第3章 Living Dead Sisters(3)
午前中の訓練の後、エレンは真守とミヨクを別荘の近くにある作業場に呼んだ。真守にフォルトナー四姉妹に関する重要なことを伝えるためだ。ミヨクは知っているが再確認してほしいので一緒にいてもらうことにした。
「真守。あなたに、フォルトナー四姉妹の霊体としての特性を教えておくわ」
エレンとしては今まで隠していたわけではない。ただ話す必要を感じていなかっただけだ。しかしフォルトナー家と関わりのあるリリー、そして彼女が罹患しているエーテル欠乏症、それらについての理解を深めるためには知っておかなければならないはずだ。
「はい。お願いします。正直に言いますと、私はあの子達のような霊体を、あの子達以外に知りませんので……」
優秀な霊媒である真守でも知らないような特性を、フォルトナー四姉妹は持っている。エレンも彼女達以外に同じ特性を持った霊体を見たことがない。
「そうね。回りくどいかもしれないけど、本題に入る前にちょっとした問題を出すわ。地縛霊として物質世界に残りやすい霊体ってどんな霊だと思う?」
「死亡した認識を持っていない霊体ですね」
真守は即答した。これは真守にとっては、太陽が東から昇るくらい常識的なことだったのだろう。
創作物では、この世に未練を残した者が地縛霊となるといった説明がされることがよくあるが、実際には地縛霊と未練はあまり関係ない。それよりも死亡した者が死亡した自覚があるかどうかの方が重要だ。
エレンは次の問題を出す。
「なら、その死亡した認識を持たないような状況に陥る可能性が最も高い死因は何かしら?」
今度は、真守は即答せず、しばらく考えるような素振りを見せた。五秒程経過したところで、あまり自信がなさそうに答える。
「不意を突かれて、即死させられた時とかでしょうか……。例えば、後ろから頭を貫かれるとか……」
真守の言うことにも一理ある、とエレンは思う。死因となった出来事を認識しないまま死亡したら、霊体になっても死亡したことに気が付かないということだ。確かにそうやって地縛霊になることも少なくはないらしい。
しかしエレンが求めている答えではない。
「それもあると思うけど、一番ではないわ」
「では、何なのですか?」
真守は分からないようだ。いくら優秀な霊媒といっても、エレンが今から言う状況は見たことも聞いたこともないだろう。エレンも未だに信じられないくらいだ。
その信じられない答えを、エレンは告げた。
「答えはね、生きたまま死ぬことよ」
真守は数秒間固まってから、間抜けな顔をして声を出した。
「へ?」
「あなた、今私のことを馬鹿にしたでしょ?」
エレンが不機嫌そうに言うと、真守は慌てて首を横に振った。
「いいえ。そんなわけないじゃないですか」
「まあいいわ。私もあえて矛盾しているように思える言い方をしたし……。つまりね、肉体は死亡していないにもかかわらず、魂が肉体から離れて、結果死亡してしまうということよ」
真守は理解したように頷きながら聞いていたが、ふと何かに気付いたように目を見開き、エレンの顔をしっかりと見つめた。
「エーテル欠乏症ですね」
「察しが良くて助かるわ」
エーテルという半物質が肉体と魂を繋いでいる。そのエーテルが失われたら肉体と魂が切り離される。こうして、肉体は生きているが、魂と離れたことで死亡するという奇妙な死因が生まれてしまう。そしてその死因を引き起こす可能性が高いのが、エーテル欠乏症だ。
エレンは話を続ける。
「あなたのお陰で今は大丈夫だけど、お兄様もそうなる危険があることは分かるわね。まあ、それは置いておいて、今の問題はフォルトナー四姉妹のことよ。彼女達は実際にエーテル欠乏症で死亡し、死亡した認識を持てないまま霊体になってしまったわ」
それはフォルトナー四姉妹が図らずも得てしまった哀しい特性だ。
「肉体が死亡していないはずなのに死亡する。その死因は極端な霊体の低振動化を引き起こすの。そうしてできた霊体は、超低振動霊と言われているわ」
超低振動霊。
この言葉は魔術師の国にいるミディアムの間では通用する。しかし真守は知らないだろう。理論上は存在し得るが実際には存在しないと言われており、ミディアムの学園といえども高等部の学生に教えるようなことではない。
「こうなったら、まず自力で霊界に行くのは不可能よ。自分が霊だと気づくどころか、自分が生きているか死んでいるか分かっていないことすら分からない。エリザベス達はそう言っていたわ」
ミディアムや魔術師は死後の世界が存在することを知っている。死亡しても自分の存在が消滅するわけではない。死後は下手な死に方をしない限り、霊界に導かれてそこで新たな生活を送ることになる。つまり続きがあるのだ。
しかし超低振動霊はその続きがない。自分がいるべき世界が分からず、生と死の狭間に取り残される。ミディアムや他の霊体の助力がなければ、続きのない世界から永遠に抜け出すことはできないだろう。
それはある意味では死ぬよりも辛いことなのだろうとエレンも思う。
「エリザベス達はお母様のお陰で、自分が霊体であるという認識は持つことはできているわ。けど、自分の肉体の死を認識していない」
そこで真守が首を傾げる。そして手を挙げた。今のエレンの説明で何か疑問があるようだ。
「少しいいですか?」
「いいわよ。言ってみなさい」
「霊体になっていると分かっている時点で、肉体が死亡したことも分かると思うのですが、違うのですか?」
真守の疑問はもっともだとエレンも思う。実際に大抵の低振動霊は真守の言った通りであり、それが分かっていて真守も訊いたのだろう。
しかしエリザベスのような超低振動霊は事情が違う。
「言ったでしょ。肉体は死亡しないまま、魂が離れたって。私もさっき死亡したと表現したけど、それは果たして本当に死亡したと言っていいのかしら?」
そこまで言われると真守は理解したようだ。
「つまり、エリザベスちゃん達の肉体は今でも生きている可能性があるということですか?」
肉体が死亡したら魂は肉体から離れる。しかし生きた肉体から魂が離れれば残された肉体はどうなるのかは、実はまだ何も分かっていない。『白い魔女』のように、魔術連盟が隠していることも考えられるが、表向きには超低振動霊に関する研究は非常に少ない。
「あの子達が霊体になったのは何十年も前だから、その肉体が残っている可能性は限りなくゼロに近いでしょうね。誰かがあの子達の肉体に延命措置していることなんて考えられないし」
それでも今は考えられないだけだ。エレンは話を続ける。
「でも、あの子達が霊体になった当時は、肉体はしばらく生きたままだったのかもしれないわ。それなのに、どうして死亡したという認識を得られるのかしら、ということよ」
それだけではなく、真守がミヨクの肉体と魂を蛇夜刀神のエーテルで繋ぎ止めているように、エリザベス達の肉体と魂を繋ぎ、彼女達を生き返らせる方法があったのかもしれない。
とにかく肉体が死亡していない可能性がある以上、肉体が死亡しているという認識を持つことは難しいだろう。だからフォルトナー四姉妹は、霊体である認識を持った今でも、物質世界に縛られ、霊界に行くことができない。
「で、どうしてフォルトナー四姉妹が超低振動霊になったかというと、それはフォルトナー家が行った実験の所為よ」
あまり世間には知られていないが、フォルトナー家が自分の家族に対して行っていたことは、とても人間とは思えないようなことであった。自分の家族を、特に女子を実験動物として扱っていた。
「超低振動霊を生み出すことを目的とした悪魔のような実験がフォルトナー家で行われ続けたわ。事情を知る者からはフォルトナー実験と知られているものね。だからフォルトナー家の魔術師にはエーテル欠乏症の罹患者も、それによる死亡者も多い。その最たるものは、あなたも学園で習っているかもしれないわね。フォルトナー家の四人の少女、エリザベス達が一夜にして原因不明の死を遂げた、フォルトナー家の惨劇よ」
フォルトナー家の惨劇。
世間ではただの病死だとされているが実際は違うことを、フォルトナー家の血を引くエレンは知っている。
「フォルトナー家は何らかの方法でエーテル欠乏症を引き起こし、超低振動霊を生み出した。フォルトナー四姉妹もその犠牲者よ。彼女達は単に病気で死んだのではなく、フォルトナー家によって殺されたの」
ここまで説明を聞いて、真守は顔を真っ青にしながら呟いた。
「そんな酷いこと……どうして……」
真守が悲痛な声を漏らすのは当然だ、とエレンも思う。真守は敵に対しては非情になることはあるが、それは人一倍悪を許すことができない優しく清らかな心を持っているからだ。理不尽に苦しめられた人間の話を聞くと、自分も苦しく感じるのだろう。
とはいえ今からエレンが言うことは、さらに真守を悲しませるかもしれない。
「フォルトナー家曰く、高次の存在を生み出すためらしいわ」
過去にオリバーが話していた。フォルトナー家の目的は、人を超えた高次の生命体を作る。魔術師がそう言う場合、異世界の生物をこの世界に呼び出すことを意味する。目的だけ見れば、魔術師としては間違っていない。
それでも真守は言う。
「そんなくだらないことのために……」
ミディアムの真守からしたら魔術師の理念など関係ないだろう。
「そうね。私もフォルトナー家の目的はくだらないと思うわ」
魔術師のエレンからしても、フォルトナー家は間違っていると思う。魔術師の命を、しかも自分の家族の命を奪ってまで、魔術の発展を目指すなど間違っている。
「フォルトナー四姉妹の死因はエーテル欠乏症によるエーテルの消失。それはフォルトナー家に仕組まれたもの。目的は高次の存在になること。何かに似ていると思わないかしら?」
エレンが訊くと、真守は前後左右を見回してから小声で答えた。
「『白い魔女』ですね」
自分のエーテルを放出して、夜刀神という神霊と繋がるようにした。神霊と繋がり、新たな魔術を生み出すことは、ある意味では高次の存在になったと言えるだろう。現在推測されるフォルトナー実験の内容とほとんど同じだ。
「お父様もフォルトナー実験を知っている。実験に関わっていたかどうかは分からないけど……。それでも、『白い魔女』の研究に利用していた可能性が高いわ。エーテルを消失させる手段の参考にしたのでしょうね。それか――」
エレンとしては父であるヘルベルトのことを悪く言いたくはない。しかし今まで判明したことをまとめると、嫌な可能性を考慮しなければならなくなる。
「フォルトナー家の魔術師を『白い魔女』にしようとしていたことも考えられるわ」
フォルトナー実験を利用して『白い魔女』を生み出すため、ヘルベルトはフォルトナー家のフローラと結婚した、ということは十分にあり得るとエレンは思う。もしかしたらミヨクではなくエレンが『白い魔女』になったかもしれない。
「ただこれはお父様に限った話であって、フォルトナー家が『白い魔女』のことを知っていた可能性は低いわ。エリザベス達が『白い魔女』の魔術なんて習っていないと言っているもの。まあ、頭の片隅に置いておくくらいの気持ちでいいわ」
もしかしたらヘルベルトは標山の森以外にも謎を残していたのかもしれないが、その謎を追うのは後回しだとエレンは考える。とにかく今はリリーを救うことが最優先事項だ。
「私からの説明は以上よ。交霊会の参考になるかしら?」
「ばっちりですよ。エレンちゃん。ありがとうございます」
真守が笑顔で答えるのを見て、エレンも安心する。真守は夜刀神を掌握する程の優秀な霊媒だ。対してリリーに憑いている霊体は超低振動霊といえども人間霊だ。真守が遅れを取ることはないだろう。
そのはずなのだが、エレンは何か違和感を覚えている。自分達は何か見落としているのではないかと思えてならない。
「とにかく、リリーの問題は今夜で全て解決するくらいの気持ちでいましょう」
違和感を覚えるものの、今のところは何の確信もない。そのことにもどかしさを感じつつも、エレンはリリーのためにできることをしようと改めて決意した。




