3 先輩に似ている猫
聞き間違いじゃないのなら。今、この猫さん……「魔法少女」って、言った?
そもそも。猫が喋る事自体がおかしい。
「私……疲れているのかな? もしかして、立ったまま夢を見てる?」
訝しんで呟く。猫の目が細くなる。
「おいおい。しっかりしてくれよ。現実だよ。オ……ボクも結構忙しいんでね。ここで長々と話し込んでいる訳にもいかない。おま……君の家で待ち合わせしよう」
猫からの提案に驚いて目を見開く。
「猫ちゃん、私の家を知ってるの?」
尋ねると一瞥を寄越される。
「調査済みだよ」
言い置いて踵を返す猫を、追い掛けようとした。
「あっ、あれっ?」
一瞬の内に見失って戸惑う。辺りを見回すけど、猫の姿はどこにもなかった。
バスに乗って家へ向かう。半信半疑だった。私は白昼夢を見たのか、それとも……?
山の上の方にある自宅が見えてくる。バスを降りて二分程歩いた坂の途中に位置している。
門を開けて、狭い庭を確認する。
うん。やはり猫なんていない。
しっかりと植木鉢の後方までチェックした後に、家の中へ入った。
何だったんだろう、あの夢は。魔法少女に選ばれる? 私が?
フフッと笑う。
ヘンテコな夢だったなぁ。
自室のドアを開いた際に、心臓の音が不規則に響いて目を瞠る。
……猫がいる。部屋の中央に寝そべって、くつろいだ姿で……こっちを見ている。
「やあ。遅かったね。待ちくたびれたよ。早速だけど説明を始める。何度も説明するのは疲れるから、一回で覚えてね」
言い渡されるけど、何も返事ができず……黙ったまま黒猫を見つめ返している。
「オ……ボクの事は『クロイの』と呼んでくれ。一応、それが名前だ。魔法少女『ミア』のマスコットサポーターだ。鈴谷愛花。君には魔法少女『ミア』になってもらう。異なる世界から来る敵と戦ってくれ」
「……え?」
一方的に話が進んでいく。
「早速だが、『ミア』に変身する方法を……」
「待って! 待って待って待ってっ!」
黒猫の……「クロイの」の説明を途中で遮った。
「私が、魔法少女に? 無理だよ! 大体、そんな展開……現実で起こる訳ないじゃん!」
「…………じゃあ、今……ボクが喋っている現状を、どう理解するんだ?」
「えっと……腹話術? リボンに小型のスピーカーか何か付いてて……それで誰かのイタズラとか……?」
「ないない。ボクも戯れ言に付き合っている暇はないんだ。サクサクいくよ」
「ふわっ?」
制服の右ポケットの辺りが温かい。取り出してみる。帰り道でクロイのに預けられたバッジが光っている。
「実際に変身すれば、信じるしかないだろう。そうだな……ボクへの労いの言葉を、変身の呪文としよう」
「え?」
聞き返した「え?」には、濁点が付いていたと思う。
「試しに『クロイのは、いつも頑張ってて偉いね』と、唱えてみて」
「嫌過ぎる」
つい……考えた事を、そのまま口にしてしまった。だって……クロイのの雰囲気が、バイト先の先輩に似ていて抵抗がある。口調は、ちょっと違うんだけど。もし、先輩にそんな労いの言葉を口にするとしたら。何かに負けた心持ちになる気がする。まあ、クロイのは先輩じゃないんだが。
クロイのが腰を上げた。私の膝を一蹴りして、肩に乗って来る。
「ボクは君の為に言ってあげてるんだよ」
耳元で囁かれる。
「協力してくれる者には、それなりにリスペクトを返さないと。ボクは君の為に頑張っているのに。君は自分の事しかしないばかりか、手伝った者へ感謝もしないのか?」
「うっ……」
何をどう手伝ってくれたのか分からないけど、何か私の為に動いてくれているようなニュアンスに怯む。
「はっきり言っておくけど」
再び床へ戻ったクロイのが見上げてくる。一拍置いた後で告げられる。
「今のままの君では、負ける。確実に負ける。変身して何とか互角になればいいと思って提案してるんだが。敵は君のように、のほほんとはしていない筈だ。気を引き締めた方がいい」
ゴクリと唾を呑む。
「敵って一体……? 私が戦わないと、どうなるの……?」
「この世界が……負ける」
「負ける?」
クロイのは詳しく語らなかったけど。異世界人に地球を侵略されるイメージが過ぎる。
「ボクは君を選んだ。決して……ほかの人材を調べて選定するのが面倒くさくて、コイツでいいや~と決めた訳では…………ない……と思う。ボクにも君にも、責任がある。この世界の代表として、異世界から来る敵を打ち倒す役目を共に負う同志さ」
話を聞いていて頷く。
絶対、適当に選んだでしょ。
困った。かなりヤバい件に、引きずり込まれそうだ。
「戦ってくれるね?」
「い……」
嫌ですと言おうとしていた。だがクロイのの、次なる言い分を聞いて考えてしまう。
「『ミア』に変身してみたくはないか? 違う自分になってみたいと思った事はない? いつもの地味な格好が落ち着いていて好きなのは分かるけど。華やかな服を着たり、メイクをしてみたいと……もしかしたら似合うんじゃないかと夢想した経験くらいはあるんじゃないのか?」
「へっ? ……ま、まぁ……あるけど……」
クロイのから目を逸らす。何で私の胸の内も知ってるのよ。
「君が『ミア』である事を秘密にしていればいい。恐らく、誰も『ミア』の正体が君だとは気付かないだろう」
さらりと貶されている気もするが、クロイのの説得に心が揺れる。
「たしかに……子供の頃から変身もののアニメとか、特撮とか好きだったけどさ。いざ自分がその状況に陥るとか、普通は思わないでしょ!」
「ほう……。戸惑っている状況にあるから、了承できないと……? つまり、この状況に慣れればいい訳だ」
「えっと……」
「大丈夫。君は覚えが早いだろうから、すぐに慣れるよ」
見上げてくる黒猫を見つめ返す。今日が初対面なのに、何でそんな事が言えるのだろう。調査したから……?
けれど「覚えが早い」と言われて、満更でもない。少し心が温かくなる。
……まぁ、先輩に似ている雰囲気だけど。先輩が、こんな珍妙な猫な訳ないし。労ってもいいか――。
「『クロイのは、いつも頑張ってて偉いね』」
唱えた瞬間、右手に持っていたバッジが光を放つ。眩しくて目を閉じる。
次に瞼を開いた時、クロイのが笑った気配を感じた。
「フフッ……鏡を見てごらん?」
言われた通りに……恐る恐る……壁に立て掛けてある姿見の、正面へ移動する。
「ぬっ……あっ?」
呻いてしまう。直視できずに、手で顔を覆う。指の隙間から、現在の自分の姿を確認する。
何だ、これは。
ヘソ出しでミニスカとか……聞いてない!




