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第六章

残酷なシーンがありますので、ご注意下さい。


「皆様、この本は『真実の愛があれば……』というタイトルのエレン=グリフレット女史の最新作です。

 この本を是非とも皆様に読んで頂きたくて、こちらに用意させて頂きました。

 何故読んで頂きたいかと申しますと、この本の内容が、我がカルトン侯爵家に関する重大な秘密と酷似しているからです」

 

 私がここまで話すと再び皆がざわつき始めた。そして彼らは自分の手にした本の表紙に目をやった。

 

 そこには黒髪と金髪の夫婦、そして黒髪の男の子の三人が描かれていた。まるで家族の記念写真のような絵だ。一見ほのぼのとした絵のようだったが、よく見ると笑顔の中で母親だけが苦悩の表情を浮かべている。

 そのことに気付いた女性達が眉を顰めた。まるで自分の家族がモデルになったみたいだと、そう思ったからだろう。

 

「皆様、周りをご覧になって下さい。皆様はこちらに集まっている一族が異常だとお思いにはなりませんか?」

 

「「「・・・・・」」」

 

「今更何をと皆さんがおっしゃいたいのはわかります。しかし、やはり我が一族は異常です。それを認識した上で何故こんな異常な状態になったのか、一度全員で考えてはみませんか?」

 

「お嬢様、一体何をおっしゃいたいのですか?」

 

 誰も応答しようとしないので、オルトさんが仕方なしにというように声を上げた。

 

「これはオルトさんにも近々身近な問題になると思います。ですから未婚の男性の代表としてお答え願おうかと思います。

 

 我が一族にはこの百五十年もの長い間、私が生まれてくるまで、ずっと男子ばかり生まれてきました。そして、私より年下の子達も全員男子です。


 本当かどうかはわかりませんが、外で作られた子も皆男の子だったと聞いています。そして稀に女の子が生まれても、それは全て妻の不義の子だということが証明されているそうです。

 

 カルトン侯爵家には男子しか生まれてこない特殊な血が流れていると噂されているようで、我が一族の男子は、婿養子が欲しい家からは絶大な人気なんだそうですね。


 ただし男の子を確実に授かるためには、カルトン家の人間のままでなくてはならないようで、確実に男の子が欲しい場合は、子供が生まれてから婿養子に入るという形式を踏まないといけないそうですが。

 そしてカルトン家には女の子が生まれないと有名ですから、それを理由に結婚を断わられるケースもあるそうです」

 

 何人かの男性が項垂れたのが見えたのでやはり本当のことなんですね。

 

「男の子が生まれてから奥様が冷たくなったと感じる方はいらっしゃいませんか? 恐らくお二人目以降だと思うのですが」

 

 私の問に多くの既婚男性が頷いた。やっぱり、と私は思った。お気の毒だ……ほとんどの方には何の落ち度もなく、誤解のはずなのに。

 

「ええと、まだ未婚の私が口にするのは憚られるのですが、我が一族は兄弟が多いのも有名です。

 これは大変喜ばしいことではありますが、ええと……男性の方はそれを義務的というか、強制的にというか……」

 

 さすがに私が口籠ると、先ほど頷いていた方々が目のやり場に困り、一様にぼんやりと天井を見上げました。もちろんお祖父様もです。

 そしてその方々の奥様達がキッとした目で私を睨んできます。怖いですが、そのお気持ちはわかります。

 

「我が家は一族では珍しい三人兄妹です。何故少ないのかと言えば、三人目が女の私だったからです。もし私が男の子だったら、我が家ももっと兄弟がいたと思います。

 そうですよね、お母様?」

 

 私の問いかけに母が頷くと、事情を知る父以外の男性陣は、既婚未婚関係無く不思議そうな顔をした。もちろんロバートン殿下も。

 

「私が生まれた時、百五十年ぶりの女の子だということで、一族は狂喜乱舞し、花火まで打ち上げたと聞いています。そして私のお披露目はかなり盛大だっと」

 

 年配の方々が頷いた。

 

「でも、その祝いの席に出席した女性の方々は、その多くが複雑な思いをされていたと思います。

 そしてもちろん、私の母も嬉しさよりも戸惑いというか、辛かったそうです。

 本当に私が父の子なのか、という疑う目や、嫉妬の目が針のように刺さってきて苦痛だったそうです。

 しかしそれと同時にそんな皆様の気持ちもわかったので、とても悲しかったそうです」

 

 母だけでなく多くの女性達が下を向いたので、父以外の男性陣が戸惑いの表情を浮かべた。

 そこで私は覚悟を決め、大きく息を吸い込むとこう言った。

 

「何故我がカルトン一族に男子ばかり生まれてくるのかと言えば、それは男の子だけが生まれるという呪いがかけられているからです。

 しかし、その呪いには『真実の愛があれば女の子が()()()()()()』という、抜け穴というか可能性がわざと付加されていたのです」

 

 一族の男性全員が絶句した。

 

 ✽✽✽

 

 この呪いがカルトン家にかけられたのは約百五十年ほど前。そして呪いをかけたのは、例の契約魔法を結んだ悲恋の侯爵家令息の妻だった。つまりはカルトン侯爵夫人だ。

 

 何が悲恋の令息だ。こいつがそもそも子孫を苦しめた元凶だ。クズの中のクズ。

 

 自分達の悲恋に酔いしれ、後先考えずにあんな契約魔法を結んだ挙げ句、真実の愛を貫くとほざいて、その後結婚した妻を蔑ろにしたのだ。

 

 父親が亡くなって侯爵家の当主になると、男はもうやりたい放題だった。そして娘ばかりで嫡男をなかなか産めなかった妻を役立たずと罵り、暴力まで振るった。

 侯爵の娘を王女の産んだ王子の元に嫁がせることができれば楽だったのだが、それは到底無理な話だった。

 二人の関係はどんなに隠そうとしても、貴族の中では有名だったから、そんなスキャンダルになった家から王家が嫁をもらうわけがない。


 だからほとぼりが冷めるまでは、二人の血を繋げるのを待たなければならない。そしてその目的が達成されるまでは、絶対にこの侯爵家の血を絶やしてはならない。

 だからどうしても息子が必要なんだと男は思っていたのだ。

 

 そして五人目でようやく男の子が生まれると、難産で疲労困憊だった妻に向かって侯爵はこう言い放った。

 

「ようやくか。跡取りさえ生まれれば、あの方だけに真実の愛を捧げようと思っていたのに、お前が女ばかり産むから何度もお前なんかを抱かなくてはならなかった。その苦痛がお前にわかるか! 本当に忌々しい奴だ。

 だがこれでお前も用無しだ。起き上がれるようになったら、さっさと実家へ戻れ!」

 

 そして自分と愛する女性との血を結んでくれるだろう息子を抱き上げて、侯爵は満面の笑みを浮かべて部屋を出て行こうとした。

 するとその時、妻がベッドからガバッと起き上がると、椅子の上の洗面器に置いてあった、臍の緒を切った時に使用された鋏を手にした。

 

 部屋の中にいた産婆が慌てて妻を止めようとしたが間に合わず、妻はその鋏を夫の背中に突き立てた。夫は赤ん坊を抱いたまま膝から崩れ落ちた。そして振り向くと、そこには感情が全て消え去った無表情な青白い女の顔があった。

 

「お前を呪ってやる。

 真実の愛だと? そんなものがこの世にあるわけがないだろう? 

 もしそんなものがあったのなら、引き離される前にさっさと他国へでも逃げりゃあ良かったんだ。


 お前は男の子が欲しかったんだろう。なら男さえ生まれれば文句はないんだな。これからこのカルトン家には男しか生まれないようにしてやるよ。嬉しいだろう?

 えっ? それでは王家に嫁がせられないだと? 知るか!

 でもまあ、希望は必要だな。そうだ。真実の愛で交わった時にだけ女の子が()()()()()()……という可能性を残してやろうか。

 まあ、お前の血を引く子孫に、本当に女を愛せる者など現れる訳がないと思うがな。


 そうそう。真実の愛の結晶を持てる子孫が本当に生まれてくるかどうか、それを確かめられるように、お前を長生きさせてやるよ」

 

 妻は夫の顔を見下ろしながら怒りの籠もった掠れ声でこう言うと、夫の背中から鋏を引き抜いて、今度は自分の左胸にそれを突き刺した。

 すると妻の胸からは物凄い血飛沫が飛び出し、夫と赤ん坊に降り注いだのだった。

 

 その後妻は死に、夫は生き残ったが、背中の激痛は死ぬまで消えなかった。

 しかも痛みから逃れようと何度も自殺を試みたが死にきれず、男がようやくこの世を去ることができたのは、孫の孫である玄孫(ひしゃご)の男の子が生まれた後だった。


 彼の葬式には彼とそっくりな黒髪の男達だけが参列していた。嫁達は誰一人参列しなかった。そしてもちろん親族に女性は誰一人いなかった……


 この呪いがかけられた経緯は、その現場に立ち会った産婆によって、一冊の書物に残され、代々の当主の妻によって、嫁に引き継がれていった……


 呪いをかけた侯爵夫人自身が魔女だったのか、それとも彼女に同情した魔女が彼女に乗り移っていたのか、それは今もってわからない。

 

 ✽✽✽

 

「この呪いのせいで我が一族には男ばかりが生まれてきたのです。

 家の継続のためには跡取りとなる嫡男が必要とされますが、昨今ではもし女の子だとしても婿を迎えればいいと考える方も多いと聞きます。

 そもそも子供の性別に拘っておられなかった方々もおられたはずです。

 それなのに女の子が生まれるまでは、と奥方様に望まれて戸惑われた男性の方もいらっしゃるのではないですか?」

 

 多くの男性の方々が妻にわからぬように目で頷いていた。

 

「奥様達は男の子が生まれる度に心に傷を負っていたのだと思います。

 ああ、また男の子だ。私との愛は真実ではなかったのだと。そうですよね、奥様方?」

 

 ご婦人方が一斉に大きく頷いたので、紳士達は一斉に驚愕した。そして一斉に自分の妻に向かって声を張り上げた。

 

「「私(僕)は君(お前)を本当に愛しているぞ。噓じゃない!」」

 

 ホールの中は騒然となった。

 

「リラ、貴女は何故私に内緒でこんなことをしたの? この呪いのことは、代々嫡男の妻だけが一族に嫁いできた女性だけに伝えてきた秘密だったのよ。それを殿方に教えてしまうなんて」

 

 祖母が今まで見せたことのない怒りを含んだ厳しい目で私を睨んだ。しかし私はそれに怯えることなく、こう言い捨てた。

 

「どうせお祖母様は、この呪いの話を元にして本を発売する気だったのですから、別に構わないじゃないですか」

 

「私の出そうとしていた話はあくまでも創作物よ。読者がたとえその本を読んだからと言って、我がカルトン侯爵家の話だとは誰も思わないでしょう」

 

「でも、カルトン侯爵家の者がこの本を読めば、それが本当の話だってことだってみんなわかりますよ」

 

「何故?」

 

 祖母が驚いたよう顔をしてたので、寧ろこちらの方が驚いてしまった。すると私に代わって母が答えた。

 

「私を含め一族の女性の皆様は全員、エレン=グリフレットという人気作家がお義母様だということにとっくに気付いていましたよ。


 だってお話の内容のほとんどが、このカルトン侯爵家に関わるものでしたもの。いくら他国という設定であっても。

 まあ門外不出の内容ばかりだったので、世間には我がカルトン侯爵家のことだとはわからなかったかもしれませんが。でももしや…と思われている方もきっといらっしゃるでしょうね」

 

 そしてその母に続いて父の弟達の妻である義叔母達も呟いた。

 

「でもさすがにこの新刊で世間にもわかってしまうのではないですか? 男ばかり生まれてくる一族だなんてそうそうありませんものね」

 

 ホールにいた全員が頷いた。それを見た祖母は真っ青になって、座っていた椅子の背に力無くその身を預けた。

 そしてそんな祖母に向かって私はこう告げた。

 

「お祖母様、心配なさらなくても大丈夫ですよ。この本は自費出版で、世間には出回りませんから。

 それに出版社と印刷所にはきちんと口止めしましたから」

 

 と。

 

読んで下さってありがとうございました!

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