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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第4巻 迷子の魂
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第5章 Home Sweet Home(2)

 エリザベスは考える。自分達の作戦が成功すれば、リリーに憑いているフォルトナー家の霊体は霊界に行くのだろうか。霊体である認識が芽生えれば霊界に行くことは難しくないだろう。彼女達はエリザベス達よりも前の世代の魔術師だ。エリザベス達でさえ生前から百年近い年数が経過しており、肉体が生きたまま残っている可能性が限りなくゼロに近い。他のフォルトナー家の霊体に関しては、肉体が死亡していると考えて間違いないだろう。自分が霊体だと分かれば、肉体も死亡したと納得するはずだ。


 エリザベスとしては、フォルトナー家の霊体が先に霊界へ旅立つことについては素直に望んでいる。うらやましいとも、ずるいとも言うつもりはない。ただ、本当に霊界へ旅立つことは可能なのかは気になっている。彼女達ができなければ、エリザベス達も不可能なのではないかということを懸念してしまう。


 その答えがやって来た。リリーの部屋に入ってから三時間後、真守まもりが出てきたのだ。少し疲れた様子で椅子に座る。


「さすがにそう簡単にはいきませんね。エーテル欠乏症による繋がりがこんなにも強いなんて……」


 そして真守まもりはしっかりとエレンの方を向いて報告する。


「フォルトナーの霊体を五人送りました。けど、まだ十人くらい残されていますね。朝までに終わればいいですけど……」


 現在は十二時を回ったばかりだ。この地域でこの時期だと、日の出は午前七時頃だ。今のペースならば日が昇る前に全てを解決させることができるだろう。


 とにかくエリザベスは、フォルトナー家の霊体が霊界に行くことは可能だという報告を受けて安心した。

 そこでエレンがこんな質問をする。


「五人も送って、フォルトナーには変化は見られなかったのかしら?」


 エリザベスもそこが気になった。フォルトナーはフォルトナー家の霊体の集合体のようなものになっている。その中の霊体が五人も引き剝がされたらフォルトナーは怒り出すのではないか。

 しかし真守まもりは首を横に振る。


「いいえ。私の干渉に気付いた様子は今のところありません。そもそも自分が生きているか死んでいるか分からない状態なので、自分以外の霊体がどうなっているかも認識できないのではないでしょうか。それでも、もう少し少なくなったら気付くかもしれませんが……」

「まあ……あり得るかもしれないわね……」

「ただ、リリーちゃんが留めてくれているだけで、フォルトナーは気付いている可能性もありますので注意してください」

「ええ、分かっているわ」


 エリザベスとしては、フォルトナーはまだ気付いていない可能性の方が高いと考えている。生きているか死んでいるか分からないというより、生きていることや死んでいることがどういう状態なのかを理解していないと言った方がいいだろう。自分達がそうだった。


 それからフォルトナー家の霊体達にはリリーに憑依しているという自覚すらないはずだ。ただリリーやエレンの肉体と自分達の肉体の区別がついていないのだろう。本人達は身体を取り戻そうと考えているのかもしれない。

 そして真守まもりがもう一つの報告をする。


「あと、リリーさんは今のところ安定しています。フォルトナーに乗っ取られる気配もありませんでした。ただ、疲れているようですので今は眠っています」


 霊能力者として訓練していないにも関わらず、霊体に憑依されて心理霊媒現象と物理霊媒現象を同時に発動させて、さらに霊能力を利用した飛行までしていれば、精神的にも肉体的にも消耗していて当然だろう。


 エレンは考える素振そぶりをしてから真守まもりにこんなことを訊く。


「霊界に送った霊体は、最後に何か言っていたの?」


 対する真守まもりは悲しそうな眼をしながら答えた。


「ありがとう。他の子達も助けて。五人ともそう言いました」


 フォルトナー家の霊体達は皆、フォルトナー実験の犠牲者であり、元は善良な少女であったはずだ。超低振動霊になり、その呪縛から解放された今、想いはフォルトナー四姉妹と同じだろう。


 そこでエレンが立ち上がる。聞くことはもうないようだ。


「分かったわ。真守まもりは休んでいて。あとは全部私がするから」


 すると真守まもりは明らかに不服そうな顔でエレンを見つめる。


「待ってください。エレンちゃんは無理をしたら駄目です。フォルトナーに狙われているのですから。そもそも私は報告をしに来ただけで、代わるとは言っていないですよ」


 今度はエレンが眉をひそめながら言い返す。


「全部するっていうのは確かに言い過ぎたわ。それくらい回復したって言いたかっただけで、無理するつもりはないから。けど、それを言うなら真守まもりだって無理をしてはいけないわよ。平気そうな顔をしているけど疲れていないわけではないのでしょう」


 エリザベスもそう思う。超低振動霊の制御を他人から奪うということは、霊媒と霊体の非常に強い繋がりをさらに強い力で上書きするということであり、かなりのミディウムを消費するはずだ。非常に多くのミディウムを持つ真守まもりといえども、三時間もミディウムを消費し続ければ休息が必要だろう。


「でもエレンちゃん」

「私は大丈夫よ。あれからどれだけ経ったと思っているのよ。もう万全の状態だわ。それでも危なくなったらちゃんとあなたを呼ぶから」


 エリザベスから見ても、エレンはしっかりと回復している。エレンが気絶したのは十時間前だ。あれからミディウムを補給するための魔術を行使しただけで、物理霊媒能力は行使していない。


「分かりました。くれぐれも無理をしないでくださいね」


「ええ」と返すとエレンはリリーの部屋へ向かった。エリザベス達フォルトナー四姉妹もついて行く。


 霊界に旅立ったフォルトナー家の霊体の言葉を聞いた直後だ。エリザベスはやる気に満ち溢れている。妹達もそうだろう。フォルトナー実験によって苦しめられた人達を救うことがフローラとの約束であり、物質世界におけるフォルトナー四姉妹の存在意義である。


 部屋に入ると、ベッドで寝ているリリーと彼女を見守るオリバーがいる。


「早速始めるわよ」


 エレンがそう言うと、オリバーは「頼む」とだけ返した。


 エレンはリリーを見つめている。おそらくリリーの中にいる霊体を観察して、その中から繋がりやすそうな者を探しているのだろう。そして見つけたのか、エレンはじっと動かなくなった。霊体と繋がっているようだ。エレンは霊体と繋がっている間、一言も言葉を発さない。思念でコミュニケーションを取っているのだろう。


 霊体に霊体としての認識を芽生えさせるためには多くの言葉は必要ない。エリザベスは思い出す。自分達がフローラに救われた時もそうだった。彼女はただ自分達と繋がって傍に寄り添っただけだった。


 これは超低振動霊に限った話ではないが、霊媒と霊体が繋がることでお互いを違う世界の存在だと認識するとのことだ。ただしそれは霊媒が霊体を制御している場合に限る。反対に霊媒が霊体に支配されてしまえば、霊媒は自分が死んでいると誤認する危険すらある。


 霊体と繋がってから一時間後、ようやくエレンが口を開いた。


「一人、送ったわ。真守まもりはすごいわね。早過ぎるわ」


 確かに真守まもりは三時間で五人の霊体を霊界に送った。一人につき約三十六分だ。やはりエレンと真守まもりではミディウムの差が大きいのだろう。このペースではエレンの身体が持たないかもしれないとエリザベスは思う。

 そこでエレンがこんなことを呟く。


「奥の手を使おうかしら?」


 彼女はミディアムではなくミディウム属性の魔術師だ。ミディアムにはできない方法で霊体と繋がることができる。

 しかしオリバーがエレンに言う。


「駄目だ。フォルトナーにどのような影響があるか分からないし、お前の負担が大きいだろう。それは他に方法がない時だけだ」

「そうね。ごめんなさい。少し焦っていたわ」


 エレンは大人しく引き下がった。長い時間が掛かったとしても安全で確実な手段を取る方がいいとエリザベスも思う。


「じゃああと四人送ったら真守まもりと……」

「いや、二人だ。二人送ったら真守まもりさんと交代しなさい」


 オリバーがそう言う。真守まもりが交霊会を行っていたのは三時間だ。だからエレンもそうするべきだとのことだろう。霊界に送る人数は真守まもりよりも少なくなるが、ミディウムの負担は変わらないはずだ。エレンは不満そうな顔を浮かべたものの首を縦に振る。


「分かったわ」


 エリザベスはエレンの性格をよく知っている。エレンは競争意識があまり高い人間ではない。元々霊媒としての能力は真守まもりの方が上だと認めている。だから真守まもりに負けることを悔しがってはいないはずだ。やはりフォルトナー家の血を受け継ぐ魔術師としてより多くのフォルトナー家の霊体を助けたいのだろう。


 それからエレンは二時間を掛けて二人の霊体を霊界に送った。オリバーとの約束通りにエレンが真守まもりと交代するために部屋を出ようとした時、リリーが起き上がった。


「リリー……」


 エレンが呼び掛ける。そして苦虫を噛み潰したような顔をした。エリザベスも顔があるならば同じような表情を浮かべただろう。リリーはうつろな目を開けてじっとエレンを見つめている。


「その身体を寄越せ」


 リリーがベッドで立ち上がり口を開く。フォルトナーがエレンの干渉に気付いたのか、リリーがフォルトナーを制御できなくなったのかは分からないが、リリーがフォルトナーに憑依されていることは確かだ。


真守まもり! 早く来て!」


 エレンが叫ぶ。その間にリリーの身体は白い霊体をまとった。エリザベス達が湖の上で遭遇した時と同じ状態だ。


「フォルトナー家の人達、目を覚まして。あなた達はもう霊体なの」


 エレンはリリーにではなくフォルトナー家の霊体達に訴えかける。しかし彼女達は聞く耳を持たない。やはり霊媒として繋がらないと意味がないようだ。


 それでもエリザベスは思念を送る。霊体のエリザベスが伝えることならば聞いてくれるかもしれない。そんな望みを込める。


「お願い、気付いて。あなた達がいるのはここだよ」


 フォルトナーは物質世界で生きていない。リリーと同じ場所にいるが、同じ世界にはいない。ただしエリザベスとは同じ世界にいる。エリザベスならば生と死の間で彷徨さまようフォルトナー家の霊体の道しるべになってあげられるかもしれない。

 フォルトナーがエリザベスの方を向く。


「うるさい。出来損ないが」


 エリザベスの想いもむなしく、フォルトナーは攻撃を仕掛けてきた。霊体を飛ばしてエリザベスと繋がろうとしている。エーテルの欠乏によって作り出される強力な干渉だ。霊体のエリザベスだけでは抵抗することはできない。


 そこで真守まもりが扉を蹴破って部屋の中に入って来た。すぐさまエリザベスとフォルトナーの間に割って入る。


「エレンちゃん。とにかく今はエリザベスちゃん達と繋がることに集中してください」


 真守まもりの言う通りにしたのか、エリザベスはエレンとの繋がりを強く感じる。妹達もそうだろう。三人のフォルトナー家の霊体を霊界へ送ったばかりだが、彼女のミディウムは十分に残っているようだ。


 フォルトナーが真守まもりを見る。両目と口の部分に空いた穴が細かく震えているところを見るに、真守まもりに対して大きな不快感を示しているとエリザベスは察した。


「貴様、私の計画を邪魔する気かっ!」

「それはあなた達の計画ではありません。あなた達はそんなこと……」

「うるさいっ!」


 フォルトナーが叫んだ直後、複数の霊体が実体化した。その霊体が部屋中を駆け回る。騒霊。典型的なポルターガイストと言える現象だがその威力はすさまじい。まるで部屋の中で嵐が起こったかのように、家具が浮き、小物が乱れ飛ぶ。


 人間であるエレン、真守まもりそしてオリバーが一か所固まり、フォルトナー四姉妹が彼女達を守るように周りを囲む。


 やがてフォルトナーは霊体による攻撃で窓を破り、自らも宙を浮く。


「貴様の好きにはさせない」


 そう言い残し、フォルトナーは窓から外へ出て、湖の方へと飛び去って行った。

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