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君の隣が私の居場所  作者: 御菓子乃国ノ有栖
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やっぱり、あなたしか考えられない

上:佐倉碧の日記帳

 私には、世界で一番大切な女の子がいる。


 名を望月雫。身長は多分160センチ前後。体重は知らない。勉強も運動も音楽も何でもできて、それでいて可愛い。割となんでもそつなくこなせる上に超努力家。


 そんな最強美少女とどうして取り柄もないぱっとしない私がそんなに入れ込んでいるのか、というのもまっとうな疑問だろう。




 ここでひとつ、私と彼女の思い出話でもしようかと思う。


 別に誰かに聞いて欲しいだとか、リアクションが欲しいだとか、そんなわけでは無くて。


 彼女との日々を過去のものにして私自身の心に区切りをつけるために、だ。





 彼女との出会いは中三の夏。出会いといっても一方的に彼女の姿と名前を認知しただけだった。


 


 当時、私は中一の頃からその塾に通っていて大体の顔は見知っていた。


 しかし中学三年の夏、受験に向けて本格的に勉強を始めるというタイミングで入塾してきたのが彼女だった。


 同じタイミングで入ってきた他の生徒は一番下のクラスでかったるそうに授業を受けるだけ受けて帰っていたのだけれど、紫苑はその中で授業後居残って質問をしたり、授業が無い日に来て自習をしたりしていた。




 それで珍しく真面目な子だなって思ったのと、本当に顔が綺麗な子だなって思った。クラスの子達みたいに服装とかメイクとかで可愛く見せてるんじゃなくて、素が綺麗な子ってこういう子を指すんだなって。




 当時、学校から帰ってきて塾に来るまでの間でわざわざ私服に着替えてきていた。その私服は決まってパーカーにジーパン。ショートカットで顔立ちも中性的だったから男装の麗人、みたいだなって思ったのがとても印象的だった。




 それからクラスも違ったから全く接することがなく過ごしてたんだけど、秋。


 彼女が私の在籍するクラスに上がってきた。


 しかも、席が隣。


 


 これがもし全くの初対面なら何も話さないで過ごしていてもおかしくないものだけれど、毎日自習室に通い詰めていた私たちの関係値を「初対面」と表現するのは何か違った。


 会話しなくても毎日同じ空間で過ごしていれば流石に顔と名前くらい知る機会があるし、空席の状況次第では近くの席になることだってしばしばあった。


 


 だからかもしれない。自然に話しかけていた。休み時間、授業の前後。


 最初はお互いに人見知りを発揮して空白ばかりの若干気まずい時間を過ごしていたけれど、それも二週間、毎日続けていれば会話も弾むようになる。




 勉強のこともそうだし、学校でのことに、趣味のこと。他にも、たくさんたくさん。






 時間を追うにつれて受験が近づく。受験が近づけば、周りの空気はピリピリとしたものになり、その中で過ごすだけでもストレスを感じるようになった。


 


 そんな中でも不思議なことに私と雫は全く変わらず。むしろどんどんリラックスして、休み時間のたびに勉強とは何の関係のない話で沢山盛り上がってた。




 勿論勉強もしっかりやってた。二人とも真面目な性格をしていたから授業中も自習中も基本集中してちゃんとやってた。


 でも質問に行くときなんかは二人で笑い合いながらだったりもして。


 分からない問題を教え合うこともした。私は文系、雫は理系で分かるところと分からないところが良く嚙み合ったから。





 そうして長い時間を共にして、親しくなるにつれて自習室でもずっと隣にいるようになって、気付けば四六時中隣には雫。当時は親よりも、誰よりも長い時間を一緒に過ごしていたと思う。


  






 そんな忙しくも充実した日々の中で気付いたことが、二つあった。




 一つは、私が雫に対して抱いている気持ちが、きっと雫とは違うこと。


 この「好き」という気持ちに、行き場がないということ。




 そしてもう一つは、雫が私に抱いている感情は特別なものではないということ。


 そして、その気持ちは「私だから」向けられているものではないということ。





 でも人間、気付きたくないことは知らんふりをするもので受験が終わるまでその事実からは目を背け続けていた。


 私は彼女のことを大切な友人として大好きで、彼女も私のことを大切に思ってくれていると。





 そうして目を背け続けていても、ちゃんと現実と向き合わなければならないときはやってきた。




 受験が終わり、無事に二人とも同じ志望校に合格が決定した後に二人でお疲れ様会を開いた。その時に雫から掛けられた言葉たち。


 元々雫からの言葉のほとんどは覚えていたが、その日の言葉は特にはっきりと脳裏に刻み込まれて、一語一句覚えていた。





「え~、蒼ちゃんカラオケ行ったことないの?ほんとに?学校始まったら絶対行こ!楽しいよ!」


「こうしてLINE出来るの嬉しいね。今までそんな余裕なかったもん。これでいつでも蒼ちゃんと連絡取れるのかぁ…!」


「部活決めた?…まだなら一緒に弓道部入らない?私も初心者だからさ!」


「もしクラスが別れても私たち、変わらず友達だからねっ?お昼休みも放課後もクラスまで迎えに行くから!」


「私蒼ちゃんが居ないともうダメになっちゃった。だからこれからもよろしくね?」




 甘い言葉に魅せられて、大きすぎる期待をしていた高校生活。


 八クラスもあればクラスが別れてしまうことも仕方ないよな、と思い割り切っていた。これも、雫から貰った言葉があったから。




 でも現実はそんなに甘いものではなくて、雫は約束のことなんてけろりと忘れたような顔で新たなクラスで友人と腕を組んでいた。手を繋いでいた。抱きしめ合っていた。笑い合っていた。部活も、知らない誰かとバスケ部に入っていた。




 そこは私の場所なのに、そこにふさわしいのは私なのに、その子は何?私が居ないとダメになったんじゃなかったの?




 その光景を見た途端私の中でどす黒い感情が噴き出してきて、頭がおかしくなりそうだった。




 


 しかしいったん落ち着いてしまえば、いつまでも当時の友好関係にしがみついて高校生活のスタートダッシュを失敗することがいかほどに恐ろしいかなんてことに気付いてしまう。


 涙が出るほどに辛くて、悲しくて、悔しかったけれどいつまでも止まってはいられない。前を向き、周囲の明るそうな集団に声を掛けた。




 元々空気を読むことには長けている方だったので特に問題なくそのグループに溶け込むことができた。




 ボケ担当の子が抜けたことを言って、ツッコミ担当の子が突っ込む。それに合わせて、周りの数人が笑う。


 グループ内でのやり取りなんて全部こんなもの。それ以上でも、それ以下でもない。


 


 そのグループに居て一か月くらいが経っても、「溶け込んだ」感覚はあっても「馴染んだ」感覚が全く湧いてこない。


 雫と話し始めたときはすぐに感じたフィット感のようなもの。


 一緒に居て楽しい、楽だと思えるそんな感覚。


 そんなものが一切出てこなくて、どれだけ経ってもどこか息苦しさを感じる人間関係の中で、私は毎日受験期に戻りたかった。


 雫と二人で、勉強して息抜きにちょっと話たり笑い合ったりした日々に。




 LINEが出来て嬉しい、なんていったもののやり取りがあったのは春休みの間数回だけで、学校が始まってからはめっきり無くなった。




 本当に関わりが一切なくなって心の拠り所がへし折られたような気持ちで、濁った眼で学校と家を往復していた日々の中、蓋をしていたもう一つのことを直視してしまった。


 時々廊下ですれ違う雫と、その隣にいる知らない女子に対して抱くどろどろとした黒い感情の正体。






 それがふと、『恋』なのではないかと思い当たった。


 


 きっかけは総合だったか道徳だったかの授業でLGBTに触れたことだったはず。


 その時は自分が当事者なんて夢にも思わずにぼんやりとしか聞いていなかった。


 しかりその授業の中で当事者にインタビュー、みたいなものがあって読んだ言葉。




───女同士はあり得ない、って思うじゃないですか。私もそうでした。でも、その子のことが大事で大事で堪らなくて。他の誰かが隣にいることが許せない!っていう嫉妬みたいなところから、私は恋に気付いたんです。




 その言葉を聞いた途端、至極ありきたりな表現だけど私の中に電流が走った。


 


 雫のことは一目見た時からやけに気になっていた。言われてみれば、自習している間も気になっていた。


 ああして親しくなってみて、離れたくないと思った。誰にも渡したくない、とも。私は雫なしでは生きていけない、とも。


 雫と相合傘をした時、他の誰かとしたときなんかとは比べ物にならないくらいに胸が高鳴った。心臓の音がうるさい、なんてこと少女漫画でしかないのだと思っていたのに。


 後ろから抱き着かれた時、手を繋がれた時、腕を組まれた時、髪の毛を触られた時。同性の友人同士なら普通にするであろうスキンシップの一つ一つを意識していた。


 彼女の言葉の裏を読もうと必死になっていた。それは誰かのことを示しているのかも、何ていう具合に。


 


 しかし当時から抱えていた感情が恋かも、だなんて思ったその時には既に雫と話すことが無くなって一年が経とうとしていた。


 お互いに新たな人間関係を築き上げて今更もとに戻ろう、なんて言い出せない。そのどうしようもない事実に、その晩は眠ることが出来なかった。





 折に触れて視界に入る雫の楽しそうな笑顔と対照的に雫の影を追い求めて高校生活を全く楽しめていない私。


 その格差が浮き彫りになればなるほど自分が惨めで仕方なくなり、同時に約束を破った雫のことを恨めしくも思った。


 しかし当時の甘美な日々を思い起こすとやっぱり好きで好きでたまらなくて。


 そんな行き場のない感情を持て余し続けてさらにもう一度冬を越した。





 そうして、会話がめっきりなくなってから約二年。


 当時は雫なしでは生きてはいけない、と本気で思っていたのにいざ生活してみれば割と何とかなることに気付いてしまう。




 一緒に弓道部に入るものだとばかり思っていたから、部活にも結局はいらずに高校生活を終えようとしていた。


 残りは記憶にも残らないような学校行事がいくつかと、大学受験。


 空虚な人間関係と学校生活も残り一年で終わってしまうらしい。


 想い出らしい思い出を作ることは結局できそうにないのは元の期待が高すぎた故なのか、それとも別の何かに所以しているのか。




 あれだけ努力して勝ち取った高校生活だというのに、何一つ思い出が無いのはあまりに勿体ないのではないか?


 という思考が強まり出したのは、確か高二と高三の間の春休み。


 最後の一年くらい、何かしたいよなと二年遅すぎる思考回路がやっと巡り出す。この心情の変化は雫への気持ちを断ち切れたわけでは無くて、きっと「そういうこと」への憧れが出てきたから。




 でもそれをよしとしない大きすぎる壁がある。そう、雫への思い。


 私が二年間、会話すら出来ていないのに雫を思い続けるのは当時の思い出と言葉に縛られ続けているからだ。


 


 それから逃れようって言ったって並大抵のことじゃ逃れられない。それが出来たんならもっと早くにやっているんだから。




 多分、当時の私はテンションが可笑しかったんだと思う。


 その場のノリと勢い、って奴だけでLINEのトークを遡り、焦がれ続けた名前を呼び出した。




「Sizuku」という名前のトークを呼び出して、二年前の今日以降一切のやり取りのないチャット窓にメッセージを打ち込んだ。





…これが、昨日までの話。





 今私がこうして日記に全て思いの丈を記しているのは雫の存在を過去にするため。


 そして書き上げると同時に贈る予定である告白の言葉は、きちんと振ってもらって無理やりにでも気持ちを断ち切るため。


 雫にとっては気持ち悪いだろうと思うけれど、私がこうなった理由は雫にあるのだからこれくらいの席には取ってもらいたいというのが正直なところだ。


 


 LINEの文章を日記にも書こうかと悩んだけど、深夜の内に書いたラブレターを読み返して書き写すだなんてこと、並大抵の人間じゃ出来ないと思う。少なくとも、私は一行も行かないうちにギブアップ。




 ということで、長々書き連ねた駄文もここまで。


 


 後は最後に、送信ボタンを押すだけ。


 そうすればきっと、二年間の苦しみも悲しみもしんどさも全部消えて楽になるはずだから。



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