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隣の変な奴  作者: 藤雲あさぎ
第三幕
24/31

文化祭☆答え合わせの午後

「おつかれー」

 無事に春野と交代し、店番も終えた俺は、あくびをしながら神谷たちを探していた。目立つ奴だからすぐに見つかるかと思ったが、どうやら校舎内にはいないようだ。

 美術部の展覧会を覗いてみたりしたが、神谷の上手いのか下手なのか評価し難い猫の絵があるだけだった。

「どこだよ……あ」

 ふわ、と焼きそばの匂いが風に運ばれてここまで来た。

 腹減ったな……。そういえばもう十二時を過ぎている。あいつらがいない今のうちに、静かな昼食をとろうかな。


「いた! 渡辺!」

 パタパタと走ってきたのは村上だった。声に少し緊迫感が混じっている。いつもののんきでバカっぽい感じは抜けていた。

「どうかしたか?」

 なんだか顔色も悪い。ゼェゼェ息を荒げているが、どこから走ってきたのか。


「ちょっと……来てくれ」

 その既視感のあるセリフに、嫌な予感が背中を走った。

 

   *****

 

 どこに向かっているのか、人が少ない道を走っていく。何があったのか訊いても、村上は「見たほうが早い」と説明しなかった。

 この方向……体育館か?

 石畳を蹴り、ぶつかりそうになった人にすみませんと謝りながら、村上は急ぐ。

「おいっ、待て! ちょっと休ませろ!」

「ぐだぐだすんな! 火急の用事だよ!」

「だから何なんだ、用事って⁉︎」

 村上はちょっと詰まったあと、振り向いた。その顔が泣きそうに歪んでいた。

「お、おれの、衣装——」


 ——その時、ガヤッと校庭でどよめきが起きた。

 村上が走るスピードを思わず緩めるくらい、それは不穏なものだった。


「うわ、やばくないか」「なにあれこわい!」「誰だよあそこにいるの」


 耳に滑り込んでくるそれら。只事ではない。

 みんながみんな手を止めて、屋台から顔を出す。さっきまでの楽しい雰囲気が嘘のように、身体をこわばらせて。

 全員、上を見ている。

 何があるのか、と俺もその視線を追ってみた。


「——……」

 意味がわからない。なんだこれ。

 急展開すぎる。こんなの物語の中でしかあり得ない。


 屋上。鉄柵を乗り越えて、その子は俺たちを見下ろしていた。

 

 


 ものすごい速さで傍を通り抜けていく奴がいた。

 地面から浮いた青いリボンを、とっさに握ってしまったのは、三年間ですり込まれた義務感からか。

「神谷‼︎ ——うお⁉︎」

 重心がずれて、ふらついた。

 俺の方が体重あるはずなのに、俺が引っ張れる。

「陽介離して!」

「何する気だお前⁉︎」

「屋上に行く!」

「なら俺もだ!」

 神谷は一瞬だけ俺に目を向けた。

「じゃあ遅れないで!」

 自信はなかったが、それでも頷いた。ついていかなければいけない気がした。村上の俺を呼ぶ声が聞こえたが、なんとも思わなかった。

 校舎に入り、階段を駆け上がる。中の生徒は騒動に気づいた様子はない。

 嫌な汗が止まらなかった。胃がキュッとなって呼吸がしんどい。

 いや、これ階段きっついわ!

 六階分を、足がちぎれそうになっても上る。体力は人並み程度にはあるし、普段の生活で六階なんて余裕だった。しかし今日は違う。神谷に遅れをとってはならない。


「はぁっ……!」

 やっと目的地に着いたとき、俺は屋上に倒れるようにしてすべり出た。

「し、死ぬ……」

 コンクリートの地面があたたかい……。太陽の光をさんさんと背中に浴びる。解放されたふくらはぎが悲鳴をあげていた。このぶんじゃ明日、筋肉痛になりそうだ。

「——へぇ」

 ハッとする。すぐそこに人がいた。

 俺はのそりと体を起こした。柵の向こう、青空を背にして、綿毛のような髪の生徒は立っていた。

「なに? 止めにきたの?」

「澤平……」


 どうやら今日はこいつと縁があるらしい。

「お前、あんまふざけんじゃねーぞ」

 楽しく終わるはずの一日目が、彼によって引っ掻き回される。こんなところで死なれたら、もう文化祭どころではない。

「渡辺くん、だっけ」

「そうだ」

「ずいぶん正義感が強いんだね」

「⁉︎」

 ざらり、と俺の中の何かが逆立つ。

 はあ?

 俺のどこが『ずいぶん』なんだ。

 どうしてたった一言でこんなに気分が悪くなるのか分からないが、断固否定しないと気が収まらない。

「お前のためじゃない。ここに来たのも神谷を……」

「だからそれだよ」

 澤平は鼻で笑った。

「責任感なのかな。でも、あんた一人でそこの人間をどうこうできると本気で思ってるの?」

「っ、それは」

「自分がどうにかしなきゃって考えてる。だからついてきたんでしょ。普通放っておくよ。すごいね」

「は……」

 普通は。

 なんだろう。別に大したことは言われてないのに、勘に触る。こいつと俺、絶対に相性最悪だ。返す言葉を探すも見つからなくて、それも腹立たしい。

「……正義感なんて誰でも持ってるだろ」

 苦し紛れだった。

「そうだね。でもほら、現に二人しかいないわけで、オレのクラスメイトはみんな下にいるよ。まぁ喋ったこともないし、あたりまえだけど。先生はもう少ししたら来るかな」

 その瞳は悲壮感なんて全く感じさせない。どこまでも無感動だ。だからか、真っ当なことを言われてるように思えてしまう。たしかに俺は同じクラスでもないのに、どうしてあの時、リボンを離さなかったのか。

 いや、それは神谷を止めるためで……でも、それは息切れして倒れ込むほど大事なことか?

「さっきから何話してるのかわかんないけどさ、斗真」

 神谷がカツンと靴音を鳴らす。

 澤平の眉がピクリと反応した。


「そんな楽しそうなことしてるのに、どーしてあたしを誘わない……!」


 途端、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「……お前、ほんっっっとに!」

 美味しいケーキを目の前にしたかのような神谷に、忌々しげに鼻に皺を寄せて嫌悪感をあらわにする。俺でも奴をこんなふうには見ない。

「状況わかってないだろ⁉︎ オレは遊びでやってるんじゃない!」

「えっ、まさか違うとは。てっきり飛び降りるのかと」

「ちが……ん……いや、合ってる」

 なんか可哀想だ。

「じゃなくて‼︎ オレは今から死のうとしてんの‼︎」

「へ?」

 その時の神谷の顔は見ものだった。どうやらことの重大さが分かってなかったらしい。

 目を点にして、口をぽかんと開けて。いつも周りがこいつに対して思う、『理解が追いつかない』のそれだった。

 神谷は瞬いた。

「なんで?」

 当然の質問である。

「あんたに説明する筋合いない」

 ほんとにこいつは冷たいな。それともひねくれてるのか。


 それでも神谷はじっと待つ。直立不動で集中している。俺も黙った。

「——あぁもう!」

 沈黙に耐えかねたのか、澤平は髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかき混ぜた。

「まぁでも最後だし」

 すると柵に肘をのせて、澤平は顔の影を濃くした。

「退屈。つまらない。楽しめない。飽きた」

 うんざりと溜め息を吐く。

「友情とか部活とか人間関係とか、そういうものに全く楽しみが見出せない。とくに事件も起きないし、毎日がただ流れていくだけにしか思えないんだよ」

「……はぁ?」

 思わず非難めいた声が出てしまう。そんなことで、と言いそうになる。いけない、人の死にたい理由にイチャモンつけるのは性に合わない。ぐっと堪える。

「なんでそれが飛び降りることに繋がるんだよ」

「未来もずっとひたすらに退屈なんだよ」

「それは決めつけすぎだろ。未来なんていくらでも変えられる。頑張れば宇宙飛行士になって火星に旅立つかも」

「興味ないね」

「……子供がヒャッハーかもしれないぞ」

「それ楽しいの?」

 十中八九苦労します。

 だろうね、と一蹴された。

「オレ頭良いし、学校に行く理由がなかったんだよね。でもオレが行動できる範囲じゃ、たいしてどこも変わらなかった」

「じゃあ学校来いよ」

「どうしてわざわざ」

 性格どころじゃない。絶望的に合わないね、俺ら。

 完全な理解を諦めて、ズボンについた砂を払い落とす。

「お前が学校を嫌がるわけは了解した。じゃあどうして文化祭には来たんだ?」

 澤平が口をつぐむ番だった。

 彼の行動は不可解だ。長い間不登校だったのに、今日に限って『どうしてわざわざ』。イベントなんて煩わしいことこの上ないだろうに。その点を見逃すと思ったら大間違いなんだが。


 ザァァと風に梢が揺れる。

「わかんないかな」

 小さく溢れたセリフは、ちゃんと聞こえた。

 神谷がふとあごを上げる気配がした。

「中学最後の文化祭が、ただ楽しいだけの思い出で終わらないのは、オレのおかげだよ?」

 渡辺くん。

「CD割ったのこいつだと、本気で思ってんの?」


 あ、れ。

 さっきから疑問ばっかだな俺。

 ——放送室に、用があるから。

 神谷と目が合った。


 なぁ、どうして澤平こいつがCDのこと知ってんだ?

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