一章10 『思い出せない、思い出したくない、思い出さないといけない思い出★』
ちょっとR-15気味です
妹が作ったオムライスはとても美味しかった。その一方でラクのお腹の方は、はち切れそうなぐらいパンパンになっていた。異世界の方でも夕飯を食った影響だと思う。さてそろそろ自分の仕事をするとするか。
ラクはテーブルにある食器を集め流し台に持っていく。勿論妹が食べ終わった後の食器もだ。妹は風呂掃除をしていて、その間にラクは皿洗いをする。そうやって親がいない日の家事は俺と妹の二人で分担していく。それが我が家の当たり前。
—ザアーザアー
水道水の冷たさが手に染みる。だが普段ならもっと感じているであろう感覚が今は無い。ラクの頭の中にはあるのはトワから提案された『チームに入らないか』という言葉のみだ。何度も頭の中で木霊するが、それと同じくらい『恐怖』の二文字が頭に浮かんでくる。
持ち合わせている力もなければ魔法だって無い。あるのはこの銀色に輝く指輪だけ。それに今にしてみれば敵と戦うことなんて無理な話だ。バイターを倒せたのは、ただのまぐれに過ぎないのだから。
—そう、そうに違いない所詮俺なんて、俺なんて…….
「……」
「お兄ちゃんお風呂掃除終わったよー!今日見たいテレビがあるから先入って….て、ちょちょちょっと水出しっ放しだよ!!」
妹の焦った声が辛うじて耳に入る。
「あ、ああ悪りー悪りー、ちょっと考え事をしていたわ」
「はーもう全く…本当に大丈夫?」
小声で、気がかりな言葉を漏らした。
「大丈夫、大丈夫。そんな事より何だったけ?俺が先にお風呂に入れば良かったっけ?」
「そう、見たい番組があるのー。録画してた方が良い?」
「いや、俺は良いかな」
「分かった。じゃあ風呂行ってー。」
「へ~い」
今お風呂に入れるのは都合が良い。基本的に湯舟に浸かっている時は一人になれるから考えごとにもってこいだ。だよな、流石にそうだよな...。
そう思い立ってラクはパジャマをもって洗面所に向かった。
洗面所の電気を点ける。上衣とズボンを脱ぎパンツ一丁の上裸になると、特に筋肉がついていない体が鏡に映っているだけだった。やはり傷の一つも付いてい。腕は勿論あれほど怪我した足にも切り傷の後すらも残っていない。
まさに、魔法の名に恥じない力だ。これさえあれば即死さえなければ死なないんじゃないか。一瞬自分の心の中で感情が揺らぐが、危険すぎることに変わりない。
ラクは取り敢えずお風呂に入って落ち着いてから考えようと思った。
身体を洗い流すが、ラクの心にあるわがたまりは簡単に無くならない。浴槽に浸かっても気落ちする感情を助長させるものに過ぎなかった。
―あー駄目だ。もう何をしてても考え込んじまう。
「はあー。俺はどうすれば良いんだよ~」
ため息をつき、不満の声を漏らし、風呂の水を手ですくった。
その水面には男の子が映っていた。その男の子は顔全体に血を浴びている。
「僕はヒーローになりたかったんだ。でも、今や…….だ。」
そう声が聞こえた。聞きなれていた男の子の声。昔の俺の親友。
―そうか、信哉お前なのか。でも最近は現れなかったのに何で今日なんだ。こんな時に...いやこんな時だからお前のことを思いだすのか。つっ頭が...
♦♢♦♢♦♢
この部屋の空気は言葉に表せないぐらい重い。あまりの空気の重さに今からでもここから逃げてしまいたい。そう、ただの家の中が裁判所かと思えるほど…。
いや、その言葉は訂正しないといけない、そんな言葉を今の彼に向けてはいけないのだ。そう、俺の友達は決して悪いわけない…悪いなんてことがあって良いわけ無いのだから。
「なあラク俺は…俺は!祖母と姉を…....したんだ。」
ラクが色々と考えているが無情にも時間は待ってくれない。目の前にいる信哉は震えた声でその起こったことを告げた。血だらけの包丁を持って、傍にある死体の前に膝を立てている。勿論顔も体も返り血を浴びて血だらけになっていた。
「わ、分かった信哉。い、い、一旦取り敢えず、まず、始めに、最初にそ、その手に持っているやつお、置こう。な、なあ。」
ラクは手でまあまあとして宥める。
言葉が支離滅裂になっているのは自分でも分かる。それでもこれ以上のことを起こさせてはいけない。信哉が俺を刺したりしないのは分かってる。そう、あいつならこのままだったら自〇をする、確実に。
「なあラク」
「どうした…」
「俺は取り返しのつかないことをしてしまった。俺はもうどうしようも無い、取り返しのつかないことをしてしまったんだーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
今まで聞いたことも無い、鼓膜がはち切れんばかりの大声で叫ぶ。
「信哉一旦落ち着けよ、な、なあ」
「あー何で何で何で何で何で!何で!何で!何で!」
徐々に言葉に込める感情が強くなっていく。
「お、おい信哉」
「なあ、こいつらを殺したとき俺はどうなったと思う?」
「どうなったんだ」
固唾を呑んで信哉の言葉に耳を傾ける。
「笑ったよ。人生で一番笑ったよ。嬉しくて、悔しくて、楽しくて、悲しくて、喜んで、辛くて、いろんな気持ちが溢れてきてさ、気づいたら笑ってたんだ。なあ俺最低だよな、なあ!!」
そ、そんな訳、そんな訳...
「そんな訳無い!だから一旦それを置いてくれよ。まずはそれからだ。だろ!?」
「あーあそうだ、俺がこの世に生まれてきたのが悪かったんだ。そうだ!!全て俺が悪いんだ。」
そう話す信哉の顔は悲しそうに笑っていて、目は完全にキマッていた。包丁を持って震えている手は腰の辺りから徐々に上がり、もう喉元にまで寸前に近づいてきている。
「生まれてきて悪いやつなんてこの世に一人だっていない。それに、信哉が今まで散々ツライ思いをして来たっていうのは俺が知ってる。だから一旦落ち着こう。なあ頼む、一旦、一旦…」
「俺は人を助けるヒーローになりたかったんだ。」
「は?」
突然の思いがけない言葉に驚嘆の声を漏らす。
「ラクも知ってるだろ、ヒーローの『サイレントザムライ』みたいに昔からなりたかったんだ。それなのに今や人殺しだ。」
「・・・」
「そんな俺みたいな殺人者がこの世界にいる価値なんて無いよな。」
信哉の両手は震えていて、今にもそれを喉元にまで上げようとしている。
「やめろ、やめろ、やめろ!!」
「じゃあ来世ではまたよろしく頼むよ」
「おい、待てやめろ、早まるな!」
ラクが必死に何度も止めるように諭すが、信哉の両手から包丁は離れない。
—このままじゃ駄目だ。このままじゃ絶対駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ….
駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。
駄目だ。
だが、一考すると、信哉の元に行って包丁を取り上げようとするにもラクから信哉までは距離がある。それも信哉が動き始めたら間に合わなくなるくらいに。でも止めるしかない。俺が出来ることをするしかない。親友をなくすなんてことしたくない。俺は、俺は...
だが心の中とは裏腹にラクの足自体はピクリとも動こうとしない。今いる場所から一歩も踏み出そうとすることが出来なかった。
「そうか」
信哉がぽつりと一言漏らす
—何で、何で、何で動いてくれないんだ。動け、動けよ!!今止めないと、今行動しないと、今助けないと、俺は、俺は友を見殺しにすることになるんだぞ。動け、動け、動け、
「動けーーーーー!!!!!!」
足の裏から離れようとしなかったモノがやっとのことで外れた。信哉に向かってダッシュで走る。
床に散らばっている血を踏んでいることも顧みずひたすらに足を動かす。
走っている間、一瞬、信哉と目が合った。今、この場で初めて目があった気がする。目は少しばかり潤んでいるが、顔一杯のひきっつた笑顔だった。
「―っ、じゃあまた明日」
一粒の涙がポタッと落ちる。
そのまま震えた両手を喉元にまで上げる。
「待てーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
『グサッ』
喉元からは大量の血が信哉の上半身に向けて垂れ続ける。
—そんな、そんな、そんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんな
「おい信哉、おい!おい!信哉――――――――!!!!!!!!!!!!!」
—ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
俺だ、俺のせいだ。俺がもっと、俺がもっとお前の話を聞いていれば。俺がもっと早く信哉の家に着いていれば。俺が何か行動をしていれば。俺の足が迷うことなく動いていれば。俺が何かしていれば。
俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ
「俺のせいだ。俺が...」
♦♢♦♢♦♢
「...ちゃん...ちゃん、お兄ちゃん!もしも~し大丈夫~?もう一時間半以上お風呂に入りぱなしなんだけどーーー!?」
透りガラスの扉の向こうにいる妹は、兄に対して軽く忠告しその扉をノックしている。
「…」
「もしも~し」
「…」
「もしも~し!!」
「...俺のせ、あ、ああいや大丈夫、大丈夫だよ。あー俺は大丈夫。うん、そう、も、もうすぐ上がるよ。」
心臓が激しく鼓動している。胸がものすごく痛い。それに嗚咽もしてしまいそうだ。
「何寝てたの?もう本当に危ないよ!」
「い、いや違うちょっとな」
「そ、そう?まあ早く上がってね」
「お、おう」
妹が洗面所から出ていく音が聞こえた。
頭も痛い。手足もかなりふやけている。どうやら本当に一時間半もお風呂に入っていたらしい。それに見ていたあの夢は確か『中二』の頃のやつだ。思い出したくない、思い出さないといけない思い出。だが、ここまで鮮明に思い出したのは今までで初めてだ。それでもあの日誓った言葉までは思い出さなかったが。
—でも何で、どうして。
いや頭では分かっている。出てきた理由なんて一つに違いない。
「あの日を忘れないため。そうだろ信哉?」
小さく震えている右手を抑えながら話す。が、勿論ラクの言葉に返答する者は誰もいない。
「なあ、返答してくれよ、なあ、なあ~!!」
返答する者は誰もいない
その瞬間大量の悪寒が体中に走り、あの日の誓ったことを思い出した。
―そう...
「俺が」
信哉を助けれなかったあの日から俺の人生は終わっている。俺はもう二度と誰も失いたくない。もう親友が、友達が、知ってしまった人が目の前からいなくなった時のあんな、あんな感情なんてもう味わいたくない。だから自分の命を賭けることで誰かを助けれるなら喜んで命を捧げよう。そう俺が信哉の代わりに『人を救う』
♦♢♦♢♦♢♦♢
ごめん、ごめんよ信哉。
目の前にある写真と棺桶に向かって目をつぶり手を合わせる。残念ながら信哉の顔を拝むことは出来ない。
許して、許してくれ。
そして一度目を見開いて
―それと俺は決めたよ。俺がお前の代わりに『人を救う』
♦♢♦♢♦♢♦♢
「「『ヒーロー』に。」」
ラクは右の拳を突き立てながらニヤッと笑って口に出した。
「ねえお兄ちゃんまだ~」
「悪~い、今上がるよ」
「もう、そればっか」
「さーせん」
そう言ってラクは既に冷え切ってしまった体を起こし風呂場を後にした。
風呂から上がった後は特に何もせず、一直線に寝室に向かい、今日は普段よりも一段と早い就寝時間となった。




