第4章 Fatal Successful Example(3)
エレンは目を覚ました。フォルトナー家の別荘で、自分が泊っている部屋のベッドで寝かされていたようだ。ゆっくりと起き上がり、自分が寝間着姿であることを確認し、周りを見る。すぐ傍にミヨクと琴音がいた。ミヨクは普段着に着替えている。
「エレン。無理に起きなくていいから。ゆっくり寝てろって」
ミヨクはそう言うがエレンはそのまま掛け布団から出てベッドに座る。
「もう大丈夫よ。怪我したわけじゃないし。身体はなんともないわ。ところでリリーはどうなったの?」
エレンは決して無理をしているわけではない。本当に疲労はほとんど残っていない。ミディウムを酷使したことで精神のバランスが不安定になり気絶してしまったが、肉体にはほとんど影響がなかった。睡眠を取っただけでかなり回復することができた。
「リリーは見つけた。あの子も霊能力の使い過ぎで気を失ったみたいで、岸辺で倒れてた。今は隣の部屋で寝てるよ。真守とオリバーさんが看てる」
ミヨクの返答を聞いて、エレンはとりあえず安堵した。
「今は何時?」
「夜の八時だ」
エレン達が飛行訓練をしていたのは午後二時からだったので、五時間以上は寝ていたということだ。エレンが回復しているということは、リリーも同じく回復する可能性が高い。呑気にしていられないとエレンは思う。
「リリーの部屋へ行きましょう。これからのことを話さないと」
「エレン。だからあんまり無理は……」
ミヨクが声を掛けたが、それを遮るようにエレンが片手を上げる。ミヨクが自分のことを心配してくれているのは分かっているつもりだ。しかしそれ以上に心配しなければならない人物がいる。
「ありがとう。でも大丈夫よ。私のことより今はリリーよ」
エレンがそこまで言ってようやくミヨクも納得したようだ。
「分かった。行こう」
そしてエレンはミヨクと琴音と一緒にリリーの部屋に入った。リリーは未だに寝ているようだ。真守とオリバーはエレンが入室してきたことに驚き、彼女に休むように言ったが、エレンが大丈夫だと強く主張するとそれ以上は言わなくなった。
エレン達は丸を描くように並んで椅子に座る。そしてエレンはこう切り出した。
「まず起こったことの再確認よ。私達は飛行訓練中に謎の飛翔体からの襲撃を受けたわ。その飛翔体は、複数の霊体に憑依され、霊能力を発現させていたリリーよ」
今となっては確定したと言ってもいいだろうとエレンは思う。他の皆も同じ認識であるようだ。エレンが寝ている間にミヨクが説明したのだろう。
リリーはフォルトナー実験によってエーテル欠乏症になり、霊体と繋がりやすい体質になった。そしてフォルトナー実験によって命を落としたフォルトナー家の魔術師が超低振動霊となりリリーに憑依するようになった。
リリーは魔術師ではあるが、ミディアムとしての能力も高いらしく、心理霊媒現象も物理霊媒現象も引き起こすことができるようだ。それによって霊体に身体を操られながらも霊体を実体化させている。
「その霊体は私に、その身体はフォルトナーのものだ、と言ってきたわ。フォルトナー家の魔術師の霊体よ。これからはフォルトナーと呼ぶわね。フォルトナーは一人だけではない。少なくとも十人はいるわね。でもフォルトナー実験の被害者であることを考えればもっといるかもしれないわ」
リリーが同時に大勢の霊体に憑依されていることにエレンは驚愕している。通常の霊能力ならば四人の人間霊と繋がるだけでも相当のミディウムと経験が必要だ。それをミディアムとしての訓練をしていないはずのリリーがやってのけるのだ。
おそらくエーテル欠乏症によって自己のエーテルが極端に少なくなったためだろう。ミディウムで繋げるよりも格段に霊能力を引き出しやすいのかもしれない。ミヨクも夜刀神という神霊に憑依されたことを考えるとありえなくはない、とエレンは考える。
「フォルトナーの攻撃方法は、今のところ実体化した霊体の突撃だけね。エーテル魔術はなかったわ。ただできるかもしれないわね。フォルトナーに触られた霊体はリリーと繋がりやすくなってしまう。それでマチルダが持っていかれかけたわ」
他人と繋がっている霊体を無理矢理自分に繋げる技術はミディアムの中ではあるらしい。エレンは以前に真守から聞いた。真守が言うには、敵の霊力が少なければ自分の霊力を敵の霊体に注ぐことでその霊体を操ることができる。一部の高い実力を持った戦闘霊媒ならば可能な技術とのことだ。
「今分かっていることは以上ね。ところで真守に確認したいのだけど。フォルトナーを掌握することは可能なのかしら?」
エレンは単刀直入に訊いた。真守に頼るのは申し訳ないとは思っているが、今は気を遣っている余裕はない。
「可能ではあります。時間を掛ければ少しずつ引き剥がすことはできますけど、おそらくそんな時間はないでしょうね」
リリーが回復すれば、再びフォルトナーがリリーに憑依する可能性が高い。速やかにリリーとフォルトナーについての対策を講じなければならない。
そこでミヨクがこんなことを言い出した。
「リリーがエーテル欠乏症になった原因に、何かヒントはないかな?」
「そうね。考えてみる価値はあると思うわ」
エーテル欠乏症とフォルトナー実験は密接に関係している。それにエーテル欠乏症が治りさえすればリリーの問題は全て解決する。
エレンはエリザベス達フォルトナー四姉妹に訊く。
「念のため確認するけど、あなた達はエーテル欠乏症になる原因に心当たりはないのよね?」
エリザベス達は全員首を縦に振った。外部的な要因ならば彼女達は知っているだろう。ならばやはり彼女達が知らない間に自分でエーテル欠乏症を引き起こしていたということになる。そしてその原因はやはり魔術だろう。
「リリーも他の実験の被害者も全てエーテル属性の魔術師だったのよね。やっぱり彼女達の魔術属性が関係あるとしか考えられないわ。でも……」
エレンは考える。リリーと違う形ではあるがエーテル欠乏症になったミヨクのことだ。彼は『白い魔女』の魔術で自分のエーテルを放出した。エーテルが少なくなったことで夜刀神と繋がった。そして夜刀神と繋がったミヨクは『白い魔女』の魔術でのエーテルを喚起することができた。
夜刀神のエーテルという特定のエーテルを――。
「特定の……エーテル……」
エレンは閃いた。魔術によって物質を喚起するためには、その物質の構造を理解しなければならない。適正属性にするならばより深い理解が必要となる。ミヨクは夜刀神と繋がったことで夜刀神のエーテルを理解して、その属性を適正化させた。
「多分分かったわ。自分のエーテルを減らす方法」
これはエレンの仮説に過ぎない。とはいえ『白い魔女』の魔術以外に自分のエーテルを減らす方法があるのならばこれしか考えられない。
「それはどういうものなのですか?」
真守が訊く。真守はまだ魔術に関する知識が多くないので、本題に入る前に関連する魔術理論を教えておいた方がいいだろう、とエレンは判断した。
「真守。まず説明するべきことがあるのだけど、私達のエーテルは減っているの。魔術は並行世界から物質を少しずつ持ってくるということは分かっているでしょう。それは私達の世界だけではなくて、他の世界の魔術師もそうなの」
エレンがそう言うと真守は首を傾げた。
「でもエーテルが減っているなんて実感はないですけど」
「それはそうよ。本当に少しだけだし、喚起の対象は無作為だから。もしかしたらメイスラに住む前の真守なら全く減ってなかったかもしれないわ。さすがにメイスラにいる今は減っているでしょうね。それでも無限にある並行世界の中から無作為にだから、肉体や精神に影響が出るようなことはないわ」
魔術の喚起によって別の世界に送られる物質はごくわずかだ。だから目に見えて物質が消滅するということはなく、魔術が世界に及ぼす影響はほとんどないと言っても過言ではないだろう。
「ただし、そのエーテルが特定されていれば話は別だと思うの。リリーだけのエーテルが喚起されればエーテルがなくなっていくわ」
「なるほど、そういうことならあり得るかもな」
ミヨクが声を上げた。琴音とオリバーも頷いている。この三人は理解したようだ。しかし真守だけは手を挙げてから質問する。
「どうしてリリーさんのエーテルを喚起する魔術を行使すれば、リリーさんのエーテルがなくなるのですか? 私達の世界にいるリリーさんがエーテルを他の世界から持ってくるだけで、リリーさんのエーテルは……」
そこで真守は言葉を止めた。真守もメイスラに住み始めてから、並行世界についての知識も深めているのだろう。エレンが言いたいことに気が付いたようだ。
魔術師の間では、並行世界はどれもほとんど同じような世界だと言われている。環境、歴史、人間そして各々の魔術師の行動がほとんど同じになるのだ。この世界にリリーが存在するのならば、他の並行世界のほとんどにリリーが存在することになる。
「そう。この世界のリリーがその魔術を行使しているということは、並行世界のリリーも同じ魔術を行使しているということよ。だから他の世界にいるリリーが私達の世界にいるリリーのエーテルを持っていくの」
そして魔術によって喚起されたエーテルは持ち主に戻ることはない。リリーが自分のエーテルを魔術によって喚起することで彼女のエーテルは減り続けることになる。
そこで真守がこんな疑問を投げかけてきた。
「でもそんなことができるなら、違う人のエーテルを魔術で喚起したら、その人を簡単に殺すことができるんじゃないのですか?」
かなり鋭い指摘だとエレンは思う。真守は妙なところで勘が良い。戦闘霊媒であり、異能に触れる機会が多かったからだろうか。それでも真守の指摘は簡単に否定できるものだ。
「それは無理ね。特定の他者のエーテルを喚起するなら、その構造を完璧に理解しなければならないわ。自分の魂と繋がっていないものを理解するのは限りなく不可能に近い。けど、自己のエーテルならば魂と繋がっているわけだから、頭で理解していなくても感じ取ることができるのだと思う」
エレンとしてはミヨクの夜刀神のエーテルを例にして説明したかったところだ。夜刀神と繋がり夜刀神のエーテルを自己に取り込んでいるミヨクがその属性を適正化させた。自己のエーテルの事例に似ている。しかし夜刀神のエーテルを説明するためには『白い魔女』の魔術に触れざるを得ない。琴音とオリバーがいる前では話すことはできない。
「それに、エーテルの魔術は高度なものである必要はなかったみたい。リリーが障壁魔術しかできなかったって言っていたけど、放出できるのならそれで充分ね」
実際のところはエレンにも、他のどの魔術師にも分からないだろう。しかし自分達が現在直面している問題のことを考えれば自分の考えが最も合理的であるとエレンは考える。
「そして自己のエーテルを喚起することが、フォルトナー実験の正体よ。そう考えれば、リリーとフォルトナーの超低振動霊の説明がつくわ」
エレンは説明することが段々嫌になってきた。かつてのフォルトナー家の残酷さが次々に明るみになってくるからだ。
「自己のエーテルを全てなくせばその魔術師は超低振動霊になるし、死なない程度に減らせばリリーのように霊体に繋がりやすい身体になる。フォルトナー家はその両方を意図的に作り出していたと思うの」
自分達の親族を実験動物にして、その命を弄ぶだけではない。フォルトナー実験の犠牲者は死後もなお苦しみ続けている。死者の霊体すら冒涜する悪魔の実験だ。
「そして、その霊体と霊媒を繋げたのが、フォルトナー家の言う高次の存在なのでしょうね。本当に反吐が出るわ」
フォルトナー家の最終目的は霊体と霊媒の融合体だろう。フォルトナー実験の資料が残っていないので確かなことは分からないが、高次の存在を求めていたということは、フォルトナー家も無術者の世界を侵略するためにフォルトナー実験を行っていたのかもしれない。
「そうだとしたら、リリーは失敗作どころかフォルトナー実験の成功例ね」
エレンは認めざるを得ない。リリーによってフォルトナー実験は完成してしまった。あの白い飛翔体はフォルトナー家が目指していた高次の存在そのものだ。




