその炎を避けたが、少し触れてしまったようで、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。その様子を見て、真守まもり夜刀神やとのかみを引っ込めた。


「君も……ここに来ていたのか」


 エドガーが真守まもりの隣を見る。そこにある女性が立っていた。


「ええ、まさかあなたが本当にいるとは思っていなかったけどね。会ったからには容赦しないわ。全身大やけどにして、連盟に叩き送ってあげるから、覚悟しなさい」


 真守まもりが会った時と変わらず、赤色の修道服を着ているシスター、ソニア・ヘンシェルだ。ミヨクから彼女が魔術師だと聞いていたが、まさか魔術師としての顔を実際に見るとは真守まもりも思っていなかった。それに、意外と口が悪い。ミヨクの陰口もあながち間違っていなかった。


 エドガーは微笑を浮かべているものの、少し面白くないようだ。おそらくソニアは魔術師として同等以上の実力を持っているか、エドガーに対して有利な魔術属性を有している、もしくはその両方なのだろう。


「そこで、殺すと言わないところが君の甘いところだよ」

「人殺しがかっこいいと思っているじゃないわよ、クソガキ」


 ソニアは再び激高したが、エドガーはそれに構わず余裕そうな態度を示す。


「ところでソニア……。君に訊きたいことがあるんだ」

「何、どういう風に焼かれるかってこと。心と身体を両方満遍(まんべん)なく焼いてあげるわよ」

「そうじゃなくて、真面目な話なんだ」


 エドガーがそう言うとソニアは黙った。膠着こうちゃく状態のままなら真守まもりもしばらく動かずにいようと決めた。もう少し時間が経てば、ミヨク達は虚空間きょくうかんを抜けることができるだろう。上手くいけば久遠くおん家まで帰ることができるかもしれない。

 ソニアの沈黙を了解と受け取ったようで、エドガーが話を続けた。


「君は僕と同じ『稀代の三席』だ。近年稀に見る天才だということは自覚しているだろう。それなのに、家の慣習に縛られて、その力を人助けなんかに無駄使いする理由はなんだい? 君ほどの実力者なら、魔術の世界に何か新しい風を起こそうというものだろう」


 それに対して、ソニアが怒りを押し殺したように応える。


「まず訂正しておくけど、私は家に縛られているなんて思っていないわ。力がある者だからこそ、助けを求めている人に使う。それのどこが無駄なのかって、今更あなたに説いても仕方のない話よね」


 エドガーは深く溜息をつく。そして全く笑みのない、真剣な顔つきで告げる。


「残念だよ。君は優秀な魔術師の癖に、魔術師の本分を忘れた愚か者だ」


 真守まもりは過激派の魔術師の価値感がなんとなく分かってきた。つまり、魔術師こそが力の頂点であり、その力を持つ者が世界を支配しなければならないということだ。童話の中で無術者むじゅつしゃのことを獣と表現していたように、無術者むじゅつしゃのことを人間とみなしていないのだろう。そんな人間未満の存在が世界に君臨していることが、エドガーのような魔術師は許せないのだ。


「見解の違いね。どっちみちあなたはここで終わりよ」


 ソニアが右手を胸のあたりまで構える。エドガーも姿勢を低くして、ソニアをじっと観察する。


「ベオークエオユルオスニイドダエグ」

「Rush」


 ソニアが黒い炎を放つ。かなり広範囲に渡るので、真守まもりはその炎の先にエドガーの姿を捕らえることはできなかった。彼は直前に魔術を行使して逃走を図ったのだろうが、それが成功したのか失敗したのかが分からない。それよりも真守まもりには危惧すべきことがあり、ソニアに抗議した。


「ソニアさん。これでは森が燃えてしまいます。炎を消してください」


 真守まもりはそう言うと、ソニアは何でもない風にこう答えた。


「大丈夫よ。あれは普通の炎ではないわ。木々に燃え移ったりはしない」


 炎が消え、前方の様子が窺えるようになった。黒い炎は周りの草木に触れていたはずなのだが、ソニアの言う通りどこも炎上しておらず、元の状態を維持している。しかしところどころ黒い炎が残っている。


「ソニアさん。やっぱり消火しないと……。って、あの炎、消火器で消えるんですか?」


 真守の気は落ち着かないが、やはりソニアは平然としたままである。


「エドガーが肉とか骨とか出していたでしょう。原理はよく分からないけど、私の炎は奴の魔術で喚起されたものをよく燃やすのよ。それが燃え尽きたら勝手に消えるわ」


 ソニアの言う通り、やがて黒い炎は消えていく。森に被害はないようだ。ちなみにエドガーにはあっさりと逃げられてしまった。

 そこで、牧師姿の男性が二人現れて、ソニアに話しかける。


「ソニア様。ミヨク・ゼーラーとエレン・ゼーラーを虚空間きょくうかん外で保護しました。今はクレメンスさんが様子を見ています」


 それを聞いて真守まもりは胸を撫でおろす。エドガーといえども魔術が使えない場所、ヘンシェル教会の人達がいる状況で、ミヨク達を襲うことはないだろう。


「分かったわ。撤退よ」


 ソニアがあっさりと言うと、男性は怪訝けげんそうに訊く。


「エドガーは追わなくてよろしいのですか。今なら私達だけでも……」


 男性が言い終える前に、ソニアが怒りを露わにして叫んだ。


「馬鹿。死にたいの? いいから撤退よ。その子も連れて、クレメンス達と合流するわ」

「申し訳ありません。承知しました」


 ソニアは男性への指示を終えると、真守まもりの方を向いてきた。


「お互いに言いたいこと、訊きたいことは山程あるでしょうけど、今はここを出ることが先決よ。エドガーには少し傷を負わせたでしょうけど、また襲い掛からないとも限らないわ」

「そうですね。分かりました。折角ですので、久遠くおん家に行きましょう」

「ええ、そうさせてもらえると助かるわ」


 真守まもりとしても、まずはここから離れてミヨク達の無事を確かめたい。一行は話し合うことは後にして、一刻も早くこの場から退散した。

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