3:ここにきてお約束の流れ、いけるのか?
食事のあと、武琉は自分の世界のことをいろいろと話すことになった。
アレンは興味津々で、ジェンソンは最初はあまり興味を示していない様子だったが、徐々に前のめりになって聞いている。
「自動車、電車、高層建築。電気にコンピューター。凄いねタケルの世界は」
「魔法が無い分、技術が飛躍的に進んでいる世界なんだな。魔法を用いずにそれらのものを実現するのは想像できない」
そう言われて悪い気はしなかった。
ふと思い出して、左手の腕時計を見て、動いていることを確認した。
それから腕時計を外して、アレンに渡す。
「スマホとか、こっちには一緒に来ていないみたいで、機械的なものってこれしか持っていないんですけど、祖父からもらった時計です。
50年くらい前のものですかね」
自動巻きの機械時計。ソーラー充電のデジタル時計の方が説得力はあっただろうが、今日つけてたのはこれだった。
「えっと、近年急速に技術が進んだって言っていたよね。これは旧時代のもの、って認識でいいのかな?」
「ええ、そうです。今はスマホに連携した小さなコンピュータみたいなものを時計として使ってる人も多いですから」
アレンはしげしげとそれを見ている。裏面から内部が見える時計の機構に興味を示した。
「旧時代のもので、この精巧さですか。ドワーフでも、こんな細かいからくりは作りませんよね。ジェンソンも見てみて」
そう言ってからアレンは時計をジェンソンに渡す。ジェンソンはアレン以上に興味深そうに見ている。
「バンドの金属は鋼のようだし、ああ、振り子の原理でゼンマイが巻かれるのか。腕に付けていると何かすれば自然にゼンマイが巻かれる仕組み。
よく考えて作られているな」
なまじデジタル機器よりはこちらの方が分かりやすかったのかもしれない。
ひとしきり眺めてから、ジェンソンは『ありがとう』と言って時計を武琉に返した。その時には先ほどの怖い顔はどこにもなかった。
その他に武琉の身分についてや、そこから学校の話、武琉の専門の話など多岐に及び1時間くらいはあっという間に過ぎていた。
そのあと、武琉はアレンとジェンソンがエルフ語で会話をするのを聞いたが、それは全く理解できなかった。武琉が理解できるのはこの世界で標準語と呼ばれる言葉だけであることがわかった。標準語さえ理解できなかったら、生き延びることはできなかっただろうと武琉は思う。
「タケル、さっき言ったんだけど、明日物資の輸送があるんだ。君が希望するなら帰りに近くの町まで送ってもらえる。
ここを出るチャンスでもあるからね。君はどうしたい?」
武琉はアレンの問いかけに即答した。
「先の事は分かりませんが、今はここに置いてください。できることはお手伝いしますので、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
アレンが一つ念を押した。
「ここは小競り合いの続く最前線だから、戦闘に巻き込まれるリスクがあるよ?それでもいいの?」
「はい。まずはここでできることを探します」
武琉の言葉に迷いはないようだった。
「うん、わかった。軍籍にしちゃうといろいろと問題が出ると思うから、僕の助手ってことでいいかな?」
「はい、お願いします先生」
「先生はいいよ、アレンって呼んで、タケル、わかった?」
「はい、先生」
こうして朝の時間は過ぎていった。
ジェンソンは自分の宿舎に戻り、武琉は早速アレンの助手として病院棟の中にいた。
「ラルゴとトーマス、ジェシカはもう分かるね。あと、こちらがティナ。僕と合わせて5人がこの病院棟のスタッフって事になる。彼はタケル。訳ありでしばらく僕の助手を務める」
武琉が最初に見た看護師さんの名前がティナだった。
アレンの紹介を受けて、武琉は一歩前に出てから、
「ご紹介いただきましたタケルです。素人ですのでご迷惑をおかけしますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げる。
それぞれが気さくに、よろしくな、よろしく、と声をかわしながら握手を交わした。
早速仕事が割り当てられた。水汲みと洗濯である。
砦に2か所ある井戸の近い方から、病院棟まで飲料用と生活用と水を汲んでひたすら運ぶ。
武琉は知識としては知っていた、桶をロープで下ろして水を汲む作業が、想像以上に重労働であることを身をもって知った。
「異世界で水汲みに洗濯か。こんな展開、普通はないよな」
自嘲気味に独り言を漏らし、あとは黙々と作業を続ける。
水汲みが終わり一息入れてから、気合を入れ直して洗濯を始める。
一人暮らしで、洗濯ぐらいはできると思っていたが、始めてみてすぐに気がついた。
「洗濯って、洗濯機がしてたんだよな」
もちろん、外でタオルとかハンカチとかに泥が付いたのを、その場で手洗いした経験はあるが、この量は……。
包帯や当て布など、比較的小さなものではあるが、かなりの量があった。
明日は負傷者が街の施設に移送されるので、シーツやブランケット類など、大物が大量に出ると聞いている。
やる前から気後れしてどうする。まずはやってみて、それから考えろ。
武琉は自分に言い聞かせて洗濯を始めた。
石鹸のようなものは一応あって、汚れがひどいところには塊をこすりつけて、ブラシでこするか揉み洗いをして、すすぎ用の桶ですすいで固く絞る。
それを繰り返して、一定量になったところで干す。
包帯や当て布、三角巾などを洗濯し続ける。お世辞にも綺麗とは言えない、使い込まれた布。
どう見ても医療の基準を満たしているとは思えないが、それが目の前にある現実。
そんなことを考える。
黙々と洗濯をする時間が、武琉にとって現実を見つめ直す良い時間となった。
仕事を終えて、病院棟からスタッフの天幕への引っ越しとなった。
もっとも、武琉には引っ越しと言える荷物はない。体一つで移動したわけだが、まず驚いた。
「男女別じゃないんですか?」
病院棟スタッフに8人用の天幕があてがわれているが、全員がここを使っている。
僕の素朴な疑問に、ジェシカがあらぬ方向から突っ込んできた。
「おや、あんた男専門なのかい?たしかにひょろっとしてるし、モテるんだろうけど」
「いえ、俺は真っ当なストレートです」
そんな会話のあと、簡単に事情を教えてくれた。結論から言うと、日常同じ部隊で行動している人を集めておくのが最も安全なのだそうだ。
男女別にしていても、事故は発生するが、部隊別だと部隊内での抑制が強く働くので事故になりにくいらしい。
「そこの寝台を使いなよ、あと着替えとかないんだろうから適当に見繕っておいた。あんたのだから好きに使って」
ジェシカはそう告げてから、身に付けていた皮鎧を手際よく外していく。
あっという間にほぼ全裸になって、固く絞った布で体を拭いている。
武琉はベッドに座り込んで、固まるしかなかった。
女性耐性が無い訳ではないが、この展開についていけない。一つ奥の寝台の所にいたティナが声をかけてくる。
「タケル、具合でも悪いの?」
「いえ、全然元気です。大丈夫ですので気にしないでください」
武琉は顔をあげずにそう答えた。
その様子に違和感を感じたのだろう、ティナが武琉に向かって歩いてく。
ベッドに座って小さくなっている武琉の前にしゃがみこんで、武琉の顔を覗き込みながら、額に手を当てた。全裸で。
「熱でもあるのかい?」
不意に触れた手の感触に武琉は驚いて顔をあげてから、目の前の光景にさらに驚き、顔を伏せた。
「いえ、本当に元気ですから。その、気にしないでください」
「ああ、そういうこと。確かに元気だよね」
武琉がビクッと体を震わせてから硬直する。
「ウブなんだねぇ、もしかして初めてなのかな?服の生地も仕立ても良いし、あんた、貴族か何かのお坊ちゃん?」
ティナがそう言って舌なめずりをする。
武琉はこの展開についていけない。予期せぬ痴女プレイ。
「ティナ、何やってんだよ、私も混ぜな」
脇から聞こえるジェシカの声。これは……ここにきて異世界転生定番のハーレム展開?!
「こういうのって、早い者勝ちじゃん?」
「そう言うなって、私も異世界の男なんて、見るのも初めてだし私も興味があるんだよ」
顔が熱い。鼓動が早くなる。ヤバい。
「タケルが困ってるだろ。それくらいにしておけ。軍医殿に怒られるぞ?」
奥からラルゴが声を掛けてきた。二人の圧が下がる。
彼の常識的な発言に武琉は救われた……救われたのか?
「でも、新人さんの歓迎って事で、身体検査はしちゃいましょう」
ティナがそう言って武琉の衣服に手をかける。
「それくらいは常識の範囲内だよな」
ジェシカがそれに続く。
「アーーーーーー」
少し情けない武琉の悲鳴が響いた。
結局、武琉はあらゆる意味において救われなかった。
イチャラブだの、濃厚だのとは程遠い、生物の実験のようなひと時を経て、落ち着いた時間になっている。
向かい合わせの寝台に、男二人、女二人で、武琉の世界の話になっていた。トーマスは当直で病院棟にいるらしい。
「あんたの世界ってのは凄いんだねぇ。錬金術みたいなのが超進んでるんだ」
ジェシカが武琉のボクサーパンツをしげしげと眺めながら、話の感想を述べる。
「いや、俺の下着で遊ばないでくださいよ」
「これも十分に凄いからさ。肌触りは上質なコットンみたいなのに、こんなに伸びるんだよ?十分凄いじゃない」
「このシャツもシルクみたいに軽いし、しなやかだよね。光沢はシルクと違うみたいだけど」
ティナが武琉のワイシャツを羽織って、感想を述べている。
「ただの化繊ですよ。化繊というのは、石油から作った繊維です」
「やっぱすごいじゃん。そんなのここじゃ多分作れないよ」
今、武琉はティナが持ってきてくれていた、普通のシャツとズボンをはいている。少し大きかったが困るほどではなかった。
ちなみに下着もこの世界のものだ。ふんどしとほぼ同じ。
武琉は着替えた時のことを思い出して、一人赤面する。
―おねえちゃんに弄られる弟って、過酷なんだな―
その様子に目ざとく気づいたティナが、武琉に絡む。
「おやぁ?赤い顔してどうしたのかなぁ??お姉さんに言ってごらんよ?ちゃんと言えたらご褒美をア・ゲ・ル」
遠慮なくのしかかってくるティナ。シャツは着ているが、着ているのはワイシャツ一枚。シチュエーションとしてこれ以上望めることはない。
いや、そうじゃなくて。
「いてっ」
武琉の隣に座っていたラルゴがティナにげんこつを落とす。
「それぐらいにしとけって。タケルが困ってるだろう」
ティナが少しむくれた顔で武琉の上から去っていく。
ラルゴ、ありがとう。でもそこまでは困っていないよ。武琉は心の中でそう思った。
「しかし、この純情君が、俺やティナと同い年だとは思わなかったな」
「ホント、わたしも驚いた。てっきり15、6だと思ってたからね」
「俺って、そんなに童顔ですか?」
武琉が少しだけ抗議を込めて周囲に聞いた。
「童顔、そうだね、確かに童顔だし、他にも体つきかな。あんたの体筋肉が足りてないからね、そういう雰囲気も含めて若く見えるよ」
ジェシカが言う。ラルゴが続けた。
「病院棟付近にいるなら問題ないが、離れたところに移動するときは、後ろに気をつけろよ?
多分おまえ、男にもてると思うから」
「軍医殿の助手ってわかれば、大丈夫なんじゃない?」
「たしかに知れ渡れば大丈夫だろう。だけどこの数日は知らずにお手付きする奴がいないとも限らん」
「もう少しわかりやすい異世界人なら、大丈夫だろうけど、どこをどう見ても普通の人間だもんね」
「異世界に飛ばされるってのは幸運とは言えないが、飛んだ先がここだったのはラッキーだと思うよ」
ラルゴは武琉の肩を叩きながらそう言った。
そのあと、少ししてお開きとなり、それぞれ自分の寝台へと戻る。ジェシカは早番らしいから、早く眠りたいそうだ。
ベッド脇にテーブルランプがあって、各自が自由に使えるが、武琉のベッドのランプは補給前で油は空のままだった。
ラルゴとティナはランプを灯して、手紙を書いたり本を読んだりしているようだ。
武琉は、どのみち文字は読めないし、手紙を書く相手もいない。
その時ふと思った。
―折角だ、日記を書いてみよう―
そう思ってブランケットをかぶりなおす。
一瞬男に襲われる自分の姿を想像してしまった。
やべえ、これってフラグが立った?
そんなことを思っていたが、普段しない重労働は、彼をあっという間に夢の世界へと誘うのだった。