第3章 吸血鬼の魔女(4)
真守は、エレンがとても不機嫌な表情で自分とミヨクを見下ろしているのをじっと見ていた。真守が何か言葉を掛けようとする前に、エレンの方から口を開く。
「あなた達、近いわよ」
そこで真守もミヨクも自分達の距離感を認識した。確かに近い。肩が触れるか触れないかの距離である。つい十年前のままの感覚でいてしまった。真守はゆっくりとミヨクから距離を取る。
「すみません。以後、気をつけます」
「ふん……。さて、魔女の話でしょ」
そう言いながらエレンが真守とミヨクの間に立つ。そしてその間に無理矢理割って入るように腰を下ろしてきた。真守もミヨクも流れに逆らうことなく間を空ける。こうしてエレンは二人の間に座った。そして真守の方を向く。
「悪魔と契約した者。それが魔女よ。無術者の間ではどう言われているか分からないけど、魔術師の間ではそう定義されているの。魔女には男女は関係ないわ。男だって魔女と言われることだってある。まあ、それは無術者の間の魔女狩りでも当たり前のことだったと思うけど」
真守も魔女狩りという言葉は知っている。しかし詳しいことは知らない。ヨーロッパを中心に行われた宗教関係者による異端者狩りで、魔女と疑われた者を次々に拷問して殺害していったことくらいだ。
「それで、悪魔の定義なのだけど、魔術師の間では単純にこの世界のものではないものということになっているわ。つまり、霊界や異世界の存在を指すわね」
そこでエレンが真守をきつく睨みつける。
「そういう意味では、あなたも魔女よ。夜刀神という悪魔を操る魔女といったところね」
「そうですね。エレンさんの言う通りです」
「何が、そうですね、よ。挑発しているのだから、もっと乗って来なさいよ」
エレンは中々理不尽なことを言う、と真守は感じた。エレンはまだ真守のことが気に食わないようだが、真守はエレンのことを悪く思っていない。これからどうやって彼女との距離を縮めて行こうか苦心しているところだ。
「まあ、いいわ。霊能力は黒魔術とも言われるわ。悪霊を利用する魔術だからそう言われる場合もあるけど、定義はとても曖昧だから、あんまり気にしなくてもいいわ」
そこで真守は手を挙げる。質問をしたいのだが、エレンは嫌そうに顔をしかめる。それでも受け付けてはくれるようだ。
「何よ。言ってみなさいよ」
「馬鹿な質問だと思ったらはっきり言ってくださいね。黒魔術が霊能力のことを指すのなら、みよ君が行ったような魔術は白魔術とでも言うのですか?」
エレンは怒るわけでもなく、とても意外そうな顔をした。少し考えるような素振りを見せてから答える。
「確かに、五大元素の魔術、例えばお兄様のようなエーテル魔術のような自然物を利用する魔術は白魔術と呼ばれることもあるけど、それは一般的に正しい定義ではないわ。普通は白魔術なんて言葉は使わないわね」
答える途中で何かに気付いたように目を見開き、それから再び不愉快そうな表情を浮かべる。
「言ったはずよ。『白い魔女』に魔術的な意味はない。お父様が勝手に作った言葉よ」
エレンが突き放したように告げる。そう言われてしまうと何か意味があるのではないかと真守は勘繰ってしまったが、やはり何も答えてくれないだろうと思い、問い質すのを諦めた。とにかく真守は話を整理する。
「すみません。ともかく、アイラさんは吸血鬼という悪魔と契約した魔女ですね」
そこでミヨクが会話に入ってくる。
「そうだ。吸血鬼の力を得て、不老不死になり、血を操る能力を得たんだ」
真守は新しい情報が出てきたことを聞き逃さなかった。とはいえ気になったのは情報そのものよりもミヨクの言い振りだ。
「ちょっと待ってください。血を操る能力って、魔術じゃないのですか? アイラさんは元々魔術師だったのでしょう」
ミヨクがエーテルの砲撃を行ったように、アイラは血を放出していたのではないのか。そう考える方が真守としては想像しやすい。しかしミヨクは首を横に振った。
「それは違う。あの能力は魔術じゃなくて、吸血鬼の特性としか考えられない。真守、俺が夜刀神に向けて魔術を放った時のことを覚えているか」
「ええ、綺麗な光の模様から砲撃が出てきました。あれが魔法陣ですよね」
「そうだ。魔術を行うとあの反応が必ず出る。しかしアイラの血の能力にはそれがなかったらしい。だからあれは魔術じゃない」
そして、ミヨクはかなり深刻な表情になって、真守にこんなことを言う。
「そう。魔術じゃない。異世界の重なりなんてものに頼る必要のない能力だ。これがどんなことを意味するか、真守には分かるだろ」
真守は今日魔術の話を聞いたこともあり妙な勘違いをしていた。そんな特殊な能力なら使える場所が限られると――。しかしそれは魔術のシステムにすぎない。
「どこでも使えたということですね」
真守の答えに対して、ミヨクはゆっくりと首を縦に振った。
「そうだ。それはアイラを吸血鬼にした連中にとっても思わぬ副産物だったんだろう。場所を限定しない能力の行使、そんなことができるんなら、魔術師は地上を支配できる。六百年前なら尚更だな。魔術師は『吸血鬼の魔女』の捜索に躍起になったよ」
それが当然のことであることは、魔術師ではない真守にも簡単に分かった。魔術がどこでも使えるようになれば、魔術師は魔術を秘匿することなく、魔術師だけの世界の中で縮こまっていなくて済むのだ。童話の言う、人間の国を全世界に広げることができるのだから。
「アイラを探すために、一部の魔術師があるものを利用した。世に聞く魔女狩りというやつだ。異端者狩り、ああその通りだ。アイラという異端を炙り出すために、地上の宗教団体を利用したんだ」
それで自分でも知っている魔女狩りになったというように真守は解釈した。それでも自分の知る歴史の一部に魔術師が関わっているなどという実感が湧かなかった。
「真守も知っていると思うけど、魔女狩りでは多くの人間が亡くなった。犠牲者数はいろいろ説があるし、長期間に渡る全ての魔女狩りがアイラを捕まえるために行われたわけじゃないけど、アイラに纏わる一連の出来事で、何万人もの人間が死んだという認識を、魔術師は持っている」
アイラが存在していなければ魔女狩りは存在しなかったなんて、真守は思わない。ミヨクは魔術師の一般論を語っているだけだろう。
それよりも真守は素直な疑問を口にすることにした。
「でも、魔女狩りを起こしてアイラさんを捕まえようとしたのは一部の悪い魔術師だったのでしょう。だったら、それ以外の魔術師はどうしていたのですか?」
まさかアイラを利用しようとした一部の魔術師だけが関わっていたわけではあるまいと、真守は考えた。実際にそうであったようでミヨクは首を縦に振る。
「ああ、魔術連盟……魔術師の大きなコミュニティみたいなもののことだ。魔術連盟はアイラを保護しようとしていた。吸血鬼が無術者の世界にいることは問題だったし、そりゃ魔術的なサンプルとしての価値はあるだろうけど、それを抜きにして、普通の魔術師はアイラを被害者だと思っていたよ」
真守は少し安心して、ほっと息を吐いた。しかしそれは早いとでも言わんばかりに、ミヨクは話を続ける。
「それでも、アイラはどの魔術師から逃げた。吸血鬼の呪いを解き、人間として死のうとしたんだ。そこである魔術師を頼ることになる。『白い魔女』に出てくる王子様だ」
真守は『白い魔女』の童話が好きだ。魔女のことも好きだが、どちらかというと王子様のことが大好きで、ずっと彼に憧れていた。
「その王子様の名前は、ルイス・キーラ―だ。無術者の中に紛れて過ごしていた魔術師で、水の属性が得意っていう話だ。って、そういう話はいいか……」
「いえ、構いませんよ。続けてください」
どちらかというと、真守は王子様のことなら何でも知りたい。好きな食べ物や子供の頃の夢も知りたいくらいだ。出来るだけ身近に感じたいのだ。実在した人物と知った今では尚更だ。
ミヨクは意外そうな顔をした後、少し嬉しそうに微笑んだ。しかしすぐに真剣な表情に戻る。
「ルイスがアイラを吸血鬼でなくしたようだけど、その方法は今でも判明していない。少なくとも表向きはな。まあ、でもそんな吸血鬼を人間に戻すなんて魔術があるなんて想像はつかねぇけど……」
真守には魔術のことはよく分からない。ルイスの魔術の凄さに関して、ミヨクに共感することはできない。しかし真守はもっと単純なことを考えていた。
「ルイスさんはアイラさんのことを愛していたのですね」
真守は呟いた。それをミヨクとエレンが驚いたように見つめる。真守は我に返って、慌ててミヨクに謝罪を述べる。
「ごめんなさい。みよ君の話の邪魔をするつもりは……」
「いいぜ。話してみろよ」
みよ君が微笑みながら言ってくれたので、真守は恥ずかしく思いながらも、ありのままの言葉を口にする。
「ルイスさんはアイラさんの望みを叶えようとした。過激派の魔術師からは命を狙われ、味方の魔術師に恨まれ、魔女狩りの悲惨さも目の当たりにしたでしょう。たとえ世界の敵になったとしても、ルイスさんはアイラさんを救おうとした。これを愛と言わずに何と言うのでしょう」
それは大切な人以外の人間を見殺しにするということでもあるかもしれない。実際に、ルイスはそう思っていたのだろう。それは正しい行いとは言えないかもしれない。それでも世界にとっての悪になる覚悟を持って大切の人を救うということに、真守は美しささえ感じる。真守はそのような存在になりたいのだ。
真守は自分の想いを言い終えると、ふとエレンが立ち上がった。
「あなた、少しは分かっているようじゃない」
そう呟くと、真守に背を向ける。そしてエレンが立ち去ろうとした時、ミヨクが嬉しそうに真守に話しかける。
「エレンもルイスのファンなんだよ。なんだ。気が合うんじゃないのか」
ミヨクがそう言うと、すぐにエレンが顔だけをこちらに向ける。
「ちょっと見直しただけよ。別にあなたのことはまだ信用していないから」
不機嫌そうにそれだけ言うと、エレンは立ち去ってしまった。真守とミヨクが縁側に残される。ミヨクが困ったような顔を見せた。
「ごめんな。強情な奴で……。まあ、重要なところは一通り話したし、お前もそろそろ疲れただろ。そろそろ寝ようぜ」
真守はまだまだ話したりなかったくらいだが、明日もミヨクと話せるし、楽しみは後に取っておくことにした。
「そうですね。童話のことを教えてくれてありがとうございます。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
真守の想いは明日も変わらない。王子様への憧れを胸に抱いたまま、真守は自分の部屋へと戻って行った。




