第3章 Living Dead Sisters(1)
エレンはリリーを見てまずこう思った。この子は本当にエーテル欠乏症なのかと。
肉体と魂を繋げる半物質、エーテルが少ないことは確かだ。エーテル測定器でも確認した。今のミヨクよりは若干多いものの、日常生活に支障をきたすレベルである。それが分かってもなお、エレンにはリリーから、足りないという印象を受けなかった。
魂の繋がりが弱いはずなのに、強い繋がりを感じる。矛盾しているが、エレンにはそうとしか思えなかった。
リリーにはフォルトナーと名乗る霊体が憑依しているかもしれないという話である。ただ、それだけではエレンの直感を説明できない。仮にミヨクと同じ原理で、リリーに霊体が憑依しているとして、それだけでエーテルが喪失した分の穴を埋められないはずだ。夜刀神のような強力な神霊なら話は別なのかもしれないが――。
エレンがそんなことを考えている間に、リリーが目を覚ました。リリーは別荘に運ばれた後に、エレンと真守が寝巻に着替えさせて、ベッドに寝かせたのだ。それから交代でリリーの看病をすることになった。ちなみにエレンが最初の番だ。
「おはよう。気分はどう?」
エレンはリリーを安心させるために笑顔を作った。笑顔を作るのは苦手だが、最近では学園のクラスメイトと話すときに心がけている。今では、少しは上手になっているはずだ。
しかしリリーはすぐに掛け布団を持ち上げて顔を隠した。怖がられたようだ。よく考えたら、目が覚めたら知らない人間が目の前にいるという状況は、あまり心休まるものではないかもしれない、とエレンは割り切ることにする。
とにかくリリーが目を覚ましたのだ。エレンはオリバーを呼ぶことにした。
「おじい様。リリーが……」
「エリザベス……?」
ふと、エレンはその声がした方へ向いた。既にリリーが顔を見せていて、誰かを探すように辺りを見回していたのだ。しかしエレンと目が合ったことで、再び掛け布団に隠れてしまった。今は恐い顔をしていたかもしれない、とエレンは反省する。
エレンは頭を掻きながら呼ぶ。
「エリザベス。あなたの顔が見たいそうよ。来なさい」
するとエリザベスはすぐにエレンの元にやって来た。
エリザベスがリリーを連れて戻った時、真っ先にエレンに謝罪してきた。エレンの言うことを必ず聞く、もう逆らったりしないから許してほしい、とのことだった。訓練を拒否したことについては、エレンはとりあえず許すことにした。
しかしまだ完全に仲直りをしたわけではない。エレンはまだ、どうして訓練を拒否したのかをエリザベスから聞いていない。あえて聞かなかった。
「言うことを聞くならいいわ」
エリザベスの悩みを聞かなかったというより、聞くことができなかった。自分に文句があるのなら言いなさいと思っていたが、いざとなったら聞くのが怖くなった。もしかしたらエリザベスの悩みが、エレンとエリザベス達の関係を否定してしまうようなことかもしれない。エレンにはその先に踏み込む勇気がなかった。
結局、逃げているのはエリザベスではなく自分だ。エレンはそう思わざるを得ない。それなのに元通り仲良く接する気にはなれない。用事がある時は話しかけるだけだ。
エリザベスが傍に来ると、リリーは嬉しそうに微笑む。さらに上体を起こした。
「エリザベス……。よかった……」
そこで扉がノックされた。エレンが「いいわよ」と応じると、オリバーが部屋に入って来た。またリリーが顔を隠しそうになるが、エリザベスが「大丈夫だよ」と伝えると、リリーは顔をオリバーに向けた。
「君がリリーさんだね。私が君の主治医になるオリバーだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
リリーは落ち着いた様子で礼をした。エレンの目から見ても、リリーが人を怖がっていることは分かる。しかしエリザベスのお陰でその恐怖心が和らいでいるのだろう。当たり前のように思念での会話を受け入れていたし、霊体と接する方が得意なのかもしれない。
「長旅で疲れたのだろう。今日はゆっくりしなさい。お話は明日にしよう」
「いいえ……」
目を覚ましたばかりだし、もうそろそろ日が落ちるので、リリーを休ませる方がいいとオリバーは判断したのだろうが、リリーがそれを拒否した。
「今から……でいいです。いえ、話させてください……」
リリーはここに来る途中に気絶したのだ。それはエーテル欠乏症によるものだろうし、フォルトナーと名乗る霊体の影響があるのかもしれない。彼女にとっては一刻も早く解決したい問題なのだろう、とエレンは考えた。
「分かったよ。でも無理だと思ったら言うんだよ。すぐに止めるから」
「はい……。分かりました」
それからオリバーは椅子に座り、リリーに対して質問を始めた。最初は、基本的な健康状態に関する質問で、要するに普通の問診だった。リリーは身体が丈夫ではない方で、しばしば体調を崩すことがあるようだったが、エレンにとっては特筆するような答えはなかった。
本番は次の質問からだ。魔術的な意味を持つ質問が始まった。
「じゃあ、君の魔術属性は何かね?」
オリバーが訊くと、リリーは押し黙り、数秒置いてから答えた。
「エーテル……です」
自分の魔術属性がエーテルである、と答えることが躊躇われるのは魔術師の常識では考えにくい。エーテルは五大元素の一つであるので、それを適正としている魔術師の人口も多い。割合で言うと約十五パーセントであり、三番目に多い属性だ。それほど馴染みのある属性なのだ。あまりにも一般的な魔術属性だからといって、エーテル属性と聞いただけでその魔術師を見下すような輩も今の時代ではほとんどいないだろう。
ならばリリーが自分の魔術属性に抵抗を感じている理由として考えられることがある。エーテル魔術が危険な魔術に悪用されていることを知っているということだ。
エレンはそこまで考えて、リリーにこんなことを訊く。
「あなたはフォルトナー家を知っているの?」
「こらエレン。不躾にそんな質問をするものではない」
オリバーがエレンを注意するのも当然だ。エレンはついリリーを睨みつけてしまっていた。案の定、リリーは怖がる表情を見せている。
「ごめんなさい。威嚇するつもりはなかったの」
エレンが謝ると、リリーはゆっくりと頷いた。相手は病人で、しかもその病気の所為で不遇な扱いを受けてきた女の子だ。接し方には細心の注意を払おう、とエレンは反省する。
「私の方こそごめんなさい……。すぐ怖がってしまって……。駄目だと分かっているのに、つい身体が……」
確かにリリーは小心者なのだろう。どちらかといえば、エレンはこのタイプの人間が嫌いだ。普段ならば苛々していたかもしれない。しかし今は意外と不快感を覚えていなかった。むしろリリーに対しては妙な親近感を覚える。ミディアムである魔術師は今の時代でも少ないので、仲良くしたいと思ったのだ。
「そんなことないわ。別に私達は尋問をしているわけではないから、無理して話すこともないわよ」
エレンはできる限り自然そうな微笑みを浮かべて、彼女と話しかける。するとリリーも怯えた目をしなくなっていった。
「いえ、大丈夫です……。ちゃんと答えます。大事なことですから」
リリーは一度深呼吸をしてから話し始めた。
「私の父はフォルトナー家の血筋だったそうです」
リリーの姓はハントだ。ハント家で魔術師として育てられていたが、リリーが八歳になった頃、彼女の周りで心霊関係の事件が起こるようになり、その後捨てられて孤児院に預けられるようになったらしい。
「ただ、父もずっと前からフォルトナー家のことを知っていたわけではないようで、父の知人からフォルトナー家のことを教えてもらったらしいです」
「お父さんの知人のことは知っているかい?」
オリバーの質問は駄目で元々のものだとエレンは思った。特に深い理由があるわけでもなく、ただリリーの口から出た言葉なので、念のため訊いてみたという感じだ。しかし思い出すような仕草を見せた後にリリーが返した答えは、エレン達にとってとんでもないものであった。
「男の人です。確か……、ヘルベルトと父から呼ばれていたと思います」
「ヘルッ……」
エレンは大声を上げそうになったところを寸前で止めた。そしてオリバーの方を向く。オリバーも目を見開いて驚きを表に出していた。その様子を不思議に思ったのか、リリーが訊いてきた。
「あの……その人がどうかしたのですか?」
エレンは一旦リリーを見てから、もう一度オリバーの方を向いた。その頃には、オリバーは落ち着きを取り戻していたようで、真剣な面持ちでエレンに頷く。
「私から話そう」
そしてオリバーはリリーの方へ向き直った。
「ヘルベルトという男はおそらくこの子、エレンの父親だと思う。彼の名字は聞かなかったかい?」
「ごめんなさい……。分からないです」
リリーはそう答えたが、ヘルベルトという人物は、自分の父親であるヘルベルト・ゼーラーであることは間違いないだろう、とエレンは考える。
ヘルベルトは『白い魔女』の魔術の研究に傾倒していた。その研究の手掛かりにはフォルトナー家の魔術も含まれていたはずだ。フローラと結婚したのも、フォルトナー家の血を受け継ぐ子供を産ませたかったからだろう。そうなると、ヘルベルトはフローラと出会う前からフォルトナー家の魔術を調べていたと考えられる。
「おじい様、お父様のことはとりあえず置いておきましょう」
エレンとしてはどんなに些細なことでもヘルベルトのことを知りたい。しかしリリーがこれ以上のことを知っているとは思えないし、病人の彼女から無理矢理引き出そうとは思わない。今はリリーのエーテル欠乏症を解決しようとしているのだ。
「そうだな……」
オリバーはそう言ってから、先程の話題に戻った。
「なら、さっきの話に戻ろう。君はエーテル属性だと言ったね。エーテル魔術の中で、どんな魔術が得意なんだい」
エーテル魔術と一口に言っても、その在り方は多種多様だ。ミヨク一人だけでも、砲撃やエンチャントといった攻撃、エーテルの壁といった防御、さらに飛行魔術に応用した使い方がある。もちろん攻撃だけでも、ミヨクと違ったエーテル魔術が数多く存在する。ミヨクが行使しないような用途のエーテル魔術も少なくない。
「エーテルの障壁を張るのが得意です」
リリーが答える。エーテルを前面に放出して壁を作る、防御のためのエーテル魔術が得意であるようだ。しかしリリーは申し訳なさそうな表情を浮かべながら続ける。
「けど、私は覚えが悪かったので、障壁魔術しか今でも碌にできませんでした。特に、ヘルベルトという人が来てから父が急に厳しくなって、私のことを失敗作だと言うようになりました。さらに私に霊体が憑依するようになって、それで捨てられたんです」
「ひどい話ね……」
エレンはそう呟く。子供が思い通りに魔術を継承しなくて親に捨てられるといったことは、数百年前はよくある話だったらしいが、現代ではほとんどない。そもそも罪に問われるような行為だ。
そこでリリーは辛そうに頭を揺らした。話し始めた時よりも呼吸が荒くなっている。話すことに疲れたのだろう。病気の身でありながら、自身の事情を他人に話すことに対する緊張が彼女の身体に負荷をかけたのだろう。
オリバーも当然気付いているようで、優しい声でリリーに言う。
「話してくれてありがとう。続きはまた明日にしよう。夕飯ができたら呼ぶから、それまでゆっくり休みなさい」
「分かりました……。そうします」
そう言って、リリーはベッドに横たわった。やはり疲れていたのだろう、数分もしない内に、リリーは小さな寝息を立てるようになった。
それからエレンとオリバーは別の部屋に移った。オリバーがエレンに話しかける。
「リリーの話だが、エレンはどう考える?」
オリバーの問いに対して、エレンは既に一つの答えを導き出していた。オリバーも分かっていて敢えてエレンに問うてみたのだろう。リリーと話している最中、エレンの家系にとって忌々しい言葉が頭から離れなかった。
「どう考えるもないわ。リリーはフォルトナー実験の被験者だったようね」




