エピローグ ~そして人生は変わる~
「先生、意識が戻ったようです」
その声に聞き覚えはない。
あれ…俺どうしたんだっけ?
武琉は軽い頭痛を感じている。ああ、これ、魔力酔いだ。
ゆっくりと目を開くと白い天井。
最近何度か見た天幕ではなかった。
「聞こえますか?ご自身のお名前を言えますか?」
「岩崎武琉です」
「岩崎君、車にはねられたのを覚えていますか?その後、君は病院に運ばれたんです」
少しはっきりしない感じがまだあったが、声のする方を向くと、眼鏡をかけ白衣を着た中年の男性が、自分に話しかけているのが分かった。
「大丈夫?どこか痛みはありますか?」
医者の声に武琉は応えた。
「少しぼーっとしますが、大丈夫です。軽い魔力酔いだと思いますから」
医者は少し間を置いたが、言葉を続けた。
「検査結果ではどこにも異常がない。むしろそれが異常だと言えるくらいだ。かなりひどい事故だったと聞いているからね」
「そうですか、ありがとうございます」
「万一という事もあるから、一晩は入院して様子を見ましょう。明日の昼までに問題が無いようなら退院できますよ」
その後に一般病室に移り、テレビをつける。
事故の起きた当日の夕刻だ。すぐに親父とお袋が病室にやってきた。
検査結果に異常が認められないが意識が戻らないという事で心配していたらしい。
なんだか実感が薄い。
そう、俺は元の世界に戻ってきた。だけど俺の一か月は無かった事になっている。
夢でも見ていたのだろうか。
そんなことを思ったが、一つ試してみることにした。
手を握り、意識を集中させながらつぶやく。
「手の中に花を。奇術」
瞬間に自分の中の魔力が手に集中していき、何かが実体化した感触を感じた。
手を開くと大輪の白い花があった。
ほのかに甘い香りが漂う。
武琉はその花をベッド脇のテーブルに置いた。
見たことが無い珍しい花だったので、親父にスマホを借りて、画像から検索をかける。
月下美人という花らしい。
花をつけるのは夏。いまここにはあり得ない花であった。
予定通り翌日には退院。両親も地元に帰っていった。
保険会社の人と会って、あと会社の採用担当の人も来てくれた。
ゆっくり静養しても大丈夫だからと言ってくれたが、翌日から出勤した。
出勤してもまずは研修だから、それ程忙しくはないだろう。
日常に戻るのはそんなに難しくない。
だけど武琉は違和感を感じていた。
3か月が過ぎた。配属されてから仕事を覚える日々。
正直言ってつまらなかった。やりがいも、充実感も、緊張感もない。
そう、それがこの世界だ。この世界は何も変わっていない。
自分が変わったことを認識するのに時間はかからなかった。
武琉は一つ漠然とした目標を立てた。
そしてそのために自分にできることを精一杯すると決めた。
さらに3か月が過ぎた。
周囲から見た武琉は随分と印象が変わったようだった。
入社直後から冴えない奴と思われていたようだが、このところその評価が変わっていた。
積極的にチャレンジする恐れ知らずというのが、もっぱらの評価となっていた。
「先生、俺の世界がタイトなんじゃなくて、俺がタイトだって思ってただけだ。幸いにしてこの世界は失敗したら終わりなんて、そんなにはない」
武琉は、周囲からすればとてもアグレッシヴに見えたのだろう。
時に先輩だろうが上司だろうが構わず意見する。自分の過ちは素直に認め謝罪する。
そんな姿勢が周囲からの評価を上げた。
評価されて、あてにされるようになると、少しだけやりがいを感じるようになった。
でも、金のために働くという価値観が馬鹿らしく思えるのは変わっていなかった。
金がないと何もできないのは事実。だから準備期間。修行中はそんなものだろう。
武琉の中の割り切りだ。目標があるからそのために邁進できる。
入社して1年。武琉に最初のチャンスがやってきた。
アフリカにある支所への勤務。海外駐在員の話が来たのだ。
入社1年で海外駐在というのは異例だが、情勢が不安定ということもあり、引き受け手がいなかったのだ。
武琉は二つ返事で「行きます」と答えた。
それからさらに二年。武琉は25歳になった。アフリカの某国で現地の責任者になっていた。
彼は現地で言葉も覚えて、現地での交渉でことごとく成果を上げた。
使える力は全て使った結果だった。
そして商社を退職する。
引き止めを受けた時は嬉しかったが、未練はなかった。
「この会社でしたいことは全部できましたから。色々とお世話になりました」
そう言って去った。
そして今、彼は南アフリカのケープタウンにいる。
ここからアフリカを歩いて縦断するつもりだ。当面の生活資金もあるし、なにより生き抜くことには自信があった。
「世界最高の魔法使いになるのは、まだまだ先だな」
武琉はそう呟き、歩き始めた。
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