第4章 革命の殺戮者(1)
翌日の朝から、ミヨクと真守とエレンは隠し部屋の捜索を再開した。
本日は午後から、真守がソニア達を標山の森の案内をする約束をしているので、捜索は午前までである。そもそもエドガーのことがあるので、核心に迫るような資料を見つけたらさっさと撤退するつもりだ。
真守が教えてくれた場所に行き、その地面を調べる。隠し部屋への入り口は埋められていたが、ミヨクがエーテルの砲撃で周りの土を木製の扉ごと吹き飛ばした。
そして一行は地下へ潜り込む。発電機はあるにはあったが、十年くらい放置されていたのでまともに起動しなかった。なので、持参してきたランタンで周囲を照らしながら進む。少しだけあった廊下の先には、十畳ほどの部屋があった。しかし周囲は出入口以外を本棚で占められており、中央のテーブルにも多くの書籍や資料らしきものが多数置かれている。足を踏み入れられるスペースはもっと狭い。
ミヨクがざっと見渡しただけでも本棚は洋書で埋められている。テーブルに散らばっている紙片もアルファベットが綴られている。ヘルベルトが残した部屋と考えて間違いないだろう。
ミヨクは乱暴にテーブルの上のものを払い除けて、空いたところにランタンを置いた。
「とにかく、探そうぜ。真守も出来れば協力してくれ。難しいことは考えなくていいから、真守の眼からして何か怪しいものがあれば遠慮なく言ってくれ」
「みよ君。あの……誠に申し上げにくいのですが……」
真守が周囲を見渡してから、不安そうな面持ちでミヨクを見つめる。
「すみません。英語ばかりなのですが……」
「英語だぜ。無術者の中でも世界共通語だろ。第一言語でないにしても、駄目ってことはないだろ」
「だからその英語が……」
日本でも英語は教育機関で教わっているはずだ。しかし英会話を実践する機会が少ないのだろう。ミヨクはそう納得したが、エレンは気に入らなかったようで、見下すように顎を上げながら真守を睨めつける。
「これだから極東の霊媒は……。教養がなっていないわね」
「おい。エレン。真守のことを悪く言うな」
ミヨクはエレンを叱りつけると、真守には苦笑いを見せる。
「すまねぇ。つい、魔術師の国の常識でものを話してしまった。まあ、少しくらいなら分かるだろ。分かる範囲でいいから協力してくれ」
ミヨクがそう言うと、エレンが不満そうな眼差しで彼を見つめる。
「まったく……。久遠真守には甘いんだから……」
「ほっとけ……。とにかく真守、それでいいか?」
ミヨクの言葉に対して、真守は握りこぶしを胸の前で掲げながら笑顔で答えてみせた。
「分かりました。頑張ります」
ミヨク達は部屋の中を物色し始めた。そして調査を始めてからすぐに、この部屋の異様さに気づく。五分も経過していないにもかかわらず、三人は一旦中央のテーブルに集まった。
ミヨクがその部屋の異様さを言及する。
「ここなんだよ……。不老不死のことばっかりじゃねぇか……」
ミヨクの言うことは、魔術の素人である真守もすぐに分かったようだ。魔術がどうこう言う話ではない。書籍のタイトルはほとんど英語で書かれていたが、そのほとんどが不老不死に関係するような言葉だった。
「ヴァンパイア。それって吸血鬼のことですよね。その単語がタイトルある本がたくさんありました。魔術師の人は、吸血鬼のことをよく研究したりするのですか?」
「まあ、異世界の存在は、魔術師にとって大きな課題だから、真守の疑問もあながち間違いではない。けど、あくまで魔術師の第一の目的は魔術の真理を追究することだから。異世界の存在のことをメインに研究する奴なんて相当な変わり者だ」
それに異世界の存在は魔術と違って場所を選ばない。無術者の世界に解き放たれてしまえば魔術師との戦争を引き起こしかねない。異世界の存在に関する研究は魔術連盟による制限が大きい。
「その点、ヘルベルトは超がつくほどの変人だったみたいだな。吸血鬼だけじゃない。生物学における不老不死の定義みたいな文献もあったぜ。いや、そんなものだったらまだ可愛い方だ。エリクサーとか賢者の石の本まであったぜ。錬金術とかばっかじゃねぇの。どれだけ節操ないんだよ」
ミヨクは話していくにつれて、段々と怒りを抑えられなくなってきた。この部屋を見て、ヘルベルトは異世界の存在を作り出し地上の世界を攻撃すると疑わない魔術師はいないだろう。
ふと真守がこんな質問をする。
「その……エリクサーとか、賢者の石って何ですか?」
「そんなこと知らなくていい。とにかく、ヘルベルトは不老不死の研究なんかに没頭していた大馬鹿野郎だったってことだ」
言い終わってから、ミヨクは苛立ちを露わにしてしまったことに気づく。真守に当たっても仕方のないことだ。一旦落ち着こうと深呼吸する。
「すまねぇ……。とにかく、不老不死にもいろんな形があるだろうけど、ヘルベルトが最終的にどんな不老不死を目指していたのは大体予想はつく」
ヘルベルトはわざわざ外国から婿入りしてきた理由がミヨクには分かってきた。確かに魔術師の国では実現できない。世界中探しても条件に合う土地は日本にしかないかもしれない。
「ヘルベルトの目指す不老不死。それは夜刀神だってことだろ。蛇は死と再生の象徴だからな。真守もウロボロスって言葉は知ってるだろ」
ミヨクの問いに対して真守は難しい顔をする。どうやらミヨクの言葉には納得できないようだ。
「ウロボロスという言葉は分かりませんが、確かに日本でも、蛇は輪廻転生の象徴でもありますからね。蛇から人へ、そして人から蛇へ。その生死の輪廻を繰り返す。日本にもそういった信仰はもちろんあります。しかしそれはあくまで信仰の話です」
夜刀神に関して言えば、真守はミヨクよりも遥かに上手だ。むしろ真守の意見が欲しかったところなので、ミヨクはただ相槌を打ちながら大人しく聞く。
「しかしこの地の蛇神、夜刀神は違います。当然のことですが、夜刀神を継承したからといって不老不死になれるわけではありません。そもそも夜刀神の伝説は不老不死とは関わりはありません。ヘルベルトさんもそれが分からない人ではなかったでしょう」
真守は反論してきたが、そこまではミヨクも予想していた。霊媒の常識で言えば真守の意見が正しい。夜刀神も言ってしまえば霊体だ。霊体が人間に不老不死をもたらすわけがない。
「確かに真守の言う通り、例えば吸血鬼のようなでたらめな再生をするような不老不死を、夜刀神で再現しようとしていたなんて思わねぇよ。けど、夜刀神には魂と肉体に密接な関係を持つ特性がある」
ここからは魔術の領分だ。魔術の世界にある常識ならば、夜刀神に隠された秘密を立証できるかもしれない。真守もミヨクの言いたいことに気づいたようだ。
「エーテルですね」
「そうだ。夜刀神はエーテルの集合体だ。エーテルは魂と肉体をつなぎ止めるもの。方法はまだ分からないけど、ヘルベルトはそれを利用して疑似的な不老不死を再現しようとしたんだろ。そうじゃなければ、奴の行動とこの部屋は説明がつかねぇよ」
不老不死に関する文献が文字通り山ほどある部屋、それがミヨクの仮説を物語っている。実際にできるかどうかはさておき、ヘルベルトが不老不死を目指していたことを認めてもいいだろう。
「とにかく、ヘルベルトは不老不死を目指して、挙句の果てにあんな事故を起こした奴だ。そう考えたら因果応報というやつだ……」
「もう止めて! 止めてよっ!」
突然エレンが感情を爆発させて暴れ出した。大声で叫び出して、俯きながらも身体を大きく振り始める。腕で書籍を払うことも、脚をテーブルにぶつけることもいとわずに暴れている。慌ててミヨクと真守はエレンを止めようとした。
「お父様はそんな人じゃない。お父様はそんな身勝手な人じゃないんだから」
大量にある不老不死の文献の所為か、それともミヨクが不用意にヘルベルトを非難したからか、その両方か、エレンは現実を受け止めきれなくなって錯乱してしまったようだ。真守はエレンの腰に腕を回し、ミヨクは振り回されるエレンの手を掴んだ。
「俺が悪かった。俺が悪かったから、とにかく落ち着いてくれ」
しばらくすると、エレンは落ち着いたようで、身体を乱暴に振るのを止めた。それから嗚咽を漏らし始めた。そこで真守はエレンから離れる。
「ごめんなさい……。ごめん……なさい……」
ミヨクも安堵の溜息をつきながらも、優しい笑顔でエレンを見守る。
「気にするなよ。とにかく少し休め」
ミヨクは近くに椅子を手繰り寄せた。そしてその座面の埃を払って、エレンに椅子を差し出す。エレンは何も言わずに頷き、その椅子に座った。それからミヨクが苦笑いを浮かべながら真守に話しかける。
「俺もつい感情的になってしまったよ……。エレンは俺と違ってヘルベルトのことが好きだったからな。そのことをちゃんと考えていなかった」
ヘルベルトはエレンの父親でもある。ミヨクは詳しく聞いていないが、エレンがヘルベルトと生活していた時期はミヨクよりも長かったのかもしれない。お父様と呼んでいるくらいだから懐いていたはずだ。
ミヨクはエレンに言ったつもりではなかったが、エレンが答えた。
「いいえ。私もちゃんと現実を受け入れる。お父様があまり褒められたことがないことを企んでいたことくらいは、ちゃんと理解しているわ」
エレンはとにかく冷静さを取り戻したようだ。ミヨクは悪く言い過ぎたきらいがあったが、ヘルベルトが何か良からぬことを考えていたことはこの部屋が証明しているし、実際にヘルベルトがいた現場で、今までなかったような死亡事故が起きてしまった。
その事実は受け入れなければならないし、問題はそれだけで終わらない。
「早速で申し訳ないけど、もっと酷いものをさっき見つけてしまった。エレン、そして真守も、覚悟してくれ」
そう言いながら、ミヨクは地面に落ちている紙の束を拾い上げた。そして、その表紙に書かれている文字を真守にも見せる。それは英語だったが、真守にもすぐ読めるような簡単なものだった。
「ホワイトウィッチプロジェクト……」




