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8:わが家への道 ≪ザウエイ≫

2025/04/04 挿絵を入れました。


 「雲行きが怪しいですね。正念場ですか」


 アレンがジェンソンに言った。ジェンソンが軍議の際に得た情報をアレンに伝えに来ていたのだ。

 アレンは正式な立場としては医官であり、士官ではない。軍議などの場に出ることは基本的にはないので、この手の情報はジェンソンから伝えられるのが常であった。


 「敵さんも本気という事でしょう。楽はさせてもらえなさそうですな」


 現在、この世界はどこに行っても戦争中だ。

 大陸全土を統治していた王朝が分裂して、その後継を争ったことを発端にしているが、その勢力争いによる戦いは全体の1/3に満たないだろう。

 戦いの大半は、小領主同士の小競り合いだったり、台頭した新興勢力によるものだったり、野党の類が暴れていたりと、混乱にかこつけたものが大半を占める。ここはその典型のような場所だ。

 黒鷲(ブラックイーグル)男爵はもともと、旧王国勢力の一つに属していた職業軍人だった。戦功によって男爵の爵位を得て、この地に領土を持った。だが、長い戦争の中で後ろ盾だった旧王国勢力は衰退して、別の旧王国勢力圏の中に領土が取り残された形になっている。

 周囲に飲み込まれるのは必至だったのだが、2代目に当たる現在の男爵は、個人の武勇はともかく、政略的に能力の高い人だったようだ。

 近隣の領主との関係を良好に保ち、堅実な領土運営をしていた。

 それが面白くなかったのが、エレンディア伯爵家である。もともと名門貴族と言われる家柄で、ぽっと出の男爵の小さな領土など併合してしまえばいい。と思ったかどうかは定かでないが、男爵領に侵攻を開始した。それが20年ほど前の話。それ以来両家は小競り合いを続けている。

 国力では圧倒的な差があり、誰もが男爵家は滅ぶだろうと思っていたが、巧みな戦術で領土を堅守し、今に至る。

 それが男爵の名声を高める結果になったのは、エレンディア伯爵にとっては皮肉なことだ。


 軍議の場でもたらされた情報は、他の戦線から敵部隊が撤退したという報告であった。

 アレンとジェンソンはここにきて、ようやく敵が正しい戦略を取ったと予想している。

 そもそも戦力差は明らかなので、圧倒的な戦力で蹂躙してしまえばいい。多方面で防衛線を同時突破する必要はなくて、一か所崩せば片がつくと気づいたのだろう。これがジェンソンとアレンの共通見解だった。


 「敵の集結点に奇襲を出すか、大規模な増援が来るか。生き延びるには最低どちらかが必須でしょう」


 ジェンソンがそう言って、その場を去っていった。

 アレンはその場で空を見上げる。

 穏やかな日差しが心地いい。

 アレンの心にはその穏やかさが、かえって強い風を吹かせていた。




 アレンの天幕にクリスティーナが訪ねてきていた。

 このところ3日に一度はやってくる。『閣下』からの手紙を届けに来るのだ。

 今日で通算5通目。内容はこれまではアレンにとって重要なものではなかった。いわゆる『恋文』というやつである。

 アレンは辟易としながらも、あんまり放置するのも可哀そうかなと思っていたところに5通目が来た。

 一応内容を確認すると、今回の手紙は重要なことが一つ書かれていた。

 「次の輸送隊が約束の品物を持ってくる」という一文だ。

 直接書かれてはいないが、取りに来いということだろう。

 あまり顔を見たいとは思わないが、このところの殊勝な手紙の件もあったので、アレンは顔を出すことに決めた。

 一肌脱ぐつもりはないが、『閣下』にもご褒美があってもいいだろうと思ったからだ。




 武琉の日常は大きく変わっていた。雑用の比率が極端に下がって、病院棟の中にいる事が多くなっている。

 暇を見て心肺蘇生を教えたり、衛生に関する話をしたりする機会が圧倒的に増えたのだ。

 アルコールによる消毒、煮沸消毒、この手の考え方がこの世界にはなかったが、少なくともこの病院棟では実践されつつある。


 武琉の魔法使いとしてのデビューは衝撃的ですらあった。天賦の才と言われるのもその通りかもしれない。

 だが、能力は普通の魔法使いと変わらない。できることが特別、というわけではないのだ。

 普通の駆け出し魔法使い。それが彼の今の立場だ。

 彼が夢見たズルし放題(チート無双)は夢でしかないことを思い知らされていたが、それでも武琉にとって魔法を使えることが『凄い』ことなのは変わらなかったし、魔法を使うこと自体が楽しかった。




 それから4日後、いつものように病院棟スタッフが集まってアレンも含む6人で食事を取っていた時のことだ。

 珍しくアレンが聖職者の格好をしていた。武琉がこの姿を目にするのは2回目。ちゃんと見るのは初めてである。

 武琉は少し落ち着かなかった。『あの時』のことを少し思い出したからである。


「昨日の補給で、要請してあった巻物(スクロール)が届いたんだ。明日、タケルの送還を試してみようと思う」


 4人の救護兵(メディック)が一斉に声を上げる。

 口々に「良かったじゃないか!」と武琉の肩を叩いた。

 彼らは心から武琉が元の世界に戻れることを喜んでくれている。それが武琉には伝わる。

 すごくうれしい反面、素直に喜べない自分がいる事を感じた。


「アレン先生、この後少しお時間を頂いても良いですか?お話ししたいことがあるんです」


「なんだろう、別に構わないよ」


 アレンは二つ返事で応じた。

 他の4人は武琉の雰囲気を察したのだろう、食事の後片付けを始める。


「今日の月は綺麗だよ。せっかくだから外で話を聞こうか」


 アレンはそう言って椅子を両手にそれぞれ一脚もって、天幕の外に歩きはじめる。

 武琉は4人に「また後でね」と短く告げると、アレンを追って外に出た。


 砦の城壁の上に浮かぶ満月。

 武琉は月の明かりがこんなにも明るいのだと改めて実感した。

 青白い光が、城壁の影をくっきりと足元に描き出し、周囲の景色は昼間ほどではないにせよ、はっきりと見ることが出来る。


「どうだい?綺麗な月だと君も思わないか?」


挿絵(By みてみん)


 アレンが武琉を振り返っていった。

 その光景に改めて息をのむ。

 振り返ったアレンの横顔が月の光に浮かび上がるように輝いて見える。

 綺麗な顔立ちだとは思っていたが、月光を浴びるアレンの姿は、美しいという言葉では言い表せないと思った。

 白の神官のローブが光の輪郭を描いて、そこに微笑みを浮かべているアレン。

 そう、これは幻想的(ファンタジー)。武琉にとってファンタジー以外の何物でもなかった。


「話って何だい?」


 アレンは椅子を置いて座り、武琉にも座るように手招きながら尋ねてきた。

 武琉はアレンの隣に並ぶように座り月を眺める。

 少しの沈黙が流れた。


「アレン先生は、なんでここにいるんですか?」


 武琉はアレンに尋ねた。

 アレンは少しだけ武琉の質問の意図を考えてから答えた。


「そうだね。ここが僕の居場所だと思うからかな」


「居場所、ですか」


 武琉にとっては少し意外な答えだった。

 エルフはアレンしかいない、ここは人間の文化圏なんだと思う。だとするとアレンがここを自分の居場所という理由が分からない。

 アレンは少し間を置いてからそれに答えた。


「そう、居場所。

 こんなろくでもない戦場のど真ん中だけど、ここは僕にとって居心地のいい場所なんだ。

 ここでは、僕は必要とされている。へなちょこ神官で、たいして奇跡を使える訳でもなく、エルフである僕を必要としてくれる」


「そんな……先生は立派にみんなを助けてるじゃないですか。沢山努力されてるじゃないですか。誰も大したことないなんて思ってませんよ」


「そうだね。タケルの言う通りかな。だからここが僕の居場所になってるんだよ」


 アレンの言葉に武琉は混乱する。武琉が言いたいのはそんな事じゃないのに、アレンに伝わっていないように感じたのだ。

 何と言えばいいのだろう。武琉が考えているとアレンは言葉を続けた。


「タケルはここにいて自然になったね。そして充実しているように見える。だからタケルは自分の世界に戻るべきか迷っている。そうだね?」


「どうして、それを…」


「ここが僕にとっての居場所なように、きみにとっても居場所になりつつある。そう思うからさ」


 ここで武琉は一つ納得した。この人にとってこの場所にいるのは、自分が異世界にいるのと状況的には変わらないのだ。

 自分はどこから見ても普通の人間で違和感はないが、アレンはエルフで、見ただけで種族が違うことが分かってしまう。

 ある意味アレンの方が孤独を感じるのかもしれない。

 だからこそ、異世界に紛れ込んでしまった自分の心情を理解してくれるのだ。

 武琉は自分の想いを語り始める。


「ここにきて、常識の違いに驚いて、こんなところで生きていくのは無理だと思いました。

 だけどアレン先生に支えてもらって、ラルゴやティナ達に支えてもらって、少しずつ慣れて。

 そのうち病院棟以外の普通の兵士の人たちからも気軽に声をかけてもらえるようになって。

 すこしは周りの役に立ててるって思えるようになって、充実感を感じるようになって。

 なんて言えばいいんだろう。みんなを仲間だって思える気持ちが強いんです。

 俺だけ無事に帰りました、よかったねって、何か、違うと思うんです」


 アレンは目を閉じて武琉の言葉を聞いていた。

 そのままで一呼吸置いてから答えた。


「タケルの気持ちはよくわかるよ。僕もそうだから。

 最終的に決断をするのは君だ。君が決めたのだったら、僕に言う事はない。僕は君の決断を尊重したいからね。

 だけど、君は迷っている。

 取り返しのつかない選択って、生きてる中でそんなには多くないと僕は思っている。間違ったとして、たいていの事はやり直せる。

 それでもやっぱり、間違えられない選択ってあるんだよね。

 今回の君のする選択は、間違っちゃいけない選択だ。期間を先延ばしにすれば、それだけ帰還できなくなっていく。

 その選択が無くなる可能性があるんだよ。

 君はこの世界にきた頃、選択することを恐れる傾向が強かった。それはきっと君のいた世界がこの世界よりもタイトなんだからだと思う。

 君はここにきてまだひと月だから、そう言った部分なんかも考えれば早く戻るべきだ。

 それに、このひと月で仲間と呼べる人が出来たんだ。22年間暮らした世界には、もっと大切な人がいるはずだしね」


 アレンはゆっくりと目を開いて武琉を見る。武琉はアレンと目が合い、動けなくなる。

 そしてアレンは微笑んでから言葉を続けた。


「早いうちに戻るチャンスが来たんだ。試してみない手はないよ。

 それに、100%帰れると決まったわけじゃないからね」


「え?そうなんですか?」


「そうだよ。僕もジェンソン士長も可能性は高いと思っているけど、100%とは言い切れない。

 君の世界がどこかにあるのは疑う余地がないけど、ここから近くはないこともたぶん間違いないからね。

 そこまで送り返せるのかは、やってみないと分からないよ」


「わかりました、先生。明日はよろしくお願いします」


「覚悟が決まった?」


「はい。それでだめだったら残ればいいと思います」


 武琉に迷いはなかった。


 天幕に戻ると4人が待ち構えていた。

 彼らに言わせるとお別れ会だそうだ。

 こっちの剃刀は俺には扱いが難しくて綺麗に髭を剃る自信が無かったので、放置していた。

 ジェシカが髭を剃ってくれて、髪の毛も切ってくれた。

 来た時よりも短髪になったが、ぼさぼさよりは多分マシだと思う。

 それからこの一か月の話を振り返って大いに盛り上がった。


 皆が寝静まった後、武琉は日記を書いていた。

 少し時間がかかったが、出来栄えは悪くないと思う。

 それから眠りについた。

 興奮するかと思っていたが、自然と眠りにつく。

 寝れるときには寝る、という習慣が、身についている証拠だった。


 翌朝になり、一月ぶりにスーツに袖を通す。

 朝の早い時間、病院棟の6人とジェンソン士長がその場にいた。


「タケル、魔法の力が君を強く押そうとするけど、それに抵抗はしないで、力に任せて。失敗の可能性が下がるから。

 あと、その時に自分の世界を強く思って。その方が上手く行くと思うから」


「はい、先生。色々とありがとうございました」


「そのセリフは成功してから……成功したら聞けないか。うん、分かった」


「タケル、また遊びに来いよ。その時は何か土産を持ってきて」


 ティナがそんな事を言う。方法もわからないのに。でも、野暮なことは言わない。


「分かりました、その時はこっちでは食べられないようなモノ持ってきますよ」


「んじゃ、はじめようか」


 アレンは武琉から数歩の所に立って、その後ろに他の面々が並ぶ。

 ゆっくりと巻物を開くと、いくつかの言葉を述べた。武琉に意味は分からないが、それが魔力を構築する言葉だと理解できた。


月の神(デミムア)に願う。御身の奇跡の力によって、この者を在るべき世界に送り届け給え。送還(ディスミサル)!」


 巻物が激しく光り、魔力が流れ出してくる。

 武琉の足元を這いながら異世界へつながるゲートを構築した。

 ゆっくりと体が沈んでいく感覚。それに身を任せる。

 目を閉じて自分の世界を思い浮かべる。黄色い電車、巨大なターミナル。大きな並木道。

 ふっと意識が飛ぶのを感じた。


 武琉の体が光に包まれたかと思うと、ふっと消えた。


「たぶん上手く行った」


 アレンは呟く。


「すこし寂しくなるね」


 ジェシカが呟いた。

 アレンがみんなに告げる。


「1週間以内に恐らく大規模な戦闘が発生します。そうなると休憩も取れませんからね。それに備えてしっかり休養を取ってください。

 あと、普段よりも準備する品目を増やしますから、忙しくなりますよ。タケルに『俺がいないとダメじゃないですか』って言われたくないですからね」


「そうっすね。俺たちも頑張らないと」


 トーマスが答えた。


 一同は慌ただしく仕事を続ける。夜になり武琉の使っていた寝台に、彼の日記があるのにティナが気づいた。

 アレンに届けるが、当然ながら日本語は誰も読めない。

 なのだが、へたくそな共通語で一言書いてるのを見つけた。


『私を読んで』


 アレンは翌日に言語理解の奇跡を準備し、それを用いた。

 日記は初日に書かれたのみ。他は全く日記はつけられていなかった。

 『私を読んで』と書かれたページにはこんな書き出しがあった。


むかしむかし、あるところにウサギとカメが暮らしていました。


 アレンはそれが『モシモシカメヨカメサンヨー』の元になったお話である事にすぐ気が付いた。

 アレンは呟く。


「日記が一日だけというのもタケルらしい」





 その日の4日後、激しい戦いが始まった。

 後に語られるラウレンダ防衛戦である。

 防衛兵力900に対して、エレンディア伯爵の軍勢8500。

 二日間にわたり黒鷲男爵軍は防衛したが、ついには砦は陥落した。

 双方に甚大な被害が出たが、詳細は明らかではない。



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