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1:プリ〇〇ミサイルとか聞いてないし


 春の晴れたある日。

 武琉(たける)は入社式に臨む電車の中にいた。

 大学を無事に卒業し、運よく大手商社に入社が決まり、23区内はさすがに無理だったものの、直通一本で通えるところで念願の一人暮らしを始めていた。

 順風満帆。

 ワイヤレスヘッドホンからはお気に入りのボカロ曲。自然とテンションが高くなる。

 黄色い電車を降りて、巨大ターミナルから外に出る。

 駅前の並木道の緑がまぶしく、排気ガス多めではあるが、春風は心地よく感じられた。

 最近は花粉症も少し収まり、春の時期が苦にならなくなってきていたのも、こんなに気分よくいられる理由かもしれない。

 目の前の信号が変わり、並木道の続く大通りへと向かって横断歩道を渡る。

 3歩ほど歩いて武琉は気がついた。向かいから来るはずの人たちがいないし、ひどく驚いた顔をしている。

 え?なにかあった?

 キョロキョロと周囲を見回した見た瞬間に、反対車線を暴走してきた白い車が目の前に迫っていた。


「マジか、プリ〇〇ミサイルかよ」


 彼は意識を失った。




「あれ?ここは?」


 意識の戻った武琉は直前の光景を思い出す。

 信号を渡っていて、何かおかしいと思ってみたら、車にはねられたんだ。そのあとは?

 記憶の糸をたどろうとするが、そこから先が出てこない。

 そこではじめて周りがやけに騒がしく、目の前の天井が布地であることに気がついた。

 テロか何かあったのか?東京消防庁には野戦病院みたいな救急車があるって話だけど。

 周囲の状況を確認しようと体を起こそうとするが、


「痛っ!」


 両足がひどく痛む。両足とも脛の下あたりが激しく痛んで、足全体がじんじんしている。

 あまりの痛さに、それ以上の声が出ない。


軍医殿(ドクター)、こっちの患者が目を覚ましたみたいです」


 聞き覚えのない女性の声。看護師さんかな。


「とりあえず、重症ではなさそうなので、そのまま待ってもらって」


 若い男の声が聞こえる。


「命に別状はないから、横になってそのまま待ってて。足が折れてるから、歩くと痛いわよ」


「両足折れてるみたいだ。重症だろう?!なんとかしてくれ」


「それを重症とは言わないのよ。命があっただけでも神に感謝しなさい」


 看護師は武琉の顔を覗き込んでそう告げて背を向けた。とても違和感を覚えた。

 その看護師と思われる女性は、明らかに日本人じゃなかった。茶髪で茶色の瞳。それくらいなら珍しくないが、明らかに白人系の顔立ち。流暢な日本語、さらにはコスプレしている。皮鎧風の衣装を身に付けて、短剣のようなものを腰に提げていた。


「いったい、何なんだよ」


 自然と言葉が漏れる。生きている安堵感はあったが、足は痛いし、この状況だ。頭も痛くなってきた気がする。

 幸い、動かさなければ耐えられないほど痛いわけじゃない。武琉は横になったまま、周囲の音を聞いていた。

 時折聞こえる大きな振動音。いくつかの叫び声。


「敵が撤退した模様です」


 若い男性の声がテントの中に響いた後に、別の若い男の声が聞こえた。


「救護兵は前線に出て。負傷者の回収を急いで!」


 さっきドクターと呼ばれた男の声と同じだ。ここの責任者だろうか。救護兵って?自衛隊?コスプレ???

 混乱に拍車がかかる。

 どのみち動けないし、どこにも連絡は取れない。

 できることが何もないので、武琉は待つことを決める。誰かが事情を説明してくれるだろう。


「しかし、ひどい臭いだ。気を抜くと吐きそう」


 本当の戦場なのか?臭いの正体が血であることに気がつく。

 うめき声や、叫び声がひっきりなしに聞こえてくる。

 『中には助けてくれ、死にたくない!』という声もあった。

 異世界にでも来ちまったのか?まさかねぇ。

 少し眠くなってきた。足の痛みは気になるが、眠れるなら寝よう。

 悪い夢に違いない。

 武琉は眠りに落ちた。


「いてぇっ!」


 程なく右足の激しい痛みで、たたき起こされた。

 反射的に動こうとしたが全身が全く動かせない。両脇を見ると屈強な鎧を着た大男二人が左右の足をそれぞれ押さえていた。

 肩を掴む手がもう一組。目の前に自分の顔を覗き込む女の顔。やっぱり日本人じゃない。酷く汚れた顔ではあるが、金髪に青い瞳。どう見ても白人だ。


「ラルゴ、トーマス。手伝ってくれて助かったよ。中途半端に元気そうだから、絶対に反射で蹴られると思ったんだ」


 この声には聞き覚えがあった。

 さっきドクターと呼ばれていた男の声だ。改めてかなり若い声に聞こえる。


「もう一方の足も行くからね、かなり痛いと思うけど、我慢して」


 そう言ってから、確認もなしに左足を動かした。


「!?!!」


 人生で感じたことのないレベルの痛みに、涙は出るが声は出ない。


「これで大丈夫。あとは自然に骨が付くのを待つしかないね。ああ、ジェシカ、膝すぐ上と足首の所で添え木を固定して。両足ともよろしく」


 足全体がジンジンと傷んでいるが、さっきまで時折襲ってきていた激しい痛みが、次第に引いていくような感じがする。

 足を押さえていた男たちがラルゴとトーマスか。どっちがどっちかわからないけど、名前は覚えた。

 あと、添え木を固定している看護師が、ジェシカというのも覚えた。


「先生、これで治療は終わりかよ?!」


 武琉は去ろうとしている医者に向かって叫ぶ。


「これ以上できることはないですからね。もしかして有力貴族(いいところ)御子息(坊ちゃん)か何か…こんなところにいる訳ないですよね」


「こっちはここがどこだかも、状況もわかんねんだよ。説明してくれよ」


 少しの沈黙。

 その後に医者はこう言った。


「ラルゴ、他の患者さんを診てまわって。トーマス、悪いけど、もう少しここにいてくれないか?彼はもう少し診察の必要がありそうだから」


 そう言うとラルゴと呼ばれた男が去っていく。浅黒く日に焼けた顔で短髪。白髪交じりか。こいつの名前も覚えた。

 残った方は金髪で後ろに髪を束ねている男。浅黒く見えるが白人だと思う。こいつがトーマス。絶対にいつか訴えてやる。


「改めて初めまして。ここで軍医をしているアレン・ディープフロストだ」


 足の方から頭側に歩いてきた医師がそう名乗る。

 視界に入る。最初に驚いたのが、長く淡い緑の髪の毛。そんな色に染めてる医者なんて初めて見た。

 その次に驚いたのが、見た目の若さ。白人に見えるので正確な年齢は分からないが、高校生くらいにしか見えない。

 さらに驚いたのがその耳。縦に長いとがった耳。俗にいうエルフ耳。


「エルフ…?」


 武琉は自然と口にしていた。

 それを聞いた医者は、こう返してくる。


 「認識能力に問題はないようだね。ここに来る新兵のような反応だ。でも、今月は新兵は来ていないはずだし……衝撃による記憶障害か何かかな。君、名前を教えてもらえるかな?」


 「武琉。岩崎武琉」


 武琉は反射的に答えた。目にした現実が彼の中で事実を指し示していた。あり得ない異世界転生が、自分の身に起きた。

 反射的に自分の顔を軽く叩いてみるが、確かに痛い。本物だ。


 「タケルさん、変わった名前ですね。どちらの出身ですか?」


 医者の問いかけに一瞬何と答えていいのか悩む。言っても理解されないはず。かといって相手を納得させる嘘もつけない。


 「そんなこと、どうでもいいだろ?ここはどこで、どういう状況なんだよ?!」


 彼は微笑んだ。武琉は思わずドキッとする。自分はストレートで、その毛はないと断言できるのに、その笑顔を綺麗だと思った。


 「まずは落ち着いて。僕たちは君に危害を加えることはないよ。こうやって助けてる訳だし」


 確かにその通りで、この状況で唯一頼る事の出来る人たちなのは事実だと思った。


 「苗字が岩崎で、名前が武琉。民間人だ。日本という国の池袋という街で、事故に遭ったところまでは覚えてる。気が付いたら、ここに寝かされていた」


 正直に自分の認識を伝えるのが、最善だと考えた。


 ディープフロスト医師は、その言葉に満足したようで、再び笑いながら『ありがとう』と武琉に告げる。

 さらに彼は近くにいたトーマスに、『ジェンソン士長を呼んできて』と言った。

 そして再び武琉に話しかける。


「そう、それは大変な目に遭ったね。こう見えて僕は相手の嘘を見抜けるんだ。君が今不安でいる気持ちもわかる。今言ったことが本当なのもね。

 この後、専門的な知識を持った人が来るから、もう少し詳しく話を聞かせてもらっても良いかな?」


 武琉は不思議と落ち着いていた。このエルフは見た目は確かに自分よりも若いが、その語り方は自分の祖父母を思い起こさせる柔らかさがある。

 それだけでなくて、心の奥に響いてくる力強さのようなものを感じていた。

 言葉には出さなかったが、自然と頷く。


「そう、ありがとう。ジェシカ、他を見て回ってくれるかな。彼はもう大丈夫だから」


 そう言って脇に椅子を持ってきてから座って話し始める。


「ここがどこで、どういう状況なのかを説明するね。わからない事も多いと思うけど、僕が知ってる事実だから。

 ここは旧ケルニカ王国、黒鷲(ブラックイーグル)男爵領の南東にあるラウレンダ砦ってところ。

 長いこと戦争をしていて、ここは現在の最前線の一つなんだ。

 ここまでの話で何か知っていることはあった?」


 武琉は横に首を振る。

 ディープフロストは続けた。


「この世界では異世界の存在が確認されていて、多少の交流もあるんだ。君が住んでいる世界はどうなの?」


 武琉は少し考えてから答えた。


「おとぎ話のようなもので、剣と魔法の世界とか、異世界があるとは言われているけど、一般的には存在しないと思われています」


 少し間を取ってディープフロストは続けた。


「そうなんだね。君が混乱している理由はよくわかる。知らない世界に突然来たんだ。混乱するのも、怖いのも当然だよね。

 正直に言うと、今の僕に君を元の世界に戻す手立てはない。だけど可能性がゼロではない。だから君は生きることを考えて。

 信じていればきっと道はあるから」


「ディープフロスト先生、俺はどうすれば、どうなるんですか」


「大丈夫、きっと大丈夫だよ。今は足を治すことだけを考えて。きっと方法はある。

 えっと、僕はアレンと呼んで欲しい。僕も君をタケルと呼んでいいかな?」


 武琉は黙って頷いた。

 今は彼が言っていることを信じるしかない。


「また後で見に来るから、ゆっくり休んで。ああ、そうだ、何か食事を運ばせるから、ちゃんと食べてね」


 そう言って立ち上がると、武琉を見て微笑んでから去っていった。

 テントの奥の方に黒髪のローブを着た男が見えた。たぶん魔法使いだろう。

 それからしばらく、武琉はいろいろと試してみた。

 ゲームのように持ち物が見れないかとか、周囲の人の情報が見れないかとか、

 何か魔法が使えるんじゃないかとか、傷が治せるんじゃないかとか。


 でも何一つ上手く行くことはない。

 自分がただの人であることを思い知らされた。


 しばらくしてから、さっきのジェシカという看護師がスープとパンを運んできてくれた。

 ベッドに上体を起こして、それを口にする。

 麦のように見える穀物と、わずかな野菜が入ったスープ。

 口に入れてみて広がるのは、わずかな塩味と、何かの肉の風味。

 はっきり言ってマズかった。

 パンを口に入れて咀嚼する。知っているどんなパンよりも固く感じる。

 麦と何かの穀物の粉で作られたパン。


 どちらも人生最悪の味だ。


 でも、この食事を口にして初めて、生きて、生きて自分の世界に帰ると、誓った。

 武琉にとっての、決意の味だった。





「ジェンソン士長、お疲れの所、お呼び立てして申し訳ない」


 病院棟になっている天幕を出て、アレンは黒髪のローブの男に頭を下げた。


「何をおっしゃいますか、軍医殿」


 そう言ってジェンソンは深々と一礼する。


「お疲れのところ、本当に申し訳ない。ご機嫌を治していただけませんか?是非ともご意見を伺いたいのです」


「機嫌を直すのは簡単ですよ、軍医殿。あなたが他人行儀なのを止めて頂ければ、すぐにでも機嫌が直ります」


「そうはいっても軍隊の規律は必要だと思います。私は医官ですが、指揮権はありません。あなたは仮にも魔道兵を束ねる立場なのですから」


「おやおや、あなたらしくありませんね?『命を助けるのに士官も一兵卒もあるか!』と啖呵を切られたのはどなたですか?」


 そう言ってジェンソンは声を立てて笑う。


「それは本心ですけども」


 アレンは若干ばつが悪そうに答えた。


「それでもあなたはこの砦の最古参だ。時々入れ替わる司令官(コマンダー)以外は、あなたを上官だと思ってますよ。ここにきて何年になるんですか?」


「もうすぐ12年ですね」


「どう考えても長く留まりすぎです。最前線に12年とか狂気の沙汰です」


「いや、転属の話もありましたけど、私がここを離れたら、誰が負傷兵を見るんですか」


「それは上の考えることでしょう?でもあなたらしい。そういう所に皆が信頼を寄せているのですよ」


「そう言っていただけるのは有難いですが」


「さて、本題から随分と逸れたようです。お話を伺いましょう」


 ジェンソンの言葉にアレンは突然現れた転移者の話をした。


「それで、私に何を?」


「彼に残っている魔力の残滓を調べていただきたい。彼は嘘をついていないと思います。ですが、その裏取りになりますし、何かわかるかもしれません」


「彼を元の世界に返したいと思っていらっしゃるのですね?」


「ええ。帰るべき家のある迷子は、自分の家に帰るべきなのです」


「それもあなたらしい物言いだ。わかりました。今日は呪文が尽きていますので、明日でもよろしいですか?」


「ええ、助かります。ありがとう」


「それでは私は少し休ませていただきます。アレン、あなたも休んでくださいね?」


「士長、ありがとうございます。ですがエルフは眠らないんですよ、ご存じありませんでしたか?」


「眠らなくても休息は必要なんです。休みなさい、アレン」


「承りました、士長」


 そう言ってアレンはわざとらしく礼をした。

 ジェンソンは自分の宿舎の方に向かい、こちらを見ずに手を振っていた。

 アレンも病院棟の外にある、小さな個人用天幕に向かった。





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