第三章
また話がずれてしまったが、家族及び親族はとにかく異常なまでに私を心配をする。何せ私は百五十年振りに誕生した女の子だから。
彼ら黒の一族は、自分の息子達を使って学院内で私のことをガードをしてくれた。確かにね。でもそれによる負の功績も大きかった。一般学生が私を怖がって近付かなくなり、友人が一人もできなかったからだ。
かなり逞しく図太い私でも、さすがに一人ぼっちというのは辛かったわ。授業中はいいけれど、移動する時とか、ランチの時とか、休み時間とかね。
婚約者であるロバートン殿下は、生徒会室以外では一切接触してこようとはしなかったし。
そうです。私が殿下と個人的に接触することはほとんどなかった。
週に二度の王宮でもお妃教育の時も、私達はほとんど顔を会わせたことが無かったし、月に一度の定例のお茶会でもあまり話は弾まなかった。
それなのに、よりによってせっかく親しくなれた生徒会の皆様とランチをしていた所へ、殿下の側近のヘンリー様がいらして私にこう告げたのです。
昼食が済んだら応接間に来て欲しい。殿下がお待ちになっているからと。
私は思わず眉間に皺を寄せてしまった。マナー違反なのは重々承知していたけど。
ランチを食べながら、せっかく皆さんとゆっくりと楽しくお話をしようと思っていたのに。
一体なんなの? 明日は定例のお茶会なのだから、その時でいいじゃないの。どうせいつも大して話すことなんてないくせに。
私のこんな気持ちがわかったのでしょう。皆さんは口を揃えてこう言って下さった。
「私達はもうお友達なのだから、いつでもお話はできるわ。また来週ここでランチを頂きましょう」
お友達……その言葉が嬉しくて私は思わず泣きそうにながら小さく頷くと、ヘンリー様の後に付いて行ったのでした。
「「「かわいい!」」」
という声が背後から聞こえましたが、それがまさか自分のことだとは思いもしませんでした。
だって私は六年前、初めてロバートン殿下に会った時に気付いたのですもの。自分が家族や親類に言われるほどかわいい女の子ではないことを。
殿下はまるで嫌なもの、そう汚物でも見るように私を見たわ。そんな目で人から見られたのは初めてだった。微笑みかけて相手から無視されたことも。話しかけて無視をされたことも。
✽✽✽
学院の応接間のソファにはロバートン殿下が座っていた。そしてその後ろにはいつもの側近二人と護衛の二人が立っていた。
私がヘンリー様の後に続いて部屋の中へ入ると、応接間の扉が閉められた。私はギョッとして慌ててに外へ出ようとした。
「どこへ行く?」
「教室へ戻ります」
「君にはもう、今日の授業は無いだろう?」
何故殿下が私のスケジュールを把握しているの? いいえそれはともかく、男性しかいない部屋にいたら、何を噂されるかわかったもんじゃない。
私が強引に部屋から出ようとして扉を開けると、そこには顔見知りの王子付きの侍女がティーカップの乗ったワゴンと共に立っていた。
「彼女が同席するから妙な心配はいらない。もっとも君の名誉のためには本来人払いをした方がいいのだろうが」
意味深なことを言われ、私はムッとしたが、今度はその感情を顔には出さなかった。
「どういう意味でしょうか? 私は人様に聞かれて困るようなことはしておりませんが」
「ほう。君って案外図太いというか、悪女だったんだね。想像以上だ」
ロバートン殿下はいつもより増し増しで嫌味を言って、その緑色の三白眼で私を睨んできた。
ええ、隠してきたけれど私はかなり図太いんです。そうでもなきゃ、婚約者に嫌われているのがわかっているのに、それでも側に居続けるそんな真似できませんよ。
そして友人が一人もいない学院になんて通えませんよ。まあ本当は毎日の通学は辛いから、単位を取りまくって週三通いにしたのですが。
だけど悪女は聞き捨てなりませんね。私は悪いことなんかした覚えはありませんけど。
あっ、これがでっち上げによる断罪ってヤツですか? 証拠はあるのかしらん? もしや捏造したんですか? まさか天才と呼ばれている殿下が、そんな愚かなことをするとは思ってもいませんでしたが。
いや、祖母の小説に出てくる王子達もみんな才色兼備とか頭脳明晰とか言われていたのにやらかしていましたが。
もしかしたらロバートン殿下も、庇護欲誘うぶりっ子にでも愛を囁かれて騙され、唆されたのかしら?
今までロバートン殿下が特定の女性と親しくしている姿は見たことがないし、噂を耳にしたこともなかったけのですが、上手に隠していたのでしょうか?
まあ、殿下とは学年が違っているので教室が離れているので実態はわからないのですが。
しかも、殿下は食堂を使われていないし。
「私のどんなところが悪女なのでしょうか。自分ではわからないのですが」
「はあ? 開き直るのか?
いくらこの婚約が不満だろうが、婚約者がいながら浮気はまずいだろう。君には倫理観というか、貞操観念は無いのか?」
浮気? エーッ! 殿下ではなく私の方が浮気しているというでっち上げですか?
「私は浮気などしておりません。私が浮気しているという証拠はあるのですか?」
「証拠などいらん。俺がこの目で直に見たからな」
「ハァ? いつ、どこで?」
「昨日の午後三時頃、バーモトム通りにある『エッセン』というカフェで男と二人で微笑み合いながらケーキを食べていただろう?」
殿下の言葉で私はようやく浮気だと誤解された原因がわかりました。確かに昨日男性とカフェに入り、紅茶と人気のショートケーキを食べましたね。
ただしオルトさんと微笑み合っていた記憶はありませんけど。
だって、甘い香りが嫌いなオルトさんは始終不機嫌そうに眉間に皺を寄せていましたからね。
それにしても昨日の姿を見てよく私だとわかりましたね。一応変装していたつもりなんですが。
だって普通なら学び舎にいるはずの年齢の令嬢が、街中をフラフラしているはまずいでしょ。
だから成人した女性だと見られるような服を着て、普段はしない濃い目の化粧をして、格好のいい職業婦人風にメガネもかけていたのですが。
もっとスマートな大人の女性になるためには研究をしなければいけませんね。
やっぱり私の色気が足りなかったせいでしょうか? いやでも、浮気していたと思われたのですよね???
「確かに殿下がご覧になったのは私だと思いますが、私は浮気などはしていません。同席していたのは我が家の執事です。しかも身内です。彼は黒髪だったのですが、お気付きになられませんでしたか?」
「どれくらいの身内?」
「どれくらい? ええと、又従兄弟ですかね?」
「そんなもの、他人と同じだ!」
「ええと、そもそも彼は執事なんですから、他人だからといって別に何も問題はないと思いますが」
「あるだろう! 男と二人きりになるなんて。何故侍女を付けなかったんだ」
「何故って、そもそも私には侍女がいないからです」
「えっ?」
応接間はシーンと静まり返った。
ロバートン殿下が呆気に取られた顔をして私のことをガン見していた。
「君はあのカルトン侯爵家のご令嬢で、入学当時は君の周りを一族の男子生徒が囲んで守っていたよね。
最初は王宮からも護衛を派遣していたのに不要だと言われたよ。王家は信用されていないのだとあの時認識したのだが、まさか学院外では侍女もいないだと?
ほう。この学院内は街中よりも危険な場所だとカルトン家が思っていたとは知らなかった。
改善するようにと学院長にはよく伝えておくよ」
殿下の言葉を聞いて私は真っ青になった。
あの黒の塊は私が頼んだわけではないし正直迷惑だった。私自身は学院生活に不安など抱いたこともなかった。
しかし他の生徒達はさぞかし不安になったことだろう。
そして殿下は腹立たしく思ったに違いない。わざわざ護衛まで付けようとして下さっていたのに、それを無下にしてしまったなんて。
「今更ですが、殿下を始めとして王家の皆様や学院の関係者の方には大変失礼な真似をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
皆様を信用していなかったわけでは決してございません。ただ、我がカルトン家の者達の、私への過保護振りは異常で……」
「ああ知ってるとも。君は何せ百五十年振りに誕生したお姫様だものな。過保護にもなるよな。
そんな大切なお姫様をいくら契約魔法で決められたとはいえ、僕なんかに嫁がせたくはないよね、兄上ならともかく……」
「えっ?」
「契約魔法を破るとどんなペナルティがあるかわからない。だから守らなけれぱならないが、抜け道がないわけでもない。
嫌嫌でも結婚して子供を作った後なら離婚ができる。
さもなければ、どちらか片方が亡くなった場合もどうしようもない」
「えっ?」
「カルトン侯爵家は王家が君の命を狙うと疑ったのかな? あの異常な警護は。
そのくせ、変装すれば街中なら安全だと考えるなんて、考えが甘いんじゃないかな。護衛や侍女をぞろぞろ付けていていたら、目立ち過ぎて却って危険だと判断したのだろう?
しかしそれでも公の場以外、男と二人きりにならない……という貴族の最低のルールくらいは守るべきじゃないのか? 破れば浮気を疑われても文句は言えないと思うのだが」
私はショックで何も言えなかった。
確かに一度結婚して子供を産みさえすれば、離婚してもペナルティを受けずに済むかも知れないと私も考えていた。
しかしそれは私がそれを望んでいるからというわけではなく、殿下がそれをなさるかも……という可能性を考えていただけだった。
それにどちらかが亡くなったら……なんて恐ろしいことは考えたこともなった。
だから私自身が王家から狙われるなんて思ったことは無いし、愛する殿下を亡き者しようなんて神に誓って考えたことはない。
でも王家にそんな風に誤解させてしまったなんて、私は、そしてカルトン家はなんて愚かなことをしてしまったのだろうか。
「カルトン侯爵家がどう思っているのかは知らないが、王家が君に危害を与える気はないよ。
そりゃあそうだろう?
カルトン一族の威力の大きさ、影響力の大きさくらいは理解しているからね。そんな無謀なことはしないよ。
しかし、王子の婚約者が侍女も付けずに外を出歩いて、男と一緒に飲食したりすれば、不貞をしていると疑われて醜聞が流されても文句は言えないのではないか。
それにそんな噂が広まれば、君の実家だけでなく王家の恥にもなる。今後は気を付けてくれたまえ」
ロバートン殿下が言ったことは正論だった。何一つ間違ってはいない。
ただし殿下が疑惑に思っていることは全部誤解なだけだ。だけど、誤解させた方が悪い。
こんなに色々と殿下に誤解させてきたのだから、私の殿下への思いが通じるわけがなかったのだ……
「本当に申し訳ありませんでした。我が家の浅慮な行いのせいで、殿下を始めとして王家の皆様に誤解を招くような事態になってしまったことを、心からお詫びします。
そして、私の今回の行動も本当に恥ずべき行為でした。二度そんな真似は致しません。お許し下さい」
私はここまで言うと、殿下や側近の方々の前だというのに、耐え切れずに慟哭した。
リラティーヌは一年前まで、出版社へ出向く時は、オルト以外にメアリーを同伴させていました。しかし、メアリーが侍女を辞めたのでオルトと二人になりました。
祖母の正体は隠していたので、他の侍女を付けられなかったからです。
読んで下さってありがとうございました!




