7:俺はこうして魔法使いになった
2025/03/12 誤字を修正しました。
武琉がここに来て2週間になろうとしていた。
毎日のように武琉に任される仕事が増えていった。
4、5日に一度、小競り合いがあって、そのたびに怪我人が増えていく。
もともとここにいた4人にはまだ遠く及ばないが、アレンの補佐ができるくらいにはなっていたし、血にも慣れた。
武琉の経験する4回目の修羅場がやってきた。
「まだドンドン来るよ、処置台を開けて!」
ジェシカが叫んだ。
ラルゴと武琉は二人がかりで、横たわっていた患者を運ぶ。
「重症度3!こっちの患者を先にお願いします」
ティナが入り口付近で叫ぶ。
ジェシカとトーマスが駆け寄り、ティナが指示した患者を診察台に運ぶ。
アレンはその患者の状態を確認する。
「大丈夫だ助かる、君は運がいい!神よ、奇跡の業を!中等傷の治癒」
アレンは兵士に声をかけてから、奇跡を神に願った。その声に奇跡の力は応えて、兵士の大きくえぐれた足の傷が塞がっていく。
「ごめん、これ以上の奇跡は僕には無理だから、少し痛いけど我慢して。大丈夫、君は助かったのだから」
アレンは兵士にそう告げると、ベッドに移送するように指示を出す。
ラルゴとトーマスがベッドへと運んでいく。
「奇跡はネタ切れ!あとは出来ることをできるだけするよ!」
アレンが武琉を含む救護兵たちに声をかける。
テントの入り口で、兵士の叫び声が聞こえる。
「今の今まで生きてたんだ。頼むよ、こいつを助けてやってくれ」
前線から負傷者を連れてきたのだろう、肩を組み引きずるように運ばれてきた兵士の横に立つ男が、ティナに懇願しているのが見えた。
「手遅れよ。心臓が動いていない。彼女は死んでいるわ」
悲痛な声がティナから発せられる。
「そんな、何とかならないのか?傷は小さいし、こんなに綺麗なんだぞ?死んでるだと?嘘だ!」
男の叫びがテント内にこだまする。
武琉はその場に駆け寄り、横たわる女性兵士を確認した。
ランタンの明かりを使って、瞳孔をチェックする。
「ティナ、彼女を少し横に動かして、胸の鎧を外してください!」
「タケル、助けてあげたい気持ちはみんな同じよ。でも…」
「助かる可能性があります。絶対とは言いませんが今なら間に合う。早く」
武琉の形相にティナが指示に従う。
武琉は彼女の顔を横に向けて口の中に指を入れる。
少量の血と唾液。気管が詰まっている形跡はない。十分すぎる体温を感じる。
再び兵士の顔を正面に向ける。
兵士の首の後ろに右手を添えて、頭の角度を変える。左手で兵士の鼻をつまんでから、大きく息を吸ってそのまま口で兵士の口をふさいだ。
「タケル、何を?」
ティナの問いかけに武琉は応えない。応じられるわけもないが。
一度口を離してから、再び息を吸って兵士に送り込む。
それから頭をそっと下ろし、横たわる兵士の上に馬乗りになって、胸部を繰り返し圧迫し始めた。
「
もしもしカメよカメさんよ
世界のうちでおまえほど
歩みののろいものはない
どうしてそんなにのろいのか
」
同じフレーズを2回繰り返し、リズミカルに胸部を強く圧迫し続ける。
武琉は心の中で叫んでいた。
動けよ、動けよ、うごけえええええ!
「げほっ、げほっ!」
大きくせき込んだ後に音がするほどの大きな吸気音。
「ティナ、ヒーリングポーションを!今なら…」
武琉の体が不意に押し上げられ後方に倒れた。
そのまま床に転がったところを思い切り蹴り飛ばされる。
武琉には何が起こったのか分からなかった。
ティナは死んだはずの兵士が息を吹き返し、武琉を蹴り飛ばす様子を見ていた。
彼女にも何が起こったのか理解できない。
武琉を蹴った女性兵士は、そのまま意識を失ったので、慌ててヒーリングポーションを飲ませる。
魔法薬は効果を発揮し、左腕内側の傷が塞がり、彼女の血色が回復した。
ティナは、いまだ信じられなかった。
間違いなく死んでいた兵士が蘇ったのだ。
一呼吸おいて我に返ったティナは蹴られて気絶している武琉のもとに行き、大きな外傷がないことを確認する。
「手を貸して!マリアンもタケルも問題ないわ。ベッドに寝かせてあげて」
しばらく修羅場は続いた。
イテェ。頭がズキズキする。どっかでぶつけたっけ。
そんなことを思いながら武琉は意識を取り戻した。
そうだ、心肺蘇生してて、急に倒れて…あの兵士は?
そう思ったところでベッドに起き上がろうとした。
「え?」
目前に迫る女性兵士の顔。え?え?
武琉は強烈なおはようのキスを受けた。
目を白黒させた後に唖然として離れて周囲を見ると、ティナとアレンがいる。目前には先ほどの女性兵士。
少し興奮気味の女性兵士をティナが座らせている。
ああ、そうか、蘇生上手く行ったんだ。
状況が少し理解できた。
ティナが状況を補足してくれる。
「マリアン、彼女ね。意識を取り戻したときに、あなたにレイプされてると勘違いしたらしいわ。許してあげてね」
ああ、そうだ。蘇生の最中に急にバランスを崩して蹴られたんだ。彼女だったのか。
「はい、俺は大丈夫ですから、気にしないでください」
彼女は満面の笑みで武琉に抱き着いてから病院棟を去っていった。
「打撲の跡はあるけど、問題ないよ。タケル、お手柄だよ。しかし、どんな魔法を使ったんだい?」
アレンが笑いながら武琉に尋ねた。
「えっと、心肺蘇生術、っていう技術です。停止した心臓をもう一度動かす方法、ですかね」
「すごいね!それで死んだ人を生き返らせることが出来るなんて」
「えっと、確かに凄いかもしれませんけど、色々と制約があるですよ。
ここではあんまり役に立たないかもしれません」
「え?どうして?」
「僕たちの世界では病院に科学的な機械類が沢山あって、高度な治療が行えます。
輸血したり、必要なら人工心臓で状態を維持させたり。
心肺蘇生術って心臓を再度動かすこともあるんですけど、どちらかといえば、ちゃんと再始動させるための時間稼ぎ的な意味合いが強いんだと思います。
血流を無理やりにでも維持することで、体組織の破壊を遅らせることが出来るって聞きました」
「でも試してみた。で、実際に一人の命を救った」
「そうですね。直前まで生きていた、傷が小さい。そう聞いて出血性ショックだと思いました」
「出血性ショック?」
「はい。人間の体から30パーセントの血液が失われると、非常に危険な状態になるそうです。
なので心臓さえ動いて生きている状態なら、魔法薬の効果が期待できる。
ワンチャンあるな、と思ったんです」
「なるほどね。的確な判断だった。もう一つ聞いてもいいかな?」
「ええ、なんなりと」
「胸を圧迫してる時に、『モシモシカメヨカメサンヨー』だっけ?あれって呪文か何か?」
武琉は思わず噴き出した。誰かに向かって話していないときって、言葉が通じないのを知った。
「えっと、呪文というよりは、掛け声に近いですね。僕たちの世界の昔話をもとにした童謡で、心肺蘇生のリズムにちょうどあうそうです。
誰でも知っているというのも採用された理由みたいですよ」
「どんな話?」
「えっと…」
そこで会話がティナに遮られる。
「軍医殿、休憩は終わりです。処置を続けないと。タケルはもう少し休んでて。私たちで大丈夫だから」
そう言い残してアレンを引きずっていった。
武琉は少し昂揚する自分に気が付いていた。
病院棟の中は未だ騒然としていたが、彼は今まで感じたことのない達成感と充実感に満ちていた。
その翌日、武琉はジェンソンの元に来ていた。
アレンの勧めもあって、魔法の基礎を学ぶことになったのだ。
3日間という限定的な時間であったが、アレンは魔法に触れてみることが大事だと考えていた。
武琉も新しい体験ができることに、大いに期待してやる気十分であった。
説明を聞くのは問題ない。根本的な魔力の定義を科学的に考えなければ、理論として成立してるのは分かる。
幸いなことに理系の基礎知識が必要な訳でもない。
ただ一つだけ、そして致命的な問題があった。
この世界の文字は全く読めないのだ。
この世界にもいくつかの言語があり、それぞれの言葉に文字がある。
会話では問題のない共通語の文字も全く読めない。ほかの言語も、魔法の行使に必要な魔法文字も。
初日の終わりに差しかかった時間に、
「魔法使いが最初に覚えるのが、この魔法を読むの呪文だ」
ジェンソンは一本の巻物を手にして言った。そして説明が続く。
「これすら読めないのであれば、巻物は使えない。使えないという事は魔法を覚えることが出来ない。
言い方を変えれば、これを読むことが出来て、正しく魔法が発現するようなら、魔法の才能があるという事になる。
もっとも、普通は1年くらいかけて、魔法の本質を感じる所から始めるのがセオリーなのだがな。君にはあまり時間がないという事情がある」
武琉は唾をのむ。これで魔法の才能があるかないかがはっきりする。
ゆっくりと巻物開いてから、そこに書かれた呪文を見る。
えっと…うん、全く読めない。才能があるとかないとか以前の問題な気がした。
諦めて巻物を閉じようかと思ったとき、ふっと、何か閃きのようなものを感じる。
その瞬間にその文字に隠されている違和感を感じた。
これは文字じゃない?
目を閉じて、その違和感の正体を探ろうと試みる。
不思議と落ち着いていて、その違和感が巻物から手を通して自分の中に流れていくのを感じた。
これが、魔力?
目を閉じている状態なのに、そこに何かが流れているのを感じる。
その流れがこの世界を形作るもの全てに感じられる。
武琉は何かをつかんだ。
そう。これが魔力。
疑念が確信に変わる瞬間、いくつかの魔力の流れがイメージできた。
普段手足を動かすように、どうやって動かしているのか原理なんて説明できないけど、手足は動かせる。
魔法も同じだ。魔力とその流れを意識できれば、魔法は発現する。
たった今、俺は魔法使いになった。
武琉は手にしていたスクロールをゆっくりと丸め直した。
「どうした?読めなかったか」
ジェンソンがその様子を見て尋ねた。
「はい、残念ながらこのスクロールは読めませんでした。でも、魔法は使えるようになったと思います」
その言葉をジェンソンは驚きの表情と共に問いただした。
「魔法を使えるようになった?」
「はい、試してみたいのですが、どうすればいいでしょうか?」
「では、まず確認しよう。タケル君、君の中にある魔法の名前、あるいは、どういう魔法かを説明してもらえるか?」
「はい、初級が、魔法解読、修理、伝言、明かり、奇術の5つ。第一段階のものが、見えざる従者、ロープを操る、羽毛の降下、小さな電撃の4つです」
「それがどういう魔法なのかは理解できているね?」
「大体は理解できていると思います。細かい部分までは断言できません」
ジェンソンは少し考え込んだ。
いくつか呟いてから、武琉に言った。
「慣れないうちは、魔法の行使には若干の危険を伴う。一度外に出るか」
そう言うと机の引き出しから、いくつかの品物を小袋に詰めて、武琉とともに外に出た。
外に出て、ジェンソンはまず一枚の紙を武琉に見せる。
「魔法解読を使って、これを読んでみなさい」
その紙にはいくつかの魔法文字が書かれている。当然だがこのままでは武琉には読めない。
武琉は一つ深呼吸をしてから、自分の内側に意識を集中させる。
行使しようとする呪文が自分の中で魔力の流れによって、構築されていく。
自然と体が動き、両手を天に伸ばしてから自分の前で合わせる。合掌の姿勢だ。
同時に口が開く。
「魔法解読」
体の中に構築された魔法が弾けて、体中に拡散していく感覚。
ゆっくりと目を開き、掲げられた紙を見る。
『世界よ、こんにちは』
「世界よこんにちは。ですね。Hello World.の方が正しいでしょうか」
「二つ目に言った言葉はよくわからんが、別の言い方をしたのかな。正解だ。ようこそ、魔法の世界へ。
この一文は魔法を学ぶものが目にする最初の言葉、ある種の慣習みたいなものだよ」
なんかどこかで聞いた話な気がする。えっと、確か…そうだ、ハッカーって言葉が定着する以前は、天才的プログラマーを魔法使いと呼んだんだっけ。これって、偶然なのだろうか?
そんなことを思っていると、急に立ち眩みに襲われる。
「一度座りなさい。魔法の使い初めにはよくあることだ。魔力酔いなどと言われる症状だよ。
訓練すれば徐々に起きなくなるはずだ」
魔力酔い。そう言う事もあるのか。
「君に魔法の才能があることが証明された。おめでとう。だが、私が教えられることはもうない」
座り込んだまま武琉はジェンソンに尋ねた。
「それはなぜですか?」
「それは君が、魔導師ではなく精霊使いだからだよ」
「申し訳ないが、おっしゃってる意味が俺にはわかりません」
「私のような魔導師は、知識と理論によって魔法を組み立てる。緻密に計算された魔力の制御を行うのだ。
それに対して精霊使いは、使う魔法の種類こそ同じだが、その考え方が根本的に異なる。
精霊使いは、感覚で魔法を使えるのだよ。ある種の天才と言ってもいい」
武琉は思った。もしかしてこれは不正行為プレイのフラグか?
「一般的に先天的魔法使いである「精霊使い」は幼少期に片鱗を見せ始める。
家の中で小さな厄介ごとが起こるようになる。
そのうちにその力が自分の影響と知って、制御することを覚える。普通は数年を要するのだよ。
それをお前は一瞬にしてこなしてしまった。天賦の才とでも言うべきかな」
天賦の才、キターーーー!
「いい時間だし、今日はここまでにしよう。明日は君が覚えた魔法の詳細な使い方と注意点を伝えることにする。
伝えなくとも、使えば自然と覚えるだろうから、教えることでもないがね。あとは自ら研鑽するしか方法がないからな」
「はい、努力します、師匠!」
「師匠か。いい響きだが、君は私の弟子ではないよ」
「ですが、魔法を使えるようになったのは貴方のお陰です、師匠と呼ばせてください」
ハイテンション気味の武琉に、ジェンソンは苦笑しながら答えた。
「好きに呼んでくれて構わんよ」
「では師匠、今日これで失礼します」
武琉は一礼してから、病院棟に向かって走る。
天幕に飛び込むと、奥の事務机に座って書類をチェックしているアレンが見えた。
武琉はアレンを指差しながら、魔法を構築して放つ。
「伝言」
そして小声でしゃべった。
「俺、魔法使いになりましたよ!」
天幕の反対側で椅子を引く大きな音がして、アレンが何かを口にしたようだった。
メッセージの魔法は相手からの返答も聞き取れるのだが、アレンが何を口にしたのか、武琉には聞こえなかった。
彼はメッセージを伝えた直後に、激しい吐き気に見舞われてテントの外に飛び出したからである。
少し調子に乗り過ぎたかな……
武琉は吐き気が収まるまでの間、涙目で過ごすことになった。