ダレソカレ(超短編)
私にとって黄昏とは牢獄と似たような感覚である
「じゃあまたねー!」
『ん、あぁ。またね』
同期との食事会を終えた私は少し暗い帰路についていた。ふと空を見上げれば、赤から紫にグラデーションを織り成しており、ほんの少しだけ太陽がこちら覗いている。
この空模様をみるとふと思い出す。落ちる夕日に少し照らされた人影が私を正面に捉え告げたあの言葉を。「じゃあね」なんていう無責任な別れ。そんな言葉が私の脳内でこだまするのだ。
いつの出来事なのかも彼が誰なのかも、私はもう覚えていない。しかしあの情景と言葉だけは妙に脳裏に焼き付いている。まだ顔を出していた夕日に照らされた背中。それとは裏腹に彼の顔は完全なる闇を落とし、彼がつくる人影だけが私の足元を暗くする。そして彼は私に別れを告げた。
人々はこの空模様を「黄昏」と呼ぶらしい。夕方の薄暗い時間は暗さゆえに、誰だと問わなければ確認できないことからだと。確かにあの時の情景は誰か判別できないほど朧気であった。
当時はまた会えるとでも思っていたのだろうか、それさえも正直あやふやになっている。しかし今になっても思い出すということは、彼は私の中で今も生き続けている証拠。それが苛むことだと私自身分かっているのだ。分かっていながらも忘れることが出来ない私は、相当な馬鹿なのかもしれない。
そう、例えるならあれは薄暗い牢獄。馬鹿な私はいつまでもあの言葉と共にこの空に囚われている。
自宅に着いた私はお風呂場へと足を運び、汚れた身体を湯で流した。あの面影をもまた洗い流すかのように。
そうやってシャワーを終えればカーテン越しに見える月明かりに目がいった。
『満月か』
そんな言葉を漏らし、冷蔵庫からチューハイ缶を出してプルタブに手をかける。プシュという音と共に開けると、それに口ずけ満月を見つめる。そういえばあの日の夜は…。
そしてまたあの言葉が脳内を駆け巡る。
「じゃあね」
ああ、今日は妙に感傷的になりすぎたらしい。いつもなら消えていく面影も色濃く残っている。彼はまだ私を逃してくれるつもりはないようだ。
空模様をヒントに書いてみたんだがどうだろうか。