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第二章


 ええ、祖母の小説に出てきます。

 お話の設定は百五十年近く前の他国です。

 とある侯爵家の跡取りのご令息と、ある伯爵家の一人娘であるご令嬢が人知れず恋人同士になってしまった。しかし二人とも家の後継者だったために、現世では結ばれることが許されなかった。

 二人は教会に救いを求めて逃げ込んだけれど、無情にも互いの護衛に連れ戻されてしまった。

 しかし引き離される前に彼らは、こっそり司祭の前で契約魔法を結んでいた。

 いつか必ず二人の血を結ぼうと。たとえそれが遥か先の未来になろうとも……

 

 あの話はほとんどノンフィクションです。ええ、そうです。その伯爵家というのが王家で、そのお相手の侯爵家というのが我がカルトン侯爵家です。

 

 何故百五十年もの間この契約が達成されなかったのかといえば、契約の条件に当てはまる子供が、両家にはずっと存在しなかったからだ。

 では、条件がそれほど厳しかったのかと言えばそうでもなかった。

 単にカルトン侯爵家直系の娘が王子と結婚をすればいいだけの話なのだから。

 ただし、あまりに非人道的な婚姻とならないように、年齢差が三歳以内という規定が付いているだけで。

 

 それなのに何故今まで誰も結ばれなかったのかというと、カルトン侯爵家にはこの百五十年の間、男子しか生まれてこなかったからです。

 権力抗争のことを考えると、王女をカルトン侯爵家の嫡男に嫁がせると契約しておけば良かったのにと、私なんかは思います。

 ですが、追手に迫られていたので、ご先祖様達はそこまで頭が回らなかったのでしょう。頭がいい人達だったとはとても思えないので。

 

 

「私達の契約魔法も、あの小説の中に出てくる契約と似たようなものなのです。もちろん今ではそんな理不尽な契約は結べませんけれど。

 でも私達の契約は百五十年前のものです。当時は違法ではなかったですし、期限も設定されていないので、そのまま有効なんです」

 

「小説を読んでいた時はロマンチックだと思っていたけれど、子孫はいい迷惑ですね。

 自分達だって辛い政略結婚をさせられそうになっていたのに、子孫にも似たような思いをさせようとしたなんて」

 

 私の話を聞いたナンシーさんの表情がかなり同情的になっていた。

 いくら切羽詰まっていた状況だったとはいえ、ご先祖様達はあまりにも浅慮過ぎです。本当にいい迷惑です。

 

「そういうわけなので、殿下が私を疎んじるのも仕方のないことなんです」

 

「でも、立場はお二人とも同じでしょう?」

 

「まあそうですが、人はそれぞれ好みがありますし、私が殿下の許容範囲を超えていたのでしょう。ほら、考え方も全然違いますし。この間のことでおわかりでしょう?

 今までそれが表面化なかったのは、私が自分の意見をこれまで述べてこなかったからです。でももういいんです」

 

 ナンシーさんは何か納得のいかなそうな顔をした。でもこればかりはどうしようもないわ。

 今まで私が自己主張をせずに殿下に合わせてきたのは、殿下に命令されたからでもそう要求されたからでもない。ただ私が、殿下を一方的に好きだったからだ。

 でも何をどうしようと、どうせ殿下から好かれはしないのだと、大分前から私も気付いていた。

 だから、私はもうそろそろ自分を偽るのはやめなくては……と思っていたのです。ただそのタイミングがわからなかっただけで。

 まあそう決心しても、殿下を好きだという私の気持ちは未だに変わらないのだけれど。

 自分でも呆れるほどしつこくて諦めが悪い私です。

 

 ✽✽✽

 

 出版社の帰り道、殿下のことを思い出して気持ちが落ち込みかけたので、私は深呼吸を一つして、無理に楽しげなふりをしながら、今王都で人気のカフェの中に入って行ったのでした。

 しかしそのせいで私は、その翌日に殿下とのっぴきならない状態に陥ったのでした。

 

 ✽


 カフェに行ったその日は登校日でした。私は朝普通に登校してダンスと体操と芸術、それから魔術の授業を受けたわ。

 そしてその後、ランチを頂くために私は食堂へ向かった。

 するとそこには、ナンシー含めた生徒会の女子メンバーが三人いて、一緒にいかが?と私に声をかけて下さった。

 

 私は人と一緒にランチを食べるなんめて初めてだったので、ドギマギして挙動不審になってしまった。

 それでも、喜色満面の顔は隠し切れなかったので、皆様は私の気持ちを察してくれたようで、不審がられることもなくてホッとしたわ。

 

 

 十三歳で学院に入学して以来、私には親しい友人ができなかった。

 それは第二王子の婚約者だったことに加え、入学してからずっと試験で満点を取り続けたことが原因の一つよね。多分。ほどほどにしておけば良かったわ。

 

 これが昔祖母の書いたざまぁシリーズのお話の中だったら、妬まれて苛めを受けたり、無実無根の罪を擦り付けられたんでしょうね。

 

 だけど実際は確かに友達はできなかったけれど、苛めや嫌がらせをされたことはないわ。

 まあ何故そうだったかという原因はわかっているけれど。

 私に睨まれたり、目を付けられたら怖い……と私が皆さんに思われていたからだと思う。

 

 何せ私は学院に入学した頃、グルッと男子生徒達に囲まれてガードされてましたからね。

 私が動くとまるで民族大移動(大袈裟!)のように黒の塊が動いていましたよ。

 全く迷惑もいいところだったので、私が必死に止めて欲しいと訴えたけど、一向に止めてくれなかった。そこで母に訴えた結果、一週間で彼らのその行動は収まった。

 

 そう。カルトン家の実権はその頃くらいから、祖母から母に移行していたのです。祖父から父へではなく。

 

 とはいえ、その後も絶えず学院のいたる所で彼らの視線を感じたわ。つまり彼らはこうやって、私に手を出したら承知しないぞ!という無言の圧力をしっかり学院内に浸透させていったのです。彼らは結構な策略家の集団です。

 

 この黒の塊の正体が一体何だったのかと言うと、それは私の兄二人と従兄弟達です。

 我がカルトン侯爵家一族は皆子沢山です。しかも生まれくる赤ん坊は男ばかりで、みんな真っ黒な髪をしています。瞳の色は色々でしたが。

 

 政府内にも官庁内にも地方省庁にも軍の中にも、警邏隊の中にもこの黒の一族は所属しています。しかも幹部の中に。

 

 つまりこの黒の一族には王族や高位貴族も一目置いている、この国の一大勢力なのです。

 そしてなんと私はその黒の一族の、百五十年ぶりにようやく生まれた女の子だったのです。そう、一族待望の!

 

 私が生まれた時、一族は狂喜乱舞し、花火まで打ち上げたそうです。そして私のお披露目は、その前年に生まれた第二王子殿下の時より派手で大がかりなものだったらしいです。不敬にも。

 そして私は王女様のようにそりゃあ大切に扱われたらしいのです。

 

 らしい……といのは、当然私にはその記憶があまりないからですね。

 私が三歳になった頃、祖母がさすがに浮かれた一族に喝を入れたそうです。

 あなた方はこの子をどうしたいのですか! 自分一人で食事もできない、ご不浄にも行けない、着換えもできない、自分が何をしたいのか、何が好きなのかもわからない、そんな人間にするつもりですか! ……と。

 

 そして祖母はご自分のもっとも信頼なさっていた侍女のメアリーさんを私の世話係兼護衛として付けてくれた。

 護衛といっても、メアリーさんが何も武闘派だというわけではないわ。むしろ小柄で上品な可愛らしい女性だった。

 旦那様の仕事の関係で地方へ越すことになって去年辞められたけど、とても悲しかったわ。

 最後の日、彼女は何かを訴えたそうに私を見つめていたけれど、一体なんだったんだろう?

 

 彼女は幼い私をしっかり守ってくれたわ。だからこんなに自立心の強い人間になれたのだと思っている。

 でも具体的に彼女が何から私を守ってくれたのかというと、それは私に手を出そうとする人からなの。

 でもそれはいやらしい意味ではないのよ。言い換えると、すくに私の手助けをしようとする甘やかしの者達からです。特にお祖父様やお兄様達……

 

 私はこのメアリーさんから、自分の身の回りのことから、家事全般まで叩き込まれ、大抵のことは何でもできるようになった。

 その上私は、将来王子妃になることを定められていたため、後で苦労をしないようにと、父が厳選した家庭教師を付けてくれた。

 彼らは本当に厳しくて、私は毎日泣いていたわ。

 でも、彼らのスパルタ教育に耐え抜けた私は、もう大抵のことには平気でいられるのではないですかね? 

 精神的にも肉体的にも鍛えられたので、かなり逞しいというか、図太い人間になったと思うので。

 

 

 それでもまあ祖父や父や兄達は、私の学院生活が心配でたまらなかったらしい。

 苛められないか、貶められないか、濡れ衣を着せられないか、断罪されないか……

 それ、お祖母様の『婚約破棄シリーズ』の読み過ぎですよ。

 

 ちなみにうちの家族や一族は祖母がこの人気シリーズの超人気作家『エレン=グリフレット』だということを知らない、という設定になっている。

 祖母が執筆活動をしている秘密基地こと個室には、私以外には人が入れないように魔法陣が敷かれているので。

 

 何故祖母の個室にそんな魔法陣が張られているのかというと、結婚時の祖父との約束だからだそうです。

 一人で居られる場所を用意すること。つまり誰にも絶対に干渉をされない場所を逃げ場所を要求したのです。

 

 そしてそんな無茶な要求を祖父が受け入れたのかというと、結婚前、祖父は祖母に対して許されないような裏切りをしたからだそうです。


 なんと人前で婚約破棄をしたのだそうです。今では法律で禁止されている、あの伝説の人前婚約破棄の儀式を。

 ところがその数日後、祖父はなんとその婚約破棄を破棄したのだそうです。しかも祖母の実家の借金を勝手に全て返済し、復縁を迫ったのだそうです。

 自分で婚約破棄をしておきながら、何故今度は自分から復縁を望んだのか、その理由はわからないのですが。

 まあ何にせよ、祖父は本当にクズ野郎です。


 幼い頃は優しい祖父が大好きだったけれど、その真実を知った時から私は、祖父に触られると蕁麻疹が出るようになってしまった。

 まあ、痒いのを我慢して、表面上はニコニコの仮面は付けてはいるけれどね。

 

 この話は一族の中では箝口令が敷かれていて、実際に私も誰かの口から聞かされたというわけではないわ。

 だけど、『エレン=グリフレット』の『婚約破棄シリーズ』を読破すれば、一目瞭然だわ。

 何故ならあのシリーズの話の内容が自分達一族の話だって、すぐに気付くもの。

 だって、カルトン侯爵家の一族しか知らないような個人情報が、話の中には網羅されているんだものね。

 もちろん大概の読者にはフィクションだと思われるように、ちゃんと小説には書かれてはあるけどね。

読んで下さってありがとうございました!

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