9•ギルバート•オーウェン•ハウス
黴臭い狭路を進み、階段を数段下る半地下の店に入る。間口が狭くうなぎの寝床のように縦長の酒場、ギルバート・オーウェン・ハウスだ。ドアには直接彫り込まれた店名と、開店中の木札があった。階段の下にドアがあるため、気をつけないと見落としてしまう。
店のドアはかなり傷んでいて、店名もすり減ってしまい、あまり目立たない。ドアに取手はあるが、内開きのため、面を手のひらで押す客が多いのだ。その磨耗具合から、ここで長く商いをしていることが知れる。
「いらっしゃい」
薄暗い店内からくぐもった声の親爺が声をかけてくる。店内にはまだ客がおらず、細長いカウンター席の内側に親爺が一人でいるばかり。
「今晩はー」
「どうもー」
2人は中程の位置で立ち止まり、泡酒を注文する。程なく丁寧に注がれた黄金色の酒が来る。透明な魔法素材のジョッキは、使い込まれて濁り始めていた。しかし、この素材最大の利点である保冷機能はまだまだ現役だった。
「乾杯」
「乾杯」
「冷え冷え」
「くー!」
改めて乾杯した2人は、言葉少なに盃を進める。
「なんか珍しい酒ある?」
出されたジョッキをあっという間に飲み干したエシーは、カウンターの中に声をかけた。スーザンも飲み終えてジョッキを返した。
「はやっ!お客さんたち、強いねぇ」
バーの親爺がぎょっとする。昼から呑み続けている2人は、全くそんな様子は見せないながらも、酒と揚げ物の匂いを漂わせていた。酒場の主なら、一軒目ではないことなどお見通しだ。それもあって2人の呑み干すスピードに驚いたのである。
「青色麦火酒なんてどう?」
「ブルートパーズ?」
店主のお勧めは、2人が聞いたことのない酒だった。青色麦という最近開発された穀物の蒸留酒らしい。この穀物は形こそ麦によく似ているが、匂いも味も色も全くの別物だ。何をもとにして作られたのかは公表されていないのだった。
どぎつい青と赤紫の毒々しいまだら模様で、苺のような甘い香りがする。パサパサしすぎているので粉にしても美味しくないし、すこしえぐみが強い。
ところがこれを蒸留して酒にすると、途端にスッキリとして癖のない極上の酒に変わるのだ。
しかも香りがまたいい。初めに広がるのは、華やかで優雅な大輪の華のような甘い香り。呑んでいるうちに空気に触れて、香りはまろやかな優しさを見せ始める。最後にはさわやかな柑橘系の香りを残して、幸せな気分に浸れるのだ。
そんな解説を聞きながら、2人はボトルを見せてもらう。ラベルを読んでいくと、生産地はゴルドフォークと記されていた。
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