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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第4巻 迷子の魂
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第5章 Home Sweet Home(3)

 エレンは湖の方向を見つめる。フォルトナーの姿は見えるが段々と小さくなっていく。かろうじて点のように見えるくらいまでになった。フォルトナーは湖の上で滞空しているようだ。


 そこでミヨクと琴音ことねが部屋に入って来た。ミヨクが問いかける。


「何があった?」

「失敗したわ。フォルトナーがリリーに憑依して湖の方へ行った」


 フォルトナー家の霊体を八人霊界に送ったが、それでもリリーの中にはまだ何人も霊体が残っている。少なく見積もっても七人はいるだろう。

 エレンは琴音ことねに質問する。


「師匠。ヘンシェル教会には既に連絡しているのよね?」


 昼間の一件の後、ヘンシェル教会に救援を求めることにした。別荘にはヘンシェル教会に連絡する手段がないが、メイスラの入り口に通信局という、地上とメイスラの通信を一手に引き受けている機関がある。そこには魔術を利用した通信装置があり、ヘンシェル教会とも通話することができる。


 琴音ことねが夕方に通信局へ行き、ヘンシェル教会に別荘へ来てもらうことになった。


「ええ。けど、到着するのは早くても夜明け過ぎよ」

「夜明けね……」


 エレンが呟く。現在は午前三時だ。夜明けまであと四時間もある。仮にヘンシェル教会の救援を待つとすると、四時間もリリーを憑依状態のまま放置することになる。


「行くしかないわね」

「行くってどこへ……?」


 ミヨクの問いかけに対して、エレンは少し語気を強めて答える。


「湖の上、リリーのところに決まっているでしょう。そこで一時的にフォルトナーの制御を無理矢理にでも奪う。霊界に送るのはその後、とにかくリリーを助けることを優先よ」


 低振動霊と繋がることだけならばたいした時間は必要ない。上手くいけば一瞬で問題が解決する。しかしそれはリリーと霊能力の勝負をすることになる。エレンや真守まもりの負担があるのは当然だが、それよりもリリーの負担が大きいだろう。


 とはいえフォルトナーがリリーに憑依した今、手段を選んでいる場合ではない。リスクは大きいが、そのリスクを背負わなければその方がリリーの身が危ない。


「勝算ならあるわ。奥の手を使う」


 エレンは確信している。自分の魔術はフォルトナーに有効だ。三人の霊体を霊界に送った後だが、魔力もミディウムも余裕がある。フォルトナーの中にいる霊体が少なくなった今なら、エレンでも十分に対抗することができる。

 それでもミヨクは納得しようとしない。


「確かにそれなら可能かもしれねぇけど……」

「お兄様」


 エレンはミヨクの瞳をしっかりと見据えながら言う。


「お願い。私と一緒に飛んで」


 ミヨクが言いたいことならばエレンは分かっている。リリーを助けに行くということは、フォルトナーと空中で戦闘することだ。昼間のように突然襲撃を受けたのならばともかく、自分からその戦いに身を投じようというのだ。兄として妹にそんなことをさせたくはないに違いない。


 それでもエレンはミヨクに頼む。リリーを助けたい。ヘンシェル教会の到着を待っていてはそれが間に合わない可能性が高い。フォルトナーに憑依されたリリーは湖の上にいる。昼間のように霊能力が解除される前に岸辺に向かう保証はない。もしそのままリリーのミディウムが尽きてしまえば、数十メートルの高さから落下して湖に沈んでしまう。そうなればリリーは確実に死ぬだろう。


 リリーを見殺しにしないために、エレンは戦おうと言うのだ。その熱意が伝わったのか、ミヨクの目つきが変わった。覚悟を決めたようだ。


「分かった。お前のことは俺が絶対に守る」

「ちょっと待ってください」


 そこで今度は真守まもりが割って入って来た。彼女はまだ納得していないようだ。


「駄目ですよ。せめてヘンシェル教会の人達が……」

「それじゃあリリーが危ないって、あなたもよく分かっているでしょう!」


 エレンは怒鳴った。エレン達に危険な戦いをしてほしくないと思うのは分かる。エレンだってミヨクや真守まもりが同じようなことを言えば、立ち止まるように願うこともあるだろう。しかし戦わないことで大切な人が危険な目に遭うのならば話は別だ。エレンにとってリリーは既に大切な友達だ。


 それでも真守まもりは一歩も引かない。むしろ本気になったようで、鋭い眼差しでエレンを睨みつける。


「分かっていますよ。私だってリリーちゃんのことを助けたいです。けど、それで素人のエレンちゃんが戦っていい理由にはなりません。プロの人に任せるべきです」


 まだ真守まもりは説教をしているだけだとエレンは感じる。しかしこれ以上エレンが歯向かおうとすると真守まもりは実力行使に移るかもしれない。そうなるとフォルトナー四姉妹の主導権を握ろうとするだろう。


 エレンとフォルトナー四姉妹には霊的な意味では特別な繋がりはない。例えば真守まもり夜刀神やとのかみの独占権を得ているような状態ではない。野良の低振動霊を連れていると言っても過言ではないだろう。だからフォルトナー四姉妹の主導権を争うことになればエレンと真守まもりは対等な条件にあり、素のミディウムが圧倒的に多い真守まもりが有利だ。


「そうだとしても、状況が状況でしょう。私が行くべきよ」


 たとえヘンシェル教会が到着したとしても、数十メートルの高さで浮いている霊媒の霊能力を解除することは容易ではないだろう。エレンの助力が必須となるはずだ。


「ならせめて、私も連れていって……」

「空中では足手まといにしかならないって、分からないあなたではないでしょ!」


 真守まもりが非常に優秀な霊媒であることはエレンも理解している。しかしフォルトナーと戦う以上飛行しなければならず、真守まもりには飛行で役に立つ能力を持っていないどころか、エレン達にとって邪魔にしかならない。


 真守まもりうつむいているが、まだ納得していないようだ。

「おっしゃる通りですが……」

真守まもり


 エレンは冷静になるように努める。真守まもりの心配は分かるし、素人が戦うべきではないということも間違ってはない。それでも彼女を説得しなければならない。力づくで止められては困るということもあるが、彼女に認めてほしいという気持ちが大きい。


「確かに私には実戦経験があまりないわ。戦いの素人であることは否定しない。それでも私には戦う力がある。リリーを助ける術を持っている」


 そしてエレンは一言一言、真守まもりにぶつけるように言う。


「私は、魔術師よ」


 泣いているだけの女の子ではない。守られているだけの女の子ではない。自分は魔術師だ。魔術を使い、人を助ける。そのための力ならば既に備わっている。真守まもりにもそのことを分かってほしい、とエレンは思う。


 そこで琴音ことねがエレンとミヨクに言い放つ。


「エレンちゃん。ミヨクちゃん。行ってきなさい。行って、リリーちゃんを助けてきなさい」


 琴音ことねの言葉を聞いて、真守まもりが彼女の方へ振り向いた。信じられないと言わんばかりに驚愕の表情を浮かべている。


琴音ことねさん。あなたは二人の親代わりの人でしょう。それなのに危険なところへ行かせるのですか?」


 真守まもりは魔術師という生き物を勘違いしているのだとエレンは思う。もちろん戦闘霊媒と違い、実戦を前提として育てられたわけではない。ヘンシェル教会の教会員のように戦闘に特化した者もいるが、魔術師は基本的に魔術の真理を探究する研究者である。だから実戦を経験しないまま生涯を終える魔術師も少なくはない。


 だからと言って実戦に備えていないわけでもない。来るかもしれない勝負の時のために、己の魔術を日々磨いている。


「私は二人の親代わりであると同時に、二人の師匠よ。二人のことが心配という気持ちはあるけど、それ以上に二人の成長を見届けたいの」


 今がその勝負の時だ。己の魔術を発揮する絶好の機会だ。ミディウム属性とエーテル属性による飛行魔術はこの時のために生み出されたと言っても過言ではないだろう。


「だから私は、この子達を行かせたい」

「それで二人にもしものことがあっても……ですか?」


 真守まもりは言葉を濁したが、エレンはその意味をしっかりと理解している。最悪の場合は死ぬということだ。フォルトナー四姉妹のように死ぬよりもつらい目に遭うことはないだろうが、それでも死ぬかもしれない。


 おそらくフォルトナー自体の殺傷能力は低いだろうが、数十メートル上空での戦いになる。攻撃を受けて墜落してしまえば、湖の上とはいえ命はないだろう。


 エレンとミヨクは真守まもり琴音ことね、戦闘の達人や大人の魔術師の援護を受けることなく命懸けの戦場に行こうとしている。それも自分達の意思で――。


 それでもエレンとミヨクの親代わりである琴音ことねはこう言った。


「その時は、この子達の運命だと思う。けど私はこの子達を信じているわ」


 琴音ことねは魔術師の師匠として、エレンとミヨクを送り出そうとしている。これもエレンとミヨクに課せられた試練だと割り切っているようだ。


 真守まもりは黙って琴音ことねの言葉を聞いていたが、やがて考えを打ち消すように首を横に振る。


「でも、二人でなんて……」

「二人じゃないわ」


 エレンは即座に反応した。確かに生きている魔術師で数えるとエレンとミヨクの二人だ。しかしフォルトナーと戦う者ならば他にもいる。


 フォルトナー四姉妹がエレンの元に集まる。四人とも自分も戦うと言わんばかりに胸を張っている。真守まもりも忘れていたわけではないだろう。エレンはそれを薄情だと思わない。真守まもりは生きた人間と死んだ霊体を明確に区別しているだけだろう。

 しかしエレンの考え方は違う。彼女達は家族だ。


「六人よ。六人で行くの」


 エレン、ミヨク、エリザベス、メアリ、マーガレットそしてマチルダの六人でリリーを助けに行くのだ。屁理屈であることはエレンも分かっている。しかし他の人から見ると二人きりでも、エレンにとっては六人だ。


真守まもり、私達を信じて」


 ようやく真守まもりは納得したようで、小さくだがはっきりと首を縦に振った。


「分かりました。でも、本当に危なくなったら逃げてきてください。絶対ですよ」

「ええ。無理はしないわ」


 エレンとしても自分の命は大事だし、必要以上にミヨクを危険に晒すつもりはない。本当に命の危機を感じるようであれば、リリーとフォルトナーの霊体には悪いが、エレンは素直に撤退するつもりだ。その時はヘンシェル教会に全てを任せる。


 それでもエレンは、自分達の魔術の可能性を信じている。


「じゃあ、飛んでくるわ」


 琴音ことねにも、真守まもりにも、そして霊界にいる両親にも見てほしいとエレンは思う。魔術師として成長した自分の姿を――。

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