第5章 Home Sweet Home(1)
二日目の夜、エレンは黒のゴシックドレスに着替えて、髪型も普段の二つ結びにしている。そして居間で大人しく椅子に座り、自分の出番が来るのをじっと待つ。
リリーに憑いているフォルトナーの霊体と交霊会をして、彼女達に霊体である認識を目覚めさせる。それで彼女達は生と死の境界から脱出して自我を取り戻すことができる。そしてリリーが霊体の憑依から解放される。それがリリーとフォルトナー家の霊体を助けるための作戦だ。
フォルトナー家の別荘にいる者の中では、超低振動霊を制御することができる程の霊能力を持つのはエレンと真守しかいない。なので、エレンと真守が交代で交霊会を行うことにした。
先に真守がリリーの部屋に入っている。エレンは自分が先に行くと主張したが、真守に休んでいるよう説得されたのだ。エレンはその日に魔力とミディウムの消費により気絶してしまったばかりなのに対して、真守は万全の状態だと言われてしまえばエレンも納得せざるをえなかった。
とはいえエレンは眠るつもりもない。リリーとフォルトナーの霊体が苦しんでいるのに呑気に眠られないということもあるが、つい一時間前まで眠っていたので眼が冴えているのだ。
エレンは待機している間に、自分自身の問題を解決することにした。
「ねえ、エリザベス」
エレンが呼ぶと、エリザベスは彼女の目の前に来た。エレンのことを避ける素振りも見せないどころか、じっと彼女と向き合っている。エリザベスからも話す意思があるようだ。
「結局、あなたはどうしてあの時、訓練を拒否したの?」
今ならエリザベスの悩みを聞くことができるとエレンは確信している。聞いたことでエレンとエリザベス達の関係が否定される心配もないだろう。
エリザベスは丁寧に頭を下げてからこう伝えてきた。
「飛行魔術が完成したら、私達はもう要らなくなると思ったから……」
「何を馬鹿な……」
エレンは言いかけて止めた。鼻であしらっていいような問題ではない。エリザベスは大真面目であるだろうし、エレンとしても心当たりがないわけではない。
将来的には、補助のための霊体がフォルトナー四姉妹でなくても飛行魔術を成立させることをエレンは考えていた。フォルトナー四姉妹がいなければ不可能であるならば魔術として致命的な欠陥だ。違う霊体でも同じことができなければ、その魔術を継承することはできない。
それに飛行魔術のためだけにフォルトナー四姉妹を物質世界に留め続けるわけにはいかない。本来霊界に行くべき霊体を道具として扱ってはならない。フォルトナー四姉妹はエレンにとって家族そのものだ。
それでもやはりエリザベスは主従関係があるかもしれないということを心の中から拭うことができなかったのだろう。
エレンは魔術師ではあるが、フォルトナー四姉妹にとっては霊媒である。霊媒と霊体である以上、主従関係が成立してしまうことは仕方がないとエレンは思う。霊体は霊媒の力なしでは物質世界に干渉することはできない。霊媒が無自覚に能力を発動させているのならともかく、エレンは霊能力を自在に操りフォルトナー四姉妹のことも制御している。エレンの方が強い立場にいると言っても過言ではないだろう。
エリザベスが現状に不満や不安を抱いていても不思議ではない。もしかしたら他の姉妹達も同様の想いを秘めているのかもしれない。エレンはそう考える。
「メアリ、マーガレット、マチルダ。こっちに来て」
エレンはフォルトナー四姉妹を集める。もはやエレンとエリザベスだけの問題ではなくなった。
「せっかくだから、みんなに私の想いを聞いてほしいの」
エリザベスは応えてくれた。怖かったに違いないが自分の悩みを打ち明けてくれた。だからエレンも同じように自分をさらけ出す。それがフォルトナー四姉妹にしてあげられる数少ない恩返しだ。
「私だって、あなた達とずっと一緒にいたいわ。あなた達と別れたくなんかない」
エレンにとってフォルトナー四姉妹は大切な家族だ。飛行魔術を完成させたからといって捨てるわけがない。しかし単なる家族関係ではないことも事実だ。
「けど、私は生きた人間で、あなた達は死んだ霊体よ。いつまでもこの世界で一緒にいるわけにはいかないわ。だからあなた達の肉体か肉体が埋められた場所を見つけたら、すぐにあなた達を霊界に送る。その約束は今でも変わらない」
どれだけエレンとフォルトナー四姉妹の仲が良かったとしても、お互いに別れることを望まなかったとしても、フォルトナー四姉妹は霊界に行かなければならない。今は彼女達が霊界に行くことができないから物質世界でエレンと一緒にいるだけだ。
「そう。私とあなた達は違う。だから家族であることには変わらないけど、私はこう考えようと思うの」
おそらくフォルトナー四姉妹が、特にエリザベスが嫌がるかもしれないことを、エレンは思い切って口にする。
「私はあなた達のご主人様になるわ」
エレンはエリザベスとの喧嘩を経てこうするべきだという結論に至った。フォルトナー四姉妹を都合の良いように扱うわけでは決してない。むしろ彼女たちのためを思ってのことだ。
「そもそも今の私達の関係は主人と従者そのものよ。今まで考えないようにしていただけで、それはどうしても否定できないと思うわ」
霊媒あるエレンが指示を出して、霊体であるフォルトナー四姉妹がそれに従っている。これを主従関係と言わずになんと言うのだろう。だからその状況から目を逸らさずに受け入れるべきだとエレンは考えた。
今のところエリザベスを含めフォルトナー四姉妹は大人しくエレンの話を聞いている。
「だから私の言うことはこれからもちゃんと聞いてほしいの。それは分かってくれるわね?」
エレンの問いかけに対して、フォルトナー四姉妹は四人ともすぐに首を縦に振った。
「もちろん、あなた達が私の言うことを聞くのは、私があなた達との約束を守ることが前提の話よ。私が約束を果たさないと思ったら、私の元から去って行ってもいいわ」
フォルトナー四姉妹にはエレンと一緒にいる義務もないし、必要もない。自分達の肉体探しも、もしかしたらエレンがいなくても可能かもしれない。それでもエレンについて行くのは彼女達なりの理由があるはずだ。エレンが彼女達を従わせるというのならばその期待に応えなければならない。
「私は、私が生きている間に必ずあなた達を霊界に導く。情けないけど今はまだ、私を信じてとしか言えないわ。それでも良いと言うのなら、私を主と認めてほしいの」
エレンが言い終えると、エリザベスが真っ先に頷いた。
「私は、エレンを信じてるよ」
続いて他の三人も首を縦に振った。皆が信頼してくれていることにエレンは安堵する。
エリザベスの悩みも消えたようだ。いつの間に彼女の心境が変わったのかエレンには分からないが、もう捨てられる心配をすることはないだろう。
「ありがとう。みんな」
エレンは満面の笑みを浮かべた。とはいえ話はまだ続く。もしかしたらフォルトナー四姉妹もまだ勘違いをしているかもしれない。エレンが約束を果たして、彼女達を霊界に導いたとして、それで終わるわけではない。
「なら、約束を果たすまでは、私はあなた達のご主人様ね」
エレンの言葉に、フォルトナー四姉妹は頷きかけたがやがて首を傾げる。やはり彼女達は大事なことを分かっていなかったようだ。
「私は出来るだけ早く約束を果たすつもりよ。極端な話、明日にでもあなた達の身体が見つかれば、その時にあなた達は霊界に行って、私はご主人様じゃなくなるわ」
そこでエリザベスがこんなことを伝える。
「でも、お別れじゃあ……」
エリザベスはこう思っているのだろう。自分達が霊界に旅立つとエレンとは永遠に会うことはできない。だからエレンが自分達のご主人様を辞めたところで、その次の関係が生まれることはないのではないか――。しかし実際はそんなことはないはずだ。
「何を言っているのよ。私だっていつかは死んで霊界に行くのよ。何十年も長い間離れ離れにはなると思うけど、それでも永遠の別れではないでしょ」
物質世界の人間は必ずいつかは死ぬ。そして霊体となる。フォルトナー四姉妹が超低振動霊でなくなり霊界に旅立つことが前提ではあるが、エレンも彼女達と同じ霊体となる。そうなれば霊界でエレンとフォルトナー四姉妹は会うことができる。
「霊界で会ったら、私達は今のような霊媒と霊体の関係、主人と従者の関係ではない。霊体と霊体、対等な関係よ」
エレンはこの先の人生で、結婚をして新しい家族を作るだろう。霊界に行けばその家族と暮らすことになるかもしれない。それでもフォルトナー四姉妹とも家族の関係であることには変わりない。霊界において家族というものがどのようなものになるのかはエレンには分からないが、きっと今と同じように仲良く過ごすことができる。
「だから何も心配することはないわ。むしろあなた達と霊界で遊ぶことを楽しみにしているわね」
これは霊能力を持つ者にしか理解できない感覚であろうが、死後霊界に行くことに対してとても興味がある。エレンもこの世界で生きることを蔑ろにはしないが、死後の世界で生きる日を夢見ないわけではない。
ただし、今のままではエレンもフォルトナー四姉妹も霊界に行ったとしても、気持ちよく遊ぶことはできないだろう。
「そのためにも、あの迷子達も同じところに案内してあげないといけないわね」
どれだけ非業な死を遂げたとしても、本来ならば霊界で安らぐことができる。しかしフォルトナー家の超低振動霊はその安らぎさえも奪われている。同じフォルトナー家の血を引く魔術師として、エレンは最早彼女達を無視することができない。
フォルトナー四姉妹も同じであるはずだ。フローラとの約束もある。迷子を助けるため心を一つにしてくれるだろう。
「そしていつか、リリーとも、フォルトナー家の霊体達とも一緒に遊びましょう」
エレンは全ての魂が救われることを願いながら、フォルトナー四姉妹と一緒に拳を高く振り上げた。




