第4章 革命の殺戮者(3)
細胞属性魔術。
ミヨクはその魔術の狂暴性を痛いほど思い知らされてきた。細胞を照応する魔術だ。ありとあらゆる細胞を他の世界から収束させて、生物を構成するものを作り上げる。先程の白い杭の正体は骨だ。骨細胞を収束させて、自分が望むように骨を形成したのだろう。
細胞魔術は貴重ではあるが、現代では全く見ないわけではない。魔術師の医療としてよく応用されている。患者も並行世界では無数に存在する。その並行世界の患者から足りないものを補うこともある。
しかしエドガーのように自分以外の生物の細胞を乱雑に組み合わせるような魔術師はそうはいない。匂いを辿って来たということは、嗅覚に関わる細胞を一時的に集めたということだろう。エドガーにそんな芸当ができることをミヨクは初めて知った。
ミヨク達は森を駆けている。真守とエレンが前を進む。エレンがフォルトナー四姉妹を全員物質化させて、周りを守らせている。ミヨクが最後尾で、追ってくるエドガーを攻撃する。エドガーからの攻撃はミヨクと四姉妹で防御している。
「Acht」
ミヨクはエドガーにエーテルの砲撃をぶつける。しかしエドガーは即座に骨の盾を腕に着けて、エーテルの砲撃を防ぐ。短い詠唱による威力の低い攻撃では、あの骨の盾は砕けそうにない。
「よくやるね。Distort」
エドガーが魔術を行使する。その魔法陣からは鞭のようなものが三本現れた。内臓のような色で、実際に肉体の細胞を収束して作り出したものなのだろう。ミヨクや四姉妹が白い杭をことごとく防ぐので、攻撃の仕方を変えてきた。直線的だった攻撃に変則性が生まれる。肉の鞭は曲がりうねり、ミヨク達に的を絞らせない。
「生きているの……?」
真守は呟く。あの肉の鞭は生きている。そうでなければ、あのような変則的な動きはできない。魔術は物質を収束して魔力というエネルギーで動かす技術だ。しかしあの肉の鞭は、魔力によって射出された後でも自由に動いている。
「Zwei」
ミヨクが唱えて、エーテルの盾を作る。広範囲に作られた盾は全ての肉の鞭を防いだ。その後、真守の疑問に対してエレンが応答した。
「あいつの魔術は一時的に生物を作り出すことができるの。生物に必要な構成要素を全て集めて仮の生き物を作る。けど、それに魂はないし、余命数秒って代物だけど、その時点でもあいつの魔術は規格外よ」
エレンの言う通りだ。ミヨクは細胞属性魔術の恐ろしさを体験したことがある。エドガーによる禁書保管庫襲撃の後、ミヨクはメリッサという一つ年上の少女をメイスラの外へ逃がそうとしていた。そこをエドガーに襲われてしまった。
ミヨクもメリッサも魔術の多彩さには定評のある魔術師だったが、二人よりもさらに変幻自在な魔術を展開するエドガーになすすべなく、メリッサは瀕死の重傷を負ってしまった。ソニア達の援護がもう少し遅れていれば、彼女の命はなかっただろう。
ミヨクは自分でメリッサを守り切れなかったことを後悔している。だからこそ、真守とエレンをメリッサと同じ目に遭わせるわけにはいかない。
「Acht, Acht, Acht」
ミヨクが無数のエーテル弾を射出する。しかしエドガーは直前に骨で大きな盾を作り、エーテル弾を全て防いだ。
「まだまだあ! Distort」
再び肉の鞭が襲い掛かる。しかし今度は五本だ。まず、四姉妹の内の二人が対処しようとしていたが、肉の鞭は二人を軽く躱してしまう。再びミヨクが肉の鞭に対処することになった。
「Sechs, Zwei」
ミヨクは先程より大きめのエーテルの盾を作り出した。そうしなければ肉の鞭を全て防ぐことはできなかっただろう。それは分かっているのだが、これでは真横からの攻撃に対して咄嗟に対処できない。確かに四姉妹が横方向を守ってくれているが、肉の鞭で攻められたら四姉妹では防げない可能性が高い。
案の定、木々の陰から見覚えのある鞭が襲い掛かって来た。
「みんな! 左!」
真守が叫んだ。ミヨクは魔術を出したばかりで反応が遅れてしまったが、エレンはしっかりと攻撃を認識していたようで、既に四姉妹の内の一人を向かわせていた。
「エリザベス」
肉の鞭は一本だけだ。動きが木々で制限されて読みやすかったのか、エリザベスは簡単にその鞭を叩き落とした。
右方向は真守が確認していた。囮を利用して、その反対側から攻めるのは戦いのセオリーの一つである。予想通り、肉の鞭がこちらに向いていた。今度は二本だ。
「私に任せて……」
そこで真守は腰に掛けていた木刀を抜く。おそらく真守が夜刀神を出してくれれば、ミヨクとエレンの魔術と合わせて、エドガーの攻撃を完璧に防ぐことができるだろう。しかし夜刀神はエドガーの他にミヨクを狙ってしまうかもしれない。
とにかくエドガーの凶悪な魔術に対して木刀一本で真守に立ち向かわせるわけにはいかない。ミヨクが右から来た鞭に対処する。
「みよ君。駄目……」
真守が叫んでからミヨクは気づいた。ミヨクが右の防御を行ってしまえば、後ろの防御が疎かになる。ミヨクが今の攻守の要だ。それが欠けてしまえば、今まで拮抗していたバランスが一気に崩れてしまう。
「Zwei」
ミヨクのエーテルの盾が、肉の鞭を防ぐ。悪夢はその直後に訪れる。
「Distort」
次の肉の鞭が襲い掛かる。その数七本だ。四姉妹の内の二人が三本まで叩き落したが、四本の侵攻を許してしまった。ミヨクが急いで唱える。
「Zwei」
しかしそのエーテルの盾は急造だったために強度が足りなかったようだ。肉の鞭の衝撃を抑え切れないどころか、二本の鞭がそれを貫通してしまった。その鞭がミヨクの右肩と右脇腹に直撃する。
「ぐあっ……」
ミヨクは横方向に突き飛ばされてしまった。逃走の足がついに止まってしまったのだ。ミヨクは転倒して、真守とエレンが振り返る。
「エレンさん。みんなを固めて防御を……」
「よくも、お兄様をぉぉおおお」
エレンが逆上して、パニック状態に陥っていた。四姉妹全員をエドガーの攻撃に回してしまった。
「駄目……。みんな戻って!」
真守が必死に叫ぶが、四姉妹はエレンの守護霊である。真守の言うことは全く聞かないことはないと思うが、それでもエレンの命令が優先されるだろう。
「Distort」
無慈悲にもその攻撃は放たれた。七本の肉の鞭が真守達に襲い掛かる。四姉妹が対抗する。鞭の攻撃の動きに慣れたのか、四人で六本の鞭を叩き落したが、小さい二人は突き飛ばされてしまい、一本の鞭はそのままこちらに向かっている。ミヨクはまだ態勢を崩したままで、エレンは怯えてしまっている。
真守が木刀を振るい、肉の鞭を打ち払った。しかし同時に木刀は砕かれてしまった。真守にはもう敵の攻撃を防御する手段はない。夜刀神を除いては――。
「真守。俺のことはどうなってもいい。夜刀神を出せ」
ミヨクは肺が軋む痛みになんとか耐えつつ言葉を捻りだしたが、真守は聞こうとしない。ただエドガーに視線を向けたままエレンに指示する。
「エレンちゃん。みよ君を連れて逃げ――」
「チェックメイトだ。Distort」
真守が言い終える前に、再び七本の鞭が放たれる。四姉妹の内の二人が四本まで叩き落したが、三本は真守達に向かう。対する真守は両の拳を顎の近くで構える。あくまで夜刀神は出さないつもりのようだ。
このままでは真守が死んでしまう。ミヨクは咄嗟に前へ出た。
「この……Zwei」
エーテルの盾を出したが、盾はあっけなく潰され二本の鞭を通してしまった。一本は何とか杖で防いだが、もう一本はミヨクの鳩尾に直撃してしまった。
「ぐっ、ぐぁぁああああああ」
そしてミヨクは十メートルくらい後方へ飛ばされてしまう。アーミラリステッキも手放してしまった。なんとか意識を保とうとするが、立ち上がることができない。
もちろん、ミヨクの回復をエドガーが待つわけがない。
「さて、ミヨク君が仲間にならないと言うのなら、そこの二人は殺すか。そうすれば自分がどれだけ愚かなのか分かってくれるだろう」
このまま自分が倒れれば、今度こそ大切な人を失うことになる。ミヨクは残された力を振り絞るが、エドガーの攻撃をまともに受けたことで、身体は既に限界を迎えている。
「逃げ……ろ……」
まともに声も出せなくなってきた。それでもミヨクは真守とエレンを傷つけさせないために、這ってでもエドガーを食い止めようとする。しかしミヨクとエドガーの間に真守が割り込んだ。
「みよ君。この杖、お借りしますね」
真守はアーミラリステッキを持って、刀のようにエドガーに向けて構えている。エドガーと戦うつもりのようだ。
「エレンさん。みよ君を連れて逃げてください。私がここを食い止めます」
先程から真守は武器の扱いに慣れているような素振りを見せている。ミヨクがこの場から去り、夜刀神が出せるようになれば、戦うことができるかもしれない。
しかし相手はあのエドガーだ。魔術師でも彼の魔術を攻略することは困難を極める。魔術を知らなかった霊媒が一対一で挑むことなど間違いだ。
「なに……言ってる……」
「そうよ。殺されるわよ」
ミヨクと同様に、エレンも真守の行動に反対する。しかし真守は耳を貸すつもりはないようだ。視線と構えは一切動かすことなく、ミヨクとエレンに告げる。
「いいえ。私がこの男を食い止めるのが、三人が生き残るための今の最善策です」
「でも……」
エレンが戸惑っていると、今の真守からは信じられないような怒声が発せされた。
「早く行きなさいっ! みよ君を死なせたいのですか!」
そんなことを考えている場合ではないだが、十年前の真守はこういう風に大きな声でミヨクを叱るような子で、自分はよく泣かされたものだとミヨクは思い出す。
「分かったわ」
エレンが四姉妹を物質化してミヨクを運ぼうとする。それでもミヨクは抗おうとしたが、ついに気を失ってしまった。




