第一章1『魔法のいや.........な指輪』
その日は、高校になろうとしていた倉井洛錬の転換期となった。
身長は172cm、服装は有名庶民派衣料品チェーン店の服をマネキン買いしたもので周りからは微妙に似合わないと言われている。
春休み半ば、そろそろ課題を始めないといけない頃である四月一日、時刻は15時ごろ、太陽の光がさんさんと降り注ぐ日。
春には似合わない、蒸し暑いそんな日だった。
洛錬は図書館から15kmほど先にある家に足早に帰宅しようと、前にカゴのある自転車、いわゆるママチャリのペダルを漕ぎ続けていた。図書館がある、福岡県の100万弱都市、北九州市の適度にマンションの並ぶ風景から、山と住宅が入り混じった半端な田舎風景へと移り変わっていた。
家まではあと少し、コンビニを曲がれば確か家まで後1kmぐらいになる。洛錬にとって今日は大事な使命があった。そう、昨日のアニメの続きを見る必要があるのだ。そう、今日は何と言っても『IQ150の愛子さん』や『俺が勇者になる話』の更新日なのだ。更新日に見逃すようなことはアニオタとしてあってはいけない。
そう家に帰ってアニメを見ないといけない義務感を感じ、洛連は自転車のペダルを漕ぐ力を一層強め始めた。
自宅がある住宅街の手前、もう7年も通り続けた、いわば行きつけと言っても過言でない7の数字が目立つ赤色のコンビニが見えてきた。
そのコンビニを通り過ぎ住宅街の道に入ろうとしていたところ、その一個手前の曲がり角の突き当りにある骨董屋の前にいる人に視線が釘付けになった。その人は身体の後ろに手をまわし、背中辺りで手を組んでいる。
今、その人と洛錬との距離はだいたい10mほどあった。
「そこのお前さんや。ちょっと待ちなされ。」
少し掠れたような低い声が耳に入る。どうやら男性のようだ。その人は深くフードをかぶっており、顔の全体はよく見えない。腰はだいたい60度ほど曲がっており、ある程度年を取っている人だと思えた。だがそれ以外の体格がしっかりとしていて、背丈は腰を伸ばせば洛錬とほとんど変わらないようだった。下半身は灰色のダボっとした寝間着のような物を着ている。
全体的には競馬場にでもいそうな、普通のおっちゃんの様に感じた。
「えっと...俺のことですか?」
どうした、何か質問したい事でもあるのだろうか。最近の現代社会ではご近所の人とでも関わりがあるという方が物珍しいと言われている。そんな世知辛い今の時代に見ず知らずのおっちゃんは何か伝えたいことでもあるのだろうか?
洛錬はおっちゃんに言われた通りチャリを漕ぐ足を止め、顔をおっちゃんの方に向けた。
10m程あった距離が、のんびりと歩を進めるおっちゃんによって徐々に詰められる。もう自転車の横まで近づかれた。
「ああ、そうだ。そこのお前さんだ。うんどうした、その人を疑うような眼は?何、ワシは怪しい者でもヤバい奴でも無いぞ。ただのしがない骨董屋の店主じゃ。」
そう言って、目の前の男は自分自身の発言が「間違っていないぞ」とでも言いたいのか、自分の首をフンフンと振って頷きながら手を招いていた。
が、見るからに胡散臭い。なんと言ってもさっきからずっとニヤついており、手招きが少し気色悪い。
洛錬の頭には「怪しい人は、自分のことを怪しくないと話すぞ。」と言っていた学校の先生の言葉が脳裏にチラついてきた。
「あーそうですか。じゃあすいません俺そろそろ行かないと」
洛錬はこのままおっちゃんの話を聞くのは面倒だと思い、その場を離れようとチャリを漕ごうとしたが、瞬きをしたと同時に自分の目の前にはその男が立っていた。
―はっ、今何が起こったんだ?
おっちゃんはいつの間に俺の前に立ったのだろうか。もしかしたら滅茶苦茶強い武道家か何かかもしれない。
「まあまあ年寄りの話は最後まで聞かんか!!」
「…」
「って言ってみたかっただけなんじゃがな」
と言ってニヤニヤしている。
「えーっとすいません、俺はもう帰らせてもらっても良いっすか?」
「待て待て、ここからが本題じゃ」
おっちゃんは一度大きく深呼吸をする。
「なあお前さん、異世界に行ってみたいとは思はないか」
「は?」
耳を疑うような言葉が聞こえ、洛錬から思わず感嘆の声が漏れた。一体今目の前にいる人は本気で異世界などといった言葉を口にしているのだろうか。いやもしかしたら俺の聞き間違いかもしれない。そうだ『遺跡』を『異世界』と聞き間違えたのではないだろうか。完全にアニメの見すぎだな。今後は気を付けないと。
「えーっと、今何て言いました?」
おっちゃんに言い直しを要求する。流石に『異世界』なんて言葉をこんなおっちゃんの口から聞くはずがない。
「だから異世界じゃよ。」
「……」
洛錬の希望は簡単に打ち砕かれた。
どうやら聞き間違いという線は完全に消えたらしい。洛錬の頭の中では一つの思考で一致した。そう、この人は確実に『ヤバイ人』だということだ。それとも、もしかしたら認知症とかの可能性もある。
俺はどうしたら良い。洛錬の心の中で判断が揺らぐ。警察か、それとも救急車を呼ぶべきだろうか。いやそれよりも、まずこの場を離れるのが先…だろうか。
今から起こすべき行動が、洛錬の頭の中でまとまらない。
「おいおいどうした、聞こえなかったのか。あの異世界じゃよ。アニメ、漫画、あとライトなんちゃらとかで有名なあれだな。」
と、洛錬にとって聞きなれた言葉が、その言葉には似合いそうにない、自分のことをただの骨董屋だと名乗るおっちゃんの口から発せられた。
—―えーっとどうしよう。何とか切り抜ける方法を見つけないと。
はっ、頭に一筋の光が走る。足りない洛錬の頭の中に一つの突破法が浮かんできた。
それは一旦おっちゃんの話を適当に聞いて、その後うやむやにして、さっさとこの場を離れるというものだ。
「じゃあ...何か証拠を見せてくださいよ、証拠を!!」
洛錬の話を聞いたおっちゃんは今まで以上にニヤリと笑っていた。
—―ヤバい、もしかして良くない手を引き当ててしまったのか?
洛錬はそう思い一歩後退りをした。
逆におっちゃんの方は気分が良くなったらしい。洛連との距離を詰めて語りだした。
「良いぞ良いぞ。丁度今それを見せようと思っていたところじゃ。グフフ、グヘヘ。あれ、こっちかな?あれ、こっちかな?」
そう、歌舞伎の人風に言いながら体のあちこちを触り始め、どうやら目的のものを見つけたのか、ズボンに付いているポッケに触り、一瞬体がビクッとなっていた。そしてポッケから、しわくちゃなレシートと嚙み終わったガムと一緒に、おっちゃんの目的の物であると一瞬で分かる、高級そうな模様の入った灰色の指輪を突き出してきた。
「これは一体...」
「ふ、ふ、ふ、これじゃこれ、これじゃよ。これで行けるんじゃ。さあ付けてみてくれ。さあ早く。」
そう言っておっちゃんは、俺に指輪をつけるように急がしてくる。
指輪は見たところそんなに特別な物のように思えない。余りにもきな臭い。おっちゃんのデタラメだ。
「はい、はい。分かりましたよ。付ければ良いんですよね。」
洛錬は自転車から降り、道の端っこに止め、その後指輪をおじさんの手のひらから取って、左手の人差し指に付けた。
ゆっくり顔を上に上げると、目の前には変わらずニヤついているおっちゃんがいた。周りを見渡してもさっきから見続けている景色のままだった。
―あれ?何も起きないな?
やはりおっちゃんの言葉は出鱈目ではないだろうか。
「はい、付けましたよ。」
洛錬は淡々と言葉を放つ。それに対しおっちゃんは喜々として話しだした。
「そうじゃ、そうじゃ、で次はそのまま指パッチンをするのじゃ。」
そう言っておっちゃんは目の前で、右手で指パッチンの動作を見せてくる。普通に指パッチンをするのと同じ動作だ。俺も同じように指パッチンをしろってことだろうか。まあいいや従っておこう。
「はいはい今しますよー。」
——どうせ指パッチンなんてしても何も起きないんでしょ。あ、でも仮に異世界に行けたとしたらそれはそれで面白いかもなw例えばチート無双なんてして、ハーレムとか作っちゃったりとかw。ま、そんなこと普通起こるわけないよな。
『パシュ』
少しミスったような指パッチンだった。そう、ただの指パッチンに過ぎないこの行為。
そんなこの行為は、俺の………だった人生に分かれを告げ、告げ、告げ...る日も告げない日もある世界に、身を委ねさせることになった。
今、一話から少しずつ手直ししています。ストーリー的には全く変わらないので是非続きも読んで行って下さい!!あと、☆☆☆☆☆☆に色を付けたり、感想、ブックマーク登録をしていただけると嬉しいです!!