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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第4章 革命の殺戮者(2)

 真守まもり達はもう少しの間だけ部屋を探索したが、結局『白い魔女』を匂わすようなものは他に発見されなかった。虚空間きょくうかんに長居するのは危険だということで、さっさと諦めて、『ホワイトウィッチプロジェクト』だけを持ち去ることに決めた。エレンが大きめのポシェットに入れて持っている。


 そして急いで虚空間きょくうかんから出ようとする。危ない場所からさっさと立ち去るのが得策だ。しかしただ単に急ぐわけにはいかないような事態になった。

 エレンが焦ったように目尻を細めながら言う。


「誰かが虚空間きょくうかんに侵入したわ。メアリから報告が来た」


 ミヨクが緊張した面持ちでエレンに訊く。


「どんな奴だ?」

「大きなフードを被った長身の男らしいわ。侵入したのはその男だけだって」

「クレメンス先生……。だと楽観視するべきじゃねぇな」


 むしろ最悪の事態に陥ってしまったということくらい真守まもりにも分かった。エドガーが現れたのだ。


 真守まもり達は虚空間きょくうかんを抜けるルートもいくつか確認している。侵入者が来た方角とは逆へ向かえばいい。とにかく冷静に対処すれば何も問題はない。


 そう思われていたのだが、エレンが踏み出そうとした足を止めた。そして真っ青な顔をミヨクと真守まもりに見せる。そして最悪の事態を告げた。


「エドガーよ。奴が一直線にこっちに向かっているわ。魔術を使って加速している」

「どうして……? 足跡を辿っても真っすぐ来るってことはないだろ」


 ミヨクの疑問はもっともだと真守まもりも思う。真守まもり達はただ最短の道を何も考えずに進んできたわけではない。足跡を無駄に増やしたり、草木を生い茂る道をわざわざ通ったりして、追跡の眼をくらませるようにしていた。


「そんなことを考えるのは後よ。今でもエリザベスとマチルダがいるから。低空飛行くらいはできるわ」


 エレンがそう言うと、ミヨクはすぐにバックからアーミラリステッキを取り出した。バックは地面に捨てたままで、回収するつもりはないようだ。


「今から飛行する。真守まもりも乗れ」

「いえっ」


 真守まもりは声を上げる。侵入者がすぐ近くまで来ている。ミヨクもその方向へ振り返る。その先にある木々の間から人影が見えた。そして魔法陣も――。


「Zwei」


 ミヨクが杖を持っていない方の手を前に掲げる。呪文と共に魔法陣が現れた。それから生み出されたのはエーテルの盾だ。その盾が、木々の方から射出された数本の白い杭を弾く。相手の攻撃を防ぐと、その盾も消失した。


 そして、侵入者がゆっくりと接近する。木々を抜けて、ミヨク達のいる平地に足を踏み入れる。その際、フードを取って顔を見せた。それを待たずにミヨクが唱える。


「Acht, Acht, Acht」


 相手に挨拶することもなく、ミヨクは強烈な攻撃で侵入者を迎え入れた。侵入者のいる所に無数の光弾が炸裂して土埃が舞い上がる。その結果を確認する前に、ミヨクが後ろを向かずに叫んだ。


「俺がここを食い止める。エレン。真守まもりを連れて早く逃げろ」

「Devour」


 土埃の中から呪文が聞こえた。ミヨクが即座に反応して、今度は手を下げたまま「Zwei」と唱える。土埃の中から射出された白い杭を再びエーテルの盾で防いだが、今度は衝撃を抑えきれなかったようだ。白い杭は横に逸れただけで、杭と盾の衝突はミヨクに大きく伝わった。


「ぐっ……」

「いけないなぁ……。相変わらず君は乱暴だ」


 土埃が晴れていく。そこから現れたのがエドガー・テルフォードだということは真守まもりも分かった。ソニアに教えてもらった容姿と一致している。エドガーは嘲笑しながらミヨクを見つめている。距離は三十メートル程で、エドガーの前進は止まった。


「てめぇ……。どうやってここに……?」

「どうやって……。君の匂いを追ってきたんだよ。そんなことより元気そうだね。まあ君は傷が浅かった方か――。メリッサはどうしたんだい。もしかして死んだ?」

「生きてるよ。療養中だ」


 ミヨクとエドガーには浅からぬ因縁があるようだ。真守まもりとしては気になるが、そんなことを聞いている暇はない。


「何やってんだ。早く逃げろって言ってるだろ!」


 ミヨクはエドガーを睨みつけたまま、後ろの二人に怒鳴りつけた。エレンが何かを言おうとしていたが、その前に真守まもりが冷静に応える。


「いいえ。みよ君を置いていけないということもありますが、迂闊うかつにあの男に背を向けるは駄目だと思います」


 フォルトナー四姉妹の報告から察するにエドガーは単独で襲撃に来た。それでも真守まもりにとっては未知の魔術だ。銃撃よりは遅いだろうが、攻撃の規模が大きい。しかもミヨクですら知らない能力も隠しているようだ。

 そこでエドガーが飄々《ひょうひょう》と話しかける。


「まあ、落ち着きなよ。何も君と戦いに来たというわけじゃないんだからさ」

「ぬかせよ……。てめぇがさっきやったこともう忘れたのかよ」


 エドガーは何の警告もせずに真守まもり達を攻撃してきた。もちろん当たれば死ぬような危険な攻撃だ。しかしエドガーの言葉も完全な嘘ではなさそうだ。


「さっきのはちょっとした挨拶だよ。そうしないと君達は逃げてしまうだろ」


 エドガーは歪んだ笑みを浮かべている。その眼はミヨクしか見ていない。今は再び攻撃を仕掛ける素振りを見せない。


「いや、まったく……。君がここに来てくれて嬉しいよ。こんな極東の薄汚い森に来た甲斐があったというものだ」

「どうでもいいけど、お前……日本語話せたんだな」


 言われてみればそうだと真守まもりも気づく。しかもかなり流暢りゅうちょうだ。


「いやいや、これでも学ぶ必要があったんだよ。何……。日本って興味深い能力があるようだし、君ももう知っているんだろ」


 自分のような物理霊媒を知っているのかと真守まもりは疑う。とはいえエドガーは真守まもりに興味を持っているわけでもなさそうだ。しかし標山しめやまの森に来たということは、日本の霊媒についてある程度調べたということだろう。


「で、その能力が目的なのか」


 ミヨクは訊くと、エドガーは鼻で笑う。


「確かに目的の一つだけど、重要なのはそこじゃない」


 そしてエドガーはミヨクに手を伸ばして、親しみを込めてこう言った。


「ミヨク君。ここで会ったのも何かの縁だ。僕と手を組もう。君としても――」

「馬鹿言ってじゃねぇよ。地獄へ落ちろ、クソ野郎」

「話は最後まで聞きなよ」


 そこで、エドガーはここに来て初めて殺気を放った。言うことを聞かなければ殺す、とでも言うようにミヨクを睨みつける。対するミヨクは気圧けおされたのか後退あとずさる。その様子からエドガーはミヨクよりもかなり格上の魔術師なのだと真守まもりは察した。

 ミヨクが再び黙り込んだところで、エドガーは満足そうに微笑ほほえむ。


「それでいい。じゃあ、話を続けるよ。仲間にしようというのは理由があるんだ。君は『白い魔女』のことを知っている。知っているからこの地にいるんだろ」


 エドガーの口から『白い魔女』という言葉が出たことに真守まもりは驚いたが、ミヨクはそのこと自体には動揺していないようだ。以前エドガーに襲われたようだし、その時に『白い魔女』について話したのかもしれない。


「『吸血鬼の魔女』のことだろ。それ以外は何も知らねぇよ」

「とぼけるなよ。さすがに、場所を問わずに行使できる魔術だということくらいは知っているだろ。童話の通り、あの魔術は地上の無術者むじゅつしゃを殲滅するためのものだ」


 エドガーは魔術だと断言した。彼が盗んだとされる書物には、『白い魔女』に隠された謎が書かれていたのだろう。同様の内容が、今エレンが持っている『ホワイトウィッチプロジェクト』にも書かれているのかもしれない。

 ミヨクが黙ってしまったのを見て、エドガーは可笑しそうに口角を上げる。


「おやっ、本当に知らないようだね。なら一ついいことを教えてあげよう。確かに『吸血鬼の魔女』はアイラ・メイスフィールドのことだ。しかし『白い魔女』は彼女のことをいうのではない。いや、もちろん彼女もそうだったのだけど、元となるのは彼女ではない」


 真守まもりには今のエドガーの台詞が戯言ざれごとだと思えなかった。今までの話を思い返すと、『吸血鬼の魔女』という童話は『白い魔女』の謎を隠すために存在しているのではないかと思えてならない。魔術師が秘匿するべき魔術――。


 アイラは獣の国に行き、誰と会って、血の能力を得たのか――。


 真守まもりはある一つの答えに辿り着く。


「ルイス、さん……」


 ルイスが『白い魔女』であり、血の能力をアイラに教えた。疑問点は山ほどあるが、それだと辻褄が合ってしまうのではないかと真守まもりは考える。


「ルイスがアイラに教えたのは、不老不死の呪い解く方法だけじゃなかったってことか」


 ミヨクはそう呟くと、エドガーは意地悪そうに嘲笑あざわらう。


「これ以上は教えられないね。仲間になってくれるなら話は別だけど」

「仲間になってくれと言うくらいだったら、てめぇの目的くらい教えろよ」


 これまでの話の流れから、エドガーの目的は真守でも簡単に予想ができた。つまりエドガーは過激派の魔術師と同じなのだ。


「決まっているじゃないか。『白い魔女』を完成させ、無術者むじゅつしゃ共を滅ぼす」


 待っていましたと言わんばかりに、エドガーが演説を始める。


「君はこの世界がおかしいとは思わないのか。魔術があり魔術師という高尚な存在があるというにもかかわらず、場所の制約があるが故に、歴史の表舞台に出ることができない。地下に籠って、陰険に魔術の研究をするのみだ」


 そこでエドガーは初めてあからさまに憎しみをあらわにした。


「それをいいことに、魔術も霊能力もろくにできない愚かな無術者むじゅつしゃ共が地上を好き勝手に荒らしているのだよ。科学技術にものを言わせて、我々の魔術の神秘を踏みにじる。それが許せないのは当然だろう」


 自分が無術者むじゅつしゃから理不尽な仕打ちを受けていると言いたいのか、エドガーは地団駄を踏む。


「しかし違うだろう。己の力だけでは何もなすことのできない無能の生物が世界を支配していい道理などない。力ある者が世界を支配するべきだ。力ある者がその力を存分に発揮する世界、それを望んで何がおかしい」


 それからエドガーは再び愉快そうに笑う。残虐で、醜悪で、それでいて確固たる意志がみなぎった瞳だ。


「革命を起こすのだよ。魔術師が理不尽に虐げられる世界など真っ平だ」


 エドガーは革命と言った。本気で世界を一変させるつもりだ。真守まもりにもそれがひしひしと伝わった。彼なりに矜持を貫いているのだろうが、その結果に起こるだろう一般人の虐殺は許されていいものではない。


「言いたいことはそれだけか、エドガー」


 ミヨクが言い捨てて、エドガーは口角を歪める。


「交渉決裂か……。仕方ない」


 エドガーがそう言い終える前に、ミヨクが片手を前にかざしながら叫んだ。


「Sieben, Sechs, Zwei」


 ミヨクが作り出したのは大きな波のように真守まもりには見えた。直接攻撃を加えるものではない、エドガーからの攻撃を防ぎつつ、彼の侵攻を阻むだめのものだろう。案の定、エドガーは白い杭を射出しており、エーテルの波が弾き飛ばす。エーテルの波はすぐに消えるだろうが、それまではエドガーも迂闊うかつにミヨクの後を追えないはずだ。


「逃げるぞ。走れ!」


 ミヨクがきびすを返して走り出した。真守まもりとエレンはその前に行く。エドガーからの逃走が始まった。

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