第4章 Fatal Successful Example(4)
「お前達は高次の存在になるために生まれてきた」
エリザベスは生前に父親からそう言われたことを思い出した。その時は、単に魔術師として高い地位につくくらいの意味だと思っていたが、実際は恐ろしい実験の犠牲者になるということだった。
おそらくエレンの推理は当たっているとエリザベスは考える。魔術によって自己のエーテルを並行世界から喚起する。並行世界の自分も同じような行動をするという法則を利用して、並行世界の自分に自己のエーテルを喚起させる。魔術師にとってはそれ程おかしな発想ではない。
それにエリザベスは生前のことを考えると納得せざるをえなかった。エリザベス達が特殊な魔術を会得していたのであれば、もはやそれしか考えられない。エリザベス達は普通のエーテル魔術の修行をしていたつもりだったが、実はフォルトナー実験の被験者として自己のエーテルという属性を習得していたのだ。
エレンが話を続けている。
「高次の存在を作り出すためには、霊媒に繋がるための霊体、超低振動霊が必要だった。そのためにフォルトナー家は多くの子孫を殺したのよ」
エリザベス達には殺されたという実感がない。死んだことすら気付いていなかったからだ。しかし事実としては、かつてのフォルトナー家は被験者を死に至らしめることを前提とした実験を行った。そしてエリザベス達や他のフォルトナー実験の被害者は実験動物として扱われ、殺された。
エレンがエリザベス達フォルトナー四姉妹を見遣る。彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。
「こんなこと言いたくないけど、あなた達も実験の成功例よ」
物質世界の生物は死亡すると霊界に行くのが普通だ。その生物をただ殺害するだけでは超低振動霊を生み出すのは難しい。だからかつてのフォルトナー家は確実に物質世界に留まらせる方法を考えてそれを実行した。エリザベス達もその成功例だ。
そこでミヨクがこんなことを呟く。
「やっぱりエリザベス達はその高次の存在を生み出すための道具ってことかよ……。そんなことあるかよ……」
「それは少し違うと思うわ」
エレンの言う通りだとエリザベスも思う。父親のあの言葉は決して嘘のつもりではなかったのだろう。とはいえ被害者のエリザベス達にとってはたいした違いはない。
「フォルトナー家が言う高次の存在は、エーテル欠乏症の人間と超低振動霊の融合体のことを言っていたのだと思うわ。リリーだけでなく、リリーに憑いている霊体もそうだということね。どちらにせよ悪趣味であることに変わりはないわ」
エレンの推測が当たっていたとすると、エリザベス達は高次の存在になれなかったことになる。しかしそれでよかった。リリーに憑いている超低振動霊のように高次の存在になってしまったと考えるとエリザベスは怖くてたまらなかった。
あの霊体達は何を感じているのだろうか、とエリザベスは考える。かつてのエリザベス達と同じように、自分が生きていると錯覚し続けているのだろうか。それとも自分の存在を感じられなくなっているのだろうか。
「その身体はフォルトナーのものだ」
リリーに憑いている霊体がそう言っていた。つまり自分自身を個として認識しておらず、フォルトナー家の超低振動霊の集合体として混じり合ってしまっているとも考えられる。霊体としての自我も失い、ただ高次の存在の一部となっていると言うのならば、それは本当に道具に成り下がっているとエリザベスは嘆かずにはいられない。
「さて、リリーとフォルトナーの霊体達をなんとか助けてあげないといけないわね」
エレンがそう言う。エリザベスも同じだ。フォルトナー実験の所為で苦しんでいる人がいれば、その人が生きていても霊体であってもその人の力になる。それがエリザベス達フォルトナー四姉妹と亡きフローラとの約束だ。当然、リリー達も見捨てたりはしない。
「具体的にどうするか考えましょう。ただ霊体への干渉という話になるから、それができるのは私と真守しかいないわね。真守、あなたにはかなり頼ることになると思うけどいいかしら?」
「ええ、私にできることなら何でも言ってください。早速……」
真守が言いかけて止めた。リリーが目を覚ましたのだ。リリーは身体を起こして周りの様子を見る。その表情は困惑で塗り固められていた。
「あの……私……」
「リリー。疲れているのだろう。私達のことは気にせず休んでいなさい」
オリバーはそう言うが、リリーは安心するどころかさらに顔を強張らせる。
「私……また取り憑かれていたのでしょう。何をしていたのですか?」
リリーは自分が霊体に憑依されていたことは分かっているが、その時の詳細までは知らないようだ。やはり憑依されている時は意識を失っているらしい。
「それは……」
「おじい様」
オリバーが話そうとしたが、エレンがそれを遮った。
「ここは私に任せてもらえるかしら」
リリーのことは自分が絶対に助ける。そんな意志がエレンの瞳に宿っているとエリザベスは感じた。それに、霊体に憑依されたリリーの襲撃に遭ったエレンから話した方がいいだろう。オリバーも大人しく「分かった」と応じた。
エレンが話し始める。
「隠していても仕方ないからはっきりと言うわ。私とお兄様が飛行訓練をしていた時、あなたに憑依したフォルトナー家の霊体の集合体が私達を襲撃してきたわ。私もフォルトナー家の血を継いでいるから、私のことも狙ってきたみたいよ」
この真実がリリーを傷つけることはエレンも分かっているに違いない。それでもリリーには知らせなければならないとエリザベスも思う。フォルトナー家の霊体を、リリーを救うためにはリリーの協力も必要になるはずだ。
「その霊体は実体化して、飛行もしていたのだけど、以前にそういうことはなかったかしら?」
「ええ……物理霊媒現象まで起こったことは今までなかったです」
今日急に物理霊媒能力が芽生えたのではなく、能力は元からあったがリリーが霊体を抑えていたので今まで発現しなかったと考えた方がいいだろう。リリーの場合は霊体に意識を乗っ取られているので心理霊媒現象も同時に起こっている。心理霊媒能力と物理霊媒能力の両方を持っている霊媒は存在しないわけではないが珍しい。火輪山の鎧武者の霊媒もそうだったらしいが、それ以外ではエリザベスも見たことがない。
リリーには悪いが、フォルトナー実験の霊媒としてこれ以上にふさわしい人間はそういないだろうと評価せざるをえない。
「そう……。リリー。あなたも分かっていると思うけど、あなたに憑いている霊体の数はかなり多いわ。その霊体を一人ずつ引き離していく。あなたはゆっくり休んでいて、眠っていてもいいけど、再び霊体に身体を乗っ取られないようにできるだけ耐えて」
通常の物理霊媒現象は霊媒の意図したものでなかったとしても霊媒の意識は本人に残っている。ただしリリーの場合は、心理霊媒現象により意識を乗っ取られた上で物理霊媒現象を引き起こしているのだろう。だからリリーが意識を保ちさえすればフォルトナー家の霊体が実体化することはないとエレンは考えているようだ。リリーが霊体の実体化のことを知らないのでその推理は合っているだろうとエリザベスも思う。
そしてエレンがリリーをしっかりと見据えてこう言う。
「大丈夫。私達があなたを霊体から救い出してみせるわ」
エレンの言葉に合わせてエリザベスも大きく頷く。リリーに安心してほしいと思っての素振りだが、彼女の表情は暗いままだ。
「どうしてですか……?」
リリーを助けることに理由が必要なのかとエリザベスは思ったが、リリーが懸念していることはまた別のことだったようだ。
「どうして、私を助けようとするのですか……?」
リリーが何を言おうとしているのかがエリザベスには分かった。きっとエレンとミヨクと真守も分かっているだろう。彼女達はリリーと似たような状況に苦しんだ人を知っている。しかも一人は当事者だ。
リリーが思い切るように口を開く。
「私は、化け物なのでしょう……」
エリザベスの予想通りだった。高次の存在になるということは、人間を超える存在になるということだ。そして同時に人間を排除することも意味する。エリザベスの知る限りでは、魔術師が作り出した高次の存在はどれも無術者の人間を殲滅するために作られていた。『白い魔女』も吸血鬼もそうだ。
それに、ミヨクが『白い魔女』であると発覚した際、エレンやミヨクはソニアに殺されることを危惧したこともあった。結局はソニア達ヘンシェル教会に助けられる形となったが、殺されても不思議ではなかった程、人から外れた存在というのは周囲から危険視されるのだ。
「私はエレンさんを襲ったのですよね……。それなのに、どうして私を助けてくれるのですか?」
今にも泣きだしそうなリリーに対して、エレンは笑みを浮かべる。エリザベスにとっては懐かしいような、今まで心の中に満たされていた霧を一気に晴らすような慈しみを感じる笑みだ。
「迷子を助けるのに、理由なんていらないわ」
エレンの笑みが懐かしいと感じた原因をエリザベスは察した。フローラだ。フォルトナー家の屋敷で生と死の境界を彷徨い続けていたエリザベス達を救ってくれた時のフローラの笑顔だ。
あの時のエリザベス達は迷子だった。リリーもそうだ。彼女は化け物などではない。霊体に操られてエレン達を襲撃したから何だと言うのだ。リリーはただの迷子だ。エレンはフローラと同じように、迷子に手を差し伸べて道を教えようとしているだけだ。
「そうでしょ? みんな」
エレンが周囲を見回す。エリザベスも首肯した後に周りの皆の顔色を窺った。皆は笑顔を浮かべながら首を縦に振っている。リリーを助けることに反対する者はいない。
エレンは再びリリーの方を向く。
「だから、自分のことを化け物だなんて言わないで」
その瞬間、リリーの両眼から涙が溢れた。ただしこの涙は先程のように絶望したことによるものではないだろう。リリーはエレンに抱き着き、彼女の胸に顔を埋める。
「ありがとう。エレンさん」
「エレンでいいわよ」
リリーを優しく抱きしめるエレンを見て、エリザベスは自分を恥じた。どうしてエレンが自分を捨てると思っていたのだろうか。一度追い出されてしまったのはエリザベスの態度が悪かったからだ。エレンのことを信じて手を差し出してさえいれば彼女はしっかりとその手を繋いでくれる。エレンが約束を忘れることなどあるはずがない。
もし自分が生きていたら、自分もきっと嬉しくて泣いていただろうとエリザベスは思う。そして霊界にいるフローラに伝えたい。道に迷って泣いていた女の子がこんなにも立派に成長したことを――。




