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第七章

この章で完結します。


 ホールのざわつきは一向に収まらなかった。理解が追い着かない方々が他の人に尋ねたり、妻に誤解されていると気付いて、必死に自分の気持ちを告げて説得したりと……


 そんな人達をロバートン殿下はじっと見回していた。呪いの話は事前にしていましたが詳細は伝えていなかったので、恐らく殿下も驚いていることでしょう。

 

 やがて殿下は、俯いたままの女性達に向かってこう尋ねた。

 

「ご婦人方にお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 殿下の言葉にご婦人達が全員顔を上げた。

 

「何故男の子が生まれると夫の愛がないと思われるのでしょうか?」

 

「愛があれば女の子が授かるからですわ」

 

 一人の婦人がこう答えると、他の女性達も頷いた。すると殿下はまた質問をした。

 

「しかしかけられている呪いは、愛が真実ならば女の子が生まれる()()()()()()ということなんですよね?

 つまり言い換えれば、たとえ真実の愛があっても必ずしも女の子が生まれるとは限らないわけですよね?

 そもそも呪いがなくても、生まれてくる子供の性別がどちらかに偏ることはよくあることです。男だけの七人兄弟だとか、女だけの六人姉妹とかね。

 つまり夫が本当に妻を愛していたとしても、たまたま男の子ばかり生まれてくる場合もあるわけですよね?」

 

 そうだ、その通りだという声があちらこちらから上がった。

 

「この呪いはどこまでも狡猾で情け容赦ないですよね。カルトン一族を精神的にとことん追い詰める。

 それだけその呪いをかけた女性の恨みが大きかったのでしょう。

 しかしこの呪いを一族が皆で共有していたら、無駄な心の探り合いをせずとも済んだように思います。それに皆で知恵を合わせれば、何か解決法も見つかっていたかもしれません。それなのに何故、こんなにも永きに渡って秘密裏にされてきたのでしょうか」

 

「カルトン侯爵家に嫁いで一人目の子供が無事に生まれた後で、義母にこの呪いについて聞かされました。そういうしきたりなんだそうです」

 

 母がこう答えると女性達全員が頷いた。いくらしきたりだろうと、よくまあ素直にそれに従ってきたものだと、正直私は引いてしまった。従順にもほどがある。

 まあ、祖母の思惑に疑問も抱かずに、そのレールの上を進んできた自分が言えたことではないけれど。

 

 ✽

 

 実は屋敷に引き籠もっていたこの二月の間、私は何度か外出したことがあった。

 ほら、祖母の本の出版準備や、オルトさんとシェリーさんのデートをセッティングしたり……


 そしてそれ以外にも、会って話を聞いてみたかった人を訪ねたりしていた。

 その会いたかった人とは、去年まで私の世話をしてくれていたメアリーさんだ。別れの時、彼女は何か私に言いたげだったから、ずっと気になっていたのだ。


 メアリーさんは、カルトン家を辞すると祖母に告げた時の話をしてくれた。

 メアリーさんが夫の仕事の関係で王都を離れると言った時、祖母の怒りは物凄かったという。

 一人で生きて行くだけの能力があるにも関わらず、何故自分のキャリアを捨てて夫に従うのかと。

 

「あの時ようやくわかったのです。大奥様はご婦人達のために活動してるわけではないのだと。

 ご自分同様に男性なんて信じてはいけない、愛してはいけないと、ただ女性達を洗脳しようとしているだけなのだと。

 

 完璧な自分が男性になんか裏切られるはずがない。自分は最初から夫などを愛してはいなかった。元々夫の愛など必要としていなかったと、そう思い込もうとなされていたのでしょう。

 心の奥底では、本当は大旦那様を信じたかったのでしょうが。

 

 私はお屋敷を去る時にそのことをリラティーヌ様にお伝えしたいと思いました。

 お嬢様はロバートン殿下をお慕いしているのに、仲違いしていると悩んでいらっしゃいましたから。

 お二人が上手くいっていないのは、恐らく大奥様が何かをしているに違いない、そう私は思っていたのです。

 

 でもそれをはっきりと証明することはできませんでしたし、大奥様を尊敬しているお嬢様が、私の話を信じて下さるとも思えませんでした。

 ですから直接お嬢様にはお話をせず、奥様だけにこの話を致しました。


 でも、お嬢様がわざわざこちらにお出でなったということは、大奥様の呪縛から解き放たれということですね?

 

 まあ、殿下との誤解が解消されたのですか! それは良うございました。長い間辛い思いをなさった分、お二人で力を合わせてお幸せになって下さいませね」

 

 メアリーさんは嬉しそうにそう言ってくれたのでした。

 

 ✽

 

「先祖の呪いで皆さんも辛い思いをされましたね。

 ただ先ほども言いましたが、皆で情報を共有できていればこんな長い間苦しい思いをしなくても済んだような気もしますが、これも高位貴族の矜持なのでしょうか。

 しかしもし呪解を望まれるのなら、王城の魔術・呪術対策部にご相談されるといいと思いますよ。

 

 それから、前当主夫人のお誕生日の席でこのような発言をするのは、甚だ失礼なのですが、僕とリラティーヌ嬢の関係を一族の皆様にご報告させて下さい。

 

 ええと、僕はリラティーヌ嬢のことがずっと好きでした。初恋でした。

 しかしずっと避けられていると思い込み、上手く彼女との関係が築けませんでした。

 ですが最近になってようやく、彼女も僕を慕ってくれていたことがわかりました。


 僕達は契約魔法のせいでイヤイヤ婚約しているわけではないことを是非理解して欲しいのです。

 黒の一族の皆様には不本意かも知れませんが。

 僕は彼女を愛しています。これからは誤解が起きないようによく話し合って、信じ合い、手を取り合って、共に生きて行きたいと思っています。

 どうぞよろしくお願いします」

 

「私もロバートン殿下を愛しています。でも今まで契約魔法だとか、真実の愛の呪いだとか、婚約破棄シリーズ本による刷り込みとか、過去の愚かな先祖のせいで惑わされて、愛する殿下とすれ違ってしまい、とても辛い思いをしました」

 

 私と殿下の邪魔をしてきたと自覚のある黒の塊と、父と祖父母が気まずそうな顔をして、殿下に向かって頭を下げた。

 本来は不敬罪に問われてもおかしくないのよ。私は殿下に見えないように彼らを睨み付けてやったわ。

 

「でも、そんな愚かな人達のせいで不幸になるのは絶対に嫌なんです。

 私は殿下と共に力を合わせてこの先幸せな人生を生きていきます。

 皆様にも協力して頂けると嬉しいです。

 

 お祖母様、お祖母様は私が一人でも生きて行けるように強い人間に育ててくれましたね。そのおかげで殿下と共にいられると思います。

 お祖母様、一人でいるのは強いわけではないと思います。誰も信じられないから、愛せないからという理由で一人でいるのなら、それは弱い人間です。

 

 そもそもお祖母様、お祖父様が信じられないなら、お嫌いなら、何故離婚するなり別居してお一人で暮らさないですか?

 お金なら使い切れないほどあるでしょうに。

 読者には男を見限って格好良く一人で生きろとメッセージを送っているのに矛盾しているというか、ずるいですよね。

 

 超有名恋愛小説家エレン=グリフレット先生の担当秘書としては、次回の小説では強い女性ではなく、弱い女性が愛を信じて強くなるというお話を書いて頂きたいですね。

 その際は是非とも、ご自分の正直な気持ちを込めたハッピーエンドの恋愛物でお願いします。

 そして小説が出来上がったら、是非とも私が校閲する前にお祖父様読んでもらって、感想を聞かせてもらっておいて下さいね、先生!」

 

 私は微笑みながら、大人気作家の先生に向かって、こう提言したのだった。

 


 ✽✽✽

 


 祖母の誕生日パーティーから半年後、超有名恋愛小説家エレン=グリフレットの新作が発表された。

 本のタイトルは、


『そこに真実の愛はあった……五十年分の薔薇の園』


 今までの作風とは違い、夫を愛していながら夫の過ちを許せず、かといって夫と別れることもできずに、離れに閉じ込まってしまった弱くてウジウジして情けない女性の話だ。

 

 夫を信じたい、でもまた裏切られるのが怖い、夫を愛している、でも再び別れの言葉は聞くのは耐えられない……

 

 妻は何度も本宅へ戻ろうと試みたが、いざとなると足が竦んで動かなかった。

 もしかしたら愛人と鉢合わせてしまうかも知れないと妄想すると、それだけで心臓の音が激しくなって、爆発してしまいそうになったのだ。

 そしてその度に彼女の体は、まるで水をかぶったように、冷や汗でビショビショになったのだった。

 

 そんなある日、彼女はふと離れから本宅の様子を窺おうと窓から外を覗いた。

 すると以前は芝生だった場所が、いつの間にかそこが花壇に変わっていた。

 そして彼女の好きな赤い薔薇が植えられてあった。

 

 妻はその花壇が気になって度々外を眺めるようになった。すると、次第に花壇の面積が広がっていき、十年後には見事な薔薇園になっていた。

 

 妻の六十五歳の誕生日の朝、彼女は窓から見えるその薔薇のあまりの美しさに魅せられて、フラフラと外へ出た。そしてその薔薇を初めて間近に見て驚いた。

 何故ならその薔薇園に咲いていた薔薇は、全て同じ種類だったからだ。しかもそれは、彼女が一番好きな薔薇……

 

 顔合わせをした日に、婚約者となる少年からもらった一輪の赤い薔薇、それだった。

 その後婚約が決まった時、彼は満面の笑みを浮かべてこう言った。

 

「これから君の誕生日には必ずこの薔薇を贈るよ。この薔薇は君への僕の愛の印だから……」

 

 そう。あの人はずっと忘れずにこの薔薇を贈り続けくれていたわ。私が心を閉ざした後も、離れに籠もってしまってからも。

 この五十年、ずっと私は彼に愛されていたのだわ。そして私もあの人を愛していた。

 何故そのことに私はもっと早く気付けなかったのかしら。

 

 彼女の頬から幾筋もの涙が流れて、赤い薔薇の花の上に落ちた。

 その時、自分の名を呼ぶ懐かしい声がして振り返ると、そこには一輪の赤い薔薇を手にした愛する人が、昔と同じ満面の笑みを浮かべて立っていたのだった。

 


 ✽✽✽

 


 出版社の予想に反してそのエレン=グリフレットの新作は、異例のヒットとなり、あの婚約破棄シリーズの売り上げを大きく上回ったわ。

 そしてその大ヒットを祝う出版社のパーティーに、初めて作者本人が夫を伴って現れたので、会場は大いに盛り上がったの。

 二人は六十代後半とは思えないほど若々しく、まるで新婚カップルのように仲睦まじい様子だった。

 

 そしてそのパーティー会場には、その作者であるエレン=グリフレットの正式な秘書兼編集者となった私が、婚約者と共に参列したわ。

 幸せそうに微笑む老カップルを見ることができて、私達も本当に嬉しかった。

 

 そしてその翌朝、新聞の見開きを見た人々が仰天したらしいわ。

 何せ幸せそうな老カップルの近くには、やはり幸せそうに婚約者と腕を組んだ第二王子殿下が写っていたのだから。

 なんと超有名な恋愛小説家の秘書兼孫は、第二王子殿下の婚約者だった!


 記者達は大きなスクープを取り逃したって地団駄を踏んだらしいわ。ウフフ……

読んで下さってありがとうございました!

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