S級冒険者パーティーの主力で世界最強のデバッファーの俺が解雇されるわけ
今日は楽しい楽しい給与査定の日だ、厳密には給与査定の結果報告の日だ。
「フフフ〜♪」
鼻歌を歌いながら社屋に入る、B級冒険者パーティーに昇格した時に俺がリーダーに勧めて買わせた建物だ。A級以上の冒険者は国に住所を届け出なくてはいけないから今のうちに買っておいた方がいいとリーダーをだまくらかして買わせたものだ。社屋の権利の5分の1を俺が持っている。
「よう新入りども、給与どうだった?いや言わなくていいわ、どうせ俺の10分の1以下だろうからな!グハハハ!」
「ちょっ、キッシュさん!見ないでくださいよ!」
「つか俺ら新入りじゃないっスよ!今年で3年目っスからね!」
「俺は今年で10年目だ、3分の1以下なんて新入りなんだよ!お前ら長生きしろよ!」
「っ!はい!」
「あざっす!」
「じゃあ俺も給与査定の結果もらいに行きますかー」
俺はパーティーの人件費の5分の1を給料として貰っている、そんでパーティーメンバーは30名を超えていて、今の新入りは主力とは言えないレベル、だから10分の1以下だと思って覗いたが思ったよりも多かったな。こりゃ給与もっと上げてもらわないとな。
俺はS級冒険者パーティー【龍なる鯉の誕】の主力で世界一のデバッファーの魔法使いのキッシュ。ちなみにこのパーティー名は俺が考えた、マジで最後の誕の部分のとことか格好いいしセンスがいいと思う。略称は龍鯉誕でリューリタンって呼ばれて街の子供に親しまれてる。
俺は最初からこのパーティーにいる、つまり俺がこのパーティーを育てた、だから俺はもっと金を貰っていいんだ。
面接室のドアの前に立ってサーチ魔法を使う。中には三人いる、リーダーとサブリーダーと会計士だ。ちゃんと中にいる三人ともに俺のデバフ魔法が掛かっていることを確認して俺は面接室のドアを叩いた。
「失礼します」
「どうぞ」
リーダーのバッファの声がしたので中に入る、リーダーとサブリーダーでリーダーの幼馴染のアイ・ローと会計士で商人のデーテが横に並んで座っていた。肉眼で見れたので3人の明確なステータスが見れた。うん、ちゃんと知力にデバフがかかってる。
バッファ
体力:700(マイナス89)(元体力789)
知力:100(知力5割減 マイナス49)(元知力298)
アイ・ロー
体力:250(マイナス31)(元体力281)
知力:100(知力5割減 マイナス61)(元知力322)
デーテ
体力:150(マイナス22)(元体力172)
知力:83(マイナス439)(元知力522)
椅子に近付きながらバレないように更にデバフを重ね掛けした。ここ数日の給与査定の期間中には違和感を感じないレベルの弱い知力デバフをかけていた、そして今からは知力が一定以上あれば違和感を感じるレベルの知力デバフをかける。
ちなみに俺の知力は691で冒険者に登録されている魔法使いの中で言えば50位以内に入るほどの知力の高さでデバフを使う魔法使いの中では最も知力が高い。デバフの魔法は2種類、割合で能力を制限する魔法、そして自身の知力の分だけ相手の能力を制限する魔法だ。
「デバフ系魔法使いのキッシュです!」
「そんなに気を置かなくていいよ、何度も言うけどさ最初から自然な感じでいいよキッシュ」
「いやいやバッファ、俺も何度も言うがこういうのはリーダーとそれ以外を分けるために必要な儀式だ、S級になってもうすぐ1年だろ?ちゃんとやらねえと」
A級以上の冒険者は国家に使われる軍の一部だ、冒険者単体じゃなく冒険者パーティーとしてS級に登録しているならば軍隊としての規律が取れていなくてはいけない、そうでなくてはB級止まりだ。S級になってからは国から会計士が派遣されるので特に厳しく見られる。
「ウオッホン!それではキッシュ様、バッファ様、給与査定の結果報告を始めましょうか」
会計士のデーテが会話を遮って資料を俺に渡してくる、うん、ちゃんと給料は例年通り上がってる。ここ数ヶ月の間ずっと戦闘中以外は10割デバフをデーテにかけていた甲斐があったな、体力に8割デバフをかけて知力に2割デバフをかけて計10割のデバフだ。
デーテはパーティの中では新参だがその知力に基づいた話術で今じゃ俺よりもバッファに信用されている。
去年までは俺がパーティーの金の管理をしていたのに、多少は横領してもバレなかったからウハウハだったのに、去年までは俺がデーテの代わりにバッファの横に座っていたのに、だから掛けているデバフには少しだけ私怨も入っている、まあメインは私欲なんだがな、グハハハ。
「いやーデーテさん大丈夫ですか?目の下に隈ありますけど。パーティーの管理もそろそろ慣れてきました?大変でしょ」
「ええ。はい、まあ公務ですので。これでも元は騎士団志望だったのですよ、そのおかげかバッファさん達が戦っているのを見ると心が躍り体が軽くなるんです。給料以上に夢をもらってますよ」
良かった、体力へのデバフはバレてないようだ。
バレないように知力デバフをするコツは知識を中心にデバフをかけることだ、思考能力や知覚能力へのデバフは上手くやらないとバレやすいので上級者向けだ。
知識は基本的に無意識に引き出すものだから自分の知識が引き出せなくなっていることに人はなかなか気付けない、そして意識的に知識を引き出そうとしているならばデバフを少しだけ解除してやればいい。
「へーどこの騎士団に入りたかったんですか?やっぱり子供の憧れの龍牙騎士団とか?虎羽騎士団も給料がいいですよね」
「ははは。金じゃないんですよ、騎士に憧れるってのは、えーっと僕が憧れていたのは……」
「金じゃないって言えば虫糸騎士団か魚泥騎士団ですかね?」
「あーそうです魚泥です。港町の出身だったので憧れたんですよねぇ」
知識のデバフの解除はこうやって思考誘導と合わせると中々バレにくい、戦闘中なら思考へのデバフもバレにくいが今は平時だから考えながら使わないといけない。
今は仕事中なのに真面目なデーテが私語をしているということは思考へのデバフもちゃんと掛かっているということだ、よしよし。
割合デバフはどのようにデバフをかけるかを選べないが数字デバフはどのような形でデバフをかけるかを選ぶことができる。知力デバフの中の思考デバフを、思考デバフの中で危機管理や警戒心へのデバフをかけるか、こうやって細かくデバフで制限する部分をリアルタイムで考えてデバフをかける、まさに職人芸だ。
こんな職人芸ができるのだ、もっと金を貰ってもいいはずだ。
「港町ですかーいいですねぇ、老後を過ごすならそういう人の流通が多くて料理の美味しそうな場所がいいなぁ」
「ハハハ。たしかにキッシュさんは私より年上ですが、まだ52歳じゃないですか、老後を考えるのは早いですよ、魔法使いの全盛は60を過ぎてからと言うじゃありませんか」
「そうですねぇ。そうそう全盛で言えばですね、ちょっと給料の上がり方が少なくないですか?S級パーティーになったわけじゃないですか?もっと貰ってもよくないですか?まだまだ俺は伸び代があるわけじゃないですか?将来性という意味でももっと期待していただいてもいいんですよ?」
デーテの顔から表情が固まる。バッファとアイ・ローの顔からも笑みが消えた。
ああ、考えてるんだな。思考が追いつかない時に露骨に狼狽える奴は素人だ、本物は上手く誤魔化す。バッファもアイ・ローも成長しないな、昔から予想外のことに対して真顔になって外面を取り繕えていない。
外面を取り繕えないこの2人だから俺はついて行きたいと思ったんだ、いつでも不意をついて殺せそうだからな。
バッファが視線を手元の資料に落としてデーテと小声で会話している、これは給料が上がる例年通りの流れだな。
俺は安心したので知力デバフを解除する、割合の知力デバフは解除すると思ってから解除されるまでに10分かかり小回りが効かないが、使用者の知力依存の数字知力デバフは毎秒解除と掛け直しができ小回りが効く。
重要なのは意思決定だ。意思決定をした後ならいくら知力へのデバフを解除しても考えは変わらない、人間は過去の自分の意思を裏切れるほど強くない、俺が一番知っている。
ほーら。もう目が計算をする目になってる、数字を目で追って見比べて計算してるよ。知力の割合デバフがかかっているからこれは少し時間がかかってしまうかな。
「うわっ支出の5分の1ぐらいキッシュの給料じゃん!」
アイ・ローがそんなことを言った。なんだァ?このアマァ?知識が300以上もあるのにそんなことも知らなかったのかよ。いや俺が去年まで出来るだけ書類等を見せないようにしていたのも悪いと思うが、今この場にいるならそれぐらい知っておけよ。大好き、本当に愛してる、娘のように思ってるわ。
「それね!多いよね!いや俺も多いなって思ってさ!」
バッファがそんなことを言った。いや本当に可愛いなこいつら、バッファはもうすぐ24歳にもなるし立派になったと思っていたが、なんだよ可愛いところもまだあるじゃねぇか。
バッファがそのまま言葉を続ける。
「だからキッシュをリストラしてデバフ系の魔法使いを数人雇った方が効率がいいんじゃないかと思うんだよね」
は?殺したろか?やべー本気で殺したくなってきた。知力デバフで知覚能力の聴覚に集中してデバフをかける。
「殺したろかワレ」
ふう。面と向かって口に出して少し落ち着いたな。デバフを即座に解除する。
きっと知力を下げ過ぎたのが悪かったんだな、知力の割合デバフが解除されるまで待たないと。いやその前に考えを変えさせることのほうが先か。
「効率だァ?凡百の魔法使いなんぞが数人いるより俺1人がいる方が強いんだよ!分かってんのか?俺は最強のデバフ魔法使いなんだぞ!」
たとえ一瞬だけだったとはいえ聴力が無くなったことに平時のS級冒険者パーティーの人間なら気付けるだろう。だから大きな声で威圧して足を踏み鳴らし圧倒して空気感が変わったことにして誤魔化す。
もう俺は冷静だけど、怒らせてもらう。今は怒るべき時だから怒っているふりをしているだけで断じて怒ってない。ガキの癇癪に一々怒るほど若くない、でも怒らずに場を収められるほど人生経験豊富じゃない、だから怒ることは仕方のないことだ。
「あームカつくなぁ!お前らが悪いんだぞ怒らせてるんだぞ!お前らが!俺がどれだけ【龍なる鯉の誕】に貢献してやったと思ってやがる!リューリタンにキッシュあり!キッシュ1人でリューリタンが成り立っている!キッシュイコールリューリタン!キッシュ=リューリタン!分かるか!キッシュリューリタンなんだぞ!キシュリュウリタン!キシュリュウリタンだ!分かってるか!?分かってねえよなあ!だから俺を解雇しようなんて言い出したんだよなあ!」
貧乏揺すりして怒鳴って捲し立てる。反論の余地を与えない、多少はおかしなこと言っても気にされないだろう。
バッファとアイ・ローはさっきと同じように硬直してる。昔と変わらねえな、ちゃんと教育してやらねえと。
席を立とうとした俺の肩をデーテが掴んで座らせてくる。
「まあまあ、落ち着いてくださいキッシュさん」
まずいな、俺以外の頼れる大人がいる。このガキどもはガキのままじゃない、こういう大人のせいで成長して俺の手から離れちまう。嬉しくもあり悲しくもあり腹立たしくもあり殺意も湧いてくる。
「お前の入れ知恵か?デーテ。お前の入れ知恵なのかァ?」
デーテの襟を掴んで立ち上がる。俺は現役冒険者でデーテよりはちょっと体力が高い、さっき座らされたのは不意を突かれたからだ。
俺らデバフ魔法使いには向上心が欠如している。人を羨み嫉妬して自分が成長するのでなく相手を自分と同じレベルまで落とそうとする人間しかデバフ魔法は覚えられない。
デーテが俺の肩を掴んで椅子に座らせてきた時に、俺はマウンティングされたと感じて俺の中の矮小な自尊心が傷付けられた。
デーテは服を掴まれていることを気にしていないかのように落ち着いた口調で喋る。
「いえいえ、私は資料を集め情報を整理しただけで情報の操作などは決してしていません。仕事ですからね」
こいつ俺を小馬鹿にしてやがる。俺がこれだけ怒ってるのにこいつは俺より上に立ってるかのように何も起こっていないかのように涼しい顔してマウンティングしてやがる。まるで年上の俺の方が子供みたいじゃねぇか。
殴って怒らせてやろうと思ったが、やめる。こいつは夢を叶えていない、夢を諦めて安定を選び公務員になった。つまり俺の方が当然上なのだ。
そもそもこいつが、デーテが怒らないのはきっと俺より下の人間だからなんだ、上に押さえつけられてる事実に諦観してるが故の冷静さだ。可哀想に、夢を諦めて死んでるように生きるなんて俺じゃ耐えられない、そうなったら自殺しちゃうかもな。
はたして、最初から諦めて怒りをそもそも感じない人間と、怒りで今にも殴りそうになるの衝動を我慢する人間、どちらが人間として上なのか。当然俺の方が上だ。
公僕が、笑えるな。安定した生活のために国家の犬になって人の土俵を降りた奴が俺に意見してやがる。
「キッシュ。俺そんな噂は聞いたことないよ」
バッファが口を挟んできた。ん?なんの話だ?どんな噂だ?
「バッファ〜何の話をしてるんだ?お前ちょっと疲れてるんじゃないか?俺をクビにするなんて」
バッファが何の話をしているのかわからないが割合の知力デバフのせいで思考能力が落ちているのだろう。割合デバフは細かい調整ができない、デバフ魔法使いの基本魔法だ。
「何の話って……さっき話してた、キッシュがリューリタンの中で有名って話だよ」
バッファの言葉にアイ・ローが続けて言う。
「ぶっちゃけ魔法使い協会の中じゃそこまで有名じゃないよ、冒険者組合にも顔を出さないし。あっでもデバフ魔法使い協会って名前の組織を作ったんだっけ?魔法使い協会でそんな話は聞いた」
そんな重箱の隅を突くなよ。近所のガキどもが「リューリタンと言ったらキッシュだよなぁ」って言ってたんだよ。
デーテが新しい書類を取り出して、バッファとアイ・ローに渡して会話に割り込んでくる。
「デバフ魔法使い協会は結構儲けているようですね。キッシュさん」
個人主義の魔法使い協会や冒険者じゃデバフ魔法使いを活かせずデバフ魔法使いは強いのに仕事にあぶれてしまっていた。俺がデバフ魔法使い協会を作って魔法使い協会の建物の近くに事務所を設けて魔法使い協会と勘違いした人達の依頼の中からデバフ魔法使いに適した依頼を抽出してデバフ魔法使いに仕事を斡旋している。
「だから?まだデバフ魔法使い協会は軌道に乗り始めたばかりで金がいるんだよ!それぐらいわかんだろ!?」
「そうだ!じゃあキッシュを解雇してデバフ魔法使い協会から新人を雇うって形にすればWin-Winだね!」
「バカがアイロー!黙ってろ!」
黙ってろって言ったけどどう反論するかなぁ。何も考えずに黙らせたけど何の理由もなく黙らせたとなったら信用が落ちそうだよな。
「フー、フー」
荒げた呼吸を落ち着けるフリをして時間を稼ぐ。しっかり睨んで怖気付かせてやる。
あーなんも思いつかねえわ。もう正直な気持ち言っちゃうか。
「俺はお前らのことが大好きなんだよ!お前らと一緒にS級冒険者パーティーにいたいんだ!」
「え、ちょっと!恥ずかしいよ!」
「キッシュ!そういうのなしで!」
バッファとアイ・ローがモジモジしてる。おいおい、ガキどもが、可愛いじゃねぇか。
俺1人じゃS級冒険者には成れない。そこらの冒険者パーティーに俺がいるからというだけでS級冒険者パーティーに引き上げることもできない。こいつらが居るから俺はS級冒険者パーティーにいれるんだ。
S級冒険者の条件で最も大事なのは貴族とのコネクションがあることだ。これは俺には出来ない、なってない礼儀作法に筆無精、横領癖、見下している相手としかまともに会話できない吃り癖、などなどが足を引っ張って信頼関係を築けないのだ。
バッファは下品な名前に対して意外と筆まめで過去の依頼者と小まめに文通をして、その後何事もないかを確認しコネクションを作っていた。
そのコネクションからかバッファはよくアイ・ローと一緒にフォーマルなパーティーに誘われている。1度ついて行ってみたが俺には無理だった、デバフ魔法を使っていたら見破られて叩き出されてしまった。
「だからさ、俺を追い出さないでくれよ。俺はS級冒険者パーティーの人間でありたいんだよ」
バッファとアイ・ローが真顔になる。
あれ?なんだ?なにか悪いこと言ったか?上手いこと行ってるから畳み掛けようと思ったのに。
「それって……俺らと一緒にいたいってのは……S級冒険者パーティーの人間でありたいってことなの?」
「そうだ!お前達みたいなS級に至れる逸材が好きなんだ!お前らを実の子供のように思ってる!愛してるんだ!」
「そうだ、って……んだよ!それ!」
「さいてい!最低だよ!キッシュ!」
なんだ?何に怒ってるんだ?俺はこんなにも素直な気持ちを伝えているのに。
「バッファ!お前は筆まめで話し上手で戦士の才能もある!アイ・ロー!お前は顔も良いしスタイルも良いし魔法使いの才能もある!俺がいなくたって2人ならA級冒険者に成れたはずだ!でもそこから先には行けなかったはず!俺がいたからそこから先に行けたんだ!俺がお前らを育てたんだぞ!」
デーテが俺の肩を掴んだ。
「キッシュさん、落ち着いて。ちょっと退室してください、キッシュさんの給与査定は他の人の分が終わってからということで」
何を言ってやがる、この男は?俺は落ち着いてるぞ。落ち着いてないのはお前らだろうが。
「私も三人の子供がいます。だからキッシュさんの気持ちは分からなくはありません。子供に拒絶されたら辛いですよね、冷静に、冷静になりましょう」
何を言ってやがる!そんなに時間をかけたら知力デバフがバレるだろうが!
自分に掛けられている知力デバフに気付くには知力デバフがあるという知識を引き出せすこと、疑うこと、などなど大切なことは色々とあるが一番は時間だ。
今、なんでか分からないがバッファ達は俺への信頼を失おうとしている。
近所の悪ガキで試したが知力1までデバフをかけても時間をかければ自分がバカになってるって気付く。悪ガキが知力デバフに気付くまでにほぼ1年かかった、だが間違いなく俺が何かをしたのだと気付いて俺の服をすれ違いざまに掴んできやがった。つまり知力デバフは時間さえかければ誰でも気付ける。
今のバッファ達の知力は100以下だから気付くまでに数日はかかると思うが、もし俺の順番を最後にしたら今のこのパーティーの人数なら数時間はかかる。疑われている状態なら五分五分で気付かれる。
「もうええわ!じゃあ給料下げていいから俺を解雇しないでくれ!な!な!」
五分五分の吊り橋を渡るほど俺は無謀じゃねぇ、ここは切り上げるべきだ。俺は自然な流れで退室しようとしたが……
「いや、ちょっと待ってよ!キッシュ!」
バッファが肩を掴んできやがった。よかった、どうやらバッファにもまだ良心があったみたいだ。
「なんだなんだ?バッファ〜、俺お前が金の亡者に育っちゃったのかって心配になったぜぇ。まあ給料は今まで通りで……」
「いやキッシュ。解雇だ」
「ふざけんな!なんでだよ!」
俺はバッファに掴み掛かった、体力はバッファの方が上だから振り払おうと思えば簡単に振り払えるだろう。だがバッファは振り払わなかった。
「勘違いしないでほしい、実は一時的に【龍なる鯉の誕】を解散しようと思ってるんだ」
「嘘だな!後輩どもと会ったぞ!あいつらは普通に給与査定してた!」
「荷物持ちは解雇しない。これは国からの依頼なんだ、理解してくれキッシュ」
国からの依頼だと?S級パーティーへの国からの依頼ならパーティーが万全でないといけないからパーティーへの依頼ではなくバッファ個人への依頼だな。しかもバッファを長期拘束してそれでいてパーティーの力を使わないと達成できないような難易度の高い依頼……
「魔王か?」
「そうだ。キッシュ、魔王は国に認められた勇者しか討伐しちゃいけないのは知ってるだろ?」
「知っているが、その理由は知らない。国は魔王を倒す名誉がどうのこうのとか長ったらしく言ってるが明らかに建前で裏に何かあるんだろ?教えろよ」
デーテが魔法の杖を取り出した。
「それ以上に喋ると頭を消し飛ばさないといけなくなります。キッシュさん、バッファさん、お二人とも。れいせ……」
「うるせえよ」
デーテの顔面を魔法で爆破する、気絶したアフロヘアーの間抜けヅラの出来上がりだ。
「何してんのキッシュ!?大丈夫!デーテ!」
アイ・ローがデーテに駆け寄る。
「警告をする前にぶっ放せ、冒険者なら迷うな。俺が教えたことだろ?アイ・ロー、デーテを治療してやれ。デーテにも治療魔法は使えるだろ?」
「だからって……」
「知ってるだろうが攻撃魔法は得意じゃないんだ。早くしないと死ぬぞ」
「ああもう!」
警告はしない、ただ俺は事実を言うだけ、冒険者はこれだけで脅しになる、人との会話が苦手な俺もやっていけてしまうのが冒険者だ。
治療魔法は助けたいとか労わりたいとか思っている相手にしか発動しないが、アイ・ローはすぐに駆け寄ったから使えるだろう。
攻撃魔法は相手に強い害意を持っているほど威力が上がる、俺は人に害意を持つことのできない善良な人間だから強い攻撃魔法を使えないのだ。
「さてよ、バッファ教えてくれよ、魔王の居場所と勇者以外が殺しちゃいけねえ理由を」
「魔王の居場所は地図のここらへんだ。殺しちゃいけない理由は、勇者以外は魔王を殺せないからだ」
「ふうん、有名な都市伝説じゃねぇか。事実だったんだな」
「そうだ、知っての通り魔王とは人類の悪意から生まれ出る存在、だから全ての魔王の前に立つ者は勇気を持って自分は正しいと言える人間でなくては悪意に蝕まれ正しさを失って正気を失ってしまう。とにかく魔王は危険な存在なんだ」
「ふうん、そうかそうか。納得したぞ、だからバフの使えるアイ・ローと荷物持ちだけは雇ったまんまだったんだな、じゃあ俺は解雇でいいよ。魔王討伐が終わったら、また雇ってくれよな」
俺は今度こそ自然な流れで退室しようとした。また肩を掴まれた、今度はバッファに。
「なんだよバッファ?俺は何もかも納得したぜ、最初からこうやって胸の内をお互いに曝け出していれば良かったのかもしれねえな」
「なあキッシュ、俺らにデバフをかけてないか?」
「はあ?そんなわけないだろ?」
まずいな、咄嗟に否定したが素直に話していた方が印象良かったかもしれない。謝るか?子供を正直に育てたいのなら大人も正直に子供と向き合うことだ、つまり謝った方がいい気がする。
「そんなわけねえだろうが!?何言ってんだあ!?バッファ!」
ダメだな怒りが収まらない、知力的にこんな短い時間で絶対に気付けないだろうに指摘してきたことに対して怒りが湧いてきた。
そうだ!怒鳴り散らして怒りのまま退室することにしよう。
「ふざけんな!俺が育ててやったんだぞ!父親代わりの俺を仲間はずれにしやがって!もう帰r……」
「俺は思考速度倍加の魔法が使えるんだ」
「は?黙ってやがったのか?聞いてねえぞ」
おいおい反抗期か?俺が大人だからこの程度の怒りで済んでるが、大人じゃなかったら魔法をぶちかましてたぞ。
というか思考速度倍加って微妙に知力の判定に引っかからないんだよな、知力は据え置きで考える時間が増えてるだけだからよ。この魔法を使える奴はウジウジして自分の中で考えをまとめられない人間ばかりだ、まさか外面のいいバッファがそんな魔法を使ってたなんて。
「黙ってたんじゃない、最初からずっと使ってたんだ。自分でも気付かなかったけど昔から常時使い続けていたんだ」
「俺のデバフ魔法もそんな感じだ、無意識で使っちまうんだよな、分かるよ」
そういうタイプはいるらしいな、俺は違うけど。
「俺はこの魔法を持っているから勇者として選ばれたんだ。魔王を倒した者は次の魔王になる、魔王の中に勇者の心が入り込み正義の心を助長され反転して悪に変わり乗っ取られるんだ。勇者はそれに気付かない、魔王を倒してから数ヶ月で次の魔王に変わった勇者もいるし、勇者が死んでから数日して墓から復活した魔王もいるし、勇者が死んで数百年間は変化のなかった魔王もいる、魔王を倒した者の心は永遠に魔王に囚われるんだ。その数百年間の間魔王を封印し続けることのできた勇者は俺と同じ思考速度倍加の魔法持っていて俺と同じように確固たる正義を持っていない人間だったらしい、だから俺が選ばれたんだ」
話長いな、つまり魔王を殺しても気を緩めなければいいってことだろ?俺みたいな心の綺麗な人間なら生きてる間は魔王に乗っ取られないだろうから名誉だけもらえるわけだ。
「そうか、頑張れよ。俺は応援してるぜ」
「キッシュ、俺は自信がないんだ。俺は勇者として選ばれたが自分が勇者だなんて、言えない、そんな勇気はない」
「あのなぁ、俺は自分の知力を上げるために色々な無駄知識を仕入れたが、その中にこういう知識がある、魔王は人の悪意から生まれ人の悪意に帰る、魔王は人の善意を育て人の善意に消える」
意味がわからない言葉だが何か良いことを言っている感じがある、だから場を誤魔化すには十分だろう。
「意味は分かるな?バッファ」
「キッシュ、ありがとう。分かったよ。解雇する罪悪感を無くすために色々と言ってくれたんだな、今かけているデバフも俺たちに罪悪感を感じさせないために」
「そうだぞバッファ理解してくれたならいいんだ」
「やっぱり俺はキッシュを解雇することなんてできない」
「そうか!良かった!じゃあこれで!」
俺は大喜びして部屋を飛び出した、アイ・ローに肩を掴まれた。あームカつくなぁ、何度目だ?これで何度目だあ?俺をどれだけ怒らせれば気が済むんだよ!結局俺は解雇しないんだよな!もうそれでいいじゃねぇかよ!大人を困らせんじゃねえぞ!」
「キッシュ、確かにあんたは粗暴な奴だけど仲間にデバフをかけるような人間だとは思わなかったよ。魔法はそいつの心象風景だ、私はあんたを解雇したい」
「バカが!俺はこのパーティーの主力だぞ!知力デバフで下がった知性じゃその程度のことも理解できないのかあ!?」
「あんた、ステータス閲覧の魔法持ってただろ。見てみろよ私を」
「あん?」
アイ・ローに掛けていたデバフが解除されていた、デバフ解除の魔法使えるのか、そうか。デバフ解除の魔法は自立心とか縛られたくないという意思を持つ奴の使える魔法だ。
「成長したな、アイ・ロー、冷静になれ。俺はこのパーティーの主力だぞ、世界最強のデバフ魔法使いで最古参で戦闘経験も一番豊富だし、何よりも一番お前たちのことを分かってる。お前は今、冷静じゃないんだ、だから解雇したいなんて個人的な感情を口走った、いつもの冷静なお前なら思っても言わなかった、だろ?」
「冷静だよ、今あんたを解雇したいって言ったのはあんたに対してだけじゃない、バッファに対しても言ったんだ。なあバッファ、本当に、本当に解雇しなくてもいいのか?」
はあ?いいに決まってんだろ?俺を解雇したらこのパーティーは終わるんだよ。実績が足りてねぇんだ、俺がいるから実績が足りないことを実力で誤魔化してるが俺がいなくなったらせいぜいはA級止まり、数年経ってやっとS級だ。俺がそんなこと許すかよ。
「俺は全てのデバフ魔法使いに手を回してる、だから俺を解雇した後にはもうこのパーティーには新しいデバフ魔法使いは来ない!それでも解雇するべきって言うのかあ?」
アイ・ローの手を振り払って、今度こそ部屋を出ようとしたら、バッファが喋り出した。
「俺が魔王を倒すまでは、キッシュはパーティーにいてほしい。親代わりなんだ、こんなんでも。親なんだよ」
俺は今度こそ誰にも邪魔されずに部屋を出た。小躍りしながら歩いていく。
この後に俺はすぐに魔王を倒しにいくつもりだ、俺のデバフ魔法ならタイマンなら確実にどんな相手にも勝てる、魔王だって殺せる。
俺は自分が正しいと確信しているし心が綺麗だ、当然だが悪人でもない。だから魔王の前に立てるし殺してもなにも問題はない。魔王を殺せば金、名誉、女も寄ってくるはずだ。
だが俺にとって魔王を殺さなくてはいけない1番の理由はさっきの約束が一番大きいかもしれない、バッファが魔王を殺すまでは俺をパーティーで雇うって約束が一番大きい。バッファが魔王を殺すより先に俺が先に殺せばバッファは2度と魔王を殺せない!つまり俺はバッファ達と同じパーティーにいれるってことだ!
俺はそんな自身の親心に心を躍らせながらさっき会った新入りどもにまた話しかける。
「よーう!新入りども!給与はどうだったっけ?忘れちまったわ!俺に比べたらチンケな数字すぎてな!」
「ちょ!キッシュさん!長かったっスね!」
「長すぎてキッシュさん解雇されたんじゃないか〜みたいな話になってたんですよ」
「おいおい、S級冒険者パーティーの主力で世界最強のデバッファーの俺が解雇されるわけ……ねえだろうが!」
その後、勇者が討伐した魔王はデバフ魔法を使ったという。