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5:駆引き ≪タクティクス≫


「御心のままに」


 そう言ってクリスティーナは武琉を連れて、出て行った。


「さて。神官殿。貴殿のお願い事とやらを聞こうか」


 椅子に足を組んでふんぞり返り、出た腹を隠そうともしない。尊大を絵にかいたような姿勢で、『閣下』は言った。

 いびつに口元をゆがめて、ニヤニヤしながら、くすんだ金髪と同じ色の口ひげを弄って、アレンの返答を待っている。


「ありがとうございます、閣下。では遠慮なく申し上げます。

 実は個人的な魔法の実験を行いたいと考えております。そこで『送還(ディスミサル)』の巻物(スクロール)が欲しいのですが、私の財力では手に入れられません。閣下にお願いというのは、軍の物資を要請して、私のための2枚入手していただけないでしょうか?」


「ほう。神に使える身で魔法か。その上私的な実験と。それを横流ししろというのか?随分と強欲よな?」


「はい、お恥ずかしながら、好奇心に抗うことが出来ません。罪深きことと自覚はありますが、閣下を頼るよりほか、手立てが思い浮かびません」


「ふむ。貴殿の判断は必ずしも間違いではないだろう。して、貴殿は見返りに何を寄こすのか?」


「私は黄金に変わるような価値あるものを持ち合わせておりません。

 ですので、この身をひと時、お預けいたします。死んでしまっては意味がありませんので、命を捧げるわけにはまいりませんが、ご自由にお使いください。

 願わくば、お情けにすがり、可愛がっていただければ、私にとても幸いにございます」


 そう言ってからアレンは深く一礼する。

 にやにやとしながら『閣下』は値踏みをするようにアレンを見ていた。

 これ程綺麗な顔をした、エルフ。しかも神官が自由にできる。本物の神官がだ。

 これは金で買えるものではない。

 恩を売っておけば、何かの際には役立つだろう。

 欲しがっているのは中等程度の巻物。軍の物資にあるだろう。それをこちらに回してもらうなど、それほど難しいことではない。

 ひとしきり考えたのちに、『閣下』は言った。


「そうはいってもな、軍事物資を横流しするのは大罪。それをそそのかすとは自らも大罪を犯すことになるが?」


 『閣下』が言ってすぐに、扉をノックする音が聞こえる。


「誰か?」


「クリスティーナにございます」


「入れ」


 短いやり取りの後に武琉を送り出してきたクリスティーナが戻ってきた。

 『閣下』は自分の脇を指さして、クリスティーナにここに立てと指示を出す。

 その様子を見てからアレンは答えた。


「はい、閣下と私の悪だくみとなれば、双方が口を割らぬ限り漏れる事はないでしょう。

 これは私の罪であり、閣下の罪となります。地獄に落ちるときはともに、でございます。

 取引として公平ではないかと考えます。

 また、そちらのお嬢さんには証人になっていただきたいと考えましたので、お残り頂きました」


 クリスティーナを証人に?ワシにとってなんと都合の良いことか。このエルフ、さほど頭が回らぬようだ。

 その条件なら、こちらはいくらでも口裏を合わせることが出来る。何かの時はこのエルフに罪を着せれば済むだけの話だ。


 頃合いだな、とアレンは思った。


「ご納得いただけませんでしょうか?でしたら私が提供できる商品を品定めしてください。

 先ほども申しましたが、私にはご提供できるものがこれしかございませんから」


 アレンはそう言ってから立ち上がる。

 両肩にあるそれそれ二つの留め金を外してから、肩を縮めるような動作をする。

 次の瞬間。アレンの純白のローブが、さっと衣擦れの音を立てて、足元に落ちた。


「おお……」


 『閣下』は思わず感嘆の声をあげた。

 そこに立つアレンは窓から差し込む光を浴びて、肌は透き通るほど白く、輝いて見えた。それは、神話の世界から出てきたような神々しさすら感じさせるものだった。

 『閣下』はおろか、クリスティーナもアレンから目を離せなくなっている。

 神官が、突然自分の目の前で肌を晒しているのだ。衝撃的な光景なのは間違いない。

 アレンはその場に再び跪き、『閣下』に問う。


「いかがでございましょう閣下。私はこれ以上何も持ちませぬゆえ、これで納得いただけないのであれば、この取引は成立いたしません」


「よい、貴殿の取引を受けようではないか」


 『閣下』が即答する。


「でしたら、お手数ですがクリスティーナさん。これから言う言葉を繰り返してください。

 『送還の巻物2本と、アレンの体の取引は、今この場で成立した』と」


 まだ状況を呑み込めず、困惑するクリスティーナ。


「神官様、私はこの方の…」


「黙れクリスティーナ!、神官殿の言葉を繰り返すのだ!」


 強い口調でクリスティーナの言葉を遮り、『閣下』はクリスティーナに命令した。

 クリスティーナは震える小さな声で、


「送還の巻物2本、アレンの体。取引は成立した」


「ありがとうございます、クリスティーナさん」


 アレンはクリスティーナに向かって微笑みながら礼を言った。

 なんで?私が奴隷だってわかってるでしょうに?これは公平な取引ではないのに。なんで笑っていられるの?

 クリスティーナは声にならない声で訴えた。


「アレン殿、こちらに参られよ。いつまでもそんなところにいては寒かろう」


「お心遣い、感謝いたします」


 アレンはそう言ってから『閣下』の指し示した『こちら』に向かう。


「ほう、甘い花のような香りがするのだな。エルフとはそういうものなのか?」


「お戯れを、そのような香は用いてはおりません…閣下…もうすこし、優しく……」







 それから2時間ほど経った頃だろうか。アレンは寝台から降り、再びローブを身にまとった。

 寝台の上には横たわる『閣下』とクリスティーナ。

 アレンの動きに気が付いたのか、『閣下』が身を起こす。


「アレン、どうしたのだ。まだ夕刻、夜は長いのだぞ?」


「はい閣下。その通りでございますし、私としても名残り惜しゅうございますが、刻限が参ったようですので」


「つれないことを申すな。どうだ、ワシの元で暮らさぬか?軍医などしておるよりもっと楽に、もっと贅沢に暮らせるぞ」


「そのようですとご満足いただけたご様子。私にとって僥倖でございます」


「うむ、お前が言った通り、万一お前を始末しておったら、さぞや後悔したであろう。はようここに戻れ」


「それは違います、閣下。私の口封じをなさっていたら、閣下はご満足されることはなかったでしょう。ですので私はそう言う意味で言ったのではありません」


「ではどういう意味だったのだ?」


「迎えが来ているようです。物資の搬入も終わったのでしょう。窓の外をご覧になっていただけますか?」


 『閣下』は寝台から抜け出して、窓から外を眺める。


「これはどういうことだ?何が起こっている?!」


 この部屋は2階にあり、窓の下はちょうど司令部の入り口辺りだ。

 そこに集まっている群衆。兵士たち。

 すべての兵士が建物を囲むように武装している。今の所争いごとは発生していないようだった。


「彼らは私の顔なじみ、友人たちです」


「貴様、ここに来る前に仕込んでおったのか?!」


「いえ、私が使える神に誓って、そのようなことは致しておりません」


 アレンが深く一礼する。


「では、あれはどういうことか?迎えが来たと申しておったではないか!」


「過去にも一度あったのです。似たようなことが。その時はもう少し危険な状況でしたが。

 今であれば彼らに落ち着いてもらうことも難しくないでしょう」


「ワシを、脅すのか?!」


「滅相もございません。私は彼らに『司令官閣下は大変親切な方で、公平な方だ。私も大変よくしていただいた』と伝えるつもりです」


 『閣下』顔が青ざめて見える。これだけの兵士が一斉に暴動でも起こしたら、無事では済まない可能性が高い。


「ご安心ください。彼らは私の友人です。嘘偽りのない私の言葉を聞けば納得してくれますし、閣下の信頼も厚くなるでしょう。

 私は契約を履行し、閣下はご満足なされた。ここまでは、まさに嘘偽りはないかと存じます。

 後は閣下に約束を履行していただければ、誰も損をしない、完璧な取引となります」


「こうなることが分かっていて、取引を持ち掛けたのか……」


「分かってはおりませんが、予想はしておりました。なのでひと時と申し上げたかと思います」


「ワシをどうするのか。兵士に殺させるつもりか?」


「なぜそんなことをする必要がありましょうか?閣下には約束を守っていただかねばなりません。あまり長くは待てませんが、閣下のお力をもってすればそれ程の時間は必要ないでしょう。それに、今後なにかおねだりをしたいと思うことがあるかもしれません。

 その時は今回のように公平な取引をしていただきたいと思っております」


「軍医殿、貴殿の話は理解したつもりだ。約束は必ず果たそう」


「ありがとうございます、閣下」


「クリスティーナ、いつまで横になっておるか!、早々に身支度し、アレン殿を下までお送りしろ!」


 『閣下』は癇癪気味にクリスティーナを怒鳴りつける。

 クリスティーナは慌てて起き上がると脱ぎ捨てられていた服を慌てて身に付けていた。


「クリスティーナさんにあまりつらく当たらないで上げてください。奴隷とは言え、法で守られております。

 これはわたしからの小さなお願いでございます」


「ああ、善処する」


「閣下の寛大なるお言葉に、感謝申し上げます。閣下への恩義には報いますので、私目をご信頼いただけると幸いです」


 アレンは再度深く礼をした。


「申し訳ございません。支度が出来ましたのでお送りいたします」


 クリスティーナが主に向かって深く一礼した。

 『閣下』はその姿勢のまま手を振った。出ていけの合図だ。


「すぐに戻ります」


 クリスティーナは自分の主にそう言って一礼し、アレンに向かい小さく「ご案内します」と言った。


「閣下、今宵は本当にありがとうございました。これにて失礼いたします」


 扉の前で一礼して部屋を出た。

 


 階段を下りながらアレンはクリスティーナに話しかけた。


「ごめんね、巻き込んじゃって。あなたがいてくれたので、少し楽が出来ました。ありがとう」


 クリスティーナには言っている意味が分からない。


「お礼を申し上げるのは私の方だと思います。神官様。釘を刺していただいたおかげでしばらくは酷い扱いを受けることはないでしょう」


「そう、本当にごめんなさい。今日もつらかったでしょう」


「なぜ奴隷身分の私に気を使ってくださるのですか?」


「他人事と思えないからだよ。できれば君の境遇も何とかしてあげたいけど、今は手立てがないんだ」


「他人事とは思えない?」


 クリスティーナは再びアレンに問うた。

 アレンは少し考えてから、クリスティーナに答える。


「ええと、まず先に一つだけ約束してほしい。

 自分なんかとか、奴隷だから、とか思わないで欲しい。自由になる日が来ることを信じてほしいんだ」


「自由になる日を信じる?」


「そう。そうすればきっといつか自由になれるよ」


「神官様は預言者でいらっしゃるのですか?」


「アレンで良いですよ、僕は大した神官じゃありませんからね。ましてや預言者でもありません」


「ではなぜ、そこまで断言できるのですか」


「それはね。他人事と思えないって話とつながるんだけどさ。僕もかつては性奴隷だったからです」


 クリスティーナが声を失う。

 少しだけ腑に落ちる部分もあったが、それでもその言葉をうのみにはできなかった。


「そんなはずは……あなたのような立派な方が……」


「立派な聖職者は色仕掛けなんかしませんよ」


 アレンは苦笑いする。


「ですが、神官…アレン様は、あの男性を助けるために、身を挺された」


「適材的所、ですかね、あとは効率?ああ、これでは意味が分かりませんね。

 彼は多分こういうことには向いていない。いや僕が向いてるって話じゃないですよ?

 僕の方が確実に耐えられるのは間違いないと思います。だったら僕が供物になった方が随分とマシだとは思いません?」


「そうかもしれませんが、簡単にできる事ではありません」


「高く評価してくれるのは嬉しいですよ、クリスティーナさん。でも、そんなに大したことじゃないんです。

 最近になって思うんですよ。性奴隷だったことが無駄ってわけじゃなかったんだって」


「前向きなのですね」


「昔は色々と思いましたよ?でもね、今になって見れば過酷でひどい所でしたが、今の僕を育ててくれたんだとは思えるようになりました。

 まだ、感謝したいとまでは思いませんけどね」


「私にはアレン様のように達観は出来ません」


「ええ、それでいいんですよ。達観なんて人生終わる前で十分です。ですからこそ、今を生きてください。

 その為に明日を信じてください。貴方は若く美しい、そして何より聡明だ。5年10年たってもあなたの美しさは損なわれないでしょう。

 そしてこれも断言しちゃいます。そのころにはあなたは奴隷ではないはずです」


「なんで断言できるのですか?」


「簡単です。『閣下』が長生きできる方だとは思えませんから。奴隷は相続財産にはなりません。その時点で契約は終了。晴れて貴方は自由になる」


 クリスティーナが笑った。そう、これでいいとアレンは思う。


「辛いことが続く日々があるかもしれませんが、信じてさえいれば、それはきっと叶う」


「あまり根拠のある話とは思えませんが、不思議ですね、そんな気がしてきました」


「ひどい言われような気もしますが、あなたの素敵な笑顔に免じてゆるして差し上げます」


 司令部前の玄関に到達した。


「お気をつけてお帰り下さい。アレン様」


「クリスティーナも元気でね?そのうち顔を見に来るからさ」


 そう言ってアレンは手を振り、扉を開けた。

 小さく呪文を呟き、手にリュートを呼び寄せる。彼が使える数少ない魔法だ。


「お集まりの皆さん、今日は僕のコンサートに来てくれてありがとうございます」


 ジャガジャーン、とリュートを鳴らす。

 そこに集まってきていた一同が静まり返る。


「ノリが悪いですよ?」


 そう言ってアレンはいくつかの和音を繰り返した鳴らした後に、歌い始めた。


  雨が降ったら 濡れればいいじゃない?

  寒い夜なら 焚き火を焚こうよ

  道で転んだら 立ち上がればいいじゃない?

  歩き疲れたら 一息つこうよ


  お腹いっぱい食べて ぐっすりと眠って

  大声で歌えば とにかくハッピー


 クリスティーナはこのフレーズが繰り返されながら遠ざかるのを聞いていた。

 なんだか、適当で出鱈目な歌だと思った。

 でも、それでいいんだ、そんな気もしていた。

 


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