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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第4巻 迷子の魂
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第5章 Home Sweet Home(5)

 エレンはフォルトナーを見据えながら息を整える。平静を装っているが、実際には精神的な疲弊が大きい状態である。フォルトナー四姉妹を全員実体化して、飛行魔術を成立させるだけでも多くのミディウムを消費する。その上で、もう二人の霊体を制御している。


 エレンの魔術攻撃を受けた二人の霊体は消えてしまった、とフォルトナーの本体はまだ勘違いしているだろうが、実はそうではない。二人の霊体は今でも物質世界に留まっている。エレンと繋がったままなのだ。


 霊界に送りたいところだがそんな時間はない。だからと言って制御から解放してしまえば、彼女達は再びフォルトナーの元へ戻るだろう。そしてリリーからさらに多くの霊体を奪わなければならない。エレンがあらかじめ貯蔵した程度のミディウムでは足りない。


 その不足を補うのが魔術によるミディウムの放出だ。先程エレンが放った光線がそれだ。魔力を消費すれば、一度に大量のミディウムを生み出し、本来のエレンの霊媒能力ではできないことも可能にする。


 エレンは余裕そうな笑みを浮かべてフォルトナーに言う。


「さあ、返してほしかったら来なさいよ」


 エレンの魔術攻撃を見せた今、フォルトナーは迂闊に霊体を飛ばさないだろう、とエレンは考える。エレンとしてはそうなってほしい。大量のミディウムを放出するということは、多くの魔力を消費するということだ。何度も使える手段ではない。むしろ残った霊体を一気に放たれた方が、エレン達は劣勢に立たされる。フォルトナーにはそれを悟られてはならない。


「ふざけるな」


 フォルトナーが直接エレン達に突撃してくる。エレン達にとっては好都合だ。


「Fünf, Zwei, Sieben」


 ミヨクのエーテル魔術により、エレン達は再び空を飛び回る。ひたすらフォルトナーから逃げる動きだ。


「待て。私の身体をよこせ」


 エレン達の狙いはリリーの消耗だ。霊媒であるリリーが霊媒能力を使い切ってしまえば、フォルトナーはエレン達に対して何もできなくなる。後は飛行能力を失ったリリーを受け止めればいいだけだ。


 エレン達はフォルトナーに近づかれ過ぎず遠ざかり過ぎない距離を保つ。この状況がずっと続けば、フォルトナーは自滅するしか道はない。それはフォルトナーも分かっているはずだ。必ずどこかで仕掛けてくるだろうとエレンは警戒する。


 エレン達とフォルトナーの追走劇が五分程続いた後、ついにフォルトナーがしびれを切らしたように霊体を解き放ってきた。一気に六人だ。


「逃げるなぁぁぁぁあああああああ」


 フォルトナーの悲痛な叫びを合図に、六人の霊体が襲い掛かる。エレンはその時のリリーの姿を確認した。白い霊体の鎧をまとっているものの、その鎧はけて見える。おそらく今リリーがまとっている霊体は一人だ。


 これは絶好の機会だ。彼女さえ制御してしまえば、少なくともリリーの身体から霊体が引き剥がされるだろう。周りにいる霊体の実体化は解除されないかもしれないが、リリーの身体が解放されれば、リリーを連れて別荘に戻ることができる。そうなればエレン達の勝ちだ。


 しかしエレン達が窮地に立たされたとも言える。リリーにたどり着く前に六人の霊体を振り切らなければならない。三人でも苦戦したのにもかかわらず、その倍の数である。先程はフォルトナーの霊体にとって奇襲だったので攻撃が成功したが、手の内が露見した今ではエレンの魔術は通用しにくくなるだろう。


 とはいえフォルトナーがエレンの思惑を読み取ったのではなく、単に激昂しているだけだろうとエレンは考える。それならばまだ付け入る隙がある。


「みんな。逃げながらリリーの上を取るわ」

「何か作戦があるのか?」


「ええ」とエレンがミヨクの問いに答える。かなり危険な賭けではあるが、これくらいしかフォルトナーを突破することができないだろう。


「上に霊体を引き付けてから、私とエリザベスが落下して直接リリーに憑いている霊体を叩く」


 エレンが作戦を伝えると、ミヨクが首を横に振った。「Fünf, Zwei」と唱えて霊体の攻撃を躱してから反論する。


「そんなの危なすぎるだろ」

「確かにお兄様には囮になってもらうけど、残った三人が絶対に――」

「そうじゃなくて、お前が危ないって言ってんだよ」


 一応ミヨクのリスクについて述べてみたが、そう言われるとエレンは思った。ミヨクの言う通りである。失敗すればエレンが死ぬ可能性が高い。フォルトナーにエレン自身が撃墜されれば当然致命的であるし、何らかの形でエリザベスの制御を奪われても湖に墜落して死ぬかもしれない。


「駄目だ。そんな無謀なことをするくらいなら、リリーには悪いけど撤退する」


 本当に命の危機を感じるようであればリリーのことを諦めて逃げ帰る。真守まもりとの約束を破るつもりはない。ただ、まだ諦める段階ではないし、ミヨクが思っている程に勝算が低いわけではないとエレンは考えている。


 二人の霊体が迫っていた。「ベス」と呼び、エリザベスでその霊体を撃退させてからエレンが答える。


「今、リリーの身体に憑いている霊体が薄いわ。リリーもそろそろ限界なのよ」

「だったら、このままやり過ごせばリリーの力が尽きる。その時にリリーを拾えば」


 ミヨクの言い分は正しい、とエレンは思う。ただしここが空中ではなければの話だ。


「その時に都合よくリリーの近くにいるとは限らないでしょ」


 フォルトナーの霊体の猛攻を回避するために空中で大きく旋回しなければならない以上、リリーとの距離が大きく開いてしまう時間がある。その間にリリーの霊能力が解除されてしまえば、墜落していくリリーを受け止めることができない。確実にリリーを助けたいのならば、エレンから仕掛けなければならないのだ。


「でも一人で……」

「一人じゃないわ」


 エレンは笑いそうになった。本当は怒るべきところなのだろうが、段々とおかしくなってきたのだ。真守まもりもミヨクも、どうしてすぐに忘れてしまうのだろうか。自分のことを心配してくれているのは分かる。そして彼女のことを心配する必要がないことも分かる。だからと言って存在しないわけではない。


「エリザベスと、二人で行くの」


 エレンにとって、エリザベス達フォルトナー四姉妹は人間だ。霊媒能力のための道具などではない。数えられるべきエレンの仲間だ。


 エレンは一人で危険なところへ突撃するのではない。エリザベスと一緒にいる。エレンがエリザベスを使って自分の身を守るのではない。エリザベスがエレンの身を守ってくれる。


 屁理屈だという者もいるだろう。霊媒としてはエレンの考えは間違いなのかもしれない。それでもこれがエレンとフォルトナー四姉妹のスタイルだ。


 ついにミヨクは振り向くことなくこう言った。


「分かった。お前達ならできる」


 ミヨクならば分かってくれるとエレンは信じていた。ミヨクもフォルトナー四姉妹を見て、彼女達と話す。一緒に生活をしている。ミヨクが直接彼女達を実体化したことはなくても一緒に戦ったこともある。


 そんなミヨクだからこそ、エレンとエリザベスを送り出してくれるのだろう。


「ええ。そうと決まれば行くわよ」


「ああ。Fünf, Zwei」


 ミヨクが詠唱して高度を上げる。その途中にも霊体の猛攻は続いたが、エレンがミディウム魔術で迎撃し、さらに二人の霊体を抑え込んだ。これでフォルトナー四姉妹とは別に、四人の霊体を抱えることになるが、リリーと直接繋がっている本体の霊体を制御するくらいの余裕はある。


 そしてエレン達がフォルトナーの本体の上を取った。すぐに滞空の姿勢に切り替えて、ミヨクが下にアーミラリステッキを向ける。そして唱えた。


「Acht, Sieben, Acht, Acht, Acht」


 フォルトナーの本体の退路を包むように複数の砲撃が放たれた。


「今だ!」


 ミヨクが叫ぶ。それと同時にエレンが身を投げ出した。エリザベスがエレンの身体を支えて落下速度を抑えながらも、エレン達は真っすぐとフォルトナーの本体へ突撃する。


「きさまぁぁあああ!」


 フォルトナーの本体が吠える。それに構わずエレンが詠唱する。


「Neun, Acht, Neun」


 エレンは右手に魔法陣を展開した。そして右の拳にミディウムをまとう。エンチャント魔術だ。エーテル欠乏症による霊体の強い繋がりに打ち勝つために、高濃度のミディウムを霊媒が霊体に直接叩き込む。


「ハガル」


 そこでフォルトナーの本体は詠唱して、エーテル魔術を放った。しかしエリザベスが盾となり簡単に防ぐ。そのエーテル魔術が止んだ瞬間、エリザベスが一度消えた。


 エレンの拳がフォルトナーの本体、つまりリリーの身体に届いた。


「うああぁぁぁああああ」


 フォルトナーはリリーに留まろうとしている。大量のミディウムが至近距離でぶつけられようとも、エレンの制御に抵抗することができるようだ。本体から放たれた霊体がミディウムの射撃だけでエレンに制御されたのは、霊媒のリリーから離れた分リリーとの繋がりが弱くなったからだろう。


 とはいえリリーの力自体が弱まっている現在、霊体の接続先がリリーからエレンに移るのは時間の問題だ。


「私達っ!」


 フォルトナーの本体が他の霊体を呼んだ。ミヨク達が引き付けていた四人の霊体達がエレンの方に集まってくる。


 エレンとフォルトナーの本体は滞空して、霊体の制御の綱引きをしている。今はエレンが優勢で、あと一分もあればエレンが勝つだろうが、他の霊体に妨害されれば形勢が一気にフォルトナー側へ傾いてしまう。


 そこでエレンの周りにフォルトナー四姉妹の全員が集まってきた。その四人が一人ずつ霊体を受け止めていた。ここに四姉妹がいるということは、ミヨクには誰もついていない。それでもミヨクならば上手く滞空しているか、安全に湖へ着水しているかをしているだろうとエレンは信じる。

 エレンはフォルトナー四姉妹に問いかける。


「みんな。しっかり手を繋いだかしら?」


 そして四姉妹を一人ずつ見遣る。四人全員がエレンを見て小さく頷いた。エレン達がこれからすることはフォルトナーの霊体の撃破ではない。彼女達の手を取って、家まで連れて行ってあげるのだ。


 フォルトナー家の子孫である自分の役目ではあるが、そんなことよりも道に迷って泣いている子供をただ助けたいという想いが強い。エレンはそう感じているし、きっとフォルトナー四姉妹も同じ想いを持っているだろう。


「Sieben, Neun, Sieben」


 エレンが詠唱する。残る魔力を出し尽くして、フォルトナーの霊体の全てと繋がる。それでリリーの霊媒能力が完全に解除された。白い霊体の鎧が消え、リリーの身体が解き放たれた。エレンは彼女をしっかりと抱きとめる。エレンとリリーをフォルトナー四姉妹が受け止めてくれた。


「リリー」


 エレンが呼び掛けるが返答はない。リリーは力を使い果たしたからなのか眠っている。呼吸は整っているので命に別状はないだろう。


 エレンはフォルトナーの霊体達に話しかける。結局、九人のフォルトナーが残っていたようで、今は全員大人しくしている。


「もう少し待ってちょうだい。別荘に戻ったら真守まもりがいるから、みんな霊界に送ってもらいましょう」


 フォルトナーの霊体達は一度エレンと繋がったので、霊体である認識が芽生え始めているだろう。それでも霊界に行くには霊媒による案内が必要だ。


 フォルトナーの霊体達は首を縦に振ったが、一人だけ俯いている霊体がいる。最後までリリーに直接憑依していた霊体だ。彼女はこんなことをエレンに伝える。


「私は行けないわ。死んでいないもの」


 エレンには分かる。彼女は未だに霊体であることを認めていないというわけではない。自分の肉体が生きている可能性があるということだ。超低振動霊になった過程も知っているのかもしれない。


「分かったわ。なら、私達と一緒にいなさい。歓迎するわ」


 エレンの言葉に、彼女も小さく頷いた。それを見てエレンは微笑ほほえむ。


「もう終わったみたいだな」


 そこでミヨクがエレンのところまで上昇してきた。衣服は濡れていない。滞空していたか、足場を見つけて待機していたのだろう。すぐさまエレンはアーミラリステッキに乗り、フォルトナー四姉妹もくっ付く。


「そうね。みんな見つけたわ」


 迷子はもういない。あとはそれぞれの家まで送るだけだ。


「さあ、帰りましょう」


 真っすぐと、もう誰ともはぐれないように、エレンはみんなと繋がりながら家路を辿った。

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